死霊使いの従者   作:マサオ02

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少女の助っ人

 火垂と黒鵜が謎の怪物に襲われていた頃。機巧学院の自身の研究室の地下でマグナスは作業を続けていた。

 この二日間。マグナスは人形たちにも手伝わせて特殊な通信魔術の準備を行っていた。様々な機械設備を置き、ある種の魔法陣も作成した大掛かりなものとなる。黒鵜が転送前に見た様々な設備は黒鵜たちを送り込むためのものではなく、これからとある人物と面会するためのものだった。

 一通りの準備が完了すると、マグナスは中央に描かれた魔法陣に魔力を注ぎ込む。

 学院の教授レベルでなければ理解不能な複雑な術式が起動し、設置してある各計器によって細かい調整や術式の安定化が実行された。

 やがて床の魔法陣から黒い霧のようなものが吹き上がり、それは雲のように形を変化させて幅二メートルの鏡となった。

 漆黒の霧が立ち込める室内に浮かぶ鏡には別の風景が写し出されていた。中に見えるのは薄暗い地下室とは別の、気品溢れる上質な洋室。そこで黒い髪の美少女が優雅な立ち振る舞いで向こう側から覗きこんでいた。

 

『はじめまして。お前が<偉大なる者(マグナス)>ですね?』

 

 少女が問いかけると、マグナスは無言で頷いた。

 普通なら仮面で素顔を隠した人間、それも天下の機巧学院の魔術師に気安く話しかけられる子供などそうはいない。

 しかし、この少女に限って言えばその常識は当てはまらない。何故ならば、彼女は見た目通りの幼い少女ではないのだから。

 少女は舌なめずりするようにマグナスを観察する。

 

『風の噂に聞いた通り、類稀な資質に合わせて深き業を背負った者の目をしている。この私の目に狂いはありません。お前こそ、いずれは歴史に名を残すであろう覇者』

「かの結社でも恐れられる薔薇の魔女、<黒薔薇>様にお褒めいただけるとは光栄です」

 

 お互いに褒め称えているのに、言葉とは裏腹にその表情には親愛の色は欠片も入っていない。どちらにとってもこれは悪魔でビジネスの話。だからこそ、こうして会話中でもそれぞれの手札は見せず、相手の心情や手の内を探ることを意識しているのだ。

 

『まずは、私の書いた通りの魔術式で連絡を入れたことに礼を言っておきましょう。この<黄泉の魔鏡>は対となる鏡に映った風景と音を伝える秘術。この鏡による通信は私の支配する異空間を経由しておりますので、現実世界からの如何なる傍受、盗聴も受け付けない優れモノですわ』

「この方法でしか連絡を受けないと指示されたのは其方です。そんなことより、仕事の話をしましょう」

『せっかちな男。まあいいでしょう。それで、私が依頼した魔術回路はどうですか。まさか作れないなどとは言わせませんけど』

「ご心配なく。少々の時間はかかりますが、お望みの仕上がりで渡します」

『よろしい。ところで、添付しておいた書類の通りにはしたのでしょうね』

「貴方の希望に沿い、回路の要となるライトストーンの採取に神薙黒鵜を向かわせました。しかし、本当に彼が見つけられるのですか?」

 

 今回、マグナスが黒鵜にこの仕事を任せた本当の理由は黒薔薇からの注文だった。

 黒鵜が手渡した契約に関する書類。その中に、黒薔薇の直筆で『ライトストーンの採取には必ず神薙黒鵜を同行させること。また、石は彼にしか見つけられない』と明言されていた。

 

『確証はありません。しかし、あの者が神薙博士の子であるならば、やはりあの石を探し当てる者は他にいないでしょう』

「日本における月光石研究の第一人者にして、魔術回路製作において他に類を見ない独自技術を開発したことにより魔術学会からも一目置かれていた科学者」

 

 マグナスは知識として知っていた。神薙黒鵜の父親が生前研究していた内容が月光石ーーライトストーンについてであったことを。

 黒鵜に名前を聞いた時「覚えておく」と言ったのは、黒鵜の苗字が同じことから彼が高名な神薙博士の関係者、もしくは身内だと推察したためであった。

 

『ええ、実は私も生前の博士と個人的なお付き合いがありましたの。その博士に貸し付けた借金の返済として、伝手であの子を引き取ったりもしましたけど、今にして思えば良い買い物をしましたわ』

「しかし、見たところ彼は魔術師ではありません。本人も自分はただの使用人だと断言しており、魔石を発見する技能をもつとも思えない。何故、ライトストーンの探索に彼を同行させたのですか?」

『生憎ですが、これ以上あの子の素性を探るような真似はお止めなさい。契約書にも明記しておいたでしょう〝お互いに内情を調査することは禁ずる”とね』

 

 それは黒薔薇が特に念を押していた部分だ。この仕事は互いにとって有益となるものだが、だからこそ仕事以上のことへ深入りすべきではないと。

 無論隠し事があるのはマグナスも同じ。興味本位で探りを入れたのでは、お互いに余分な疑心を抱かざるをえなくなる。

 もっとも、相手の素性や真の目的を知らないのは二人ともなので、現在も最低限の警戒は怠っていないのだった。

 

「失礼しました。では、石は彼が持ち帰ると信じておきましょう」

『そうしなさい。そちらも監視役の人形をお供に付けているようですが、敢えて何も言わないでおきます。あの子もおっちょこちょいのトラブル体質ですから、見せ掛けでも自動人形の護衛はいた方が良い。あまり意味はなさなかったようですが』

「・・・何か問題でも?」

『大したことではない。あの子に忍ばせた私の影が言うには、ちょっと気性の荒い山猫とじゃれ合っているそうだから。明け方に回収するまでには片が付いているはずよ』

「了解しました。それで、此度の依頼報酬ですが、約束した例の物をお譲りしてもらいます」

『もちろんです。ただし、報酬はこちらの依頼品が納品された後で渡します』

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 明け方近くも、まだ空は暗く太陽は姿を見せない。

 そんな闇夜の森を一体の人影が駆ける。その背後から巨大な猫を思わせる猛獣の牙が迫ってきた。

 人影は軽快な身のこなしで翻ると、大きく開かれた猫の口を綺麗に回避した。

 猫はそのままの勢いで前方の木と衝突、したかと思えばなんとその幹を大きな音を立てながら噛み抉ってしまった。猫は齧った部分を口から吐き出し、その後ろで抉られた木がバランスを崩し倒れる。

 

「図体ばかりの畜生が・・・本当にしつこい・・・」

 

 そうぼやいた火垂は、激しく息切れしながら眼前の脅威を見据える。

 追い掛けられて早一時間。どうやらあの怪物は力は強いが動きは鈍いらしい。鋭利な爪や牙に襲われつつ、火垂は敵よりも小柄な体と俊敏さを活かして攻撃を躱していた。

 しかし、それも限界に近かった。

 

「くっ・・・体が重い・・・魔力が・・・完全に切れましたか・・・」

 

 その場で座り込んで動けなくなった火垂。激しい動悸の原因は疲労以上に、魔力の枯渇によるところが大きかった。

 禁忌人形は自前で魔力供給が可能だが、それも人形使いの与える魔力と比べれば雀の涙ほどでしかない。通常運転ぐらいなら問題もないのだろうが、戦闘で動き続ければあっという間に魔力が底を着くのは当然だった。寧ろよくここまでもったと、魔力の消費を抑えるよう慎重に動いた火垂を褒めるべきだろう。

 

「夜明けは・・・まだ・・・」

 

 顔を上げても夜空が明るくなる気配はない。火垂は悔しそうに歯軋りした。

 

 ーー何がマスターの作り上げた最高の自動人形だ。

 --自分一人では時間稼ぎもまともに果たせないなんて、出来損ないもいいところではないか。

 

 マグナスは送り出す時に「任せたぞ」と言っていた。

 それが単なる命令だと分かっていても火垂は嬉しかった。道具とは必要にされて初めて価値が生まれるもの。ましてや自らの創造主の頼みであれば、それを果たせることは人形冥利に尽きる。

 道具とは本来そういうもの。所持者が命じるまま、何の感情ももたず従うだけでいい存在だ。

 道具に心など、余分以外のなんであるのか。

 

 --なのに私は、どうして悲しんでいるのだろう・・・?

 

 火垂は一人涙していた。

 己の不甲斐なさも、目の前の怪物に対する恐怖もすでに考えてはいない。今彼女の心中を満たしているのは、敬愛する主が自分を助けてくれないという事実への悲観だ。

 

 --私は何を期待していたのだ。道具とは便利だから使われるだけのもの。動けなくなった道具などただのガラクタ以下。わざわざ身の危険を冒してまで駆け付けるはずがない。

 

 本来なら、自動人形が人形使いのために壊れることはあっても、人形使いが自動人形を身を削ってでも守ることは滅多にない。

 火垂もそれは分かっていたが、いざ見せつけられると顔を流れ落ちる涙を止めることはできなかった。

 

「申し訳ありませんマスター・・・お役に・・・立てませんでした・・・」

 

 凶暴な猛獣の顔が真近にある。開かれた口の隙間からはだらだらと涎が流れて足元を汚していた。

 自動人形を喰うつもりかと火垂は少し驚いたが、考えてみれば自分は禁忌人形。内部に格納された生身の肉の匂いにつられていても不思議はない。

 火垂は覚悟を決めて、そっと目を瞑った。怪物は動かなくなった少女の身を裂くべく、爪の生えた前足を振り下ろそうとする。

 

 その瞬間、怪物の横顔に手のひらほどの大きさの石がぶつかった。

 怪物は前足をゆっくり下ろすと、顔を痛そうにしかめて石が飛んできた方向を向いた。

 

「----え?」

 

 火垂も目を見開いて振り向いた。

 

「やっぱり、女の子一人に戦わせるのは男として我慢できませんでした」

 

 折れ枝を松葉杖代わりにして立つ少年は、顔色の悪さを気にもしない元気な笑顔でそう言ってのける。

 

「助けにきたよ、火垂さん。僕たち二人で、そこの化け猫を退治しよう」

 

 そうして空いた右手で新たな石を握り絞め、神薙黒鵜は舞い戻ってきた。

 

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