死霊使いの従者   作:マサオ02

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後日談

 ここは機巧都市リヴァプールから南方五キロの地点にある農村地帯。

 深夜の闇と静寂に支配された人気のない田畑の一角。今は誰も使用していない廃屋の中にてぼんやりと光るものがあった。大きさとしては数センチほどのガラス玉のような赤い球体。

 

「ふむ、転移はうまくいったようだ」

 

 球体が声を発する。赤い輝きを纏った玉はふわふわと地上一メートルの辺りを浮きながらゆっくりと移動し、廃屋の端へと移動する。

 そこには古びた建物には不釣り合いな真新しい椅子があり、そこには謎の人影が座っていた。

 

「やはり来ていたか、観察者」

「お疲れゲイ君。あっ、もう肉体は捨てちゃたからゲイ君って呼ぶのも変かー」

「呼び名などどうでもよい。好きにしろ」

「そっか。じゃあ元通りの名前でいいかな、ゼパル君」

 

 闇に紛れた人物、観察者がそう言うと精霊ゼパルは頷くように一瞬輝きを強めた。

 

「それにしても、予定より帰還の時間が遅れてたね。黒薔薇の孫娘はそんなに手強かったかい?」

「予期せぬ邪魔が入ったのでな。死霊術士の始末はできなかった」

「へえ。<十三人>の戦闘力に匹敵するポテンシャルを秘めた肉体と、さらに魔力を分散させる魔具(やり)まで与えたのにあんな小娘一匹倒せなかったって?」

 

 暗に非難されていると分かったゼパルは、不満気に語気を荒げて観察者へ言い返そうとする。

 

「しかし、死霊術士の本気を引き出し、人間に憑依した状態での我の全力戦闘も十分にできた。当初の目的は果たせたであろう」

「うん。確かに第二霊装(セカンドシリーズ)--魔術師に精霊を憑依させ、その上で精霊単独で戦った場合の戦闘データは十分取れたよ。霊昌石(フォトンコア)が壊れたのは残念だったけど」

「あの石は我が破壊した。あの場で強制転移を行うには、他に方法がなかったのでな」

「ええ!? 困るよぉ、あれ一個作るだけでも結構なお金と時間をかけてるのに~」

「よく言う。元々石から送られている『でーた』とやらを確認すれば、後で廃棄するつもりだったのだろう」

「どうだろう。でも、あのコアも限界が近かったのは間違いないし、欲しかった情報さえ集まればもう全部用無しだよ」

「・・・・・・?」

「あっ!! ゲイザー・ロウのことならもう気にすることはないよ。彼に操られていた間の記憶はないから、私たちに関する情報が彼の口から漏れることはない。口封じもしなくて平気だから、ゼパル君もこれで心残りはないよね」

「それはどういうーーーー」

 

 ゼパルが聞き直そうとした時、廃屋の窓から月明かりが差し込み室内を照らす。薄暗かった部屋に僅かだが明かりが生まれ、その光が椅子に座っていた人物の顔へ微かに当たる。

 そしてゼパルは見えた。見てしまった。

 餌を前にした獰猛な虎にも似た、あまりにも恐ろしい女の笑みを。

 気付くのがあまりにも遅かった。女は素早くその手を伸ばして宙に浮いたゼパルの本体を掴み取る。

 ゼパルが慌てて何かを言おうとしたが、その嘆願が聞き入れられることはなかった。

 

「いっただきまーす」

 

 女は大きく口を開けると、赤く光っていた球体をそのまま放り込み丸呑みしてしまう。

 ごくんと喉が異物を通る音がして、精霊を食べるという常識外れな奇行を取った女は、それでも高級料亭で食事してきたかのような満足気な笑顔を作るのみだ。

 

「美味しかったよおゼパル君。本当のことを言うとね、君が学院に送り込まれた時点でいずれ君を処分することは決まってたんだ。私たちのマスターは興味のなくなった研究対象には容赦ないからね。私も捨てられないよう気をつけないとにゃあ」

 

 女が痕跡を消すための後始末をして立ち去る。後には何も残っておらず、不気味な闇が広がるだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ちょっと!! 勝手に動いちゃ駄目だって何度言えばいいのよ!?」

 

 学院内にある医務室。

 常に専属の医師が待機して、様々な怪我や病気に対処できるよう設置されたこの部屋で少女が可愛らしく怒っていた。

 

「いえ、やっぱり僕がやりますから・・・」

「いいから怪我人は大人しくしてなさい。今度起きたらその手足切り落としてでも寝かせるからね」

「・・・・・・はい」

 

 訂正。背後に死霊を控えながら脅してくる女の子はやっぱり怖いです。

 そんな風にガクブルしていた腰抜け執事こと神薙黒鵜は、医務室のベッドに寝転びながら頑張って林檎の皮を剥こうとするドロシーを眺めていた。

 

「林檎を切るぐらい簡単よ。<十三人>こと第十三位の<死者の王(ノスフェラトウ)>、ドロシー様に任せときなさい」

 

 任せときなさい、なんて言っても無理ですよと黒鵜は内心呟く。

 見ればドロシーは刃物の扱いに慣れてないのか、林檎を睨み付けて不器用そうにナイフを当てている。そんな手つきでは皮も途切れることが多く、肝心の果実も大部分が皮とセットとなって皿の上に落ちていってしまう。

 

「イタッ!」

 

 小さな悲鳴を上げるドロシー。指からは赤い血がじんわりと滲み出ている。ナイフの扱いを誤り切ってしまったらしい。

 

「おやおや~。これはいけませんね~」

 

 ドロシーの傍で様子を見ていたメイドのカトレアがのんびりした口調で言う。

 

「ドロシー様~。すぐに治療しましょう~」

「平気よ。子供扱いしないでくれる」

「そう言わずに~。診察室のクルーエル先生なら喜んで治してくれますから~」

「もっと嫌よ。あんな女好きの変態医師に触られて妊娠でもしたらどうすんの!?」

「大袈裟ですよ~」

 

 二人が言い争っている間に、黒鵜はこっそり皿の上に零れた林檎の皮切れを食べていた。

 森で倒れた黒鵜が医務室に運び込まれてから数日が経った。

 あの後、駆け付けた警備員にゲイザーの身柄は確保された。翌日に目を覚ました彼はすぐさま事情聴取を受けたそうだが、やはり操られていた間の記憶は残っていないらしい。一番古い記憶は、自分の故郷の町で見知らぬ誰かに会ったこと。それから意識を失い、気が付いたら右腕を怪我して学院の警備室だったと言う。

 不審な点もあるにはあったが、黒鵜たちの証言と魔術に詳しい教授陣の現場検証の結果、ゲイザーに罪はないことが認められた。今は怪我の療養のために休学届けを出して実家に帰っている。

 また、彼は夜会への参加資格も自ら辞退した。元々、機巧学院で魔術の勉強をすることを希望していたが<魔王>になりたいとはあまり考えてなかったそうだ。

 見知らぬ間に<十三人>なんて大層な肩書きを与えられても居心地が悪いだけだ、と言い切り彼は学院を去って行った。

 そんなわけで、参加者が一人抜けたことにより順位が繰り上がった。今のドロシーは<十三人>の末席を担う魔術師である。

 予定とは若干違うものの、見事トップランカーの仲間入りを果たしたことにドロシーはとても嬉しそうだった。このまま<元帥>も倒すなどと世迷言をのたまったりしないか心配だ。

 そんな風にこれまでのことを思い返していると、部屋の扉が開かれた。

 突然の来訪者に食事を中断する黒鵜。カトレアも慌てて姿勢を正して客人を迎えようとするが、気分が高まっていたドロシーは客人にもいきなり喰ってかかろうとした。

 

「だれよ!! 用があるなら悪いけど後にして!!」

「ド、ドロシー様~」

 

 カトレアがあたふたとしながらなだめようとするが、どうしていいか分からず困っている。

 しかし、振り向いて客人の姿を見た瞬間にドロシーは固まってしまった。

 綺麗な人だな、と黒鵜も思った。

 日の光に当たった金髪が眩い光沢を放つ。整った顔付きと凛とした佇まいが彼女の美しさを際立たせ、見る者に高貴で清廉とした印象を植え付けていた。

 歩くごとに髪が靡き、それはさながら金色の花が舞っているようにも見える。所作の一つ一つに無駄がないので、随分行儀の良い家庭で育ったことが伺える。

 

「はじめまして。私は三回生のオルガ・サラディーン。本日は突然来訪してすまない。先日の森で起きた事件について、学生総代の立場から君たちに話しを聞いておきたいと思ったのでね。こうして足を運んで来た」

「あなたがあの<金色のオルガ>ですか。お会いできて光栄です」

 

 オルガは学生総代にして第三位の地位に立つ、学院生の中ではダントツで最高クラスの魔術師だ。その美しい姿を称え、<金色のオルガ>といった異名まで付けられるほどである。

 

「こちらこそだクロウ・カンナギ。主人を命懸けで守った素晴らしい執事だと伺っている」

「誰が言ったか知りませんが、僕は無様にやられただけです。ドロシーがいてくれなければ殺されていたでしょう」

「謙遜はやめたまえ。<十三人>レベルの魔術師と鍔迫り合ったのならば素晴らしい実力だ。それは君も同じだよ、ドロシー・マクガフィン」

 

 それまで空気の抜けた風船のようにぽけーとオルガに見惚れていたドロシー。心に受けた衝撃が強いのか、名前を呼ばれてもまだ反応がない。

 

「ドロシー・マクガフィン?」

「----はっ!? はいいいいいいっ!?」

 

 もう一度名前を呼ばれてようやく意識を戻した。オルガを凝視しながら頬を染めて、必死に返事を返す。

 

「改めて、第十三位への昇格おめでとう。これで君も我々と同じ<十三人>の一人だな」

「はいっ!! 光栄ですわお姉さま!!」

 

 嬉々として答えたドロシーの奇妙な言い方に、他の三人の目が点となる。

 

「お姉さま?」

「あっ!! そのう、オルガ様があまりにもお美しい女性でしたのでついそう呼んでしまいました。お嫌ならばオルガ様とお呼びしますが」

「別に構わないよ。よく分からないが、君が好きなように呼んでくれればいい」

「で、ではお姉さまとお呼びしても良いのですね!!」

「あ、ああ・・・」

 

 ペットの犬のようにオルガへ擦り寄るドロシー。これが一目惚れというやつか。ドロシーは恋する乙女の顔で憧れのオルガにくっついている。抱き付かれたオルガはどう反応すべきか悩んでいるようだ。

 しかし、容姿は全然似てない二人でもこうして並んでみると本当に姉妹のように見えてくる。スタイルに差がある分、幼いドロシー(いもうと)が年の離れたオルガ(あね)に甘えている構図といったところか。

 

「それでは、済まないが事件のことについて詳しい話しを聞かせてもらえるか?」

「もちろんですわお姉さま。こんな消毒液臭い部屋ではなんですし、私の住んでいる別宅にご招待します。カトレア、家に戻ったらすぐに歓迎の準備をしてちょうだい」

「かしこまりました~。・・・はあ~、家の家事に加えてまた仕事が増えるんですね~」

「同情しますよカトレアさん」

 

 カトレアのこの後の苦労を察して慰めようとする黒鵜。怪我人である黒鵜はここで寝ているしかないので、特にできることもなく気楽なものであった。

 だがしかし、そうは問屋が卸さない。

 

「何言ってるのクロ。あんたも一緒にお姉さまを御もてなしするのよ」

「はい?」

 

 聞き間違いだと思った。何かの悪い冗談だと。

 

「ドロシー、僕は左肩を貫かれてからまだ数日しか経ってません」

「そうね。数日も寝ていたんだからもうとっくに治ってるわね」

「どこの超人ですか。僕は最低一ヶ月は安静しないと駄目だとクルーエル先生も言ってたでしょう」

「ん? 誰か呼んだか?」

 

 廊下から聞こえる低い男の声。丁度、クルーエル医師が通りかかったところだった。

 

「ああ先生。お願いですから先生からも無理だと言ってーー」

「あのねえ先生。そこのベッドで私の召使いが仮病使って仕事をサボろうとしてますの。早く退院させてくださらない?」

 

 黒鵜の言葉を遮り、ドロシーが普段とは正反対の年頃の女の子らしい可愛げな表情と口調でお願いをした。

 

「もちろんオッケーだよドロシーちゃん。オラそこで女の子に囲まれながらベッド占領してやがるリア充野郎。さっさと荷物片づけて部屋を空けやがれ」

「クルーエル先生。医者としてそれでいいんですか」

「うるせえ小僧。患者は黙って医者の言う通りにしてればいいんだよ。ところでカトレアさん、よければ今夜一緒にお食事でもどうです?」

 

 あっさり患者を診放(みはな)したナンパ医師(クルーエル)。女好きの先生は黒鵜(おとこ)のことなど無視してカトレアに誘いをかけた。

 

「お断りです~」

「くうっ、残念!!」

「先生、ドロシーとオルガさんは誘わないんですか?」

「はあ? そりゃあお前、オルガは堅物そうだからどうせ声かけても無駄だろ。ドロシーちゃんは可愛いけど外見がお子さま過ぎーー」

「先生、さっさと行かないと解体しちゃいますよ?」

 

 どす黒い笑顔で言い切るドロシーが怖くなったクルーエル先生。全力で廊下を駆けて行った。

 

「さあ参りましょうお姉さま。二人とも、オルガお姉さまに失礼なことしたら承知しないわよ」

「はい~」

「ったく、これで怪我が悪化して死んだりしたら、幽霊にでも化けて出てやりますから」

「その時は、あんたも私の死霊の一体に加えてあげるから安心なさい」

「死んでからもこき使われるのか。僕の人生って報われないなあ」

 

 がっくりして項垂れる黒鵜。それでも、こうして大事な友達(ドロシー)の笑顔を見ていられるならそれも悪くないかと思うのだった。

 しかし、この事件はこれでお終わりではない。それどころか、まだ始まりにすらなっていないのかもしれない。世界の裏側では、未だに様々な思惑が交錯している。

 夜会開催まで、残すところ一ヶ月。

 

 

 

 

 

 

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