黒鵜は暗い山道をたどたどしい足取りで進んでいた。
体力には自信のある黒鵜だが、さすがに半日以上走り続ければ立っているのもやっとだった。それでも足を止めないのは、置いて来た火垂と合流しなければという使命感あってこそ。
「足が重い。身体が怠い。でもそれより、こんな暗闇で一人ぼっちなんて寂しくて孤独死しそうだ。早く火垂さんを見つけないと・・・」
荷物を積めたリュックがまるで重石のように感じられる。
先程からいくら歩いても見えるのは岩肌と草木のみ。辛うじて夜空の星を見て方角を確かめているので自分の位置を見失うことはなかったが、このままでは元の地点に戻るのに一日以上かかりそうだ。
「ああ、やっぱり勢いだけで動くもんじゃないな。おまけに川に飛び込んだから余計に体力使ったと思う。服はもう乾いたけど、風邪でも引いたらどうしよう」
黒鵜の声はいつもよりずっと気落ちしていた。
擦り減った体力は元より、朝から何も食べてなかったので空腹感が身体から力を奪っていたのだ。
そんな時、黒鵜が視線の先で何かが微かに動くのを目撃する。
見ると、草むらから一匹の猫が現れた。茶色い毛並はところどころ葉や土で汚れており、見るからに人馴れしていない山猫だった。
そして、猫と黒鵜の目が合う。猫の金色の瞳は闇夜でもよく輝き、黒鵜はそこに猫がいることをはっきりと目視できていた。
「見つけた。今日の晩飯・・・!!」
腹を減らした黒鵜には眼前の猫が歩く高級フィレ肉に見えていた。溢れ出る唾を飲み込み、リュックから音も立てずに小型のナイフを取り出す。
そのまま血走った目で猫に近寄る。刺激しないよう静かに接近を試みた黒鵜だが、彼の心境などお構いなく空き腹は我慢出来んと盛大に音を鳴らして自己主張した。
猫は突然響いた異音に驚き、また草むらの中に戻ってしまう。
「待てーーーーーー!!」
すかさず追い掛ける。食欲が限界寸前の体に鞭打ち木々の間を走らせているが、如何せん体力が付いてこない。
今の黒鵜の走力はさして速くなく、鈍くなった思考は周囲への注意を散漫にさせていた。時折だが地面に張った根に躓き、手足には軽い擦り傷が出来る。
それでも懸命に猫の行く先を辿って行った。やがて猫の鳴き声が近くで聞こえると、黒鵜は最後の力を振り絞り前方の草陰へとジャンプする。
「捕まえたぞーーーー今夜のごはんーーーーーーーー!!
両手で抱き締めるように草の奥に隠れていたものを掴み取る。
しかし、それは期待した肉の柔らかさではなく、もっとごつごつした頑丈な丸太であった。
「は?」
よく見れば、猫がいたのは自身の右三メートルの辺り。どうやら焦って飛び込む場所がズレてしまったようだ。らしくなく間抜けなミスだが、疲労のせいで冷静さを欠いていたのも影響しているのだろう。
さらに悪いことに、黒鵜が飛び込んだ先にあったのは激流と呼ぶべき荒れ狂う大河だった。
「う・・・うそだろおおおおおおおおっ!?」
空中では羽のない人間に抗う術はない。黒鵜は叫び声を上げると、そのまま水中へ落ちてしまった。
夜という視界の悪さに加えて、力の入らない黒鵜にはもうどうすることもできない。
そのまま黒鵜は、凄まじい水の奔流に押し流されてしまうのだった。