黒鵜が歩いてから三十分が経った頃、ついに外へとつながる道が見えてきた。
「ようやく出口か。結構長い鉱山だったな」
外に出るとまだ夜は明けてなかった。辺りは暗いが、星明かりがあることを思えば洞窟とは雲泥の差といえるだろう。
「ランプはまだ付けておこう。熊とかの猛獣避けになるし、火垂さんが明かりに気付いて来るかもしれない」
ランプの光をかざし、岩山を足を転ばせないよう注意しながら下っていく。すでに閉鎖されたとはいえ、かつて鉱山だったため洞窟の外にもある程度整備された道が続いていたのは幸いだ。
かつての労働者が通っていたであろう道には、その名残である木の杭に結びつけた鎖が森の手前まで続いていた。錆びついた鎖を辿り、ゆっくりと下山していく。
その途中、見覚えのある地点を通る。
「ここは、たぶん最初に飛ばされた場所じゃないか!?」
よく観察すると、辺りの景色に見覚えがあった。ここが最初の地点で間違いない。
「おーい、火垂さーん!! いたら返事をしてくれー!!」
掠れた喉で懸命に周囲へ呼びかけるが、返事が返ってくることはない。
「いないのかー!? 火垂さーん!! 火垂様ー!! 火垂大明神ー!!」
名前の呼び方を変えたぐらいで出てくれば苦労はない。しばらくそうしていたが、やがて諦めて黒鵜は移動した。
「火垂さんも僕を探してあちこち移動してるのかな? ああっ、やっぱり一人で勝手に動くんじゃなかった。きっと火垂さん今頃カンカンになって怒ってるだろうなー」
とはいえ、一刻も早く合流しなければならない。四日目の朝にはマグナスが迎えに来る予定で、それまでにライトストーンを発見しなければ契約解除。そうなれば、依頼主である己の主に八つ裂きにされるとも限らないのだ。
「結局一日無駄にしたけど、まだ二日残ってる。見つかる可能性がる限り諦めないぞ」
そう意気込んでいいると、少し遠くの森で大きな咆哮が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
森全体を震わせたのではないかと黒鵜が怯えるほどの大音響。獣の鳴き声だとは思うが、それにしてもこんな馬鹿でかい鳴き声を出す動物を黒鵜は知らない。
その時、前方の木々の奥から激しい物音が聞こえた。何者かが草木を掻き分けこちらへ走って来ているようだ。
「何か近づいてくる。火垂さんか。それとも、さっきの鳴いていた動物・・・?」
得体の知れない恐怖に身構える黒鵜。草陰が揺れる。
向こうから出てきたのは、前に見た時より若干汚れが目立つ火垂だった。
「よかった。おーい、火垂さーん!! こっちですー!!」
現れたのが見知った人物であったので、安心から胸を撫で下ろす黒鵜。火垂に自身の存在を知らせるべく声を上げて呼びかける。
火垂は坂上から呼ぶ黒鵜の姿を見つけた。しかし、そこに浮かんでいたのは再会の喜びではなく単純な怒りだった。
「この役立たずの極潰し単細胞が!! 今までどこをほっつき歩いていたのですか!?」
「ええっと、川流れにあって洞窟を彷徨ってましたー・・・なんて」
どう答えるのが最善か悩む黒鵜。どうも思っていた以上にあちらの怒り具合が大きいので、馬鹿やってドジを踏んだと素直に喋るべきか迷う。
しかし、火垂の様子はどこかおかしかった。怒っているのは間違いないが、それはどちらかというと苛立ちよりも焦りに近いように見える。
火垂は尚もこちらへ走り続けながら叫ぶ。
「なんでもいいから早く魔力を寄越しなさいノウナシ!! いくら私でも、魔術抜きで<アレ>の相手は手に余る!!」
「え? アレって一体ーーーー」
疑問を口にするよりも早く、それは姿を現した。
火垂の背後、生い茂る木々を薙ぎ倒して森から巨大な四足歩行の生物が出てくる。身体の大きさはおよそ五メートル。全身を茶色の体毛で覆い、四本の足には黒鵜の腕ほどはある長い爪が伸びている。顔付きは猫に似ているが、野性味を帯びた目に町中の猫のような人懐っこさは微塵もない。
何より、その額には明らかに人工物と思える不気味な赤い宝石が埋まっている。驚いた黒鵜がランプを地面に落とす。
その宝石に、黒鵜は見覚えがあった。つい最近、学院で同じものを見たのだから当たり前だ。
「あれは、ゲイザーさんを操っていたものと同じ・・・!?」
だとすると、あの化け猫の正体にもおおよその察しがつく。
「ボケっと立っている場合ですか!!」
火垂の呼び掛けが聞こえ、停止していた思考が動き出す。それと同時に、黒鵜と眼前にいた化け猫の視線が重なった。その途端、化け猫は近くの火垂を越えて真っ直ぐ黒鵜に飛びついてきた。
黒鵜にはその動きが見えていた。だが、足を負傷して動きの鈍い彼にそれを避ける術はない。
よって、攻撃が当たらなかったのは偶然の女神がもたらした奇跡だと言えるだろう。
「うおっ!?」
黒鵜の体がいきなり消える。化け猫の振り被った鋭利な爪は地面に落ちていたランプを貫いた。中身のオイルが漏れて引火し、化け猫の周囲に小規模だが炎が吹き上がる。
突然の炎に化け猫は悲鳴を上げ、炎から避けるように山頂へ向かい走って行った。
そして黒鵜は、化け猫の飛び込んだ地点から後方数メートルで目を回し伸びていた。
化け猫が地面を蹴った時、黒鵜は無意識に後退りしたがそこで足元を滑らせたのだ。態勢を崩した黒鵜は、そのまま斜面に沿ってグルグルと転がり落ちる。
狙ってやったわけではないが、怪我の功名で黒鵜は怪物に刺し殺されずに済んだ。
一部始終を見ていた火垂は相方の間抜けな姿に呆気に取られたが、すぐ黒鵜を回収すると取って返す勢いで森へと引き換えした。