黒鵜は学院の外に出ていた。一人で馬車に乗って移動し、現在は機巧都市の街角にある喫茶店でちょっと遅めの昼食を食べている。
ドロシーがゲイザーともう一度戦いたいとしつこいので、黒鵜はあれからも知り合いの情報屋に連絡を取りつつ、独力でゲイザーの素性や能力の調査を行っていた。
成果はあまり芳しくはなかったが、昨晩いきなりその情報屋から調査が完了したとの連絡が入った。直接会って話がしたいと言ってきたので、黒鵜はこうして出向いてきたというわけだ。
「遅いな。そろそろ待ち合わせの時間なんだけど・・・」
おかわりしたスパゲッティを啜りながら待ち人を探す黒鵜。驚くべきことに、彼のテーブルには二十枚近い数の皿が重ねられていた。昔から黒鵜は線の細い身体に似合わず大食漢であった。この程度の量は軽く平らげてしまう。
「クロウくーん。おっまたせにゃあ~」
明るく元気な女性の声が店内に響く。
客席の間を駆けてやって来たのは、猫のイラストが入ったTシャツを着た茶髪の女性であった。年は十代後半か二十代前半ぐらい。ボブカットの髪が柔らかそうで、可愛らしい猫の絵が描かれたシャツと合わせてとても愛らしく見える。短めのスカートから覗く白い足には色気があり、男なら誰もが魅入ってしまう美人だ。
「遅くなってごめんにゃあ。先方さんがなかなか帰してくれなくてまいっちゃうにゃ」
「嘘はつかないでください。どうせいつもの寝坊でしょう、ベッキーさん」
「ありゃ、バレちゃったにゃ? そこは察しても言わないで欲しいにゃ~」
対面の席に座り、可愛らしく文句を言うベッキー。彼女は黒鵜が屋敷で働き始めた頃、ふとしたきっかけで出逢い助けてくれた情報屋だ。普通なら知りえないような裏社会の実情まで幅広い情報を取り扱っており、黒鵜もこうしてよく世話になっている。
ちなみに、ベッキーとは愛称であり本名は誰も知らない。語尾に「にゃあ」と付けることが多いのも、大の猫好きである彼女の趣味だ。
「頼んでいた情報は?」
「せっかちだにゃあ。ちゃーんとここに用意してきたにゃ」
そう言って鞄から数枚の用紙を取り出し、黒鵜に手渡す。
「ありがとうございます。支払いはいつもの口座に」
「オッケーにゃ」
受け取った書類を丁寧に読んでいく黒鵜。ベッキーはその間、注文した苺パフェを満足気な表情で食べていた。
「よく調べてありますね。ゲイザーの出身地から学院に来るまでの経歴までこと細かに」
「学院にも私の知り合いがいてにゃ。多少無理すれば機密情報も入手するのはわけないのにゃ」
「わざわざすみません」
「なーに、愛しいクロウ君のためなら全然大したことないにゃあ。それに、肝心の魔術については結局分からずじまいだったにゃ」
「それは仕方ありません。こうして彼が名のある武門の出身で扱える武術の種類が分かっただけでも十分な収穫でした。ただーー」
「ん? まだ気になることがあるのにゃ?」
口をクリーム塗れにしたベッキーが尋ねる。そんな彼女の様子を苦笑いしながら、黒鵜は自身が感じた違和感を指摘した。
「この書類だと、ゲイザーは地元では陽気で快活な好少年だったとされてますよね?」
「うん。彼は小さな土地を預かる領主の息子で、家庭はさほど裕福ではないけれど槍に関しては天賦の才をもっていたそうだにゃ。本人もかなりの努力家で住民たちにも慕われていて、彼の素質を評価したとある資産家が機巧学院での生活に必要な資金を肩代わりしているらしいにゃ」
「でも、僕が見たゲイザーという男は機械のように寡黙で無機質な男でした」
黒鵜が見たドロシーとゲイザーの戦い。ゲイザーは常に冷静に合理的に行動していたように感じる。快活さなど微塵も感じられなかった。
「おかしいにゃあ。調書に誤りはないはずだけどにゃあ」
「この人物像って、学院に来るまでの情報ですよね。学院に来たことで性格が変わってしまったとか?」
「そういうことかにゃあ」
一応の納得を見せたものの、黒鵜には言い知れぬ不安が残っていた。
◇◇◇◇◇
黒鵜が街に出掛けている頃、ドロシーは別宅にて休んでいた。
カトレアは二階で洗濯物を干しており、ドロシーは一階の広間にあるソファで不満な顔で寝そべっていた。
「クロのやつ、この私に黙って一人で出掛けるなんて」
実は黒鵜はドロシーに街へ出る理由を話していない。普段なら隠したりしないのだが、ドロシーを情報屋のベッキーに合わせたくなかったのでベッキーと会う時は必ず一人で出ているのだ。
情報屋という人種は金さえ積めば大抵の人間に情報を売る。ベッキーのことは友人として信頼しているが、大事な護衛対象を接触させるのは安全上できなかった。
「私を除け者にした罪は重いんだからね。帰ってきたらスケルトン相手に百人組手でもさせてやろうかしら・・・あれ?」
この場にいない従者へのお仕置きを考えていると、ふと床に何かが落ちていることに気が付く。玄関の扉の下の僅かな隙間から、白い紙のようなものがはみ出ていた。
「何かしら?」
起き上がって歩み寄り、落ちていた紙切れを手に取る。どうやらメモが書かれているようであった。
「もしかして私を慕う子からのファンレター? 人気者もつらいわーーーー!?」
そのメモの内容を見た瞬間、ドロシーの顔付きが険しいものへと変わった。
メモには綺麗な字でこう書かれていた。
『クロウ・カンナギを預かっている。彼の命を守りたければ、今夜零時、一人で学院西側の森に来い ゲイザー・ロウ」