機巧学院は全寮制である。入学した者は身分や家庭の事情に関係なく学院内での生活を強制されており、外出の自由こそあるものの卒業か退学までは自動人形を外部へ持ち出すことも許されない規則となっている。貴重な魔術研究の宝庫ならばこその厳重な措置だといえるだろう。
そんな中でも、やはり格差というものは存在する。
学院の生徒でもやんごとなき身分の者と資産家などは一般の寮から離れた学院長の別宅を利用できる。ドロシーもその一人だ。
また、学生寮にもランク付けというものがあり、成績上位者は設備の整った最新の施設で寝泊まりができる。逆に成績の悪い落ち零れ生徒は、必然的に待遇の良くない古い寮へと移されてしまう。日頃の生活一つ取っても差は歴然というわけだ。
複数ある男子寮の中でも、ことラファエル男子寮はかなり好待遇の施設である。一番新しい建物はグリフォン女子寮であるが、設備の充実さで言えばこちらも遜色はない。
そんなラファエル男子寮の一室。綺麗に整えられた部屋の真ん中で男子生徒が長槍の手入れをいていた。
ゲイザー・ロウ。先日ドロシーをその圧倒的な戦技でもってあしらった彼は、一人黙々と槍磨きを続けている。彼は暇さえあれば槍の整備、槍を用いた稽古に殆どの時間を費やしている。必要以上に他者と関わろうとしない寡黙な性格と実力の高さも相まって、同期の三回生でも友人はいなかった。
それを彼がことさら気にした様子はない。元々、夜会は生き残りを賭けた生存競争。周りが全員敵だと思えば、下手に慣れ合おうとしないのは寧ろ当たり前とも言えた。彼の場合、少々度が過ぎて孤立しているとも言えるが。
槍を拭き終わった彼が立ち上がり、今度は体を動かそうかと外の演習場へ出ようと扉へ向かった時だった。閉まっていたはずの部屋の窓が僅かだが開く。
『おっひさー。元気してたかにゃあゲイ君』
甲高い女性の声が響く。
窓辺には一匹の白猫が佇んでいた。カーテンの陰に隠れて金色の目が怪しく光り、どこか不気味な感じが漂っている。首元には赤い首輪と鈴に似た丸い機械が取り付けられていた。遠くの地点にいる人物と会話を行うための魔具だ。
「汝か。何をしに来た観察者」
ゲイザーは無表情で猫を見据える。観察者と呼ばれた女性はその態度に若干機嫌を損ねてしまう。
『もうっ、ゲイ君はいっつも反応薄すぎー。美人のお姉さんがお部屋に訪問してあげたんだから、ちょっとは愛想よくしてくれてもいいじゃないのー』
「色恋は我の領分ではない。そもそも、ここにいるのは唯の猫である」
『相も変わらず退屈な男よねゲイ君。例え声だけでも女の魅力は伝わるのよ。なんなら喘ぎ声でも出しちゃおうかしら。うっふーん』
「くだらん。発情したいなら他を当たるがよい」」
『あらあら、童貞の癖に軽くあしらってくれちゃって。まあ冗談はこの辺にして、そろそろ本題に入らないとね。身体の調子はどうかしら』
「特に支障はでていない。此度の宿主はなかなか優れている。鍛えるごとに力を増していくのがよく分かった。そなたたちが選んできただけのことはある」
『でしょでしょ? ゲイ君ってばすぐに身体をぶっ壊しちゃうんだから、スペアを用意するのも楽じゃないわー。今の子はもうちょい優しく使ってあげてよね。まだ次の器は用意できてないわよ』
「心配はいらん。此度の身体は頑丈なうえに我との相性もなかなか良い。無理をしなければ、宿主を壊すようなことはあるまい」
『ホント頼むわぁ』
一人と一匹の会話を聞く者はいない。仮にいたとしても、彼らの話の内容を部外者に理解することは不可能だった。
『とっころでぇ、あなた黒薔薇の抱えてる小娘と戦ったそうね』
「ドロシー・マクガフィンのことか。確かに決闘を申し込まれたが」
『どうだった?』
「魔術師としては悪くない腕の持ち主だ。しかし、実戦経験をあまり積んでいない。敵の行動に対して咄嗟の対応が全くできないのでは、大した脅威にはならんだろう』
『にゃるほど。
「つまり、再戦を望むということか」
『あったりー!! ゲイ君の説明しなくても自然と察してくれるところ、私好きよ。それじゃあ数日中にお願いするわね。場所と時間は特に指定しないけど、できるだけ人目を避けて一対一の状態を作って頂戴』
「勝利条件は?」
『え? そんなの決まってんじゃない。次はデータ収集のためにもとことん暴れて欲しいからーーーー殺すまで