友達とサッカーをしていて、ふと唐突にあることを思い出した。
自分は今、二回目の人生を歩んでいることに。
何か重要なきっかけがあった訳では無い。本当に突然、前世の記憶というものを思い出したのだ。
この時の自分は小学校高学年、死んだときの年齢は三十代後半。死因は多分車か何かに轢かれたのが原因だった。
が、思い出したとしても心に劇的な変化があったという事は無く、少しの間棒立ちになっていたが友達がいつまでもボールを蹴らない自分に対し『おーい』と声を掛けてきたことで我に返り、足下に有るボールを蹴とばした。
数分後にはサッカーに夢中になってそのことは忘れてしまっていた。
◇
その日の帰り道、サッカーボールを蹴りながら今日思い出した前世の記憶というものを考えていた。
しかし、思い出したのはいいが記憶自体継ぎ接ぎのように断片と断片がくっついていて、場面、場面がいきなり切り替わっていく。例えばスキーをしていたと思っていたらいつの間にか砂浜で埋められていた。
「こんばんはー!」
そんなことを考えているときに舌足らずな声が耳に入る。目を向けると前から栗色の髪を白いリボンで二つに結んだ可愛らしい少女が、母親らしき人物に手を引かれて歩いてきて自分に挨拶をしていた。
「こんばんは」
挨拶を返すと少女は花のような笑みを浮かべ小さな手を振る。そのまますれ違っていくが、後ろを向くと少女はまだ手を振っていた。
つられて自分も手を振る。
姿が見えなくなるまでお互いに手を振っていた。
少女には見覚えが無かったが母親の方には見覚えがあった。確か、この近くにある喫茶店を経営していたはず。一回しか行ったことがないので確信は持てないが。
そんなことを考えながらそのまま、家へと帰る。家に着いて布団に入るまで、前世の記憶についてはすっかり忘れていた。
◇
「おはようございます!」
通学路を歩いていると、いつもの日課の様に少女から挨拶をされる。
「おはよう」
それに対し、自分はいつもの様に挨拶と軽い会釈を返す。
自分はもう中学生。少女は小学生。
初めて会ったときのことを思い出すと随分と時間が経ったような気がする。自分でも年寄的な考えだと思うが一応前世と足して精神年齢は、半世紀を過ぎているためそのような発想が出てくるのかもしれない。でも、内心で思うだけで口には決して出さない。言うと一気に枯れていきそうだから。肉体は若いんだから精神も若々しくありたい。
しかし、この少女に挨拶をされると一日が始まるような気がして、気が引き締まる。無くてはならない日課へとなりつつあった。
もっとも、自分は少女の名前など一切知らないけれど。
「おはようございます!」
「おはよう」
ある日もいつもと同じく、少女の挨拶があったが今日は、少々異なっていた。少女の肩には、フェレット? らしきペットと思われる動物が乗っていた。
あまり見かけない動物であったため、もの珍しそうにみてしまった。
すると、このフェレット、目が合ったと思ったら自分に向けてお辞儀をした。
まあ、たぶんたまたま頭を下げたタイミングのせいでそう見えたのであろう。
特に気にせず、学校へと向かった。
◇
高校生になった。特に大きな変化は無い。しいていうなら朝の日課が少し変わった。
「おはようございます!」
「あの……おはようございます」
いつもの少女と共に初めて見る少女から挨拶をされた。
金髪の外人の少女、いつもの少女につられて、若干恥ずかしそうに挨拶をする。
外人だけど日本語に変なアクセントが無かった。人は見かけによらないなと考えながら、挨拶を返す。
手を繋いで仲睦まじく登校する少女たちの姿は、微笑ましい。
なんとなく暖かな気分になりながら学校へと足を進める。
それからしばらく日付が経った後に新たな変化があった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございます!」
少女の友達が増えていた。
今度は、日本人のショートヘアーの少女。
彼女だけ挨拶のアクセントが違って聞こえる。もしかしたら出身の方言が混じっているのかもしれない。
三人仲良く歩く姿は絵になる。
得をしたような気分になりながら学校を目指す。
◇
大学生になった。正直、前世の記憶など受験には毛ほども役に立たないことを実感した。結局必要なのは勉強のみだ。所詮、過去は過去、割り切って生きていこう。
そして、大学入学によって地元を離れることになった。寂しさを感じるが仕方ない。
何年も歩き続けた道を歩く、今日でこの道から見える景色は当分お別れだ。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「こんにちは!」
歩いていると、いつもの三人の少女たちに挨拶をされた。こうやって挨拶を交わすのも今日で最後かもしれない。
「こんにちは」
いろいろな感情を込めて挨拶を返した。
これでもう心残りになることはない――と思ったが前言撤回、一つだけ心残りがあった。
せめて、最後にあの少女の名前だけでも知っておきたかったかな……
◇
大学生から社会人になった。
この段階になると、もう前世の記憶などどうにでもよくなってくる。正直、なんで思い出したのだろうという疑問すら湧く。
神の悪戯なのだろうか。
社会人になって数年後、結婚をした。相手は会社の同僚。
前世でも結婚していた記憶があるが、これは浮気では無い筈……だけど、申し訳ない。前世のパートナーに謝罪の念を送る。
先に死んでしまってゴメン。
しばらく経った後に子供が生まれた。
生まれたときは、柄にもなく人前で泣いてしまった。
そんな自分を暖かい目で見てくれた人たちに感謝を、そして新しい家族にも感謝を。
生まれてきてくれてありがとう。
◇
いま、自分は生まれ育った街を、子供の手を引いて歩いている。
何年かぶりに歩く街並みは、最後に見たときと変わりなく、それがたまらなく嬉しかった。
最後に慣れ親しんだ通学路を歩いていたとき、目の前から歩いてくる女性と少女。
驚きの声を出しそうになった。
その女性は、かつてこの道で挨拶を交わしていた少女だったからだ。背丈など伸びたが、その面影は変わらない。初めて会ったときの光景が鮮明に蘇る。
ただし、あの時とは違い少女は成熟した女性に、そして自分も子を持つ父親になっている。
成程、自分は随分と年を取ったみたいだ。
一緒にいる少女は、彼女の娘なのだろうか? 日本人離れをした容姿をしているが――もしかしたら、彼女は国際結婚でもしたのかもしれないな。
そんな要らぬ詮索をしていると、かつての少女は自分の姿を見て一瞬驚いた顔をした後に、かつてと寸分違わぬ花のような笑みを浮かべ、挨拶をした。
「こんにちは」
手を引かれていた少女は、母親と自分の顔を交互に見た後に小さく恥ずかしそうな声で母親に倣って挨拶をする。
「……こんにちは」
何故だろうか。
無性に熱いものが胸の奥で込み上げて来るのを感じた。この感情を言葉に出来ないのが残念で仕方ない。
だから、代わりにこの言葉を送る。
「こんにちは」
ただし、一人でではない。
「こんにちはー!」
今は二人で。
去って行く二人の背中を見ていると、ヴィヴィオが私の袖を引っ張ってきた。
「ねぇ、なのはママ。あのおじさんって、ママのお友達?」
ヴィヴィオの言葉に私は首を横に振る。
「うーん。お友達とはちょっと違うかな」
「じゃあ、なに?」
「ママがね、ヴィヴィオぐらい小さかった頃に、この道を通るたびにいつも挨拶をしていた人。本当に挨拶しかしなかったけど……でも――」
「でも?」
「優しそうな人だった」
知識、補正一切無しの主人公の話です。
別で書いていた主人公とは対極と思って下さい。
まあ、主人公では長編などは一切できませんね。