司波達也と司波深雪の二人が実技棟に向けて走り出し、その二人を追うように比企谷は走り出した。司波兄妹は事態の収拾のために走り出したのだが、比企谷は司波達也の監視のために走り出していた。
もし比企谷一人で動いていたのなら、どれだけ生徒会メンバーを信用していても信頼していないが故に講堂から、いや、二人のそばから離れなかっただろう。しかし、信用も、信頼もしている仲間がそばにいる。
だから、比企谷はまかせられる。
さて、講堂に榴弾が投げ込まれた時まで時間を巻き戻そう。
爆音が聞こえたと同時に、どこから湧いて出てきたのか、実験棟前にはテロリストの集団が押し寄せてきていた。急に現れたテロリスト集団に、生徒たちはその場から逃げまどい、CADこそ持たないがその場にいた数人の三年生を中心に魔法力でテロリストを圧倒し、応戦しはじめていた。
CAD無しで、武器をふるう敵に魔法で相対する技量は、さすがに将来を約束された魔法師の雛鳥たちだった。
そんな中、応戦している三年生の一番後方で端末を取り出しメールを送っている戸塚の姿があった。おそらくすでに文面は書いていたのだろう、送信した後すぐに端末をしまい、制服の裏に隠してあったCADを一つ取り出した。
戸塚の手に握られているのはごく普通の市販されているCADではなく、刀身のない剣型のCADだった。戸塚はゆっくりと血振りするように剣を振るうと、動きに合わせて柄の中に収納されていた刀身が現れた。
戸塚専用・武装一体伸縮剣型CAD『トツカノツルギ』
戸塚はサイオンをCADに送り込み、魔法を起動した。
起動されたCADの刀身が発光始め、戸塚は剣先をテロリストたちに向け、誰に向けるでもなく呟いた。
「八幡の邪魔はさせない!!」
そう、凛々しい表情を浮かべて前線に躍り出た。
戸塚の振るう伸縮剣の刀身にテロリストたちの持つスタンバトン触れた瞬間、接触した部分がへし折れていた。二撃目に振るった刀身がテロリストのわき腹に打ちこまれると、バットでボールを打つかのようにテロリストの体は打ちこまれた場所と反対側に向かって吹き飛ばされ、別のテロリスにぶつかり巻き込みながら無力化された。
次々に襲ってくるテロリストたちに向かって戸塚が剣を振るうと、武器をへし折り、へし曲げ、切断し、テロリスト自身を吹き飛ばし、痺れさせ、押し潰して事態は沈静に向かっていた。
そんな流れるように次の相手に向かって剣を振るう戸塚の姿は、容姿と併せて天女が空の上で羽衣を揺らめかせながら優雅に踊っているようだった。
「ふぅ、全員倒し終わったかな」
周辺を見渡しながらそう呟く戸塚は、CADにサイオンを送るのを辞めた。
「やっぱり、本命は図書館の方みたいだね。材木座くんなら大丈夫だと思うから、僕は護衛の方に向かわないと」
その後、講堂に向かうため足早にその場から離れた。
戸塚がその場を離れてから少し経った後、戸塚に見とれていた三年生がようやく我にかえり、倒されているテロリストたちを一人残らず縛り上げるために動き出した。そして、事件が解決した後、数人の三年生(男女含む)を中心に『非公式ファンクラブ戸塚党』を立ち上げたかどうかは、本篇には全く関係ないことであるかもしれない。
戸塚専用魔法『トツカノツルギ』
それは、戸塚専用の武装一体伸縮剣型CADの名前と同じである。比企谷が戸塚のために新しく作りだした魔法であり、『インデックス』に登録されていない、完全に戸塚のための魔法である。
その名前と十柄家の歴史に紐つけ、刀身に四系統八種の系統魔法と系統外魔法、無系統魔法を発現させ、一太刀で十種の効果を発揮させる魔法。例えると、加重系魔法なら重力を操る剣になり、それこそ振動系魔法なら高周波ブレードを展開させる。
そして、『トツカノツルギ』には奥の手が隠されているが、秘匿中の秘匿であり戸塚自身さえまだ完全に扱えきれていない。
同時刻、大量の襲撃者が図書館にも押し寄せていた。
他の個所よりも襲撃者の人数が多いことから、どうやらここがテロリストたちの目的だと思われる。そんなことは、比企谷達にとっては予想範囲内である。
事前に比企谷達は図書館を本命と当たりをつけ、三人の中で最も強く、集団戦闘を得意とする材木座をそこに配置した。
「我が名は剣豪将軍、材木座義輝である!」
制服の上に来ているコートの裏に両腕を伸ばし、コートから出てきた手には両指で二本ずつ刀身のない刀が握られていた。刀の柄を指で挟んだまま顔の前で腕を交差し、勢いよく下に向かって振るうと、隠されていた刀身が現れた。その四本の刀を地面に突き刺し、コートの裏からもう一本取り出すと今度は上に掲げ打ちおろすように振るって刀身を出現させた。持っている刀の切っ先を襲撃者に向け、
「我の友人にして、我が認めた男の邪魔はさせぬぞ!」
そう、仰々しく大見得を切った。
材木座の手と地面に突き刺さっている五本の武装一体型CAD、それぞれ名前を『童子切安綱』『鬼切国綱』『三日月宗近』『大典太光世』『数珠丸恒次』と銘打っており、この五本を使用するのが材木座専用魔法『天下五剣』である。
材木座は手に持つ鬼切にサイオンを送り込む、否、鬼切に送り込まれたサイオンは同時に他の四本にも流れこんでいく。
『世界システム』古くは電磁波を用いた無線送電システムの総称である。
それは魔法技術が確立されるはるか昔に考案されていた技術であり、この世界システムが材木座専用魔法の根幹に存在する。
世界システムの実験は、電磁波の周波数が低すぎすぐに拡散してしまい電気密度が薄すぎるために失敗したのだという。しかし、それは近距離であれば成功するのではないか、と比企谷達は考えた。
そして、比企谷達はサイオンで世界システムを再現することに成功した。
五本すべての刀にサイオンが流しこまれ魔法が発動する。
突き刺していた四本の刀が一本一本地面から抜け、材木座の周辺を浮遊する。飛行魔法ではなく、浮遊魔法。
魔法の発動を確認した材木座は手に一本の刀と四本の浮遊する刀をひきつれ、襲撃者の集団に向かって走り出した。
材木座がどれほど強者であれど、数の暴力にはどうにも一歩届かない。確実に数は減らしているものの、事態が収拾するのはまだ時間がかかりそうである。それに加え、実技棟の方から数人生徒側の応援が走ってきた。
即座に材木座は後ろに下がり、魔法を解除して一本だけにサイオンを流しこみ魔法を発動させて応戦を続けた。
サイオンによる世界システムを司波達也に理解させないためだ。
しばらくすると西条を残し、図書館内に入ってく司波達也達を確認した後、再び『天下五剣』を発動させた。
司波兄妹が講堂を飛び出し、その後を追うように比企谷も講堂から飛び出してきた。しかし、比企谷はすぐに二人を追うことはせず、講堂入口付近に潜んでいた女子生徒に声をかけた。
「頼むぞ」
「あんたの弟子がしくじるわけないだろ」
「ああ、そうだな。愛してるぜ、川崎」
そう言って、比企谷は両手にCADをはめながら二人の後を追って行った。
「…………ばか」
そう、走り去る比企谷の背中に向けて呟く川崎の声は届かず、声が足元に落ちていった。三人が走り去った後、比企谷に開戦を知らせるために見逃したテロリストの後を継いで甘いものに群がる蟻のようにわらわらとテロリストたちが現れた。
「あんたら、八幡の邪魔はさせないよ!」
川崎は両手の手甲型CADを起動した。
起動した瞬間に川崎の身体がブレ、いつの間にか一人のテロリストの腹部に拳をめり込ませた姿があった。拳を引いて体を横にずらすと、テロリストは重力に逆らわず前のめりで沈みこんだ。
川崎はそれを確認すると鋭い目で、周りを見渡した。その光景を見たテロリストたちは一瞬ひるむ様子を見せたが、それでもひくことは無く集団で川崎に向かって行った。
だが、片っぱしから正確に一発ずつ腹部に拳を叩きこみ、周りには動かなくなったテロリストが散乱していた。その動きはまるで襲撃者の動きが分かっているかのように、一手も二手も先んじた動きを見せていた。
川崎専用魔法『サキヨミ』知覚系魔法と自己加速魔法を併用した魔法である。知覚系魔法により対象の肉体の動きを観察し、次の動きを予測する魔法。
そして、その光景を講堂にいる同盟メンバーを完全に制圧し、現状を確認する為に外に出てきた風紀委員と風紀委員長である渡辺摩利が見ていた。その光景に見とれていた風紀委員たちだったが、一瞬向けた川崎の視線に我に帰り倒れているテロリストの拘束と撃破にそれぞれが向かった。
「……あれは、川崎さん?」
「え、あ、ほんとだ。サキちゃんだ」
「知っているのか?」
遅れて雪ノ下と由比ヶ浜が入口に立っている渡辺先輩の横に移動し、その光景を目にして少しばかり驚いていた。
「中学が同じだったのですが、そこまで個人的な交流はありませんでした」
「あたしも同じクラスだったんですけど、あまり話した事はなかったです」
「……そうか」
「ゆきのん、知ってた?」
「いいえ、私たち以外が第一高校に進学していたのは知らなかったわ」
「うん、あたしも。ヒッキーは知ってたのかな?」
「どうでしょうね」
しばらく見ていると実験棟の方から講堂に向かってくる人影が見え、後ろからテロリストたちを強襲していくのが見えた。
「あれは、戸塚くん?」
「まさか、さいちゃんも!」
「かの……彼も知り合いなのか」
渡辺先輩は外見から女子生徒だと判断したが、制服を見て男子生徒だと認識しなおした。
「はい。ですが、そこまで知っているとは言い難いですが」
「さいちゃんの事だったら絶対ヒッキー知ってたよ」
二人によってどんどん鎮圧されているテロリストたちを見て、終わったら比企谷に問い詰めようと決心していた。
そんな中、
「今年の一年は豊作のようだな」
渡辺先輩は笑顔でそう呟いていた。
途中から風紀委員の援護が入ってきたが、ほぼ川崎と戸塚によって鎮静させられていた。CADの起動を止めた川崎と戸塚に渡辺先輩が声をかけた。
「ありがとう、助かったよ」
「あ、いえ、たまたまでしたから。それで、あの、何が起こっているんですか?」
川崎は周囲を警戒しているので、戸塚が代わりに答える。
「ふむ、心配しなくても大丈夫だ。すぐに落ち着くだろう」
さすがに一般生徒に、何が起こっているかを口にすることは憚られたため話を逸らすことにしたようだ。
「あ、そうなんですか。じゃあ安心ですね」
「あ、ああ」
そんな事より、渡辺先輩はこの目の前の少年が本当に少年なのか、それが一番気になっていた。