黒鵜はあの後、街でベッキーの買い物に付き合わされていた。
黒鵜としては用が済めば早く学院に戻りたかったが、ベッキーがしつこく騒ぎ立てるので致し方なく相手をしていた。大都市ともなると夜間でも開いている店は多く、洋服や雑貨の店を見て回り、おまけに夕飯まで奢らさられる羽目となった。
おかげで馬車の終便にも乗り遅れ、学院まで歩いて帰ることとなりだいぶ時間がかかった。家に戻った時には深夜零時近くであった。
歩き疲れた黒鵜はさっさと寝たいと思っていたが、扉を開けるとともに慌てた様子のカトレアが飛び出してきたので驚いた。
錯乱しそうなほど混乱していた彼女をなんとか落ち着かせて事情を聞く。すると、なぜか自分が誘拐されたことになっており、しかも自分を助けるためにドロシーが一人で森へ向かってしまったというではないか。
カトレアは警備に連絡しようとしたそうだが、黒鵜の身を案じたドロシーの命令でそれは拒否されてしまう。一人家に残されたカトレアが途方に暮れていたところへ、今し方黒鵜が帰って来たところだった。
話を聞き終えた黒鵜はすぐさまカトレアへ警備に事態を説明してくるよう頼む。黒鵜に言われると、カトレアは急いで警備員が待機している門の傍の詰所へ走って行った。
それを見届けると、黒鵜は即座に自身の部屋へ向かう。そこで戦闘用の防具である手甲と足甲を装備すると、ドロシーを探して自分も外へ飛び出した。
メモに書かれていた森にはすぐ辿り着いたが、それなりに広さのある森で二人の人間を探すのは難しかった。
そんな時、森の真ん中で何かをぶつけあうような異音が聞こえるのが分かった。それが二人の戦闘音だと確信した黒鵜。全力で音の発信源まで駆けて行き、こうして今へと至るわけである。
ゲイザーは攻撃を中断し、一歩、二歩と黒鵜から距離を取るように下がる。
「どどどどおどおおどうしてっ!?」
「どうしてあんたがここに来るの!? ですか。言っておきますけど、僕は最初から捕まっていません。家に戻らなかったのは、くだらない用事が長引いて帰りが遅れただけです」
「ええええええっ!?」
「あまり傍で大きな声出さないでください。それでなくとも、こっちは足手纏いも守らないとならないですし」
「あっ、足手纏いですってえっ!? それが助けに来てあげたご主人様に言う言葉なの!?」
「事実ですから」
「キイイイイイイイイッ!!」
泣いたり喜んだり怒ったり。半狂乱になったドロシーを見て微笑ましい顔になる黒鵜。だが、そんな場合ではなかったとすぐに気を引き締める。
ゲイザーは黒鵜の出方を伺うようにじりじりと動きながら距離を測っている。黒鵜も両手を前に構え、いつでも応戦できる状態だ。
「本来であれば貴殿を捕えておく予定だった。しかし、どういうわけか貴殿は学院内にはいなかった」
「野暮用があったんですよ。そちらこそ、なぜ僕が出掛けている時にドロシーを呼び出したのですか?」
「我の目的はそこの死霊術士との戦闘である。ゆえに、関係のないものには可能な限り危害を加えるつもりはない。汝を餌に死霊術士を誘き出す必要はあったが、汝の姿が見えない状況さえできていればそれでよかった」
「なるほど。ところでもう一つ質問しますが、あなたは本当にゲイザー・ロウさんですか?」
ドロシーには黒鵜の問いかけの意味が分からなかった。目の前にいるのは紛れもなくゲイザー本人である。
もし彼が別人だと言うなら、本物のゲイザーはどこにいると言うのか。
「質問の意図が読めん。まるで、我がゲイザーではないと言われたように聞こえたが?」
「ここに来る前に、少しばかりあなたのことを調べさせてもらいました。学院に入学する前のあなたは明るく社交的な人柄だったそうですね。失礼かとは思いますが、今のあなたの性格とはあまりにもかけ離れている」
「貴殿には関係ない」
「そうでしょうか。少なくとも、あなたがこうして平然と学院に通っている時点で僕からすれば異常だと思いますけど」
「何のことだ?」
「実は、入手したあなたに関する情報の中でもう一つ気になる点がありました」
それは、ベッキーと別れてから再度読み直した調書の最後のページに挟んであったメモのことだった。
最初に受け取った時点では入っていなかったメモ。おそらく、別れ際にベッキーがこっそり忍ばせておいたものだろう。
メモには『夕飯のお礼。おまけでもう一つ情報を付けとくにゃ(ハート)』と書かれており、その下に注目すべき事柄が載っていた。
「ゲイザーさん。あなたの実家が警察へあなたの捜索願いを出しています。それも一ヶ月も前から」
「・・・・・・・・・」
「なぜ学院に入っているはずのあなたを、ご家族が捜索願いまで出して探しているのでしょう。学院に入ったことをお伝えしてないのですか。それとも、ご家族に居場所を知られると不味い理由でもあるのですか。あるいは、あなたが」
「我がゲイザーではないから、身内に連絡を取れば正体がばれるから、か。正にその通りだ、死霊術士の従者よ」
ゲイザーはあっさりと認めた。こんなに簡単に認めるとは思ってなかったので、黒鵜も拍子抜けしてしまう。
「もっとも、この肉体は間違いなくゲイザー本人のものだがな」
「どういう意味ですか?」
「この身は魔術によって操っている。ゆえに、我はゲイザーではないが、半分はゲイザーだと言っても嘘ではないのだ」
黒鵜とドロシーが訝しむ。
そして、ゲイザーはその正体を告げた。
「我は人間ではない。自然界に存在する霊的生命体。汝らの言葉で表すならば、<精霊>と言ったところだ」