やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  貳拾壱

 司波兄妹が講堂を飛び出し、その後を追うように少し遅れて比企谷も講堂から飛び出してきた。しかし、比企谷はすぐに二人を追うことはせず、講堂入口付近に潜んでいた女子生徒に声をかけた。

「頼むぞ」

「あんたの弟子がしくじるわけないだろ」

「ああ、そうだな。愛してるぜ、川崎」

 そう言って、比企谷は隠していた特殊型CADを取り出し、両手にはめながら二人の後を追って行った。両手にはめ終わるとすぐに左手のCADを起動させ、一つの魔法を発動させていた。

 それは比企谷の得意魔法と言うよりは、比企谷唯一の魔法と言っていいだろう。

 

魔法名『消失』

 

仲間である三人と恩人である雪ノ下陽乃しか知らない魔法。いや『八幡』であった時代に遣っていた親も知っている魔法。

分類としては隠形魔法に分類されるが実際のところ、隠形の域を越えている。普通であればどんなに隠形が上手くても、必ずイデアにエイドスが記録されてしまう。それ故に、知覚系魔法に特化した魔法師がいる場合では高確率で発見されてしまうだろう。

しかし、この魔法はイデアにエイドスが記録される事が無い。いや、エイドスの記録が抹消される。イデアからも現実からもその存在を消しさる、だから『消失』魔法と呼んでいる。

ただこの魔法は、便利な魔法ではなく完全な欠陥魔法である。

自身のエイドスが一時的にイデアから抹消されているが故に、他の魔法が使用不可能になり他者からの攻撃に対する抵抗が手段が、無くなってしまう。

それが、三年前の佐渡侵略事件で敵の幹部暗殺を終えた比企谷が撤収する時、誤って一条将輝の『爆裂』の余波を浴び大ケガを負うこととなった原因だ。

だが、本来の『消失』はこんな欠陥魔法ではなかった。本来の魔法名は『不可視偽』といい、限りなく無色透明に近い比企谷八幡のサイオン性質があって初めて使用できる魔法である。『不可視偽』はイデアに記録されるエイドスを無色透明に変化させ、認識しづらくさせる隠形魔法だ。完全に存在を隠蔽できるわけではないが、対抗や反撃がしやすい使い勝手のいい魔法だった。

そう、だったのだ。

ならなぜ『不可視偽』魔法が『消失』魔法に変質したのか、それは比企谷のもう一つの魔法が関係してくる。いや、この表現は違う。正しくは、変質させられた原因が、もう一つの魔法にある。が、合っているだろう。

 

 

 

 司波兄妹につかず離れず後を追って行くと、壁面が焼け、窓にひびが入っている実技棟が見えてきた。どうやらさっき聞こえた轟音は、小型化された炸裂焼夷弾の爆発音だろう。壁面に付着し燃え続けている焼夷剤に、教師が二人がかりで消火に当たっていた。

「何の騒ぎだ、こりゃあ?」

 大立ち回りを演じている男子生徒が、司波達也の姿を見とめて大声で訊ねてきた。

 司波深雪の指が、しなやかに踊る。

 片手で携帯端末形態のCADを操り、一瞬で展開・構成・発動するサイオン情報体。

 西条を取り囲んでいた三人の男が一斉に吹き飛ぶ。電気工事の作業員のような格好をしたその三人は、明らかに生徒でも職員でもなかった。

「テロリストが学内に侵入した」

 司波達也は詳細を一切端折って西条に事態を説明した。

「ぶっそうだな、おい」

 西条はそれだけで納得する。今現在、重要なのは、排除すべき敵が存在するということであり、経緯の詳細など必要ではない事を分かっている。

「レオ、ホウキ! ……っと、援軍が到着してたか」

 その時、反対側、事務室方向から千葉が姿を見せる。司波達也たちの姿を認めて、千葉は走ってきた足を緩めた。

「派手にやったのねぇ。これ、達也くん? それとも深雪?」

 西条にCADを投げ渡しながら、呻き声をあげて這いずる侵入者を同情の欠片もない眼で眺めながら、簡潔に問う、

「深雪だ。俺ではこうも手際よくは行かない」

「わたしよ。この程度の雑魚に、お兄様の手を煩わらせるわけにはいかないわ」

 司波達也と彼の隣に戻って来ていた司波深雪の回答は、全く同時だった。

「それでこいつらは、問答無用で打っ飛ばしてもいいのね?」

「生徒でなければ手加減無用だ」

 居残り補修でもない限り、実技棟は放課後に生徒が用のある場所ではない。ふと、司波達也は何気なく疑問に思い、二人に問いかけた。

「ところで、こんな時間に実技棟で何をしていたんだ? 二人っきりで」

 真面目くさった声色。

 だが、誰よりも司波達也のことを理解している司波深雪には、兄が生真面目な表情の裏に人の悪い含み笑いを隠していると分かった。

 しかし、そんな事が分からない二人は非常に動揺していた。

「二人っきり! あたしが練習に来たらコイツが居座ってたの!」

「誤解だ! 俺は実技の練習をしてただけだ!」

「あー、分かった分かった」

 二人の反応で一度緩んだ空気になったが、司波達也は意識を切り替え話し始めた。

「他に侵入者は?」

「反対側は先生たちが、もうほとんど制圧してたわ」

 司波達也が真面目な声で問うと、千葉も動揺していたのが嘘のように、落ち着いた口調で答えた。

「オレが言うのもなんだが、こいつら、魔法師としては三流だな。

 三対一で魔法を練れないんだからよ」

 西条は何でも無いことのように言うが、そもそも三人を同時に相手取ること自体、容易ではない。

このクラスメイトは、思った以上にやれるようだ。

「エリカ、事務室の方は無事なのかしら?」

「あっちの方が対応は早かったみたい。あたしが到着した時には、先生たちが侵入者を縛り上げていたよ。

 やっぱり、貴重品が多いからかな」

 千葉の言葉に、司波達也は引っかかりを覚えた。

 事務室には多くの貴重品が保管されているから、襲撃の対象となるのは分かる。

 だが、実技棟には型遅れのCADが置かれているだけだ。

 建物が破壊されたところで、授業に影響があるくらいである。

 他に、破壊活動によって学校の運営に支障をきたす場所と言えば、すぐに再調達できない重要な装置や資料や文献が置かれている……

「……実験棟と図書館か!」

 

 

 

「……実験棟と図書館か!」

 どうやら、司波達也もテロリストたちの狙いに気がついたようだ、と比企谷は姿を消したまま、周りからの偶然による襲撃に備えつつ話を盗み聞いていた。

 テロと言っても、これは小さな戦争である。

武器や戦力も重要だが、最も必要であり、最も重要なのは情報である。なら、第一高校で襲撃対象となりうるのは、重要な実験装置や試料がある実験棟か、魔法高校でしか閲覧不可能な文献が保管されている図書館の二択である。

 実験試料や実験装置も価値は高いが、それ以上にこの国の最先端資料が収容され、公開されていない文献が眠っている図書館が対象となるだろう。だからこそ、比企谷は実力的に材木座を図書館に配置した。

 だが、それを素直に親切に話すべきではない、と比企谷は思っている。

 情報を公開し、共有すれば今回のような状況には到らなかっただろう。しかし、比企谷は仲間以外、誰も信用も信頼もしていないし、あの二人に余計な事を話して危険な事に巻き込みたくない。

 だから、比企谷八幡は何も語らない。

 情報漏洩は敵にしろ、味方にしろ、良い結果を招くことは無い。逆もまた然りであるが。

 

 

「では、こちらは陽動? もしかして、討論会へ結びつく抗議行動自体が陽動だったのでしょうか」

司波深雪の疑問に、司波達也は頭を振り否定した。

「いや、あれはあれで本気だったと思う。同盟も利用されていただけじゃないかな」

気の毒な、とは、司波達也は思わなかった。そう言ってしまえば、本気で差別の排除を叫んだ者に対する侮辱になるだろう。

「それより、これからどうするか、だが」

 二手に分かれるか、

 このまま実験棟に向かうか、

 このまま図書館に向かうか。

「彼らの狙いは図書館よ」

 決断は情報の形でもたらされた。

「小野先生?」

 かかとの低い靴に細身のパンツスーツ、ジャケットの下は光沢のあるセーター。

 今日の装いは、先日と打って変わった行動性重視。

 表情は厳しく引き締まり、別人のような雰囲気を醸し出している。

「向こうの主力は、既に館内へ侵入しています。

 壬生さんもそっちにいるわ」

 三人の視線が、司波達也に向けられた。

 司波達也は正面から、小野遥を見据えた。

「後ほど、ご説明をいただいてもよろしいでしょうか」

「却下します、と言いたいところだけど、そうもいかないでしょうね。

 その代わり、一つお願いしても良いかしら?」

「何でしょう」

「カウンセラー、小野遥の立場としてお願いします。

 壬生さんに機会を与えてあげて欲しいの。

 彼女は去年から、剣道選手としての評価と、二科生としての評価のギャップに悩んでいたわ。

 何度か面接もしたのだけど……私の力が足りなかったのでしょうね。

 結局、彼らに付け込まれてしまった。

 だから」

「甘いですね」

 だが司波達也はそれを、容赦なく切り捨てた。

 

 

 それは、比企谷も同じ結論だった。

 おそらく、壬生という先輩はその状況に絶望しているのだろう、地獄に見えているのだろう。そこまでいかなくても、正の感情は抱いていないのはすぐに分かる。

 それで、悩むのはいい。しかし、その程度で、ただ単に認められていないだけで、評価されないだけでテロリストの片棒を担いでいい理由にはならない。

 だから、比企谷八幡は声に出さずに呟く。

『あまえるな』

 

 

「行くぞ、深雪」

「はい」

「おい、達也」

 そして、切り捨てられない友人に、一つだけ、アドバイスをする。

「余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃない」

 それ以上のセリフは、時間が惜しい。

 走り出した彼の背中は、そう語っていた。

 

 

 


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