死霊使いの従者   作:マサオ02

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単独行動は控えましょう

「どうなってんだよこれはーーーーーー!?」

 

 少年の叫びは山と谷の合間を反響して彼方まで鳴り響く。されども、それに答えてくれる人間はこの場にいない。

 マグナスの魔術によって遠方へと飛ばされた黒鵜。目を見開いても学院の面影はどこにもなく、瞳に映るのは幾重にも連なる山々と豊かな緑だけ。空を駆ける鳥たちは美しく、風と動物の鳴き声だけが聞こえる大自然は人がひしめき合う都会の喧騒とはかけ離れていた。

 本来であれば休みに散策で来たくなるところだが、今回は仕事のため呑気に景観を楽しむつもりはない。というより、絶賛混乱中の黒鵜にはもとよりそんな余裕もない。

 

「黙りなさい」

 

 あたふたと慌てていた黒鵜の尻が蹴飛ばされる。そのままの勢いで硬い大地にダイブしてしまった。

 

「ぐえっ!? 何するんですか!!」

 

 振り向いた先にはやはりというか、火垂が堂々と仁王立ちをしていた。会ってからそう間もない男の尻を容赦なく蹴り上げるとは、なかなか威勢の良い奴だ。

 

「喚くしかできない能無しに用はありません。鳴くだけしか芸がない役立たずなら、いっそのことその辺の養鶏場にでも売り飛ばしましょう」

「僕は鶏じゃない!! ってツッコミ入れてる場合でもなかった。えっと、火垂だよね?」

 

 確認の為に名前を呼ぶも、火垂はあまりお気に召さないご様子だ。

 

「マスターでもないのに、馴れ馴れしく呼ばないでください。私のことは、火垂様、火垂大王、火垂神のどれかなら呼ぶことを許可します」

「神様扱いもありなの!? でも、さすがにそんな呼び方だと言い辛いですよ。妥協案として『火垂さん』にさせてください」

「言葉の敬意が足りない気もしますが、私の方が上の敬称なので良しとします」

「じゃあ、よろしく火垂さん。それから、もう知ってるだろうけど僕の名前はーーーー」

「どうでもいいです。お前のことは『ノウナシ』と呼びます」

「酷い!!」

 

 立て続けに浴びた罵詈雑言に泣き崩れる黒鵜。一分ほど泣き続けたが、もう色々諦める決心が着いたので気を取り直し起き上がった。

 

「やっと立ち直りましたかノウナシ。これ以上待たされるなら置き捨てるところでした」

「寧ろそうしてもらいたいぐらいです。それで、これから一体どうすればいいですか。その辺の土でも掘ればお宝の山でも出るんですか」

「話を急がないでください。これだから早漏は嫌いです。一人だけ先走り、女の都合をまるで考えずに満足してしまう」

「勝手に決めつけんなよ!? 僕は女性の扱いには細心の注意を払う本物の紳士だぞ!! ゴールする時はきちんと息を合わせます!!」

「童貞が粋がらないでください」

「だから決めつけるなっての!!」

「違うのですか」

「・・・いや、確かに僕はまだ童貞です」

「ならば一々反論しないで黙って従いなさい。そんな様だからノウナシなどと哀れな渾名を付けられるのです」

 

 そう呼んだのはお前だろ、と言い返したいが声を張り過ぎて息が切れたので喋れない。

 息を荒げる黒鵜をさげずみの目で見下ろし、火垂は今後の方針を語り出した。

 

「いいですかノウナシ。私たちの行動できる時間は三日間。四日目の今と同じ時刻にマスターが迎えに来て頂く予定となっています。それまでに、マスターが求める物品をなんとしても見つけ出します」

「簡単に言ってますけど、このだだっ広い山の中からどうやって目当ての石を探せばいいんですか」

 

 少し歩いて付近の崖に近寄る黒鵜。谷底には霧がかかるほどの深さがあり、岸壁は軽く見積もっても二百メートルはあった。平らな地には草木が生い茂り、南米にあるとされるジャングルにも負けない密林が広がっている。

 とても三日で探し切れる規模の土地ではない。百人単位の探検隊(キャラバン)でも二週間。二人で探索するならどんなに短くても一ヶ月以上は見込まなければ無理な課題だ。

 

「その点については、聡明なマスターが授けてくださった知識があるので問題ありません」

「ふーん。で、どんな秘策があるわけですかこのノウナシにもお教え願いますドロシーさん」

「もちろんんです。いいですか、私たちが探すのは<ライトストーン>という魔石です」

「ライトストーン?」

 

 まるで聞き覚えのない名前だった。

 

「日本国では月光石(げっこうせき)と呼ばれる稀少な鉱石です。その名の通り眩い輝きを放ち、月の魔力を浴びた摩訶不思議な物質という噂です」

「月の魔力か、なんともオカルト臭い。機巧魔術(マキナート)全盛の今時、そんな迷信めいた噂話を信じるとは酔狂な科学者もいたもんだ」

 

 黒鵜がそう言うと、いつの間に移動したのか顔が触れ合うほどの距離に火垂がいた。

 首元には彼女の手が添えられている。外見はか弱そうな女の子でも自動人形。その気さえあれば、生身の人間の首ぐらい楽に握り潰すだろう。

 

「マスターを侮辱するなら覚悟しておきなさい。私の気持ち一つで、お前を遭難死亡扱いにして帰ることもできるのですよ」

「冗談ですから。僕だって、学院生トップの魔術師を馬鹿にできるほど命捨ててませんよ」

「笑えない冗談もほどほどにしておきなさい」

 

 ギロリと至近距離から睨み付けて警告する火垂。だが、怒る彼女とは裏腹に黒鵜の鼓動は極限まで高まっていた。

 なぜなら自動人形とはいえ、超がつくほどの美少女が自分の身体に密着しているのだ。さっきから香ってくる女の子特有の甘い匂いや、慎ましくも出るとこは出てる柔らかな感触が理性の壁をがりがりと削り取っていく。

 このままでは不味い。こんな山奥で女の子を襲ったなどと妙な噂でも立てば、ドロシー辺りが地獄の閻魔様も裸足で逃げ出すぐらいの残虐な死刑執行(おしおき)をフルコースで用意するかもしれない。いや、確実に用意する。

 離れなければと動き出す寸前に、先に火垂が身を放してくれたのだった。

 ホットした黒鵜。火垂は未だに鋭い眼光をぶつけてくるが、黒鵜が恐怖とは別の理由で焦っていたことを彼女は知らない。

 

「話を戻しますが、ライトストーンは満月の晩にのみ月と同じ光を見せる天然の発光物です。それ以外はどこにでもある石ころと見分けがつかないので、実際見つけ出すのは至難を極めると言われています。しかし、今の時期に限り満月に関わらず夜間であるなら数日間は絶えず発光することが最近の研究で判明しました」

「あれ、迷信の代物じゃあなかったのか」

「当たり前です。数が少なく探索も困難な鉱物ですが、ちゃんと実在しています。その稀少性から謎が多い石ではありますが、特別な魔力を含んでいるのは事実です。マスターならば必ず全貌を解き明かし、未来の素晴らしい発明に活かしてくださるでしょう」

「見つけた後のことはそっちにお任せします。それで、そのお石さまが出す光を頼りに見つけようってわけ?」

「はい。ライトストーンの光は街頭と大差ない大きさです。遠方の村や町では微かに見えるだけですが、こうして山の中で近付いて見れば位置がよく分かるでしょう」

「・・・無茶振りもいいところだ。この険しい山と広い森から一筋の光を見つける。難易度はそんなに変わってないと思うよ。それ以前に、ライトストーンがここにあるって根拠はなんだ?」

「実は、一世紀前にこの辺りには<魔の山の暴竜>という名の怪物がいたそうです。その怪物は優秀な一人の騎士によって討伐されたと言われていますが、その騎士は山の中で光輝く不思議な石を見たという伝承が残っています」

 

 淡々と百年以上前にあったという昔話をする火垂。黒鵜は考えないようにしたかったが、どうしても確かめざるをえないので聞いた。

 

「その伝承に現れた光る石がライトストーン?」

「他にありません」

「百年前のお話だよね、それ」

「その通りです」

「まさかとは思うけど、ここを探索する場所に選んだ理由、それだけ?」

「だったらなんですか」

 

 しつこく尋ねる黒鵜を鬱陶しそうに見る火垂。彼女は相方の面倒臭さに呆れて溜息を漏らしていたが、黒鵜の方は溜息どころではない。

 ショックで開いた口が塞がらない黒鵜は、今回の仕事を引き受けて心底後悔している真っ最中だった。

 

(嘘だろオイ。本当にライトストーンの手掛かりがそんなカビの生えた騎士物語だけなのか。百年前にあったかどうかも怪しい小石が今も残っているわけない。こんなことなら、意地でも頼みを断れば良かった。このまま石が見つからずに帰って商談が白紙になったら、セフィラお嬢さまからどれほど悍ましい罰則を受けるか・・・想像するだけで死ねる!!)

 

 寒くもないのに冷や汗と痙攣が止まらない黒鵜。訝しむ火垂が思わず声をかけそうになる怯えっぷりだった。

 それでも、黒鵜はこんな絶望的状況で尚も死中に活路を見出そうとしていた。

 

(落ち着け僕。石を見つければ何の問題もない。確かに広い土地だけど、人里離れた山奥にはランプすらありはしない。あるのは夜空を照らす星たちのみ。幸いにも目標物は光る物体。夜になればこの近辺はほぼ完全な暗闇で覆われるはず。光を放つものがあればどんなに遠くにあっても見つかるはずだ。というか絶対に見つけてみせる)

 

 黒鵜は震えを止めると、突然元気よく顔を上げた。

 

「要領は理解しました。つまり、ひたすら光るものを探し続ければいいわけですね」

「はい。ですから日中は睡眠と休憩を取り、太陽が沈んでから行動をーー」

「ならば善は急げです!! 待っていろライトストーン!! 必ずお前をゲットしてやるぜーーーーーー!!」

「ちょっ!? ノウナシ!?」

 

 精神的に追い詰められた黒鵜は落ち込み、そして一回りして立ち直った時にはハイになり過ぎてしまった。

 火垂の静止も振り切り、もの凄い速度で近くの森の中へ駆け走る。

 そのまま森を抜け、川を泳ぎ、山を越え、そのまた次の山も越え、体力が尽きた時にはとっくに夜になっていた。

 そして、黒鵜は今更になって重大なミスに気付く。

 

「ここ、どこだ・・・?」

 

 唯一人居た協力者とも離れ、感情のままに足が止まるまで走り続けた黒鵜。

 現在の彼は、見紛うことなく遭難者だった。

 

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