やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  貳拾伍 (完)

 事件の後始末は、十文字が引き受けてくれた。

 司波達也たちの行為は、良くて過剰防衛、悪くすれば傷害・および殺人未遂・プラス魔法の無免許使用だが、司直の手が彼らに伸びる事はなかった。

余談だが、比企谷はその範囲に入っていなかった。いや、別に比企谷だけ罪に問われたという意味ではない。

ただ単に、比企谷だけはあの戦場で『何もやっていない』事になっている。つまり、ただただ司波達也たちに付いてきて、気がつくと全てが終わっていたという事だ。

 閑話休題。

十師族の権勢は、司法当局を凌駕する。

 

『十師族』

 

それは、日本で最強の魔法師集団。

 かの集団は、決して政治の表舞台には立たず、表の権力者にはならない。

 むしろ、兵士として、警官として、行政官として、その魔法の力を使い最前線でこの国を支えている。

 その代わり――それ故に――表の権力を放棄した代わりに、政治の裏側で不可侵に等しい権勢を手にした。

 現在、十師族の中で最も有力とされているのが、四葉と七草の両家。

 それに続く三番手が、十文字。

 十文字家の総領が関わる事件に、普通の警察が関与できるはずもないのだ。

 

 

 今回起こった事件の後始末が全て終わり、徐々に日常が戻ってくる中、比企谷の姿はSWT(スノー・ホワイト・テクノロジーズ)の個人研究所にあった。

今回の事件で偶然にも、幸運にも手に入れることができたアンティナイトを活用する為にここ数日間は帰宅後すぐに研究所に向かい、夜遅くまで、朝早くまで、新たな術式を組んでいた。幾つもの術式を組んでは破棄し、構築し直し、追加のプログラムを書き加える。

 数日かけてようやく完成の目処が立ち、深く椅子に座り疲れ混じりのため息をついていると、後ろから比企谷に近づく影があった。

「ねぇ、八幡。今度は何を作っているの?」

 久しぶりに研究所に顔を出した戸塚が、比企谷の後ろからモニターを覗きこみながら声をかけた。戸塚はモニターに映るプログラムをとりあえず目線で追っているみたいだが、やはり内容が解らず途中から首を傾げ誤魔化すような苦笑を浮かべた。

「ん、ああ、戸塚か。

手に入れたアンティナイトで擬似的な術式解体(グラム・デモリッション)でも作ろうかと、な」

 

『術式解体(グラム・デモリッション)』

 圧縮されたサイオンの塊を直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式と言ったサイオンを吹き飛ばす、超高等対抗魔法。

 領域干渉や情報強化では防げず、砲撃自体の圧力がキャスト・ジャミングも寄せ付けない。物理的作用は一切無いため、どんな障害物でも防ぐ事ができない。

 強力なサイオン流で迎撃するか、サイオンの壁を幾層にも重ねて防御陣を築く事でようやく無効化することができる。射程が短いこと以外に欠点らしい欠点が存在せず、実用化されている対抗魔法の中では最強と称されている無系統魔法。

 ただし、使用するには大量のサイオンを要求するため使い手は極めて少ない。

 

それを比企谷は、アンティナイトで擬似的ではあるが再現しようとしていた。

考え方としては、キャスト・ジャミングのノイズを術式解体と同じように圧縮し目標物に向かって射出する。射出された圧縮ノイズは目標物に達したところで弾けることによって、大量のサイオンノイズを散布することができる。

この魔法の利点は、術式の使用時に使用者の周りにいる他の魔法師が魔法の使用が可能だと言うこと。

本来の術式解体よりも射程距離が伸びること。

発動過程が術式解体に似ているが故に、ハッタリをかませられること。

ただ、使用時のタイミングが重要になってくるが、それを差し引いてもメリットが大きい。

 

「やっぱりすごいね、八幡は」

新しいプログラムの構想を話す比企谷に向かって、戸塚は優しく笑った。

「戸塚だって凄いだろ。俺ができないことができるんだからよ。

だからこそ、ハード系はほとんど任せてんだからな」

「ううん、そうじゃないよ、そうじゃない」

 そう言って、戸塚は首を横に振る。

 実のところ、比企谷は戸塚が言いたいことが分かっていた。誰かのために、二人のために頑張る比企谷の姿を、戸塚は凄いと言ったことを。

「……ま、なんだ。

 これが完成したら新しいCADの開発を頼むぞ」

「うん、まかせて!」

 困っているような、誤魔化したいような、名状しがたい表情を浮かべて頭を掻く比企谷に向かって、戸塚はひまわりのような笑顔を向けた。

「はちま~ん、銃器の加工が終わった……おお、戸塚氏も来ていたか」

 研究室の奥の部屋の扉がいきなり開き、顔や白衣に黒ずんだ油染みをつけた材木座が姿を現した。材木座は両手で大事そうに持っているサブマシンガンを比企谷に向けて掲げ、嬉しそうな表情を浮かべていた。

「ああ、できたか」

 材木座からそのサブマシンガンを受け取ると重さを確認し、ためしに誰もいない方へ銃口を構えて向けた。ブレることなく自然な動作で構えると、軽く引鉄を引く動作を交えて銃口を色々な方向に動かす。

「……悪くねぇな」

 構えを解いて銃の細部を確かめながら比企谷がそう言葉を漏らすと、その言葉に材木座は自然と得意気な表情になり、

「けぷこんけぷこん!

当たり前であろう、我が手ずから組み上げたのだぞ!」

 いつものように高らかな声を上げた。

そんな得意気な材木座の態度を比企谷は鬱陶しそうな目で見てはいるものの、今回ばかりは特に口を挟むことなく好きにさせた。

「それって、銃だよね?」

 そんな中、モニターに続いて戸塚は持っている銃に目を落とした後、比企谷に目線を向けるとコテンと首を横に傾ける。戸塚のその行為を見て、比企谷は少し微笑むと手に持っている銃を見えやすいように傾けた。

「まぁ、見た目は、な」

「見た目は?」

「ああ、見た目はだ。

 こいつは、魔法弾を吐きだすサブマシンガンってとこか」

 

 通常、特化型である拳銃形態CADは拳銃を模しているが、本来の拳銃と違い実弾を発射する訳ではない。これは少なくともCADであり、魔法を行使する為のデバイスであるためだ。

 そして、通常の銃器と言うのは実弾を発射させるためのデバイスであり、魔法を使用する為の道具ではない。

 この二つは外見としては似ているが、根本的な使用形態が異なる。それが、常識なのである。常識であり、普通であり、当たり前と言う事だ。

 だからこそ、銃器の見た目で魔法を行使する武器が有効になってくる。

 実弾と言う物は真っ直ぐにしか飛んで行かない。兆弾と言う方法を使えば曲げることも可能なのだろうが、基本的には直線移動である。ならば、その銃弾を防ぐ魔法はおのずと固定される。つまり、定石が決まっていると言っていい。

 そこに、隙が生じることを比企谷は理解している。

 例えば、物理的な攻撃手段である銃器の銃口から魔法弾が発射されたとしたらどうなるだろうか。例えば、それが曲がる銃弾ならば、それが空気中の二酸化炭素からドライアイスを生成し無制限に射出されれば、それがサイオンノイズを凝縮した塊だとすればどうなるか。

 見た目と言うのは重要なのだ。

 

「本当は実弾も使えればいいんだが、流石に弾がもったいないからな」

 そう言いながらマガジンを模して造られたカートリッジの着脱を試し、納得のいく出来だったのか、いまだ得意気な材木座に返した。

 

 

 

 時間は留まる事を知らず、水が高い所から低い所へ流れるように刻々と進み五月となった。

 本日は壬生の退院の日。

 比企谷は面識のない壬生の退院祝いに来る気はなかったのだが、雪ノ下と由比ヶ浜に連れられて病院を訪れた。

「壬生先輩良かったね」

 自分の事のように喜ぶ由比ヶ浜は、となりを歩く雪ノ下に笑顔を向けている。

「ええ、そうね。彼女も被害者なのだから、これからは幸せになってほしいわ」

 そんな由比ヶ浜の言葉に、雪ノ下は少し微笑みながら返事を返した。比企谷は目の前にいる二人の会話を聞きながら、帰りたそうな表情を浮かべているもののしっかりと二人のあとをついて行く。

 

 病院に付き中に入ると、入院着から普段着に着替えた壬生の姿があった。退院の準備を終えあとは帰るだけになっている壬生の周りには、桐原と千葉、それと司波深雪の姿があった。

 司波深雪の姿を目に収めた瞬間、比企谷は誰にも気がつかれないようにすぐさま周りに目を配り兄の司波達也を探し始めた。

 雪ノ下と由比ヶ浜はすぐさま壬生の元に向かい、

「壬生先輩、退院おめでとうございます」

「これ、私たちからです」

「わざわざありがとうね」

由比ヶ浜が退院祝いの花束を壬生に渡し、壬生は嬉しそうに二つ目の花束を受け取った。

「あっ、司波君。お父さんと何を話していたの?」

 由比ヶ浜が花束を渡してすぐ、司波達也と壬生の父である壬生勇三が病院の奥から歩いて戻ってきた。壬生勇三はすぐに自分の妻のところへ向かい、司波達也は妹の元に戻ってきた。

その際、壬生勇三の目が新たに増えている雪ノ下たち三人に向けられ、ふと比企谷の目を見て動きを止めた。

「……いや、思い違いか」

 などと、ひとりごちると頭を軽く振りその場を離れた。

「俺が昔お世話になった人が、お父上の親しいご友人だった、と言う話をしていたんですよ」

「へぇ、そうなの」

「ええ、世間は狭いですね」

「達也くんとさーやって、やっぱり深い縁があるのね」

 と、そこへすかさず千葉が絡んでいった。どうやら、さーやとは壬生のことらしい。

 比企谷はその面倒くさそうな空気を嗅ぎつけ、

「悪い、トイレに行ってくるわ」

「そう、分かったわ」

 雪ノ下に声をかけるとその場から離れた。

少し離れて比企谷は後ろを振り向くと、千葉から顔を逸らそうとその場で動いている壬生と、そんな壬生の顔を覗こうとして機敏に動いている千葉の姿が見え、その集団から離れようとしている司波達也がこちらを向くのが見える。

 

 

「比企谷、アンティナイトを持っていったのはお前だな」

「あ? 知らねぇよ」

 二人はトイレには向かわず、手じかな角を曲がると壁に背中を預けて並んで立っていた。無表情で比企谷に目を向ける司波達也と、心底心当たりが無いかのように振舞っている比企谷の腹の探り合いが静かに進行していた。

「壬生先輩が言うには、あの日アンティナイトを図書館の廊下に投げ捨てたといっている。だが、投げ捨てたはずのアンティナイトは見つかっていない」

「なら、誰かが持っていったんだろ。事件が終わった後に」

「いや、それはない」

「なんで言いきれるんだよ」

「投げ捨てた場所は俺も通ったからだ。

アンティナイトがあればすぐに気がつく」

 比企谷八幡と司波達也の目線がぶつかる。数秒間の静寂ののち、どちらからともなく壁から背中を浮かせた。

「安心しろよ、お前から手を出さない限りなにかをするつもりはねぇ。最初に言っただろうが」

「なら、俺ももう一度言っておく。

 俺の妹に危害を加えようとするのなら、お前を排除する」

「おい、よりひどくなってんじゃねぇか」

 疲れたような表情を浮かべ、ため息をつくように言葉を吐いた。

「さて、俺は戻るが、トイレは行かなくていいのか?」

 少し口角を上げて悪戯っぽい表情を浮かべる司波達也に向かって、苦々しそうな表情を比企谷は浮かべた。

「ケッ、分かっている奴に言う言葉なんてねぇよ」

「それはそうだ」

 二人はその場から離れ、並んで壬生たちの元へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、九校戦のメンバーを選ばなきゃいけないわね」


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