船や列車を乗り継いで移動すること数日。リヴァプール行きの列車の一等客室に黒鵜達はいた。
椅子に座っているのはドロシーと黒鵜。対面の席に座りながら、お互いを無視するようにそっぽを向いてしまっている。屋敷を出発してからというもの、二人はことあるごとに喧嘩してばかりだった。この二人は出逢った瞬間に色々あったせいで仲がよろしくない。とある事件をきっかけに多少改善されたものの、まだあまり一緒にいるのは好きではないようだ。
「お二人とも、もうちょっと仲好くしましょうよ~」
随分と間延びした声をかけたのは、ドロシーの隣に座っていたメイドだった。黄緑の髪を後ろで纏めた妙齢の女性。春の陽気のように柔らかな雰囲気とコロコロと表情を変えて笑う姿が印象的だ。
「カトレアさん。僕たちは別に相手が憎いからいがみあってるわけじゃありません」
「そうよ。大っ嫌いだから顔も合わせたくないだけ」
「そんな小学生じゃないんだから~」
カトレアはセフィラが寄越した世話役のメイドだ。二人が出発した翌日に合流して、黒鵜と共にずっとドロシーの身の回りの世話をしている。黒鵜とカトレアが顔を合わせるのは初めてだったが、お互い気が合うのかすぐに打ち解けることができた。
「それにしても、カトレアさんがいてくれて助かりました。僕一人では我儘娘の相手は手に余りますから」
「いえいえそれほどでも~」
「なによその言い方!? カトレアも便乗してんじゃないわよ!!」
なぜかカトレアと二人だけで話しているとドロシーの機嫌が悪くなることが多いのだが、黒鵜にはまるで原因がつかめなかった。除け者にされると寂しがるタイプか。面倒なことこのうえない。
「失礼しました~」
「謝る必要ありませんよカトレアさん。アホの子は適当にあしらっておけばいいんです」
「この・・・いつか絶対泣きながら服従するように躾てやるぅ・・・」
「はははっ! ドロシーも冗談が上手い。ドーベルマンに吠えられて大泣きしていたのはどこの誰でしたっけ?」
「知らない!!」
そうしてコントのようなやり取りを続けるうちに、ついに列車は目的地へと到着した。
「ここが、機巧都市リヴァプール」
荷物を運び出した黒鵜は壮大な街の景色に思わず見惚れていた。
立派なお屋敷で生活していた彼にすれば建築物のレベルそのものは然程驚くものでもなかった。どの建物もなかなか優れた建築士が建てたものでも、住んでいた屋敷と比べれば見劣りする。
しかし、近代的な建造物が何層も連なる様は見る者の心を躍らせる。世界でも有数の貿易都市にもなっているこの街には外国からの客も非常に多い。見知らぬ人波に押し流されないよう注意しつつ、三人は学院へ向かう定期馬車へ乗り込んだ。
そうして馬車に揺られながら約一時間。ようやく学院の入り口に三人は降り立った。
「でっかい柵。まるで城門じゃない」
「世界最高峰の魔術学府ですしね~警備も見るからに堅そうです~」
見上げるとゆうに五メートルはありそうな頑丈な鉄柵。その両端から地平線の先まで伸びるように石造りの堅牢な壁があり、上部には見張りと重火器が所狭しと設置されている。
刑務所を上回るほどの徹底した警備体制。学院内にある魔術技術は貴重なうえ国家間のパワーバランスに影響を及ぼすほどの力をもつものがある。それゆえの相応の対応といったところか。
「ここで、僕たちの新しい生活が始まるのか」
「感慨に浸ってんじゃないわよ。さっさと編入試験を済ませて休ませてもらうわ」
「ドロシー様が試験を受けてる間に~私たちは荷物を別邸のお部屋に運び入れておきますね~」
「お願いするわ。言っておくけどクロウ、もしも私の私物に指先でも触れたらーー」
「分かってますよ。僕も命は惜しいですから」
ドロシーは講師に連れられて別室へと入っていく。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか~」
「了解です」
それからカトレアと黒鵜は大きなバッグやスーツケースを抱えて学院内の外れにある別宅へと向かった。学院内でも限られた生徒だけが利用可能な学院長の別宅だ。黒鵜の働いていた屋敷よりは小さいが、それでも他の生徒が生活している学生寮より遥かに好待遇となっている。
「この家を僕たち二人だけで管理するんですか」
「はい~。できるだけ部外者を入れたくはないので身内でも最小限の人員だけで行います~。辛いと思うなら今からお帰りになりますか~」
「まさか、寧ろやる気が湧いてきますよ。それじゃあまず荷解きと掃除から、手早く済ませて行きましょう」
「はい~」
ドロシーの試験が終わったのは夕暮れだったが、その頃には別宅の掃除はすっかり終了していた。一流の執事とメイドは決して時間を遅れることはないのだ。
黒鵜の用意した料理を三人で囲み夕食を楽しむ。
「ふん! 料理の腕だけはちょっとだけマシなようね」
「凄いですね~。これはプロ顔負けの腕前ですよ~」
「恐縮です」
黒鵜の作った料理を堪能する女性陣。
これといって趣味もなく仕事一筋な黒鵜の数少ない得意分野が料理だった。子供の頃から研究に没頭しがちで全く家事のできない父親に代わり、家の仕事は黒鵜が一人でこなしていた。セフィラに引き取られてからは屋敷専属の三ツ星シェフから特別に教えていただく機会があり、今では味に肥えた貴族の舌も満足させるほどの腕前となった。
カトレアも一応調理を手伝おうとはしてくれたのだが、包丁を使ってスープを掻き混ぜようとしたのを見た瞬間にキッチンを追い出された。後から聞いたのだが、カトレアは基本なんでもこなすが料理だけはからっきし駄目だったのだ。
「でも良かったですねお嬢さま~。見事に好成績で学院に入れて~」
「学科、実技試験の総合成績、第十四位。おめでとうございますドロシー」
「当然よ。寧ろこの程度じゃ物足りないぐらいね」
「いや十分ですよ。この成績なら<夜会>の上位組として参戦が可能です」
夜会とは、四年に一度学院で開催される<
そして、夜会に参加できるのは学院内でも成績上位者百名のみ。その中でさらに争い合い、最後に残った一人だけが魔王として君臨できるのだ。
「せめて夜会のトップランカー<
「・・・ドロシー、まさか入学早々騒ぎを起こしたりはしませんよね?」
「さあねー。でも、ちょっと上で踏ん反り返ってる連中に私の実力を思い知らせてやるのもいいと思わないかしら」
「全く思えないので自嘲してください。他の<
手袋持ちとは夜会参加者の通称だ。夜会に参加するには執行部が発行した手袋を所持することが絶対条件であり、これを失うことはすなわち夜会のリタイアに直結する。
「手ぇ出すに決まってんでしょ。そうね、まずはケツからぶっ叩くわ」
「また物騒な・・・」
「しょうがありませんよ~。ドロシー様は気に入らないことには我を通し切らないと許せない人ですから~」
そして二日後。宣言通りドロシーは<十三人>の一人に喧嘩を吹っ掛けに行ってしまうのだった。