獰猛な鳴き声に合わせて怪物の足音が近づく。
真近に迫りくる危機に黒鵜が額からだらだらと冷や汗を流していると、火垂がとある提案をしてきた。
「現状を踏まえて、私たちが取れる選択肢は三つあります」
「なんですか」
火垂が指を一本立てる。
「一つ目。足手纏いのノウナシを捨てて私は逃げる」
「却下でお願いします」
黒鵜が拒否すると、続けて二本目の指が立つ。
「二つ目。役立たずのノウナシを餌にして時間を稼ぐ」
「火垂さん。迷惑かけたことは謝りますから僕のことも助けてください。お願いします」
死の宣告に黒鵜は泣きながら助命を乞うた。
火垂は溜息を吐くと、渋々といった感じに三つ目の指を突き立てる。
「やはり三つ目の選択が現実的なようですね」
「それは?」
「簡単です。お前はあの怪物を避けて森を大きく迂回しながら最初の地点に戻り、マスターが到着されたらすぐに起きたことを伝えるのです」
「ちょっと待ってください。じゃあ、火垂さんはどうするの?」
「私は、あの怪物が森から逃げないよう足止めします」
淡々と告げた火垂に黒鵜は目を見開いた。
「まさか、自分が囮になるつもりですか!?」
「他に方法がありません。本来ならお前に任せたいところですが、その身体では五秒もたずにミンチです。だとすれば、多少は動ける私がやるしかない」
「・・・それでも、人形使いがいないと魔術が使えない。いくら自動人形でもあんな怪物と素手で戦うなんて無謀過ぎる」
「やれやれ、あまり見くびらないでほしい」
火垂は自分が勝ち目のない戦いに身を投じることを理解している。
だからこそ、彼女は決して無様を晒すまいと誇らし気にその背を向けていた。
「私は王立機巧学院にて歴代最高と称えられし魔術師たるマスターが、その持てる技術の粋を費やし御造りになった自動人形の一体。人形使いの手助けなどなくとも、猫一匹ぐらい楽にあしらってみせます」
「駄目だ、それなら僕も一緒に戦います。二人で協力すれば、明け方まで凌ぐぐらいなんとかなるかもしれない」
黒鵜は火垂を引き止めようとその肩に手をかける。
その直後、黒鵜の視界が反転した。火垂は肩に置かれた黒鵜の手を掴むと、そのまま前方の茂みに向かい背負い投げで黒鵜を投げ飛ばした。
力の入らない黒鵜は成す術もなく草の中へと埋もれる。
「うわあっ!?」
驚きの声を上げた黒鵜はなんとか立ち上がろうともがくが、体力のない身体は思うように動かずじたばたするだけだ。
「まるで陸に打ち揚げられた魚。そんな様で私の手助けをしようとはとんだお笑い草です」
「な、なにを」
今もフラつきながらなんとか起き上がる黒鵜。その分を弁えない惨めな姿に、火垂は冷笑でもって答えた。
「分かりませんか。お前に出来ることはマスターへの伝言役だけ。それが嫌なら、せいぜい怪物の餌になるしかない。でも、お前も死にたくはないのでしょう」
「・・・・・・」
「マスターへの伝言、命に代えても果たしなさい。それが私への、最大限の助力になります」
言い返せない黒鵜にはもう目もくれず、火垂は暗闇の向こう側へ走って行った。