やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  拾陸

「さて、いい訳を聞かせてもらおうかしら」

「だから言っただろうが、話が長引いたって」

「じゃあ、どの先生と話しこんでいたのかな~ヒッキー」

「あ~それは、だな……」

 あの後、四人で対策を練っているうちにいつの間にか下校時間まじかとなっていた。比企谷は大急ぎで生徒会室に向かうと、生徒会室の扉の前で二人が『いい笑顔』で比企谷を待っていた。

「比企谷君」

「ヒッキー」

「カウンセリング室にいました」

 例えば、『今から素手で鬼と戦え』と言われれば誰もが嫌だろう。しかし、この状態の比企谷に言えば、そっちの方が数倍も楽だと言うだろう。

 比企谷は入学式の時と同じように、雪ノ下家で床に正座して雪ノ下と由比ヶ浜に見降ろされていた。あれから、無言で笑顔の二人に連行されて雪ノ下家に連れて来られそれから一時間ほど正座させられて、ようやく雪ノ下が口を開いた。その一時間の間に比企谷も声をかけようと口を開こうものなら、監視している二人の鋭い眼光に発言権は封鎖されていた。

「カウンセリング室って……ゆきのんゆきのん」

「何かしら、由比ヶ浜さん」

「確か、カウンセラーって女の人じゃなかったっけ?」

「いいえ、カウンセラーは男女ペアだったはずよ」

 その雪ノ下の言葉で数ミクロンばかりの希望を見出した比企谷だったが、

「だからと言って、比企谷君が女性のカウンセラーと二人っきりじゃなかった、と言う事にはならないわ」

 そう、冷ややかな視線を比企谷に向ける。ダラダラと、冷や汗をかきつつ目線を徐々に横へ向け少しでも逃れようとしている比企谷であったが、それを見逃す二人ではなかった。

「さて、もう一度聞くわ。『どの』先生と話していたのかしら?」

「正直に言ってほしいなぁ~」

 完全に逃げ道をふさがれた比企谷は結局、

「お、小野遥先生、です………」

 すぐさま比企谷の口に出した名前からその姿を思い浮かべた雪ノ下の機嫌が、見る見る悪くなってきた。

「小野先生って……確か女の先生だったよね、ゆきのん? あれ、ゆきのん、どうしたの?」

 由比ヶ浜の方は覚えていないのか、それとも名前と顔が一致していないのか、雪ノ下に聞こうと振り向くとそこには完全に機嫌を損ねて由比ヶ浜でさえ声がかけられなくなっていた雪ノ下の姿があった。

 そんな雪ノ下がニッコリと笑みを作り比企谷に向かって、

「比企谷君、ずっと正座をしていて足が痺れたでしょ?」

「いえ! まったくもって痺れてなんかいません!」

「そう。でも、嘘はダメよ、比企谷君」

 そういうが早いか、比企谷の脚を重点的に踏み始めた。正座の体勢を崩すように踏みつけていたので、一分も経たないうちに崩れ落ちた比企谷のふくらはぎに狙いを変更して責め続けていた。

 

 

 

 脚の痺れが続く限り責め続けられた比企谷は、轢かれたカエルのようにそこらへんの床にのびていた。

 雪ノ下はと言えば、『やっぱり大きい方が……』などと、独り言を呟きながら胸元をペタペタと触っていた。そんな二人に対してどうしていいか分からない由比ヶ浜は、比企谷か雪ノ下が戻ってくるまで待つことに決めたようだ。

「……ったく、おもいっきりやりやがって」

 いつの間にかソファに座って、脚から痺れが取れた事を確認するために脚を揉んでいた比企谷が呟いていた。

「あ、ヒッキー、いつの間に」

 雪ノ下の方を見ていた由比ヶ浜は、床に比企谷の姿が無い事に気が付き周りを見渡してようやくソファに座っていた比企谷に気がついた。

「それでヒッキー、小野先生と何を話していたのかな?」

 自身の記憶と雪ノ下の様子を見て、どのような容姿をしているカウンセラーか頭に浮かべている由比ヶ浜のターン。

「陽乃さんの話だよ」

「……姉さんの?」

 完全に痺れが取れたことを確認し終えた比企谷は、体を休ませるためソファに背中を預けて由比ヶ浜に返事を返した。その言葉から、自分の世界にのまれていた雪ノ下が戻ってきた。

「あの先生、陽乃さんの知り合いらしくてな。聞いてもいないのに昔話とか、今何やっているか聞いていただけだ」

 心底疲れたような表情を浮かべ、腐った目も腐り落ちる寸前まで腐りつくしていた。

「あ、ヒッキー陽乃さんの事が苦手だもんね」

「まったく、そうならそうと言いなさい」

 由比ヶ浜は苦笑していて、雪ノ下は呆れながらため息をついていた。

「いや、有無を言わせずに正座させたのはお前らだからな」

 

 

 比企谷八幡は雪ノ下陽乃が苦手だ、と言うことは二人にとっては常識である。

 それは比企谷八幡と雪ノ下陽乃が二人に誤認させた常識である。

 

 雪ノ下家現当主である雪ノ下陽乃はその立場故に、比企谷八幡を実戦投入せざるをえない。そもそも、比企谷八幡の戦力的に雪ノ下雪乃の護衛につけている時点ですでに疑問の声が上がっている。当たり前だ、一枚岩である組織など、例外としての例外でさえこの世界には存在しない。

 そんな声を押し込め、比企谷八幡を護衛として運用している雪ノ下陽乃であれど、有事の際にはその任を解いて戦場に送らなければならない。

 その最たる事件が三年前の佐渡侵攻事件。それが、雪ノ下家に来て初めて比企谷八幡が実戦投入された大きな事件。戦績は申し分なく、『八幡』として生まれた比企谷八幡と言う存在価値としてもそのままその戦場に置いておきたい人材だが、雪ノ下陽乃は断固として手元から離さなかった。

 その事を雪ノ下雪乃は直接的には知らない。もちろん、由比ヶ浜結衣は想像さえしていないだろう。しかし、そんな二人でも比企谷八幡の事になればその一端を掴むことがある。実際二人は、比企谷八幡が雪ノ下家に所属している事に気がついている。しかし、どういう理由で所属しているのかはまだ知らない。

 比企谷八幡は自分の出自が、自分の存在理由が二人に知られてしまうのを心の奥底で恐怖している。まぁ、ばれたらばれたでいつものように関係をリセット、いや、デリートする事に躊躇が無いだろうが、それでもこの関係は維持したいと思っている。

 そのため、一端を掴ませないようにいくつかの印象操作を二人に仕掛けている。その中の一つが『苦手意識の誤認』である。

人間、好意を持っている人間相手の頼みはほとんどと言っていいほどに断らないだろう。しかし、それが苦手な存在からであったり、嫌いな存在からの個人的な頼みだとすればどうだろう。その頼みに合理性があろうとなかろうと請け負う義務も責任もなく、請け負わなければならない状況だとしてもそこに本意はなく不本意を孕んでいる。

 つまるところ、雪ノ下陽乃と比企谷八幡の二人に横たわる溝を明確化させ、雪ノ下家の命令は全てとは言わないが不本意でしかなく、それは比企谷八幡本人が望まぬ事であると誤認させる。

 比企谷八幡が『兵器』として生まれたことを覆い隠すための一つの嘘。

 

 


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