「あんの木偶の坊!! 絶対に仕返ししてやるんだから!!」
戦いの翌日、ドロシーは大層ご乱心であった。
結局あの後ドロシーは家のベッドで一晩中泣いていた。心配になった黒鵜が様子を見に行っても「入ったら頭蓋骨剥いてやるぅ!!」と泣き声で言われたので渋々下がった。
そのまま、最後にはカトレアさんに膝枕してもらいながら寝付いてしまったらしい。目覚めた時にはすっかり元気になっており、朝からミルクを三杯も一気飲みしたほどだ。
「落ち着いてください」
「私は落ち着いてるわよ!! ちょっと頭にきてるだけ!!」
「十分怒ってるじゃないですか。いいですかドロシー、しばらくはゲイザーに挑むのは控えるべきです」
「はあ!? やられっぱなしなのに、尻尾巻いて逃げろって言うつもり!!」
「冷静になれと言ってるのです。ハッキリ言って、彼とあなたでは相性が悪い。せめてあの槍の詳細な能力が分かるまでは再戦は避けてください」
「うっ・・・確かにあれはめんどくさいわ」
ゲイザーが武器としていた螺旋状の槍。魔力を打ち消すような効果があるようだが、決して万能の力でもないはずだと黒鵜は考えていた。もっと情報を集めて、何か弱点のような活路を見出せばドロシーは勝てると思う。
そのためにも、黒鵜としてはあまりドロシーに暴走してほしくない。生徒同士の私闘は自由となっているが、あまり派手に暴れて他の生徒や建物に被害を出しては不味いのだ。夜会執行部に直に動かれるようなことになっては、最悪夜会への参加資格まで剥奪されてしまう。
「勝手に試合を申し込んだりしないでくださいよ?」
「執事の癖に主に命令? 生意気だけど、今回はあんたの言い分を聞いてあげようじゃない。私が器の大きな優しい美人のご主人様でよかったわね」
「感謝します。ゲイザーの能力については調べを進めておきますので、今しばらくお待ちください」
もっとも、ドロシーはすでに夜会の上位ランカーに入っているので無理に上を目指す必要もない。黒鵜としては、上手くドロシーをなだめて時間を稼ぎ、さっさと夜会の開催する時が来てしまえば良いとさえ考えていた。
(しかし参ったな。学院に来たばかりの僕には見知った知人もいない。おまけに<十三人>みたいな成績上位者に関する情報は機密扱いのことも多いだろうから、学生でもない使用人じゃあ手に入れるのは困難だよな。ここは情報屋にでも聞いてみるしかないか。そもそも、ドロシーが再戦を諦めちまえばなにも問題ないのに。夜会でリベンジしたらいいんですよーとでもはぐらかしてしまうか。プライドの高さがネックになりそうだけど、根は見た目通り単純なお子様だからな。お菓子で釣ってしまえば簡単に喰い付くだろう。うん、それがいい)
今後の方針、主にどうすれば面倒事を避けられるかを考えていた黒鵜は珍しく周囲への警戒を緩めてしまっていた。
そのせいで、自らの主と他の生徒が擦れ違い際にぶつかり揉めていたことにも気付くのが遅れた。
「ちょっとそこのあんた、人にぶつかったのに謝罪の一つもないの!?」
「----ん?」
黒鵜が気が付いた時には、ドロシーが一人の男子生徒に突っ掛っているところだった。
異様な人物だった。大仰なマントを羽織り、顔の半分を銀色の仮面で覆い隠している。仮面の隙間から覗く視線からは一切の感情が読み取れず、それでいてあらゆるものを射抜くような鋭さが宿っていた。
彼の周囲には二体の乙女が立っている。可憐な衣装を纏い、顔の前には互いに「火」と「鎌」の文字が入った黒い布を垂らしている。日本生まれの黒鵜には、その文字が日本語であることがすぐに分かった。
(日本から来た留学生かな。にしても仰々しいマントーーーー!?)
その時、黒鵜の背筋を冷たい汗が流れた。
彼の両隣にいた乙女が腰に下げた剣に手を伸ばす。たったそれだけの動作で、全身の細胞が警戒信号を発しているようにすら感じた。
あまりにも無機質で、どこまでも揺らぐことのない絶対の忠誠心。彼女たちは仕える主を守るためならなんでもするだろう。それこそ、歯向かう相手には容赦なくーー
「この学院第十四位のドロシー・マクガフィンに無礼を働いてだんまりとはいい度胸じゃない。ご褒美に這い蹲らせてやーーーー」
ドロシーが言い終えることはできなかった。
彼女に分かったのは気が付いたら自分は尻餅をついており、黒鵜が目の前で六体の乙女に包囲されているという奇妙な状況だった。
二人の乙女が武器に手を伸ばした瞬間、黒鵜は脇目も振らず全力でドロシーと乙女の間に飛び込んだ。魔術の才はからっきしの黒鵜だが、肉体面では生まれつき優れたものがあり日頃のトレーニングと護衛のための戦闘訓練で相当鍛えられていた。ものの数秒で彼女たちの間に割って入る。
すると、乙女たちが剣を抜くと同時に何もない場所から新たに四体の乙女が出現した。おそらくはどちらかの乙女の魔術によって召喚したのだろう。つまり、この六体の乙女は全て自動人形ということだ。
黒鵜はすぐさまドロシーを背後に突き飛ばした。それとほぼ同時に、黒鵜を拘束するように乙女人形の剣が彼の身体を取り囲む。
唖然とするドロシーを尻目に、黒鵜は人形たちの使い手である銀仮面の男を見る。
「我が主のご無礼、心から謝罪申し上げます。もしもあなたの気が済まぬというのなら、この身を煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。その代わり、彼女の身の安全は保障してほしい」
全身に鋭利な刃を押し付けられながら、黒鵜はそれでも自らの保身よりもドロシーの安全を優先させた。
首元に当たる刃が皮膚に喰い込み、薄らと紅い線を刻む。時間にして数秒間、黒鵜とドロシーからすれば何倍にも感じる間を置いて、銀仮面の男が静かに右手を横に振った。
主の指示を受けて乙女たちが離れる。解放された黒鵜は、決して気を緩めずに眼前の顔を隠した少年たちを見据えた。
「----名は?」
銀仮面の男が尋ねてきた。ドロシーはさっき自分で名乗っていたので、黒鵜に対して聞いているのだろう。
一瞬迷ったものの、黒鵜は素直に答えることにした。
「神薙、黒鵜です」
「覚えておこう」
それだけ言うと、銀仮面の男は乙女人形たちを連れながら歩いていった。
しばらくして、緊張の糸が切れたのか黒鵜がその場に膝を付く。
「・・・ドロシー」
名前を呼ばれたドロシーの肩が震える。
「な、なに・・・?」
「色々と言いたいことは山のように溜まってますが、とりあえず一言だけ」
黒鵜が振り向く。
その時の彼の顔は天使とも悪魔ともつかない、実に彼らしい恐ろしげな笑みだったと後にドロシーは語る。
「年上にはきちんと敬語を使いましょう」
黒鵜は、明らかに怒っていた。