精霊。
人間とも自動人形とも違う、実体をもたずに一部の特別な素養がある者でなければ知覚することができない生物だ。スケルトンも擬似生命体という点では近い存在だが、精霊には個体ごとに意志があり、中には特殊な能力を秘めているものもいる。
魔術師には精霊と意志を通わせ、精霊の助力を受けることにより強力な秘術を扱う人間もいると聞く。
しかし、ゲイザーを操っている者の正体を聞いた黒鵜とドロシーの困惑は強まるばかりだ。
「精霊、ですか?」
「あ、ありえないわよぉ。精霊はたまに人間の前に現れて悪戯をすることがあるって本で読んだことはあるわ。でも人間の、それも魔力に長けた魔術師の意識を完全に支配するなんて話し聞いたことない」
ドロシーは小刻みに肩を震わせている。
「精霊が怖いんですかドロシー」
「んなわけないでしょ。私はこれでも死霊術士なのよ。これは・・・そう、肌寒いからオシッコを我慢してるだけなのよ」
「せめてトイレと言ってください」
黒鵜は着ていた上着を脱いでドロシーにかける。
「僕は魔術に関しては門外漢なので、細かなことはこの際構いません。その代わり、あなたがそのゲイザーさんの身体を得るに至った経緯だけ教えてもらいますか?」
「大した理由はない。精霊を研究している人物がおり、そ奴が精霊を入れる器となれる人材を探していた時に偶然この男と出会ってな。機巧学院への入学を希望していたので、資金援助を施すと誘い文句を言ってやると簡単に研究協力に頷いてくれたぞ」
「合意の上であったと?」
「否、この男には肉体強化魔術の実験だと嘘の情報を与えてある。他の人間に情報が漏れるのも好ましくはなかったので、会ったその日に睡眠薬を飲ませて誘拐してきたと聞いた。実家が捜索願いを出していたのはそのせいだな」
「完全に犯罪ですね。そんな非道なことをして、良心が痛むことはないのですか?」
「別に切って捨てたわけでもあるまい。それに、私が男に乗り移ったのは男が眠っている間のことだ。この男本来の精神は、今も意識の深い底で催眠状態となっている」
「なるほど。じゃあ、ゲイザーさんに体を取り戻す方法はありますか?」
さすがに答えないかと黒鵜は半ば諦めていたが、ゲイザーは特に隠す素振りもなく答える。
「難しいことはない。我をこの肉体に繋ぎ止めている格を破壊すれば、自然とこの者と我は分断される」
「核?」
ゲイザーは制服のボタンを外し、上着をはだけて胸をから腹までを見せる形にした。
鍛え抜かれた腹筋や胸筋が男性としての力強さを象徴している。しかし、その胸の上部には明らかな異物が埋め込まれていた。
幅三センチほどの小さな赤い結晶体。宝石のようにも見えるが、鉱物が人体に収まっているという異様な状況がその美しさを台無しにしている。
「この核が我の力を増幅させ、宿主の意志を封じ込める。汝が男を助けたいのなら、この核を破壊すれば我は自動的に男の身体から取り除かれる」
「勘違いしないでください」
黒鵜は鋭い目でゲイザーを睨み付ける。
「あなたが誰で、その人がどうなろうと僕には関係ありません。ただ、僕の友達を傷つけようとした輩が許せないから、さっさと僕たちの前から消え失せてほしいだけです」
「それはできない。我に課せられた命令は死霊術士との戦闘、そして殺害だ。戦闘は果たしたが、まだその娘を殺し終えていないのでな」
「先程、警備へ連絡を入れてきました。直に森の周りは武装した警備員と自動人形だらけになりますよ。早く逃げたほうが利口じゃないですか?」
「無論逃げるとも。ただし、我の務めを果たしてからだ」
どうしても譲るつもりはないらしい。
こうなってはこれ以上の話し合いは不毛だ。黒鵜は改めて、ゲイザーと戦うことを決意する。