ぼっちのじかん   作:お話下手

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いろはすの力は偉大ですね。半年以上前に比べお気に入りがここ数日に凡そ7倍になりました。


ぼっちのじかんEX【一色いろは】2

 「今日は算数のテストを返します。名前順から取りに来てください」

 

 相田、飯塚と連日の出席を取るような生徒が続き、数日前に行った算数のテストを返却していく。一部を除き、皆、無言で目を合わすことなく、受け取りそして帰る。優等生である宇佐は全ての教科において満点を取っていたが、今回も100点なのは言うまでもない。

 鏡は…とりあえず哀れな目線を送っておこう。

 

 「バレるだろーがっ!」

 

 ちょっと鏡さん? ぐーは止めて、ぐーは。

 

 鏡は他の生徒達に比べ、算数に対する明らかな成績の違いがある。ここ暫く様子を見て、その原因はハッキリした。この子は別に真面目に授業を受けていないので成績が悪いということではない。宿題も真面目にやってくる(正解が出来ているというわけではない)。

 では何故か。

 

 答えは一つ。理解力が足りないのだ。

 基本である算数においてその式が“何が何のために、どのようにして使われるのか”知らなければならない。様々な比喩や譬え話を織り混ぜて教えていくのだが、鏡はそれが苦手らしい。毎回ポカーンとした顔でとりあえずノートを取っている姿がよく見られる。

 そのまま授業を進めても式の使い方がわからない鏡は、当然ながら出来るはずがない。本来なら前任である中村がやるべきだったのだろうが、これは受け継いだ成績表を見て、すぐに気づけなかった俺の責任でもある。

 ま、もう解決法はあるんだが、今度の補習をしてやろう。気掛かりは此方の身体が持つかどうか…。

 

 「九重」

 

 「はい」

 

 いつもと違い、静かな声で返事が。うつむき加減に受け取ったテストの点数は15点。酷い結果だが、九重がそれを見て驚いた様子はない。ただ、ゆっくりと自分の席へと戻る。…鏡もそうだが、まずはコイツから補習が必要か。

 

 「どうしたの、りんちゃん。いつもは算数良いのに…」

 

 「比企谷が担任になってから成績落ちたんじゃないの?」

 

 心配そうな宇佐。そして馬鹿にした鏡がニヤリと此方を見る。あのね鏡さん、貴女の1年と2年の成績が悪いのは知っているんですよ。

 

 「あはは、ちょっとね…」

 

 九重は今朝の出来事から、いつもの元気を無くしている。困ったような顔は何故か由比ヶ浜の物とよく似ていた。

 

 九重の言葉に驚いた一色は、とりあえず日を改めて出直すと言い、その場から退散してしまった。何度も考えたが、やはり一色が俺の様子を見に来る為だけに此所へ来たとは考えにくい。元々此所へ用がありついでに来たのか、或いは地元千葉から離れなければならない何かがあったのか。

 様々な思惑が浮かんだが、一番濃厚な線は殆ど別れかかっている彼氏の存在、何かトラブルがあったのではないかと。

 

 無論、僅かながら“ただ俺に会いに来た”という甘い考えもあったが、そういうのはとうの昔に捨て去った“期待”である。これまで比企谷八幡という人物において期待という言葉は、真っ先に消さなければならない感情の一つ。

 俺が望むことを許されず、俺が望まれることを許されず、ただ無欲に生きた。カースト上位が選ばず、中位が選ばず、下位が選ばず、残った物が最下位である俺の物だ。残り物に福がある、と言われるがそんなものなど無い。手垢にまみれた薄汚い物こそが本当の残り物。それに漸く手を伸ばせるのが俺だ。

 

 だから、一色が何を望もうと俺には関係ない。九重もきっとそうだ。

 今は先生先生言ってくれるが、所詮は一年足らずの知人。来年になって、再来年が経って、その頃には比企谷? 誰それ? …と鏡や宇佐に話す姿が思い浮かぶ。小学生の人生観などそんなもんだ。ソースは俺、小学校頃の先生なんて名前どころか顔すら思い出せないのだから。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ねぇ、せんせ…。りんが手伝おっか…」

 

 資料室から借りてきた大量の教材を段ボールに仕舞っていると、九重がモジモジしながら助力の言葉をかけてくる。大きな二つの髪の毛を顔の前に持ってきて、口元を隠し上目使いで。

 あざと可愛い。

 計算された一色と違い、素の物だとすぐにわかり、それが更に可愛さを引き立たせる。二つ返事でお願いしたかったが、残念ながら量が量である。幼い女の子が持つには怪我をしかねない重さであるため御断りしておく。

 

 「良い。あとは俺がやるから鏡達と遊んでろ」

 

 「でも…」

 

 怪我したら俺の責任になりかねない。こういう時、常に神経使うから地味にツライ。九重の続く言葉を無視して、教材を抱えたままそそくさと教室から出ていく。あのまま聞いていれば押し切られる可能性がある。

 

 「待って! 一緒に行く!」

 

 ついてきちゃったよ。

 

 「いや…だから良いって」

 

 「ダメ。だって先生を守るのは私の役目だもん」

 

 そういう割には、俺に対するセクハラを止めてくれないよな。九重からしていることであっても、俺のせいにされるから。社会的立場を守ってくれると非常にありがたいんですけど。

 この世の中は成人と認められた大人よりも、義務教育を終えていない子供の言葉を信用するように出来ている。人生という荒波に育った人間よりも、衣食住を提供され甘々に育てられたヒモの方をだ。

 つまりは必然的に、ヒモという存在は社会で最も信用される人間ということに他ならない。ああ、早くヒモになりたい。ヒモになりたい。

 

 「ねーねー、先生の誕生日っていつ?」

 

 「いきなり話題が変わったな…。なんでまた」

 

 「別に良いじゃん、あと好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか」

 

 なに、嫌いな物を送りつける気か? もしくは好きな食べ物の中に嫌いな物を隠して食べさせる気か。

 小さい頃母親がよくやる手だが、あれは殺意湧く。好物を台無しにされたこともそうだが、バレないと信じて食べさせようとする神経。完全に此方を舐めている、あんなの気づくに決まってるだろ。

 怨み込めて睨んだが、残念ながら比企谷家の男性はとても立場が弱いので、鶴の一声で抑え込まれてしまった。

 

 更に俺が小学生の頃、給食のパンを食べようとしたら中から大量のボイル野菜が…。

 

 『ヒキガエル君、野菜大好きだもんね!』

 

 止めよう。これ以上は俺のMPがもたない。

 

 「誕生日は8月8日、好物はハニーローストピーナッツ、ドライみそピーだ」

 

 「みそピー? なにそれ?」 

 

 わかっていた、わかっていたさ! 千葉ではないこの地域にとって、みそピーの存在が知れ渡っていないことなど!

 おまけにMAXコーヒーも見かけない、代用としてジョージアオリジナルブレンドを飲んでいるが、あれはまだ甘さが足りん。

 

 「炒ったピーナッツに味噌を絡めたやつ。パンに挟んだりご飯にかけたりして食べる。勿論、そのまま摘まんでも旨い」

 

 「…あんまり美味しくなさそう」

 

 味噌のあましょっぱさに炒ったピーナッツの香ばしさが上手く噛み合って最高なんだな、これが。まぁ、食べたことない人からすれば、実際に食べるまであまり受けがよくないと聞く。ドライではないほうはグロテスクなどと言われてるし。

 

 「じゃあ、今度は…彼女とかいなかったの? 好きな人は?」

 

 「…ッ。な、なんでそこまで聞くんだよ」

 

 「今動揺したー! なんか隠してるー!」

 

 その手の話題は黒歴史しかない。小3の頃とか嘘の手紙とか折本かおりとか。数え上げたらキリがないな。

 

 「別に隠してねぇ。ただ、なんて言うんだ…。罰ゲームで告白しなければならない対象、だってことだよ」

 

 「え、先生に告白なんてご褒美じゃないの?」

 

 ごく当然といった顔で此方を見る九重。淀みないその瞳に思わず視線が逸れる。言葉に詰まるじゃねぇか、困るじゃねぇか、やばいメッチャ嬉しい。

 

 「……」

 

 「あ、そっか。そういうことなんだね…」

 

 しかし、九重は理解したらしい。苦笑しながら優しく頷く。

 

 「おい、時間差で気づくな。上げて落とすのが一番キツいだろ」

 

 「あはは! ゴメンゴメン。大丈夫だよ、りんは先生のこと好きだから」

 

 取って付けたような言葉を掛けられても全く心に響かないんだが。つか、お前は好き好き言い過ぎ。軽く聞こえてしまう。この辺りはやはり子供か。

 子供であるため、時には優しさが人を傷つけることもわからないようである。

 

 「そんなことより明日の放課後、お前と補習するから。親御さんに伝えとけよ」

 

 もうこの話しは終わりにするため、無理矢理話題を変更。実は補習という名の話しなんだが、今は言う必要もない。

 九重はまだ聞き足りないのか、すがるように見てくる。必死すぎ。しかし、補習を告げられたことに改めて考え耽ったのか、悲しそうな目で俯いている。

 

 「私…。おかあさん───」

 

 「どうした」

 

 「ううん、なんでもない」

 

 何かある。そう思ったが、俺が必要以上に踏み込むことでもないと、すぐに思い留まらせた。大人としても、教師としても、そして俺自身としても。人の傷口に触れるのは痛みを伴う。触れる者にも触れられる者に対しても。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「あ、せんぱーい! 今日は帰りが早いんですね!」

 

 「だからなんでお前がいるんだよ」

 

 午後6時。冬に比べ、未だに明るい空模様。学校の校門前に一色いろはがいた。本当になんでいるの。

 

 「今朝はうやむやになっちゃったじゃないですか。今度こそお邪魔しようかなぁーと思って」

 

 「泊めないからな」

 

 「わかってますよ。ちゃんと宿泊先は見つけたし、遊びに行くだけですから」

 

 何故こうもリア充は他人の家に上がりたがるのか。自分の家ならば勝手に冷蔵庫も開けられるし、ゴロゴロ出来るし、屁はこけるし、テレビのチャンネルだって変えられて、トイレにも行ける、正座を解くこともない。借りてきたネコのようにジッとする必要がないというのに。

 

 「ご飯だって作っちゃいますよ?」

 

 一色の手には食材が詰め込まれたビニール袋。私、料理得意な家庭的女性アピールである。専業主夫を目指している俺には、どうでもいい無駄アピールだな。

 

 「せんせー!」

 

 なんかデジャヴが。後ろを振り返れば九重が駆けてくる。今朝の二の舞にならぬよう両手でガードし、それ以上の接近を阻止した。

 

 「まだ残っていたのか。もう下校時間すぎてるぞ」

 

 「だって先生と一緒に帰り、たく…て。あ…」

 

 九重が一色を見た。始めは呆然だったが、次第にその表情は親の仇を見るような厳しいものへと。やだなぁ、恐いなぁ。

 

 「先輩、早く行きましょうよー」

 

 「あ、ああ。そうか」

 

 一色もこの状況はマズイと感じたのか、わざと急かした声で俺の袖を引く。何故か今の自分が、嫌いで仕方ないバカップルに見えるのではないかと思い、不愉快な気持ちが。

 九重には悪いが学校の前で騒ぎを起こしてほしくない。突き放すようで薄情に思うかもしれないが、俺の教諭生活を平穏することが重要である。

 

 「一色、荷物」

 

 「……」

 

 右手を差し出し、買い物袋を寄越せとジェスチャー。九重はその姿を見て俯き加減にランドセルの肩ベルトを握り締める。一色は一拍おいて、満面の笑みを浮かべた。

 

 「ホント先輩って、あざといですよね…」

 

 「身体が覚えていただけだろ」

 

 学生の頃の習慣が甦った。買い物袋は微妙に重く、右手から慣れ親しんだ感覚が。俺もすっかり、一色の手玉に取られている気がする。いかんな、ATフィールド全開にして拒絶を強めなければ。

 

 「嬉しいな…」

 

 大変です碇司令! ATフィールドが中和されていきます!

 その、はにかんだ笑みは久しぶりにグッときました!

 

 「九重。ちゃんとまっすぐ家に帰るんだぞ」

 

 「り、りんも一緒に行きたい…!」

 

 「行きたいって、お前。無茶言うな…」

 

 いくら先生生徒といえど、交流にはモラルと限度がある。教育委員会やモンスターペアレントの格好の標的になりかねん。仕事はしたくないが、厄介事を起こしたくないのも俺の信条だ。

 

 「でも…」

 

 「これがイケメンでエリートでみんなから好かれる性格のヤツなら、まだわかる。だが、お前が今行きたがっている家のヤツは、目が死んでて平々凡々、終いにはクラス中から嫌われている先生だ。そんなヤツの家に行ったとなれば、周りはどう思う? 少なくとも、好意的な対応はされない」

 

 「うん…」

 

 そこは納得しちゃうのかよ!

 

 「ま、まぁ…そういうことだから。寄り道しないで絶対に俺みたいな怪しいヤツについて行くなよ。防犯ブザーは持ったか? それから助けを呼ぶ時は大声で、逃げる時はどこでも良いから知らない家でも良いから勝手に上がり込んで、それから───」

 

 「大丈夫だよ、先生」

 

 此方を安心させるような笑顔。だが、その笑顔を俺は見たことがあった。つい最近までクラスからイジメられ、それでも平気だと言ったあの笑顔に。そして由比ヶ浜にどこか似た雰囲気を纏って。

 

 「おう」

 

 ならばもう、それ以上言えることはない。昔からそうだった。この笑顔に関わってい良いことなど、何一つ思い当たらないのだから。

 一色を連れて九重に背を向ける。俺達の姿が見えなくなるまでずっと見続けていたのは、振り返らずともわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ずるいわ」

 

 




今回は八幡の冷たい態度が目立ちます。期待することを止めた彼なのでしょうがないですが。
九重としては、一色と違い八幡のことを何も知らないので、その焦りがあるようです。そして年齢の壁。

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