死霊使いの従者   作:マサオ02

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決死の一撃

 化け猫の足が大地にめり込み、その下で華奢な少女が押し潰されている。

 足がどけられると、痛々しく傷ついた火垂が倒れている姿がそこにあった。体長五メートルの怪獣に踏み潰されれば、生身の女の子なら原型も残さずミンチだろう。それが気絶ですんでいる辺り、さすがに優秀な人形師が作った自動人形だけはある。

 

「火垂さん!!」

 

 黒鵜が呼びかけるも、返事はない。

 さらに追撃しようと化け猫は足を踏み下ろそうとしている。

 

「こいつーーーーやめろ!!」

 

 黒鵜は足の痛みを無視して必死に走る。そして、走る勢いを殺さず化け猫の体に思いっきり体当たりを喰らわせる。

 だが、人間一人の突進では巨大な猛獣は見向きもしない。

 

「ビクともしない!? だったら、これはどうだ!!」

 

 黒鵜は右手に握っていたナイフを茶色の体毛が生えた横腹に突き刺す。

 突然体に走った痛みに化け猫は絶叫を上げる。さらにもう一撃入れようとナイフを抜こうとするが、深く差し込み過ぎたせいで上手く引き抜けない。

 痛みで暴れ出す化け猫。ナイフを握っていた黒鵜はそのまま引き摺られて、ついに耐え切れずナイフから手を放して地面に放り出される。

 

「ちくしょう・・・ここまでか・・・」

 

 黒鵜は座り込んで動こうとしない。今の攻防で捻挫していた左足首に止めを入れてしまったらしく、足に全く力が入らなくなっていた。

 体力も限界寸前で、気を抜けば倒れてしまいそうだ。なのに、眼前の猛獣はさらに殺気を強めて獰猛な目付きでこちらを睨んでいる。火垂は気を失い、黒鵜は動けない。誰が見ても完全に詰んでいた。

 しかし、黒鵜はまだ最後の策をもっていた。ただ、それは策と呼ぶにはあまりに無謀過ぎる自殺行為のようなものだ。

 

「このままだと二人とも死ぬ。でも、火垂さんだけなら助かるかも・・・」

 

 近くに落ちている中で一番大きく固そうな石を左手に掴む。

 

「チャンスは一度」

 

 黒鵜も化け猫を睨み返す。その眼には、狂気や絶望とは違う誠実な使命感のようなものが宿っていた。

 化け猫が飛びかかる直前、黒鵜の脳裏に様々な思いでが過る。幼い頃から現在までに経験した数々の記憶が、凄まじい速さで頭の中を駆け抜けた。

 

(ああ、これが走馬灯か)

 

 死の一歩手前まで追い詰められているのに、黒鵜の心中はとても穏やかであった。きっと、後ろで倒れている彼女のおかげだ。

 

(----約束)

 

 その一言で思い出されるのは、日本で同年代の子と最後に遊んだ日のこと。

 あの花火大会で出会った女の子。再会の約束を自分から言っておいて、結局また会うことは叶わなかった。

 よりによってこんな時に苦い失敗の記憶を思い出させるとは、神様というのは余程の皮肉好きらしい。だけど、この記憶が未練を振り切り、命を賭けるだけの覚悟を決めさせてくれた。

 

(必ず学院に帰す、と決めた。だから今度こそ、あの子との約束を果たさないと。そして、あの子を守り切らないと)

 

 どうも記憶が混濁しているようだ。記憶の中の少女と火垂が、まるで同じ人物のように重なってしまう。もっとも、今の黒鵜にはどうでもいいことではあった。

 白い牙が一列になって近づいてくる。黒鵜はまだ動く右足に、僅かに残っている力を込める。

 

「そんなに肉が欲しいなら、好きなだけ食わせてやる!!」

 

 化け猫の大きな口が頭に迫った瞬間、黒鵜は右足を蹴り上げて上体の位置をずらし、わざと右腕を口の中に突き入れた。

 途端に身体を駆け巡った激痛。右腕には何本もの牙が突き刺さって大穴が空き、傷口の至る所から大量の血が噴き出す。

 

「があああああああああああああっ!?」

 

 これまでに体験したことのない痛みと流血に黒鵜は絶叫を上げた。それでもなんとか歯を食いしばり、口内にあった牙の一本を握り絞める。

 

「も、もう逃がさないぞ」

 

 化け猫の目が大きく見開かれる。野生動物の本能から危機を察知したのか、口を開いて懸命に黒鵜から離れようと振り回す。

 それでも黒鵜はしがみつく。幸か不幸か、あまりに深く刺さった牙は簡単に腕から抜けそうにはなく離れる気配はない。

 黒鵜は石をもった左手を持ち上げ、化け猫に向かって穏やかな笑顔を見せる。

 

「おやすみ」

 

 全身の力を振り絞り、渾身の一撃を額にぶつける。左手の石とヒビ割れていた結晶が衝突すると、すでに脆くなっていた結晶だけが粉々に砕け散った。

 結晶が消えると、化け猫の体から淡い光が抜け出た。それからすぐ、化け猫は気を失いその場でゆっくりと倒れ込んだ。

 しばらく静寂が続いたが、やがて黒鵜が緩慢な動作で起き上がる。

 右腕に刺さっていた牙をなんとか引き抜くと、その傷の深さがはっきり分かった。

 黒鵜の右腕は大小合わせて七カ所もの噛み跡があった。大きなものは直径五センチを超えて、腕をそのまま貫通している。何もしなくても傷から滝のような血が流れ落ち、黒鵜の生命力を急速に奪っていった。

 それを黒鵜は一瞥しただけで、止血もせずに火垂の傍へ歩み寄っていく。本来なら痛みによるショックで気絶しているはず。それでも黒鵜の顔には変化はなく、もう腕の感覚自体が失われつつあることを示していた。

 

「やった・・・ちゃんと・・・約束・・・あの子を・・・守れた・・・」

 

 弱弱しい声で何かを呟く黒鵜。それは当人以外の誰にも分からないことなのだろう。

 火垂の目の前まで辿り着いた黒鵜は、とうとう力尽きたように静かに倒れ込む。

 まさに死人のような冷たい顔。だがなぜか、その表情はとても満足そうであった。

 

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