ゲイザーは尚も二人を追い掛ける。今のスピードならば、追い着くのは時間の問題であった。
それでも、ゲイザーは若干の焦りを抱いていた。
(これ以上森の外に近付いては、警備と合流される可能性が高まる。急ぎ死霊術士を仕留めねばな)
さらに速度を上げようと踏み込みを強めた時、突然前を走っていた黒鵜が足を止めて振り向いてきた。
ゲイザーは飛び出そうとしていた足を慌てて止め、その場に踏み止まった。
「どうした。もう逃げるのは止めたのか」
手元の槍を構え直しながらゲイザーが尋ねる。
「ええ。このままではどのみち追い付かれますから。背中を貫かれるくらいなら、僕はあなたと戦うことにします」
「その意気や良し。しかし気をつけろ。我は標的以外に興味はないが、邪魔者を笑顔で許せるほど寛容でもない。引き際を誤れば、貴様も死ぬことになるぞ」
「覚悟の上です」
黒鵜はドロシーを地面に降ろすと、背後に立つ樹木に隠れるよう指示する。言われた通りにドロシーは小走りで移動した。
夜の暗がりに加えて木の影に入られては、ゲイザーにも姿を捉えることはできない。辛うじて人が立っている気配だけは把握できたので、ドロシーが逃げ出さないかだけ注意することとした。
黒鵜が両肘を曲げて手甲を盾にするような態勢を作る。
ゲイザーは鋭い突きを繰り出した。素人には到底目でも負えない速さだが、黒鵜は槍の軌道を先読みしてそれを受け止める。
「良い目だ。我の動きをよく捉えている」
ゲイザーは感心したが、続けざまに槍の連撃を放つ。
閃光の如き刃が次々と降り注ぐ。黒鵜は時に受け、時に回避しながら懸命にゲイザーの猛攻を凌いでいた。
「そして装備も良い。これだけ打ち込んでも貫けぬとは並の手甲ではないな」
「日本のっ、腕の立つ職人がっ、作りましたからっ!!」
当たれば即、致命傷と成りうる突撃を両腕を交叉して受ける黒鵜。
「だが、相手が悪かったな」
距離を開けてから、助走をつけてまた向かってくるゲイザー。
黒鵜は再び腕の手甲で止めようと踏ん張りを強める。しかし、ゲイザーは接近せずにその場で勢いよく槍を投合した。
助走に加えて回転の入った槍は、空気を切り裂きながら得物を貫くため疾走する。
「
盾と槍。二つの激突は周囲に突風を巻き起こし、凄まじい音を打ち鳴らす。
必死に踏ん張っていた黒鵜は、その槍の強烈な螺旋回転に押し負け腕を跳ね上げられてしまう。それでも槍は突き進み、黒鵜の左肩へ深々と突き刺さった。
「があああああっ!?」
肉を裂いた激痛で絶叫を上げる黒鵜。ゲイザーの狙いは頭であったが、手甲との衝突により僅かにズレが出たようだ。
苦しそうに膝をついて呻く黒鵜へ歩み寄るゲイザー。そのまま黒鵜に刺さった槍の柄を掴むと、一息に引き抜く。
「ぐうっ!?」
痛みで顔を歪める黒鵜。槍の抜けた肩からは止めどなく血が流れ落ち、彼が着ていた執事服を紅く染めていた。
その場で蹲る黒鵜を無視して、ゲイザーはドロシーの隠れている木を見る。
「や、やめろ・・・」
黒鵜が痛みを堪えて這いずり、なんとかゲイザーのズボンの裾を掴む。
ゲイザーはそれをつまらなそうに見ながら、足元の黒鵜の襟を掴むとその体を横に投げ飛ばした。
「邪魔だ。戦えぬ汝にもう用はない」
槍を投合する構えのゲイザー。どうやら隠れているドロシーをそのまま刺し貫くつもりのようだ。
助走をつけて、また投げ飛ばされる槍。風を巻き込んだ槍はドリルのように樹木を容易く突き抜け、その後ろに立っていた人影をも刺し貫いた。
「任務完了・・・っ!?」
標的を貫く手応えを感じたゲイザーだったが、その顔に浮かんだのは達成の笑みではなく驚愕だった。
槍を投げた態勢でいたゲイザー。その周囲の草むらから突如四体のスケルトンが現れ襲い掛かってきたのだ。
ゲイザーは完全な不意打ちに対応できない。スケルトンは丸腰の彼に纏わりつくと、その四肢をがっちり押さえ込んで動きを封じた。
「引っかかってくれてありがとう」
後ろから聞こえてくる女の声。首を回してなんとか確認すると、目にしたのは別の木から姿を現したドロシーだ。
「なぜ、汝がそんなところに・・・」
「特別なことは何もしてないわよ。あんたがクロと戦ってる間に草陰に紛れて歩いて移動しただけ」
「しかし、槍には確かに貫いた手応えがあった」
「あんたが差したのは私の死霊ちゃん。戦闘が始まってすぐ身代わりのスケルトンを用意したのよ。まんまと引っかかってくれたわね」
黒鵜が狙っていたのは槍の奪取だった。ゲイザーの最大の武器は魔力を掻き消す能力をもった槍。敵の魔術攻撃を破るあの槍がなくなれば、スケルトンの数で勝るこちらが有利になる。
問題なのはゲイザーから槍を奪う方法だ。隙の無いゲイザーから槍を奪うのは至難である。そこで、黒鵜はゲイザー自身に槍を手放してもらうよう仕向けることにした。
黒鵜は独特の螺旋形状をした槍とゲイザーの人並み外れた腕力を見て、ゲイザーの槍の真価は投合武器ではないかと推測した。矛の捻じれは投げた際に回転を増やし、投合の威力を上げるためのものだ。
だから黒鵜はとにかく守りを固めた。そうすれば、業を煮やしたゲイザーが槍本来の力である投げ技を使うと読んだからだ。
案の定、ゲイザーは黒鵜の読み通りに行動した。そして、勝利の余韻と槍投げで生じた隙を見事に突かれ捕縛されたわけだ。
おまけに槍は木に突き刺さったままだ。あの状態ではそう簡単に引き抜くこともできないだろう。
ドロシーはもうゲイザーを無視して、慌てて跪く黒鵜の傍へ駆け寄る。
「うまくいきましたね、ドロシー」
「どこがよ!? あんた今にも死にそうな顔してんじゃない!!」
「これくらい、大したことはないです」
「やせ我慢も大概にしなさいっての!! まったく、なあにが『頃合いを見てやられた振りでもしますから心配ないです』よ!! こんな酷い怪我するまで無茶して、作戦も忘れて飛び出すところだったじゃない!!」
「僕は、ドロシーなら必ず成功させると信じてましたから」
ドロシーに手伝って貰いながら服の袖を破り、傷口に巻き付ける応急処置を施す。
ふと気づくと、少し遠くで明かりが見えるのが確認できた。どうやらカトレアに頼んだ警備がようやく着いたらしい。
ドロシーに肩を貸してもらうには身長差があり過ぎるので、付近にあった折れ枝を松葉杖代わりにしてなんとか立ち上がる。
「僕たちの勝ちです、ゲイザー」
勝利宣言を聞いてもゲイザーは抵抗を止めなかった。今も押さえ込んでいるスケルトンたちを振りほどくべく、懸命に身体を動かしている。
ゲイザーの膂力は強いが、四肢の関節を完全に封じられてはまともに動けるはずがない。脱出できる見込みはなかった。
「諦めなさい木偶の棒。精霊だかなんだか知らないけど、そんだけがんがら締めにされちゃああんたがどれだけ馬鹿力でも解けないわよ」
「このまま拘束した状態で警備員に引き渡します。あなたや操られたゲイザーさんの身柄の処遇については、学院の教授たちにお任せしましょう」
「ええ~。ここでブッ飛ばした方が早いんじゃない?」
「調子に乗り過ぎです」
戦いから解放された脱力感により、普段の調子を取り戻しつつある二人。気が緩んでいたとはいえ言い訳しようもないだろう。
二人が楽しそうに話していると、いきなり右腕を押さえていたスケルトンが破壊された。
「なにっ!?」
「嘘でしょ!! どうやって私の死霊ちゃんを!?」
見ると、ゲイザーの右腕は明らかに不自然な向きをしいていた。
「自分で腕の骨を外して、拘束をすり抜けたのか」
まさかわざと関節を外してまで抜け出すとは普通思わない。ドロシーは緊張しながら、残りのスケルトンの拘束をより一層強める。
これまでにない壮絶な笑みを浮かべるゲイザー。右腕の痛みを苦にせず、目の前にいる黒鵜を殺気に満ちた目で睨む。
「死霊術士とその従者よ、今晩は我の負けを認めよう。だが、次なる機会にこそ必ず汝らを仕留めてみせる」
「あんたやっぱ馬鹿なの? この状況で逃げられるとでも思う?」
ドロシーの挑発も意に介さず、ゲイザーは笑みを崩さない。
その時、黒鵜はゲイザーの狙いに気付いた。
「待てーーーー」
しかし、後一歩遅かった。
「また会おう」
ゲイザーは痛めた右腕を強引に動かし、自らの胸を力強く殴る。
拳の皮が擦り剥け、口からは血を吐き出すゲイザー。手が離れると、そこには埋め込まれていた赤い結晶が砕けた姿が見えた。
砕けた結晶は細かな粒子となり空気に溶け、後には拳で作った痣が残るのみだった。
それと同時に、ゲイザーの頭がガクンと下がり全身から力が抜けた。
「ど、どうなったの・・・?」
状況を理解しきれていないドロシーは困惑するばかりだ。
その隣で、黒鵜が額に汗を浮かべながら足を震わせている。
「逃げられ、ました・・・」
その一言とともに、限界を迎えた黒鵜が地面に倒れ込んだ。
驚いて駆け寄るドロシー。そこへ丁度警備員が到着し、意識を失った黒鵜は急いで医務室に運びこまれたのだった。