死霊使いの従者   作:マサオ02

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 化け猫の鋭い爪が右から襲い来る。火垂はそれを真上にジャンプして避けるが、今度は着地点に猫が大口を開けて待ち構えていた。

 

「これでも喰らいなさい!!」

 

 火垂は咄嗟にリュックの紐を緩めると、中の小石全てを地面に向かってぶちまけた。そうなると、当然下にいる化け猫、特にその顔面に大量の石が降り注ぐ。

 石の雨を受けた化け猫。身体に当たった分は皮膚の固さに弾かれてしまったが、幾つかは運良く目に命中してくれた。上から落とした石では威力が低く目を潰せはしないが化け猫は痛そうに顔を覆い蹲る。

 化け猫が動きを止めると、火垂は空のリュックを放り捨てて走り出した。稼げた時間はほんの数秒。しかし、おかげで距離を空けることに成功する。

 再び起き上がった化け猫は火垂を追い掛ける。邪魔なものを破壊しながら突き進む怪物の姿は、闇夜においては殊更に恐怖を煽る。周囲の鳥や小動物は慌てて逃げ出していた。

 やがて、後少しで追い着くところまでくると火垂は付近の茂みに入り姿を隠した。火垂を追って茂みに飛び込む化け猫だが、探している少女の姿はもうない。

 化け猫は走るのを止めて、辺りを注意深く探り始めた。金色の目を細めて周りを観察し、三角の耳を尖らせ、丸い鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐ。

 派手に動いたので周囲には鼠一匹残っていなかった。静寂に支配された空間の中、左斜め前方の草が僅かに揺れる音を聞き取る。

 一気に飛びつく。草の奥には火垂が身を屈めており、今から動いたのではとても避けきれない。化け猫が大きな声を張り上げて迫り、火垂は頭を抱えて地面に伏せた。

 まさに絶対絶命と思われたその時、闇の奥から突然飛んでくるものがあった。

 それは長さ二メートルほどの丸太だった。幹の両端に巻き付けた蔓で木にぶら下がっており、ブランコのように遠心力を使い上から後ろから前へと強い力で動いている。

 飛び上った化け猫にそれを避けられるはずもない。丸太の先端は勢いよく化け猫の顔に直撃。化け猫は悲鳴を上げて後方に吹き飛ばされ、草の生えた地面にぐったりと横たわった。

 

「大丈夫ですか、火垂さん?」

 

 がさがさと音を立てて別の茂みから黒鵜が姿を現す。

 右手にナイフを手にしているが、その表情は警戒心が薄れて穏やかになっていた。彼は自らの作戦の成功に安堵していたのだ。

 しゃがみこんでいた火垂は体についた土を払いながら立ち上がる。

 

「怪我人に心配されるほど落ちぶれてはいない。それより、あれは倒せたのか」

「確かに額の結晶へ当たりました。僕が見たものと同じなら、さっきの一撃で確実に壊せたでしょう」

「ならばいい。それにしても、随分と器用なものだな。即席でこのようなトラップを作るとは」

 

 火垂が見上げると、そこには今もゆっくり揺れている丸太がある。かなり太い蔓で枝に吊るしているので、刃物でも使わないと切れそうにない。

 これが黒鵜の用意した罠だ。化け猫の最大の弱点、精霊を憑依させるための鍵となる結晶を力づくで破壊するための切り札。

 あの化け猫を動けなくするには、頑強な手足を狙い攻撃しても簡単にはいかない。ならば、額に埋め込まれている結晶を壊せばいい。ゲイザーの場合はあれが壊れると同時に憑依していた精霊は体を離れて消えた。もしもゲイザーの時のように精霊があの猫を操っているとしたら、精霊さえ消えればもう暴れなくなるかもしれない。少なくとも、結晶破壊の余波でしばらくは意識を失うはずだ。

 そう考えた黒鵜は強力な武器を作ることにした。あの巨体に負けない大きさで、それなりの威力をもち、また避けられないだけの速度も出せる兵器。

 そこで、真っ先に目についたのが化け猫が薙ぎ倒していた木々だった。これなら相応の太さがあり、槍のように突き出せば十分な破壊力をもつ。

 最大の難点は、重すぎて容易に動かせないことだった。怪我人の黒鵜は言わずもがな。力の出せない火垂でも無理だろう。

 大きな丸太を杭打ち機のように勢いをつけて打ち出す方法。それを可能にしたのは、黒鵜の幼い頃の経験だった。

 まだ日本で生活していた頃、研究で忙しい父親はなかなか黒鵜と遊んであげることができなかった。また、黒鵜も迷惑はかけたくなかったので父親に駄々をこねたり玩具をねだることもない。

 それでも、人里離れた山奥で生活していては年頃の少年には遊び道具が欲しかった。そこで、黒鵜は遊び道具を自らの手で作ることにした。

 材料は自然の中にある。木を削り骨組とし、蔓を紐代わりに様々な遊具を作り上げた。

 中でも、木の枝に取りつけたブランコは一番のお気に入りだった。それを思い出し、同じ要領で遠心力を利用すれば丸太をぶつけられると思ったのだ。

 足の怪我もあって手間はかかったが、なんとか丸太に蔓を括り付け、折れない太さの木に吊るす。さらに丸太の後ろにもう一本蔓を繋げ、それで丸太をギリギリまで引き上げた。

 後は、タイミングを見て引っ張っている蔓をナイフで切るだけ。丸太は計算通り勢いを付けて振り下ろされ、綺麗に化け猫の顔へジャストヒットした。

 感心したように火垂が見ると、黒鵜は誇らし気に笑みを返す。

 

「別に魔術が全てじゃない。才能や能力が足りなくても他の何かをもって補える。知恵をもって策を練り、意志をもって行動に移し、勇気が正しい結果を掴む。それが、人間に秘められた可能性だ」

「誰の教えですか?」

「死んだ父からです。父さんはよく口癖で『魔術に頼りきってはいけない。魔術を上回る、人間の可能性を信じよう』と言ってました。可笑しな話ですよ。魔術の研究に没頭していた男が、魔術そのものを否定するような思考の持ち主なんだから。でも、僕はそんな父さんが好きだった。誰かの助けになるものを発明しようと頑張る姿に、心から憧れたんです」

 

 それは、最高の魔術師を主にもつ火垂には理解できない考えだった。魔術の使えないただの人間がいくら努力しようと、一流の魔術師、人形使いに力で叶うはずがない。

 例えそう思っても、この場でそれを言及することは憚られた。魔術の才がない黒鵜の前だからというのもあるが、たった今、魔術抜きで助けてもらった以上はそれを否定する資格はないと思われた。

 

「とにかく、これで当面の危機は去りました。もうじき夜明けですし、早くマグナス殿との合流地点に移動しましょう」

「一人で仕切るな。それに、これはお前の勝利じゃない」

「そうですね。僕たち二人の勝利です」

「いいや。アレを誘い出したのは私だ。私が囮にならなければ丸太を仕込む暇もなかった。つまり、これは私の勝利だ」

「同じことじゃ?」

「ノウナシが偉そうにするのが気に入らなかったので」

「負けず嫌いだなあ」

 

 嬉しそうに笑う黒鵜。その様がまた苛立たしいようで、火垂が何か文句を言おうとした、その時だった。

 凄まじい雄叫びが空気を震わせた。

 

「「っ!?」」

 

 驚いて二人が見た先では、顔から血を流す化け猫が今まさに立ち上がったところだった。

 目は完全にキレており、怒りで全身の毛が逆立つ姿は冥府の悪魔のようだ。額を確認すると、結晶は深い亀裂が入っているものの、まだ割れていない。

 

「くそっ!! ほんの少し威力が足りなかったのか!?」

 

 焦った黒鵜が右手にもったナイフを構えようとするが、その前に火垂が黒鵜を真横に蹴り飛ばす。

 

「火垂さんーーーーっ!?」

 

 黒鵜は地面に転がりながら見た。

 化け猫の振り上げた前足によって、大地に叩きつけられる火垂を。

 

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