「非常に腹立たしいわ。なんで私のへっぽこ従者は怪我ばかりするのかしら」
ここは機巧学院の医務室に設置された患者用の病室。
ベッド脇の椅子に座ったドロシーはほっぺたを膨らませて怒っている。その視線に晒されているのは、またしてもベッドの上で寝込んでいる黒鵜だった。
「面目次第もありません」
落ち込み謝る黒鵜の右腕と左足は分厚い包帯で覆われていた。左足首は骨折、右腕は多数の刺し傷(噛み傷?)で骨や筋繊維がかなり傷ついていたが、適切な処置をしたおかげで二ヶ月ほどの治療とリハビリで回復するらしい。
クルーエル医師の話では、本来なら切断するしかないほどの重傷だったそうだ。怪我をした直後の手当てが適格だったのと、クルーエル医師の優れた施術があったから最悪の事態は避けれた。
リハビリは大変そうだが、時間がかかっても元通り動くと分かり黒鵜はホッとしている。それでも、我儘お嬢さんは不甲斐ない従者に腹を立てているらしい。
「いっそ片腕ぐらい切り取っちゃえばよかったのよ。それで、機巧の義手でも付け替えれば今よりはマシになったのに」
「ドロシー、怪我をした使用人を苛めるものではない。主としての器を疑われてしまうぞ」
そんなドロシーを隣に立っていた金髪の少女、オルガが嗜める。
「はあいお姉さま。クロ、さくっと怪我を治して元気になりなさい。身の回りの世話をする従者がいないと困るから」
「はいはい」
お姉さま効果は抜群だった。ドロシーは人が変わったように優しげな態度で黒鵜に励ましの言葉を送る。ただし、言葉遣いはいささか厳しいものがあった。
ドロシーの機嫌が良くなったところで、黒鵜は意識が戻ってから気になっていたことを尋ねた。
「それで、僕の傷の手当てをしてくれたのは誰なんですか?」
あの日の黒鵜の最後の記憶は、化け猫の額にあった結晶を叩き壊したところまでだった。そして気が付いたら学院のベッドで寝ていた。あれから、誰が助けてくれたのかずっと気になって仕方なかった。
「カトレアよ。あんたが学院の外で血だらけで倒れているのを見つけて、急いで医務室に運んでくれたそうだから。きちんとお礼を言っておくことね」
「そうですか」
「まったく。三日間も学院の外にお使いに行ってたかと思えば、死にかけで戻ってくるなんてびっくりよ。あんた、一体何をしてきたわけ?」
「申し訳ありませんが、セフィラお嬢さまの命令で動いていたのでドロシーにも話せません。お嬢様に断りもなく喋ればどうなるか、孫娘のあなたなら良くお分かりでしょう」
「うっ・・・確かに」
「気になるならお嬢さまにお尋ねください。もっとも、簡単には教えてくれないと思いますけど」
「そうよね。あの陰険なお婆様が秘密ごとをお話しになるわけないか」
「それと、セフィラ様がいないところでも『お婆様』なんて怒られる呼び方は控えるべきだと思いますよ」
「本人がいないから平気でしょ?」
「あの方なら、地球の裏側にいても聞きつけるかも」
「凄い地獄耳ね。でも、なぜか冗談に聞こえないわ・・・」
共通の敵を見出したかのようなシンパシーを得る黒鵜とドロシー。
「さて、私たちはそろそろお暇させてもらう。これから授与式に参加しなければならないからな」
「授与式?」
黒鵜は自身に覚えのないイベントが出たことに首を傾げる。
「あんたが学院に戻って二日目だったかしら。病室で惰眠を貪っている間に<
「例の人形襲撃事件か」
「そう。しかも、犯人が風紀委主幹のフェリクス・キングスフォートだから発覚した時は学院中てんやわんやだったのよ。特に女子の中にはショックで寝込む人が結構いたみたい。あいつ、無駄に容姿が良いから女子の人気は高かったから」
「あれ? ドロシーは美男子が嫌いでしたっけ?」
黒鵜にとっての若い女の子とは、やはり見た目のカッコいい男に憧れがあるものではないかと考えていた。
それでドロシーの毛嫌いしてそうな態度が気になり質問したのだが、彼女は不愉快そうに顔を顰めた。
「美男子は嫌いじゃないけど、あいつは嫌い。私より学年も成績も上だし、誰にでも親しげに接しようとするあの薄っぺらな笑いが気に入らないのよ」
「ふむ、ドロシーにはそのように見えたのか」
ドロシーが唾でも吐くようにフェリクスとやらを酷評する。そういえば、この子は男全般と年上全般と自分より背の高い者をとにかく嫌う性格だった。
オルガは妹分の意見を興味深げに聞いていた。
「ま、まさかお姉さまあんな奴のことを!?」
「いいや、私は学生総代で夜会に参戦する身。恋愛事に現を抜かしたりはしない。しかし、私もフェリクスには一定の警戒を抱いていた。あの男は表面上は優しげだが、どこか油断ならない危険性が時折見え隠れしていたからな。<魔王>の座を狙う者は誰もが腹に一物抱えているだろうが、フェリクスは度が過ぎた。他者の力を強引に奪い、あまつさえ罪を別の人間に押し付けようとした彼の行動は決して褒められたものではない。<魔王>の席は、己が力で勝ち取るべきだ」
「さすがですわお姉さま!!」
優雅に語るオルガを、ドロシーはお目めに満点の星空を浮かべて嬉しそうに見上げる。
「少し長く話し過ぎたか。そろそろ行かなければならないな」
「お忙しい中、僕なんかのためにお見舞いに来て下さりありごとうございます」
「気にするな。どのみち私はドロシーの付き添いに来ただけだ。彼女が一人では気恥ずかしいから一緒にと誘われーーーー」
「わーーーーーーっ!! わーーーーーーーっ!!」
オルガが何かを言ったようだが、ドロシーが急に大声を張り上げてしまったので上手く聞き取れなかった。
「お、おおおおおお姉さま!! こんな消毒液臭い部屋から早く出てしまいましょう!! 長居してはお姉さまのお洋服にまで匂いが染み付くかもしれませんし!?」
「・・・ふふっ、そういうことらしいので、失礼させてもらう」
珍しく楽しげな笑顔を見せたオルガは、真っ赤になったドロシーに背中を押され二人で病室を後にした。
「・・・ふう」
黒鵜は二人の退室を見届けると大きく息を吐いた。しばらく目を瞑ってベッドで横になっていると、病室の扉がノックされる。
「どうぞ」
黒鵜が入室を許可すると、メイド服を着た黄緑髪の女性が中に入ってくる。
「お元気そうでよかったです~」
黒鵜にいつもの笑みを返すカトレア。その両腕には、見覚えのある茶色い毛並の猫が抱えられていた。
「待ってました。カトレアさんにも聞きたいことがありますから」
「でしょうね~。では~ちょっと座らせてもらいます~」
カトレアはさっきまでドロシーの座っていた椅子に腰掛けた。
「質問をどうぞ~。スリーサイズ以外ならお話ししますよ~」
「それは残念。って、ふざけたジョークで誤魔化そうとしないでください。あの時、僕が倒れた後のことについて詳しく聞かせてほしいです」
「私も詳しく把握できてはないですけど~。クロウさんはライトストーンとやらを探しに行って大怪我をして~それをマグナスさんが応急処置を施して人形に医務室まで運ばせたそうです~。対外的には不慮の事故とか適当に偽装を済ませたそうなので~。クルーエル先生にも口止めはしてあるので~別に学院側の追及とかはないので安心して休んで下さい~」
本当は黒鵜たちを助けたのはカトレアであり、マグナスは学院まで彼らを転送しただけだ。だが、あの時意識のなかった黒鵜はそれを知らず、カトレアがあの場にいたことなど想像だにしていない。
「それじゃあ、火垂さんは無事ですか?」
「マグナスさんの自動人形ですね~。外傷はそれほどでもないそうで~クロウさんに比べればかすり傷です~。もう元気になってますよ~」
「よかった。それと、マグナス殿たちには迷惑は掛からないんですね?」
黒鵜は自分の怪我が元で、マグナスや自動人形の少女たちが責任を取らされるのではないかと危惧していた。
「はい~。マグナスさんには一切負担はありません~」
「そうですか」
「それに~、目的の物品もちゃんと手に入りましたし~仕事の契約は問題なく完了しました~。お嬢さまもお喜びでしたよ~」
「・・・・・・んん!? どういうことですか?」
「ですから~クロウさんはお役目を果たしたんですよ~。クロウさんが左手に掴んでいた石が~ライトストーンだったんです~」
「ええええ!?」
黒鵜にとっては寝耳に水の報告だった。まさか、咄嗟に手に取った石が自らが必死に探していた幻の鉱石とは思わなかったのだ。
(でも、あの石を掴んだ時はまだ光ってなかったような・・・?)
ただ、黒鵜があの時見た石はごく普通の石だった。
とても光を放っていたとは思えなかったが、
(まあ、あの時はかなり混乱していて記憶も曖昧だった。僕の見間違いだったのかも)
自らの記憶に自信のなかった黒鵜は、何も言わずカトレアの話を素直に信じた。どのみち、命じられていた物をゲットできたのならば願ったり叶ったりである。
「ご理解いただけましたか~」
「まあ、大体」
「そうですか~。ところで~、他にも二つクロウさんに伝えることがあるんですよ~」
そう言うと、カトレアは膝の上に置いていた猫をベッドの上に移す。
黒鵜はその猫があの時の化け猫に似ているような気がしたが、あまりにサイズが違い過ぎたので子供か別の猫だと思った。実際は巨大化が解けて元のサイズに戻っただけで同じ猫だったのだが、黒鵜には知る由もない。
「この子がどうしましたか?」
「マグナスさんが回収しようとした時、あなたにしがみついて離れなかったそうです~。とりあえずドロシー様の許可ももらったので~、家で預かってます~。それで~、この子は特に黒鵜さんに懐いているようで黒鵜さんの意見を聞きたいんですよ~」
「へえ」
言われた通り、猫はシーツをよじ登って黒鵜に近寄ると甘えるように身を摺り寄せていた。黒鵜は友好的な相手を無下にはしないので、それを嫌がるどころか自分も猫の頭を撫で返してやる。
「このまま家で飼うべきでしょうか~?」
「飼いましょう」
即答だった。
敵意剥き出しで襲ってくる全長五メートルの怪獣ならいざ知らず、こんなに愛らしい猫なら喜んでお世話できる。
「じゃあ、しばらくは黒鵜さんに面倒見てもらいましょうか~」
「はい。僕が用事のある時は、カトレアさんにもお世話してもらいたいですが」
「構いませんよ~」
「ありがとうございます」
「それで~この子の名前を決めなくちゃいけないんですけど~。クロウさんにお願いします~」
「僕に?」
「やっぱり~一番懐いている人に付けてもらった方が猫ちゃんも嬉しいかと思うので~」
カトレアに同意するかのように猫もにゃあにゃあと鳴いている。
黒鵜は一分ほど首を捻って悩んだが、ようやく決めて言った。
「チャコ、っていうのはどうですか?」
茶色い毛の猫。だから略してチャコ、というなんだか捻りのないネーミングだった。
でも、名付けられた猫本人は喜び黒鵜の顔を舐めまくる。
「気に入ってるみたいですね~」
「ははははっ、くすぐったいよチャコ!!」
堪りかねてチャコを抱え上げてカトレアに返す。チャコはまだ甘えたりないのか黒鵜を見てじたばたしていたが、カトレアが優しく背中を撫でると気持ちよさそうに目を細めて大人しくなった。
「もう一つは?」
「それは~廊下にいる子に聞いてください~」
見ると、扉の隙間から桃色の綺麗な髪が覗いていた。
「入って大丈夫ですよ~」
扉がゆっくり音を立てて開き、慎重に火垂が入ってくる。どことなくよそよそしいというか、どう声をかけるべきか悩んでいる様子だった。
しばらく口元でごにょごにょと呟いていたが、やがて意を決して顔を上げた。
「よく生きてましたね」
「おかげさまで助かりました。火垂さんもご無事でよかったです」
「軟弱者とは出来が違います。お前こそ、ゴキブリ並の生命力でしぶとくこの世にへばりついたようじゃないですか。無駄に高い生命力をもっと頭に回してみたらどうですか?」
「頑張ってみます」
かなり辛辣な物言いだったが、それが彼女なりの気遣いだと黒鵜には分かっていた。出会った当初は困りもしたが、今はこのドロシー並の毒舌にも愛着が湧いてくる。
「それで、どんな用件があって来ました?」
黒鵜が問い質すと、火垂の肩がビクンっと震えた。
「これは、悪魔でマスターが最低限の礼儀だと仰られたからであって私の本意ではありません。しかし、危なかったところを不本意ながらお前に救われたのもまた事実。ですから、一言だけ言っておきます」
恥ずかし気に、けれどはっきりと火垂は告げる。
「ありがとう」
それは、これまで主の人形として、道具であることに徹してきた彼女が主以外の者に初めて伝える、心からの感謝だったーーーー。