「うう・・・まだ頭がぐるぐる回ってる気がする・・・」
森の樹木に腰かけた黒鵜は気持ち悪そうに目を回している。
「シャキッとしなさい」
怒り心頭の火垂がそんな黒鵜を強引に立ち上がらせて、その頬を容赦なく叩く。
「ぐふうっ!?」
結構威力があったので、黒鵜はその衝撃にまた意識が飛びかけた。
「まだ目が覚めないのですか? 世話の焼ける男です」
それを火垂は寝ぼけていると勘違い。とにかく黒鵜を起こそうと顔へビンタをしまくる。
バシンバシンと叩く側には痛快な、やられている側には苦痛でしかない音が鳴り続く。
「も、もういいれす!! おきまひぃた!! おきまひぃたからぁ!!」
堪りかねた黒鵜が呂律の回らない口で懸命に言う。
火垂はそれを聞いてようやく張り手を打つことを止めた。もっとも、その顔は相変わらず不機嫌なままとなっているが。
火垂が手を放すと、力の入らない黒鵜はずるずると木にもたれ座りこんだ。
「まったく、一人で消えたかと思えば再会していきなりドングリのように転がるとは何事ですか。漫才がしたいだけなら、いっそ今すぐ死になさい」
「あの状況でギャグに走る勇気はないよ!?」
「失礼。ただ本音が漏れただけです」
「それ要するに僕に死ねって言ってるよね!? そこは冗談ですって付け加えて欲しいよ!!」
大きな声を上げて抗議した黒鵜だが、即座に火垂の手で口を塞がれる。
「お前は真性の馬鹿ですね。そんな大声を出せばアレに気付かれるでしょう」
小声で火垂が言った後、遠くで猛獣の吠える声が響いてきた。どうやら、あの怪物が戻ってきたらしい。
火垂るに
「さっきは驚いたよ。やっと君に会えたと思ったらあんなでかいペットを連れてくるんだから」
「あんな気味の悪い生物を飼う物好きがいるものですか。お前の脳味噌はそこまで腐っているのですか。あっ、失礼でした。お前は脳無しでしたね」
「それ多分字が違うよ。脳味噌ないと生きてませんから」
「くだらないツッコミを入れている場合ですか。とにかく、まずはお互いがこれまで何をしていたか情報交換しましょう」
「了解。ただし、危険な状況なので手短に済ませよう」
まずは黒鵜がこれまでの経緯を話した。
山猫を追い掛けて川に落ちたところを説明すると、火垂が頭痛を堪えるように頭を押さえたが弁明のしようもない。あの時は黒鵜も追い詰められていたのだ。
一通り黒鵜の説明が終わると、火垂が添え木をされた左足に視線を向ける。
「よりによって機動力の要である足首を痛めましたか。ここまで使えない奴だと怒りを超えて憐れみさえ覚えます」
「面目次第もございません」
「ノウナシのお馬鹿振りは理解しました。次は私の番ですね」
それを待ってたと黒鵜は姿勢を正して聞きに入る。どうしてあんな怪物がいるのか、そして火垂が追われていたのか、聞きたいことは山ほどある。
「まず、お前がいなくなった後ですが、私はしばらくお前の後を追っていましたが森の中で完全に行き先を見失いました」
さすがに視界の悪い森の中では追い付けなかったか。
「それからはお前のことは死んだものとしてーーーーいずれ戻ってくると信じて、私一人でライトストーンの捜索を開始しました」
「おい、今明らかに僕を見捨てたような発言を聞いたんですけど」
僕の何度目かの抗議も火垂はスルー。
「そうして二日間探し続けましたが、成果は無し。そして今晩、聞き慣れない雄叫びが耳に入ったので様子を見に行くと、あの怪物に遭遇して襲われたというわけです」
なるほどと納得する黒鵜。
火垂の話を聞いても、あの化け猫がどこからやって来て、なぜ僕たちを襲撃したのかについては分からず仕舞いだった。
そこで黒鵜は、他に聞き捨てならないことがあるのに気付く。
「待ってくれ火垂さん。たしか、二日間捜索したと言ってましたか?」
「そうです」
「あの、今日は何日ですか?」
「ここへ来て三日目の夜です。とうとう日付も数えられなくなったのですかお前は」
確認を取った黒鵜は相当なショックを受けた。まさか、川で溺れてから二日も経っていたとは想像だにしなかった。
洞窟で目を覚ました時、川底は浅いがそれでも水は流れていてずっと身体は浸かったままだった。水に濡れつづけていたので、二日経っても衣服が渇いてないことに違和感を感じることはなかった。
体の疲労がやけに大きいのも、思っていた以上に長時間川の水で冷やされたせいだったのだと実感する。
さらに魔が悪いことに、あのような化け猫の登場だ。もうどうしようもない。
「どうしよう。明け方までに石を見つけるなんて無理だし、あの化け猫からも逃げられるかどうか・・・」
黒鵜が弱気な言葉を漏らすと、火垂はそれを鼻で笑った。
「笑わせないでください。この後マスターが迎えに来て下さるのに、あのような不貞の輩を放っておけるわけがない」
「まさか、あいつを倒すとでも言うつもりか?」
「もちろん。さあ、お前の魔力を渡すのです」
火垂が黒鵜を指差す。
「あ、そういえば火垂さんは自動人形でしたっけ。でも、それなら人形使いがいない間どうやって動いてーー」
黒鵜は自らの疑問に対する回答を、すでに知識としてもっていた。
「私はマスターが作り上げた
やはり、と黒鵜は半ば思っていただけにすんなり納得した。
禁忌人形は国際倫理規定では禁止されているが、隠れて製造している魔術師は結構いるとされる。より強力で高性能な自動人形を作れるのなら、例え法を犯してでもやるのが魔術師というものだ。
それに、<夜会>で〝禁忌人形を使用してはいけない”という規約はなかったはずだ。
禁忌人形であることさえ隠しておけば、何も問題は起きない。
それに禁忌人形は微弱だが魔力を生成できる。魔術回路の起動こそ無理だろうが、一人で動くだけなら造作もない。
「言うまでもありませんが、このことを他言すれば命はありませんので悪しからず」
「はいはい。秘密はきちんと墓まで持っていきますよ」
「だったら魔力を。私の魔術回路が使えれば、あんな猫一匹楽に消し飛ばせます」
火垂は魔力を催促したが、黒鵜は苦い顔をしたまま首を横に振る。
「何のつもりですか?」
「非常に言い辛いのですが、僕はどうも魔力を体の外へ放出するのが苦手な体質みたいなんです。昔から治そうと訓練していても、絞り出して常人の半分以下の魔力量。魔力を引き出すために掛かる時間も数倍でした」
「・・・それはまさか、私に魔力を送れないという意味ではありませんよね?」
「そうですよ。だから僕は自動人形が全然使えないんです。加えて言うと、今の僕は体力が減っていて魔力を練ること自体できそうにありません」
「それは傑作です。もはや笑うしかありません」
「ですよねーあははははは」
本当に笑っていると強烈な腹パンを受けて悶絶した黒鵜。
「仕方ありません。ここはマスターが来てくださるまでどこかに身を隠してーーーー」
その時、怪物が木々を薙ぎ倒しながら急激に二人の元へ迫ってきた。