やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。 捌

 

 

「俺に、比企谷と正式な試合をさせてもらえませんか」

 いきなりそんな言葉が司波達也の口から発せられた。

 生徒会のメンバー、雪ノ下、由比ヶ浜、そして妹である司波深雪も不思議だという顔をしていた。

生徒会メンバーは服部副会長を上回った司波達也が、一年のそれも二科生の生徒と試合する理由はないと思っている。

 雪ノ下と由比ヶ浜は司波達也の言葉の後にすぐ比企谷の方を向き、その表情が驚きではなく少し笑っている事に首を傾げた。

 司波深雪はすぐに表情を戻し、その言葉には兄しか分からないことがあるのだと納得していた。

「断る……と、いつもの俺なら言ってただろうな」

 司波達也に集まっている集団から少し離れた所から声をかける。

「そうか、それは助かる」

「ちょ、ちょっと待って。達也くん、理由を聞かせて」

 慌てて七草会長が二人の会話に入ってきた。その表情は困惑を浮かべ理由を求めていた。そんな中、渡辺風紀委員長は司波達也の言葉を聞いた後、口元がにやけていた。司波達也にここまで言わせる、比企谷という二科生に興味を持ったからだ。

「理由ですか。おそらく、試合を許可してもらえれば分かると思います」

「もう、そんなの理由になってないじゃない」

 生徒会長の立場としては、二科生である比企谷の心配をしているのだろう。しかしながら、司波達也も同じ二科生であることを既に忘れているようだ。まぁ、あれほどの戦闘センスを見せられたらそうなんだろうが。

「いいじゃないか、私も少し興味が出てきた」

「ちょっと、摩利まで」

 笑い顔を浮かべて七草会長をなだめてはいるが、完全に面白がっている。

「七草会長、私からもお願いたします」

 雪ノ下もどうやら見てみたくなったらしく、頭を下げる。

「あ、あたしからもお願いします」

「……もう、これじゃわたしが悪いみたいじゃない」

 熱意に押されてというか、しぶしぶと言った方がいいのか、七草会長は宣言する。

「生徒会長の権限により、一年E組・司波達也と……えっと…」

「一年E組・比企谷八幡っす」

 どうやら知らないで言い始めたらしい。

「生徒会長の権限により、一年E組・司波達也と一年E組・比企谷八幡の模擬戦を、正式な試合として認めます」

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」

「試合は非公開として、双方にCADの使用を認めます。ルールは先程のルールですが、よろしいですね」

 比企谷の頭に『合意とみてよろしいですね?』という白衣を着た教師の言葉のようなノイズが走った気がしたが特に気にせずにしていておいた。

「はい」

「うっす」

 司波達也はそのまま開始線に移動し、比企谷は持っていたケースの中が見えないように小型拳銃形態の特化型CADを取り出した。軽くCADの調子を確認した後、同じように開始線に向かった。

 五メートル離れて向かいあう二人の表情は、先程と比べればどこかしら余裕があり穏やかなものだった。両手をだらりとおろし、合図がかかるのを待つ。

 渡辺風紀委員長が定位置に立ち、上にあげていた手をおろす。

「始め!」

 

 

 

 先に動いたのは司波達也だった。

と、言えばバトルらしいが、開始直後は二人とも動かずにただ向かいあっているだけだった。数秒間向かいあっているだけの二人を訝しげに見ていたが、ようやく司波達也が比企谷に向けてゆっくりとCADを向けた。

比企谷はCADではあれど銃口を向けられたのだ、普通なら回避行動に移すのだが、一向に動こうとしなかった。

ピクリ、とトリガーにかかっていた指が動き、三つのサイオン波が比企谷に向かって放たれた。

あっけなく、これまたあっけなく終わりだと渡辺風紀委員長は内心拍子抜けしていた。七草会長はホッと胸をなでおろす。ケガがなくて良かったと。

雪ノ下と由比ヶ浜は比企谷が笑っているのに気がついた。ほんの少しだけ片方の口角が上がったのを見た。司波深雪は気を抜かずに見ていた。自身の兄が負けることはないと、しかし、苦戦を強いられるんじゃないかと。

波の合成とは、一点に波が集中することによってより強い波となる。しかし、その一点を過ぎれば、波はただの波へと戻ってしまう。

だから、比企谷は少し体の位置をずらすだけで回避して見せた。

驚愕が伝播する。

 最初から避ける動作をしていれば、それは避けれるだろう。しかし、ちょうど波ができるその瞬間に紙一重で避けて見せた。後ろからでもそうだが、前から来たとしてもその発動スピードは普通なら避けれるものではない。なら、偶然かと言えば、その表情から察するに分かっていて避けたとしか思えなかった。

 急いで避けられた司波達也の顔を見てみれば、驚き一つ見せず、逆に笑っていた。

 司波達也のこの一撃、三撃はただの挨拶だった。

 これを皮切りに、バッと二人は大きく距離をとった。司波達也は先程の身体技能をみて分かるが、同じように比企谷も同じくらいの距離を一足で取った。当然、自己加速術式などつかわずに、だ。

 ようやく、司波達也の言っていた事を理解し始めた。目の前の二人が同等の実力を持っていると言うことを。

 今度は比企谷がトリガーを引く。無系統魔法・幻衝(ファントム・ブロウ)と共鳴を織り交ぜた波状攻撃。しかし、司波達也は同種の無系統魔法で打ち消しながら少しずつ距離を詰め始めた。

同じく比企谷も距離を詰めながら、司波達也が放つ魔法と同種の魔法をぶつけて相殺していく傍ら、サイオン粒子塊射出を織り交ぜ始めた。

サイオン粒子塊射出は七草会長の得意とするもので、校門の一件で魔法を発動しようとした光井の起動式を破壊したものだ。

ちょうど司波達也の起動式に当たるように計算して放っていたが、これも相殺されてしまった。逆に同じように放ってきたサイオン粒子塊射出を同じように消していった。比企谷としても、当たったらラッキーくらいで放っていたのでそこまで問題はなかった。

問題があったとすれば、七草会長がサイオン粒子塊射出に反応してすぐに試合を止めようとしたことか。この、サイオン粒子塊射出は便利なように見えて下手をすれば起動式を破壊すると同時に、ダメージを与えてしまう一歩間違えれば危険な魔法なのだ。

しかし、渡辺風紀委員長は七草会長を押さえて試合を続行させた。

拮抗、というより鏡合わせにしたような試合だった。

 打ち合いのさなか、二人はタイミングと間合いを待っていた。肉弾戦が可能な間合いを測っていた。

 間合いが十メートルになっただろうか、二人は魔法の射線から横に飛び出した。まるで鏡を見ているように新しく打ち合いながら、円をえがいて中心に収束するように近づいて行く。

 残り五メートルにまで接近すると、同じタイミングで残りの間合いを一歩だけで零にまで詰めCAD同士をまるで刀をぶつけ合うように交差させた。

 勝負は互角、両者一歩も引かず長引きそうな雰囲気を醸し出していた。

 しかし、空気とは裏腹にあっけなく勝負はついた。いや、付かなかった。

 つばぜり合い、ならぬ銃身ぜり合いをしていた二人は、どちらからともなく急に互いのCADをおろして観戦者の所に戻ってきた。

 

 

 

「お、おい、どうした」

 審判である渡辺風紀委員長は困惑していた。

「すみません、あのままでは勝負がつかないと思ったので」

 全ての説明を司波達也に任せた比企谷は、CADを戻そうとケースに近づいた。

「比企谷君、お疲れ様と言いたいところなのだけれど、何かしらあの終わり方は」

「まぁまぁゆきのん。ヒッキーお疲れ様」

 試合に不満があるのか雪ノ下は不機嫌な顔をし、由比ヶ浜は笑顔でねぎらった。

 五分、それが試合の総時間だった。

「比企谷くん、ちょっと聞きたい事があるの」

 咎めるかのような表情をした七草会長が比企谷に声をかけた。

「なんですか」

「先程、試合の中でサイオン粒子塊射出を使ったのは間違いないわよね」

「ええ、使いました」

「サイオン粒子塊射出は無系統魔法では典型とされている魔法ですが、起動式を狙って放つことにより魔法式を妨害させることができます。

わたしの得意な魔法です。

ですが、下手をしたらとても危険な魔法なのはご存知ですか?」

「ええ、知っていますよ」

 比企谷はあっさりと言ってのけた。

「なら……」

 どうやら、七草会長は危険性を正しく教えながら説教をするつもりだろう。しかし、

「七草生徒会長、それは、俺が『二科生』だから言っている事ですか」

 比企谷はさえぎって口を挟んだ。サイオン粒子塊射出を使っていたのは比企谷だけではない、だが、注意をするのは比企谷にだけだった。

 その言葉に、七草会長は黙らざるを得なかった。司波達也は服部副会長にあそこまで圧勝して見せた。その司波達也に比企谷は引き分けて見せた。しかし、インパクトでは司波達也の方が上であった。

「……そうね、そうかもしれないわね」

 七草生徒会長は一科生と二科生の意識の撤廃を掲げている筆頭だ。故にそういう思考を持たないように気をつけているだろう。だが、だとしても、まったく待たないと言うことは難しい。

「あ~えっと、すみません、言い過ぎました」

 咎めるような視線が一気に比企谷に降りそそぎ、慌てて頭を下げた。

「ううん、いいのよ。でも、サイオン粒子塊射出を使う時は気をつけてね」

「心得てます」

 七草会長は笑顔を向けて司波達也の方へ向かった。比企谷は素早くケースにCADを戻しそのまま帰る体勢をとった。

「勝手ですみませんが、帰宅しても良いでしょうか」

「なに、もう帰るのか」

 どうやら聞きたい事があったらしく渡辺風紀委員長が反応した。

「一緒に生徒会室に来たらいいだろう。私からも色々と聞きたい事がある」

「いえ、やらなければならないことがあるので」

 有無を言わさない比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜の怪訝な顔をスルーしながら、三人でお礼を言って第三演習場の外へ出た。

 

 

 三人が帰った後の演習場では比企谷の話が飛び交っていた。

 といっても、司波達也に戦った感想を聞いていただけだが。

「達也くん、彼は本当にニ科生なの?」

 それは司波達也にも言えることだが、それに関してはすでに説明をしておいたので司波達也は特に気にせずにしていた。

「ええ、入学試験の結果に間違いが無ければですが」

 司波達也は面倒くさがらず七草会長に返答する。

「そうよね、わざと二科生になるとは思えないものね」

 おそらく、その稀有な存在ですよ、と口にはしなったが心の中で返す。

「戦った感想でよければ話しますが」

「本当、じゃあお願いしようかな」

 七草会長は手を胸の前で合わせて嬉しそうに笑っていた。

「それで、どうだったんだ」

 どうやら、渡辺風紀委員長も興味が尽きないようでせかしていた。

「まず、皆さんもお分かりかと思いますが、身体的な技術は俺と差がそこまであるとは思いません。それに加えて、まったく全力を出していなかったでしょう」

 これには全員が驚く。

「お兄様、それは本当ですか?」

「ああ。そもそも、CAD自体がメインで使っている物ではなかっただろう」

 司波達也だからこそCADに気がついただろう。

「え、えっと達也くんも手加減してたんだよね」

「ええ。ですが、打ち合いの時から少し忘れていました」

 生徒会メンバーは司波達也の時以上に比企谷八幡と言う存在を把握し切れていなかった。司波達也には一応ではあるが回答があった。しかし、比企谷にはその回答いや、質問自体がおこなえなかったからだ。

 今の心境を例えるなら、箱の中身を見ないように手の感触だけで探るような感覚だろう。

 司波深雪と言えば、そんな中でも兄である司波達也を信じて特に心を乱すことはなかった。

 その中で一人だけ、悪戯を思いついた子供のような笑い顔をしている渡辺風紀委員長がいた。おそらく、司波達也ともども勧誘したいようだ。

「あ、いつまでもいちゃ施錠もできないわね。生徒会室に戻りましょ」

 七草会長がようやく思い出したように声をかけた。

 

 

 

 司波達也は己の中にしまって、言っていないことがある。

 初見で市原会計が波の合成を暴いていたが、その前に比企谷はすでに気がついていた。少なくとも、知識面を見てもかなりのものだろう。そして、あの打ち合いは少しばかり押されていた。魔法発動速度と魔法式の規模、かなり抑えられていたが完全に二科生レベルではない。ルールがあったからあそこで終わったと言っていい。

他にも色々あるが、なにより、比企谷『八幡』という名前が引っかかっている。それが間違いでなければ……

 

 

 比企谷八幡は少なくとも、あのような場合は必ず断っていた。断れない場合は、わざと負けていた。

 それは、ぼっちがぼっちであるために必要な事だった。だが、今回は守るべき二人の事を考えると良くも悪くも生徒会に憶えていてもらった方がいいと判断した。目的としては、勝ち負けではなく、興味を持たせること。

最近、身の回りというより、住んでいる国自体がどこかきな臭くなっている。それが身に及ぶかどうかは置いておいても、警戒だけはしておかないといけない。

 生徒会は実力者ばかりであり、万が一の場合に保護下に置かれやすくなるだろう。その間に、動く事ができるように。

 全てが、雪ノ下と由比ヶ浜のために。

 比企谷『八幡』として生まれてきて、救われた恩を返すために。

 

 

 比企谷は帰宅後、CADの入ったケースを開ける。

 中から小型拳銃形態の特化型CADと腕輪形態の汎用型CAD、そして見たことのない形態したCADだった。

 比企谷八幡専用CAD、黒でも紺でもない比企谷の目の色と同じ、名状しがたい濁って淀んだ目の色をした薄手のグローブに、指の保護のためなのか金属板が張り付けて覆ってある。手首には腕輪形態のCADと似たような装置が付いており、それがCADだと分かる。それが両手分入っており、そして、比企谷八幡がメインで使っているCADである。脇に置いてある特化型CADと汎用型CADは完全にとは言えないが、ブラフでしかない。弱いと見せる時の。

 この専用CADに名前は無い。ただ、特殊型とシンプルに呼んでいる。

 使い方としては、指を特定の形にする事によって音声認識も入力もなく魔法を発動することができる。特化型のスピードを持ち、汎用型のように指の形が許せる限りの魔法式が入力できる。もちろん入力操作ができない訳じゃなく、普通の汎用型としても使うことができる。簡単に言えばショートカットキーが設定されていると言えばいいのか。

 普通、特化型と汎用型をつなげて使うことはできない。アーキテクチャ自体が別物だからだ。実例はあるが使うと言うレベルには達していなかった。

しかし、比企谷はその二つを同時に繋ぐために三つ目のアーキテクチャを開発した。一人だけの力ではないが、製作時に様々な奇策を発案したらしい。

比企谷はその専用CADを眺め、

「使わなくて良かったぜ」

 と、一人部屋で呟いた。

 

 

 


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