司波達也は今日も走りまわっていた。
新入部員勧誘週間(という名のバカ騒ぎ)も今日で四日目。「もう」と言うべきか「まだ」と言うべきか……とにかく、騒がしい。
比企谷は校舎の上階からその様子を見降ろしていた。そこは、まったく他の生徒の姿が無く比企谷だけの姿しかなかった。雪ノ下と由比ヶ浜はこの週間だけ司波深雪の手伝いを請け負っていた。それは部活と認証されなくても、奉仕部としての矜持を持っている二人だからこそだろう。
では、比企谷八幡はなぜこんなところに一人でいるのかと言えば二つの理由がある。一つは、中条書記に「また」怯えられたからである。雪ノ下と由比ヶ浜に連れられて生徒会室にいくと、入って一瞬で「また」怯えられた。
もう一つは………
眼下に広がっているバカ騒ぎを観察しながら、司波達也の動きを観察していた。おそらくはすでに比企谷の視線に気がついているだろう。動き回っている途中、チラリと比企谷の方へ視線を向け、視線の正体を確認していた。比企谷も比企谷で、最初から正体を隠す気はなかった。
周りを警戒しながら見回しているところにどうやら連絡が入ったらしく、その場から急いで移動し始めた。上からでは木々が邪魔になり姿が見えにくいが、比企谷にとってそれはないも同然である。
『知覚系魔法・傍観写』応用編、と言うほどのものではないが比企谷はよく使う使い方がある。知っての通り、無生物と有生物のアクセスプロセスが違い無生物に関しては万能と言っていい。
つまり、生物が無生物を身につけていれば動きが追える、と言う事だ。
比企谷は司波達也の動きを追う。正確には、司波達也が身につけている制服の動きを追うと言った方がいいか。すると、進行方向に一人司波達也をうかがっているような人影が視えた。
どうやら、司波達也に向かって魔法を発動させようとしているらしいが、おそらく無駄になるだろう。案の定、魔法が不発に終わった瞬間に人影は逃げ出したようだ。その人影を追うように司波達也は動いていたが、どうやら相手は移動魔法をすでに発動していたようでさすがに生身で追いつける速度ではなかった。
比企谷はその人物の手首にリストバンドが巻かれてあるのに気が付き、一度魔法を切った。
司波達也に接触があったのであれば、そろそろだと言う事かと比企谷はため息をついた。
「めんどくせぇ」
そう、呟きながら。
待つ事数十分、遠くで階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。階段をのぼり終えた足音は、廊下を歩く音に変わりその足音をさせている主が現れた。
筋肉質でがっしりとした体格、かけている眼鏡から霊子放射光過敏症であると予測は可能。などと言っているが、比企谷はすでにこの人物のプロフィールを知っている。雪ノ下陽乃が比企谷へ渡した資料に重要人物として載っていた。
「やぁ、探したよ」
笑顔を貼り付けてはいるが眼鏡の奥の目には獲物を狙うような意思、そんな油断できない感情を読み取っていた。
「俺に何か用っすか?」
「いや、先日君が生徒会に連行されていたと聞いてね。ああ、自己紹介が忘れていたね、僕は剣道部の主将、3年の司甲。君と同じ二科生だ」
司甲と自己紹介した彼は、肩あたりに指を向けた。
「君も言われのない事で連行されていたんじゃないのかな? 彼等が一科生と言うだけで、僕ら二科生を下に見る事はおかしいと思わないか」
そんな聞きあたりの良い事を言っているが、言葉の一つ一つが胡散臭い。
「学校側もそうだ、魔法だけを重要視している。こんな世の中は根本的から間違っているんだ。
だから僕達は、剣道部を中心として非魔法競技クラブで部活連とは違う組織を作り上げ、まずはこの学校からちゃんと評価される環境に変えていき、いずれは世の中も変えて行こうと思うんだ」
「んで、なんで俺に声をかけたんッスか」
「君なら、この理不尽さが分かると思ったからだよ」
比企谷はどうせこの目のせいもあるんだろ、と心の中でため息をつく。
「俺にどうしてほしいんですか」
「剣道部に入ってくれないか」
「断ります。そもそも、俺はそんな事どうでもいいッスよ。正当に評価されなくても卒業できりゃいいですし、面倒な事に巻き込まれるのは面倒ですから」
司は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべ、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「そうか、でも気が変わったらいつでも剣道部に来てもらえば歓迎するよ」
そう言い残し、来た道を戻っていった。
「さて、」
そう呟いた比企谷は周りに誰もいない事と、知覚系の魔法によって監視されていないかを確認した後、端末を取り出しどこかに連絡を入れていた。
「どうも、比企谷です。彼らからの接触かありました」
『そうですか、いったい誰が接触を?』
「剣道部主将の司甲、おそらく幹部クラス以上ですね」
『なぜそう思うのですか』
「勧誘が慣れ過ぎてましたからね。言わされている感が無いでもないですが、完全に勧誘側の立ち振る舞いでしたよ」
『……分かりました、監視をつけておきましょう』
「そうした方がいいですね」
『協力、ありがとうございます』
「条件通り、そっちの二人はお願いします」
『ええ、分かっています』
通信を切って端末をしまうと、誰もいない廊下の角に向かって声をかける。
「小野先生、あとで陽乃さんに報告お願いしますよ」
角で誰かが身じろいだ様子を感じながら、比企谷はその場を後にした。
翌日の休日、比企谷はとある大きな研究所の端にあるこじんまりとした建物の中に入っていった。
出入口だけの窓のないその建物には一見しただけではわからず、それこそ念入りに調べてもある事に気がつかないほどに隠匿された監視カメラがあちこちに設置してあった。比企谷はドアの施錠を行わず中に入ったが、ドアが閉まった途端にいくつもの物理的施錠と何重もの魔法的防御が勝手に働き、出入口自体が無くなった。
建物中に入った比企谷はいくつかドアがあるうちの目の前にある扉を一度開き閉めた後、その握っているドアノブを【左】に回した。するとドアの向こうで何かか動く音が聞こえ、音がやんだ後ドアを開くとさっきまで廊下があった場所にエレベーターが存在していた。
そのエレベーターに比企谷が乗り込むと自動的に下降を始めた。十秒もかからずに下降していたエレベーターは止まり、今度は背後の壁が開いた。その開いた先には広い部屋にいくつもの機材やモニターが広がっており、三人の白衣を着ている作業員が比企谷を迎えた。
「時間通りだね、八幡」
「よお、戸塚」
比企谷を迎えた一人の作業員に、めったに見せない笑顔を向けていた。
「悪いな、学校じゃ声をかけれなくて」
「ううん、ここで一緒にいれるから大丈夫だよ」
「……ああ、そうだな」
「八幡、我は? 我は?」
「うるせぇ、材木座。さっさと研究成果見せやがれ」
横合いからコートを着た上から白衣まで来ている少年が、片手をあげもう片手で自分を指差しながら口を挟んできた。
「ちょ、いつも我の扱いがひどくない?!」
「いつもじゃねぇよ、ずっとだ」
「よりひどくなった! 八幡、嘘だよね!」
「ハハハ」
「………はちま~~ん」
材木座と呼ばれた少年は床にうなだれてしまった。
「まったく、あんたらは飽きないね」
「ああ、川崎。戦闘データの解析はどれくらい進んでいるんだ」
「あともう少しってとこだね。でも、あんたと同等の生徒が他にいるとは思わなかったよ」
青みがかった髪のクールな少女が呆れながら比企谷に声をかけてきた。
「ま、同じ穴のむじなってやつはどこにでもいるからな」
比企谷は挨拶もそうそうに、三人を連れて部屋の隅にある会議室へ移動した。
『スノー・ホワイト・テクノロジーズ』雪ノ下家直属の研究機関であり、後発ながら魔法工学部品やCAD本体の製造で急激に業績を伸ばしてきた会社である。
比企谷達が今いる研究所は本社とは違う、研究のみの支社でありその一角は比企谷達に与えられた個人研究所である。
研究員としてここに出入りするのは比企谷を除いて三人だけであり、その全員が第一高校の一年となっている。
最初に比企谷に声をかけたのは、一年C組の戸塚彩加である。見た目は完全に女子にしか見えないのだが、まごうことなき男子である。ハード系を得意とし、比企谷のメインCADを作った張本人である。そして、彼は秘密を持っている。
次に声をかけた小太りのコートと白衣を着た少年は、一年D組の材木座義輝である。彼は比企谷にすべなく対応されてはいるが、比企谷は彼の腕を信頼している。プログラム製作や解析などを一手に引き受け、この研究所の責任者と言っても良い。
最後の少女は一年B組、川崎沙希。青みがかった長い髪をポニーテールにした少女で、ハードとプログラムのバランス調整や操作調整など最後の仕上げを担当している。
そして、この研究所のトップが比企谷八幡であり、魔法術式のアイデアやテスターなど三人の作業の全般も請け負っている。ここで間違えてはいけないのは、この研究所で製品を製作しているわけではないと言う事だ。
ここで作っているCADは全てワンオフであり、この四人が自分達で使うためだけのCADを開発している。全てが比企谷のために、つまりは雪ノ下達を守るためだけに。
会議室に移動した四人はスクリーンに映し出された「ブランシュ」とその下部組織「エガリテ」の情報が映し出された。
「最近、学校内でエガリテが妙な動きを始めているのは、知っているだろ」
三人は三人とも首を縦に振る。
「おそらく、近いうちに何か仕出かそうとしているのは明白だ。それは生徒会も感づいているだろう」
「八幡、つまり我たちが動いていいと言う事だな」
「いいの、八幡?」
「ああ、自分の判断で動いてくれ。だがその時はできるだけ存在を気取らせず、裏から収拾と護衛に動いてくれ。あいつらは首を突っ込むだろうからな」
「それで、比企谷はどうするんだい?」
「ああ、ちょっとばかり監視を、な」