やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。 伍

 

 

 比企谷達と、司波達との距離はそこそこ離れていた。

いくら比企谷の身体能力が高くても一瞬でたどり着ける距離じゃない。確実に数秒ほど必要だ。魔法を使って底上げすればより早くたどり着けただろう。しかし、その発動時間さえ惜しい状況ではこれが正しい判断だったろう。

 急ぎながらも、冷静で周りを見える早さを保ち、これからどう動かれても対処できる早さを見極め、的確に害意だけを排除できうる急ぎ方。

 比企谷八幡に託されたのは殲滅ではなく、どんな状況になっても誰もが無傷でその場を収めること。

 故に、比企谷八幡は立ち止まる。

 

走りながら小型拳銃を模した特化型CADを取り出した男子生徒を視界の中心に置いて観察する。この動きで、誰がどんな動きをするのか。

一番に動いたのは、司波と居たもう一人の男子生徒だった。その生徒は素手で発動中のCADを掴もうと手を伸ばす。とっさの判断で頭より手が先に出たのだろう、見た目通りの人間だと、視界の端に映る千葉家の子女を確認しさっきより余裕のできた頭で思う。

千葉は男子生徒の脇をすり抜け、どこから出したのか伸縮警棒をCADに向かって振り抜いた。小型拳銃形態のCADは弾き飛ばされ、地面に転がった。既に立ち止っていた比企谷八幡はその動きに感心する。

「警棒…じゃないな、おそらく武装一体にしては……いや、まさか刻印型か? だとしたら珍しい物を……流石、千葉家と言うことか」

 周りの人ごみに紛れて観察する。

 実のところ、比企谷八幡が立ち止ったのは千葉が動き出した時じゃなく、司波達也が右手を突きだした時である。ただそれだけの動作で、立ち止った。

そもそも、司波達也ほどの人間の一挙手一投足に理由がないはずがない。確実に、あれは何かをしようとしていた。それは、その場を収めるための、確実にその場が収まったであろう魔法を使おうとしていたと予想する。

 ふと、目の端に別の魔法が発動されようとしていたのが見えた。いったん思考を切り、そちらへ目を向ける。CADをたたき落とされた男子生徒の後ろに居た女子生徒が腕輪形状の汎用型CADを起動させていた。

 その女子生徒はサイオンをCADに送り込み起動式を展開していた。だが、比企谷八幡は動かなかった。動けなったのではなく、動かなかった。

 理由は二つある。

 一つは、その魔法が攻撃魔法ではなくただの閃光魔法であることが『分かったから』だ。

 二つ目は……

「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に犯罪行為ですよ!」

 展開中の起動式が砕け散った。

 二つ目は、生徒会長と風紀委員長がすぐ近くまで来ている事が分かったからだ。

 生徒会長はサイオンそのものを弾丸として飛ばし、起動式のサイオンのパターンを攪乱させ霧散させた。魔法としてはもっとも単純な形態だが、起動式のみを破壊し術者本人にダメージを与えないとなると精緻な照準と出力制御が必要となってくる。そんなことをあっさりとやってのけた生徒会長の射手としての力量はすさまじいものだと、改めて感心する。

 比企谷が走りだして一分程度経ったくらいだろうか、雪ノ下と由比ヶ浜の二人が合流した。体感時間ではかなり経っている気がしていたが、気がつくとそれほど時間は経っていなかった事が分かる。(具体的に言えば一週間以上経ったような、気がする)

「何事もなくて良かったわ」

「俺は何もしていないがな」

「あなたはベンチに座っている選手が何もしていないと言えるのかしら」

「……そりゃ、言えねぇな」

「そう言う事よ」

「え? ゆきのん、どういうこと?」

 相変わらずの由比ヶ浜である。

「由比ヶ浜さん、ベンチに座っている選手は試合に出てはいないとしても、別にサボっているわけではないと言うことは分かるかしら?」

「え、えっと。うん、なんとか」

「比企谷君は表立って彼らを止めてはいないわ、でも何かあった時のために止める事ができるようにしていたと言う事よ」

「な、なるほど。やっぱりヒッキーは凄いね」

 どうにか理解したのか犬のようにはしゃぎ出した。

その間も比企谷は目の端に集団を置いて、どう動くのか少しでも多くの情報を仕入れようとしている。

情報収集の相手である司波達也は、風紀委員長を前に一歩も引かずそれどころか表情一つ変えずに渡り合っていた。自己判断、事後処理、等々。今日の数時間で、いずれ自分が対峙しうる可能性持った存在の厄介さを痛感していた。

どうやらあっちの騒動は収拾したようで、生徒会長と風紀委員長はちょうど校舎に戻ろうとしておりその二人の後ろ姿に全員が頭を下げていた。すぐに頭を上げず数秒そうしていただろう、ふと風紀委員長が顔だけを振り向いて司波達也に声をかけた。どうやら名前を聞いたようで、司波達也は頭を上げて簡素にクラスと名前を口にした。風紀委員長は満足したのか、そのまま生徒会長のあとを追った。

周りの野次馬は早々に散り始め、比企谷も二人を連れてさっさとこの場を移動しようと動こうとした時、視線を感じてその方向に目を向ける。

目を向けると、真っ先にCADを取り出した男子生徒に指を刺されている司波達也の姿があった。傍から見れば目の前の男子生徒と話しているように見えるが、視線と意識は比企谷の方へ向いていた。比企谷がそれに気がついたことが分かると視線と意識を切り、目の前の男子生徒へと移した。

どうやら、始めから比企谷がいる事は分かっていたらしい。

「ったく、厄介すぎるだろ」

 と、本当に誰も聞こえないような小さな声で呟いた。

「あれ、一緒に居るの光井さんと北山さんだよね、ゆきのん」

「ええ、そうね。詳しい話が聞けるかもしれないわ、行きましょう」

「ちょ、おい」

 雪ノ下と由比ヶ浜は連れ立ってその集団へと近づいて行った。

「ヒッキー、ほら早く!」

 

 

 

「なんだ、これ」

 率直な吐露だった。

 あれから司波達也達と不本意にも合流し、今は大人数で駅に向かう帰り道。

 司波達也を中心として、その隣を司波深雪となぜか光井ほのかが陣取っている。司波深雪側にE組の千葉エリカ、柴田美月、西条レオンハルトが、光井ほのか側には北山雫と雪ノ下と由比ヶ浜、そして釈然としないと言うか現実を直視したくないと言う逃避に似た表情を張り付けている比企谷八幡で新たな集団として歩いていた。

「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」

 光井の質問に対して、我がことのように得意げに、司波深雪が答える。

「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手がかからない」

「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」

 そんな司波達也を中心として会話がはずんでいる中、比企谷だけはできるだけ気配を消し今はほぼ完全に近いくらいに気配を消している。

 雪ノ下は少しだがCADなどのデバイスを調整することができ、司波達也の話を興味深そうに聞きながら気になった部分を問い、由比ヶ浜は話の内容を理解はしていないみたいだがそれでも驚きながら聞いていた。

 今すぐにでもその集団と距離を置きたいと思っている比企谷ではあるが、気配を消し数歩後ろに下がって付いてきているのは目の前の二人がいるからである。

「達也くん、あたしのホウキも見てもらえない?」

 千葉がイタズラを思いついた子供のような顔で、司波達也の声をかけた。

「無理。あんな特殊な形状のCADをいじる自身はないよ」

「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは」

 他のメンバーは何のことか分かっておらず、なんのことだ? と言った風に首をかしげていた。

「比企谷、お前はどうだ」

 いきなり司波達也が後ろを振り向いて聞いてきた。声のイントネーションから疑問と言うより、確認の割合が多く感じた。しかし、それよりも司波達也につられて全員が後ろを振り返りその視線が痛いくらいに突き刺さる。その表情からは『え? いたっけ?』だとか『気が付かなかった』などの感情が簡単に読み取れた。それに加えて、雪ノ下と由比ヶ浜もそこに比企谷がいるのを忘れていたようで、今しがた思い出したような表情であった。

 まぁ、そんなのはいつものことのように数ミクロン単位で削れていく自身の何かを認識しながら、ため息をつく。

「俺に話をふるんじゃねぇよ。つか、何の話をしてんだ。主語をちゃんとしろ」

「ああ、それはすまない。比企谷はエリカのCADに気がついたと思ったんだが」

「はっ、別に魔法を発動してねぇんだ、千葉のCADかどうか完全に分かるはずがねぇだろ」

 司波達也は『やはり』と言ったように少しだけ口角を上げて笑う。それは馬鹿にしているのではなく、感心している。やはり、比企谷も分かっていたのか、と。

 比企谷は『魔法を発動していない』と言った、それはつまり『それが魔法を発動できる物だと知っている』と遠回しに言っていた。

そして、千葉エリカもようやく少しだけ気がついた。ついさっきまで比企谷八幡という存在に気が付かなかった事と、自身のホウキを看破した事の裏に潜んでいる重要さに。

 だが、千葉エリカは気が付かなかったふりをする。これから先に起こるかもしれない、もしもの場合を考えて。

「なぁ、達也。いい加減教えてくれねぇか」

「ああ、そうだな。エリカ」

 司波達也は千葉に声をかける。

「これがホウキだって分かったのは、達也くんくらいかな」

 柄の長さに縮めた警棒のストラップを持ってクルクル回しながら皆に見せる。

「えっ? その警棒、デバイスなの?」

 柴田が目を丸くして、警棒ではなくデバイスをよく見ようと目を近づける。その様子を見て千葉は満足げに頷く。

「普通の反応をありがとう、美月。

 みんなが気づいていたんだったら、滑っちゃうとこだったわ」

 その遣り取りを聞いて、西条がさらに、訝しげに問う。

「……何処にシステムを組み込んでるんだ? さっきの感じじゃ、全部空洞ってわけじゃないんだろ?」

「ブーッ。柄以外は全部空洞よ。刻印型の術式で強度を上げているの。硬化魔法は得意分野なんでしょ?」

 比企谷は『やはりか』と呟く。そして、千葉家の戦闘に対しての技術力を再認識する事になった。

「……術式を幾何学紋様化して、感応性の合金に刻み、サイオンを注入することで発動するってアレか?

 そんなモン使ってたら、並みのサイオン量じゃ済まないぜ。よくガス欠にならねぇな? そもそも刻印型自体、燃費が悪過ぎってんで、今じゃあんまり使われねぇ術式のはずだぜ」

 西条の指摘に、千葉は少し目を開いて、驚き半分、感心半分を表現した。周りも少し驚いた顔をしていた。

「おっ、さすがに得意分野。

 でも残念、もう一歩ね。

 強度が必要になるのは、振り出しと打ち込みの瞬間だけ。その刹那を捉まえてサイオンを流してやれば、そんなに消耗しないわ。

 兜割りの原理と同じよ。……って、みんなどうしたの?」

 感心と呆れ顔がブレンドされた空気が漂い、居心地悪げに千葉は訊ねた。

「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか奥義とかに分類される技術だと思うのだけど。単純にサイオン量が多いより、余程すごいわよ」

 全員を代表して、司波深雪が答えた。

 何気ない指摘だった。

 だが千葉の強張った顔は、彼女が本気で焦っていることを示していた。

「達也さんも深雪さんもすごいけど、エリカちゃんもすごい人だったのね……

 うちの高校って、一般人の方が珍しいのかな?」

「魔法科高校に一般人はいないと思う」

「ええ、そうね」

 柴田の天然気味な発言と、それまで押し黙っていた北山雫がボソッと漏らした的確すぎるツッコミに少し笑いながら雪ノ下がのっかった。色々と訳ありの空気は核心が見えないままに霧散した。

 比企谷八幡は再びため息をつく、無意識に後ろを気にしている千葉エリカの態度に、意外に頭が回るガタイのいい西条レオンハルトの存在に、眼鏡をかけその異常な感度の目を押さえる柴田美月の特異性に。

 比企谷八幡はため息をつく。

 面倒だ、とため息をつく。

 


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