化け猫は血の付いた石を追い掛けて行ったが、それに辿り着くと匂いを嗅いでから前足で払い飛ばしてしまった。血の香りで生肉と勘違いしたが、近くで見て食べ物でないとすぐに分かったのだろう。
雄叫びを上げて急ぎさっきの場所に戻ってくる。そこにはもう火垂も黒鵜もいなかった。
何か痕跡がないか注意深く辺りを見回す仕草をとる化け猫。
すると、猫の横っ腹にまたしても何かがぶつかる。化け猫が夜目を利かせて遠くを見ると、茂みの奥で火垂が立っているのを発見した。
火垂は肩手に黒鵜の使っていたリュックを持っている。その中には、投合に適したサイズの石が目一杯詰め込まれている。
「気付きましたか」
火垂も化け猫がこっちを見ていると分かり、リュックから石を取り出してさらに投げつける。
魔力不足で性能が落ちているとはいえ、そこは最高級の自動人形。球速一五〇キロは下らない剛速球が空気を切り茶色い巨体に迫る。
しかし、向こうも大人しく喰らってばかりではない。化け猫は暗闇でも投石の軌道をよく捉えており、ぶつかる前に左へ飛んで躱してしまう。
そして、躱した勢いのまま真っ直ぐ火垂へ走っていく。火垂はまた二、三個の石を取ると素早くリュックを背負い逃げ出した。
化け猫はその巨体ゆえに、大きく動くごとに森の木や地面に生えた蔓へ身体を引っかけてしまう。その度に道を迂回するようなことはなく、力任せに木々を倒して押し進む。
大木にぶつかっても化け猫は多少動きが遅れただけで、その肉体には特に傷が見当たらない。まるで鋼のように頑丈な皮膚をもっている。
「森は遮蔽物が多いので図体が大きいものには不利な環境のはずですが、これではハンデになりませんね。つくづく規格外の生物です」
敵の怪物振りを再確認して舌打ちする火垂。ちょっとでも足止めしようと手に握った石を投げる。
目を狙って放った投石は、化け猫が身をよじらせたために右肩辺りへ逸れて衝突する。石は粉々に砕け散ったが、化け猫は僅かに顔を顰める程度でダメージは少ない。
「猫だけに夜でも周りがよく見え、体は鎧のように固い、と。ここまではノウナシの予想した通り。問題は、あの額の結晶ですね」
火垂は目を凝らして見る。薄暗い夜の森においても、金色の瞳と赤い結晶体は不気味に浮かび上がっていた。
「精霊・・・とやらが生物に憑依しているとノウナシが言ってましたか。詳しいことはよく分かりませんが、あの赤い結晶を壊せば猫も大人しくなるかもと話していましたね」
あの時、化け猫が戻るまでの間、黒鵜と火垂はいくつかの打ち合わせをしていたーーーー。
『火垂さんには、あいつをとある場所まで誘導してもらいます』
木の影に身を隠すなり、黒鵜はそんなことを言う。
火垂は黒鵜から受け取った空のリュックを手に、付近に落ちている小石を入れながら話を聞いていた。これも黒鵜の指示だった。
『あいつはでかく力も強いですが、実はあの巨体が欠点でもあります。障害となる木や岩が多いこの森の中では、あれだけの巨体は自由に動けない。もしも強引に木を薙ぎ倒して道を作っても、必ず移動速度は遅くなります。そこで、火垂さんは奴から距離を取ってその石を使い遠方から攻撃してください』
『こんな石ぐらいでは、当たっても大して効かないと思いますよ』
『別にダメージはなくていいです。それでも足止めや牽制の役には立つはずです。もしも余裕があれば、急所となりそうな顔や弱点の結晶を狙ってみてください』
『難しい注文です。まあ、努力はしてみましょう』
石を詰め終わりぱんぱんになったリュックを背負う火垂。
『あの、重ければもう少し減らしてもいいですよ。荷物は少ない方が足も速くなりますし』
『フン、脆弱なお前と一緒にしないでもらいたい。このくらい、自動人形には大した重荷ではありません』
『そういうことじゃなくて、火垂さんは自動人形である前に女の子でしょう。普通女の子は石投げなんて慣れてなさそうですし、そんなに詰めても出し辛くて本番で手間取ると大変ーーーーってあぶなっ!?』
なぜか火垂は黒鵜の顔面へ拳を繰り出してくる。辛うじて黒鵜が躱すと、背後にある大木に拳がぶつかり激しく揺れた。確かに、性能が落ちているとは思えないほどの馬鹿力だった。
『お、女の子!? 自動人形である私を女の子扱いだとっ!? さては貴様、私の体を見て良からぬ妄想でもしていたな!!』
『んなわけない!! 人が善意で心配しているのに、妙な思い込みしないでください!!』
『そ、そうだったか。てっきりお前が私の美貌に見惚れてしまい、あの怪物より先に襲い掛かるものかと・・・』
『この危機的場面でそんなことしませんよ。そりゃあ、火垂さんは外見だけは文句のつけようがない美少女ですけど』
『外見、だけ?』
『ごめんなさい。別に深い意味はありませんから、分かったらその手を下ろして』
もう一度振り上げられた拳を黒鵜が手を添えて下ろさせる。
『じゃあ、すみませんがさっき教えた場所まであいつを連れてきて』
『任されました。ただし、私を顎で使うからにはあの怪物を倒してみせなさい。そして、私をマスターの元まで送り届けなさい』
『期待は裏切りません。必ず火垂さんを学院に連れ帰ってみせます』
『言いましたね。約束ですよ?』
『はい。約束します』
そうして、二人はそっと指切りをしたーーーー。