黒鵜の足取りは重い。
現在は昼食の時間なので食堂には沢山の生徒がいて賑わっている。メインストリートにも楽しげな表情の生徒たちが歩いているが、ただ一人執事服を着た黒鵜は黒髪で顔を覆うように頭を下げてどんよりした雰囲気を発していた。
「おかしいだろ。なんで魔術師との商談にただの使用人を名指しで行かせるんだよ。いくら学院に使える人手がないって言っても、他にもっと方法はなかったんですかお嬢さま」
ぶつぶつと独り言を呟く彼の暗さに引いてみんなが距離を空ける。
黒鵜は現在、実習棟の立つ方角へ向いて歩いている。正確には、実習棟から少し離れた位置にあるマグナスの研究室を目指していた。
王立機巧学院は徹底した実力主義。身分の差に関係なく、高い能力をもつ生徒ほど優遇される傾向が強い。歴代最高の成績を誇るマグナスともなると、専用の研究室や書庫まで与えられるほどだ。
そして黒鵜がマグナスの研究室へ向かっている理由だが、単純にマグナスの所在が分からないからだった。
両住まいの生徒なら、寮監に伝言を頼めば後でドロシーの別宅へ直接来てもらうこともできる。しかし、マグナスの私室は専用研究室の隣に用意されてるので、会うためにはこちらから出向く必要があった。
しかもマグナスはその経歴や素性が一切謎に包まれた人物。これといった友人も皆無なので、普段どこにいるのか分からなければ一番居そうな私室か研究室を当たるしかない。
そうでなくても、こちらが仕事を頼むのだから菓子折りの一つでも持って出向くのが最低限の礼儀である。だから、黒鵜の右手には手作りクッキーを入れた袋がぶら下がっていた。相手の好みが分からなかったので、普通のものとチョコチップを混ぜたものを二種類作ってある。
相手がお菓子嫌いだったらどうしよう。機嫌を損ねて解体されて研究材料にでもされたらどうしよう。などと嫌な予感が脳裏を過ったりもしたが、今更引き返すのも面倒だった。
足取りの重さから自然と歩みが遅れると、周りの生徒の声がよく聞こえてくる。
道端のベンチに座った女子二人が、ランチサンドを挟んで話をしていた。
「ねえ聞いた? <
「え~これで何回目よ。また今度も自動人形がやられてたの?」
「うん。森の外れで壊れた人形が見つかったそうよ。持ち主の女子生徒が泣いてたらしいわ」
「怖いわね。私たちも自分の人形が襲われないよう注意しておかないとね」
「そうよね~」
女子生徒は少し不安そうにそう言っている。
魔術喰いというのは、学院内で噂されている自動人形を狙った襲撃者だ。特に戦闘能力に長けた人形が狙われやすく、破壊された人形は魔術回路を必ず抜き取られるという共通点がある。その手口と舐めとかされた飴にも似た奇妙な傷口が呼び名の由来だと言う。
もっとも、ドロシーのように自動人形を持たず死霊や式神を使役している類の魔術師は奪われる魔術回路もないので襲われる心配は少ない。
始めてこの噂を聞いた時は、目立ちたがり気質なドロシーがまた暴走しないか肝を冷やした。でも、彼女は特に魔術喰いへ干渉する気はないと明言してくれた。
『神出鬼没な犯罪者を探し回るなんて無駄の極みでしょ。い、言っとくけど、またクロが巻き込まれたら心配だからってわけじゃないのよ。そこんとこ勘違いすんじゃないわよ』
熱でもあったのか、そう言った時のドロシーは軽く頬を染めていた。
どのみち最近のドロシーはオルガと共に行動することが多い。学年第三位のオルガが傍にいれば、魔術喰いも迂闊に襲ってくることはできないだろう。
他にも、道を歩く男子グループが何かを言っていた。
「昨日見た戦闘、凄かったな!」
「<
「あのTレックスに真っ向から挑むなんて度胸あるぜ」
「それより、途中で乱入してきた連中をあしらった手腕が凄いよ。九人もの敵を相手に大立ち回りをして殆ど怪我もないんだから大したものだ」
「だけど、成績は下から二番目の一二三五位だと言ってたぞ。所詮は多少腕っ節が強いだけの劣等生。次にTレックスへ仕掛けたら消し炭にされるのが落ちさ」
「よく言うぜ。お前なんか以前、Tレックスの一睨みで腰が引けてたじゃねえか」
「う、うるさいっ!!」
日本から来た留学生、という言葉に黒鵜はマグナスを思い浮かべる。
しかし、すぐに彼が自分より成績が下の生徒へ勝負を挑む理由がないから別人だと判断した。
(日本の留学生か。どんな人なんだろう。それにTレックスってなんだ。機巧学院には恐竜型の自動人形でもいるのかな)
Tレックスとは夜会の登録コードである<
黒鵜が見当違いなことを考えていた時、突如として食堂から大きな割れ音が響いた。
黒鵜や周りの生徒が驚いて振り向くと、そこには二人の男子生徒が立っていた。
一人は割れた窓の下へと飛び降りた男子生徒。東方人らしき顔付きで黒髪なことから、黒鵜はおそらくあの少年が新しく来た日本の留学生だと思った。
彼の傍らには、同じく長い黒髪で日本の民族衣装「着物」を身に着けた少女が控えている。察するに、あの女の子が少年の自動人形なのだろう。
対する位置に立っていたのは、なんと黒鵜が会いに行こうとしたマグナス本人だった。その両脇には先日と変わらず二体の乙女、自動人形が守護している。
留学生の少年はマグナスに話しかけており、懐から何かを取り出そうとした。
その瞬間、二体の乙女が身構える。やはりというか、すぐに残り四体の乙女が召喚されて瞬きの刹那に少年の身体を包囲した。傍らにいた着物の少女が助けに入る暇もない早業だった。
(うわあ、これってデジャヴだよな。まんまこの前の僕と同じ状況じゃないか。あの男子、大丈夫かな)
黒鵜は少しだけ心配したが、どうやら杞憂に終わったようだ。少年が取り出したのは掌に収まるほどの小瓶。爆発物や薬品の類ではなさそうで、中には煤けた白い粉が入っていた。
少年が近くにいた乙女の一体にそれを渡し、マグナスが乙女からそれを受け取る。中身を確認すると、マグナスは人形を下がらせて悠然とその場を去って行った。
留学生の少年はプレッシャーからか、その場に膝を付いて大きく息を吐く。すぐさま着物を着た少女人形が介抱に入っていた。
「よく分からないけど、病み上がりの身でトラブルに首は突っ込みたくはないな」
同郷の人間ということで興味はあったが、用事を優先した黒鵜はさっさと現場を離れることにする。
「でも、あんなことがあった後でマグナスにすぐ会いに行ったら警戒されるかもしれないか。仕方ない。少し時間を空けて、夕方にでも改めて訪ねることにしよう」
黒鵜は方針を決めると、夕暮れまで近くの芝生で昼寝でもして時間を潰すことにした。