ぼっちのじかん   作:お話下手

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いろは編はあと1~2話で終わりそうです。またプロットの作成が始まりますね。


ぼっちのじかんEX【一色いろは】3

 「へー、ここが先輩の…。綺麗に片付いているというか、殺風景というか、何も無いというか、つまらな───先輩らしいです!」

 

 あの、だからなんで言い直すの? 最早上げて落とすのがデフォみたいに感じちゃうから、余計な気遣いやめてね。最強化したラスボスが弱体化した時のレベルで落胆しちゃうから。

 此方が苦い表情をわざと見せているのに、一色は気にした素振りを見せずにヅカヅカ上がり込む。恐らく財布やら化粧道具だろう、それらが詰め込まれたハンドバッグを無造作に置くと俺のベッドへ近づき、何故か下の隙間を覗きこむ。

 

 「何してんだ」

 

 「ゴキブリホイホイが無いかチェックしてるんですよー。私、虫とか苦手ですからー」

 

 いや、今更そういうアピールいらないから。俺がどれだけ一色のそばで黒いところを見ていたか知っているはずだ。

 

 「てっきり、エロ本でも探しているのかと思ったよ」

 

 「は?」

 

 ふーむ、この反応も懐かしいな。本当に意味を理解していない、なに言ってんだコイツみたいなムカつく顔。やはり世代が違うのか、一色あたりの年齢だとそもそもエロ本の存在すらないかもしれない。今時はスマホやHDDに隠せるからな。実際に俺もそうだし。

 

 「そ・れ・よ・り、台所借りますね!」

 

 「好きにしてくれ。あと、火には気を付けろよ」

 

 火傷でもされたりしたら、堪ったものではない。

 

 「わかってますよー、火事にしませんから!」

 

 「いや、別にそういう意味じゃ…」

 

 「え? じゃあ、どういう意味で……」

 

 一色は俺が何を言いたかったのか、今わかったようだ。戸惑った様子で俯き此方から視線を逸らす。…なんだよその反応。懐かしの、口説いているんですかトキメキましたけどやっぱ無理です御免なさい、高速フラれがあると思ったのに。

 それを待ち望んだ俺もどうかと思うが。クリムゾン的な性癖でもあるのだろうか、悔しい…でも感じちゃう…!みたいな。ビクンビクン

 

 「先輩、ちょっと退いてください」

 

 「お、おう?」

 

 一色はそれ以上何も言わず、台所への道を塞いでいた俺を押し退けた。かなり冷たい声だったのですれ違う時、表情を確認しようとしたが、残念ながらセミロングの髪が邪魔して全く見えない。

 自分の家なのに、この居たたまれない気持ち、なんだろう。逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ。

 

 「何か手伝うことはあるか?」

 

 「いえ、何も無いです」

 

 背を向けたまま語る言葉に拒絶を感じる。此方来んなという三天結守を。

 いつもなら帰ってきて早々シャワーを浴びるが、一色いる手前そうはいかない。なんか誤解を招きそうだ。食事の仕度も出来ないとなると、俺に残された作業は一つ、明日の授業の準備くらい。

 帰宅してからも仕事など嫌だが、必要なことである。仕事は辞めるまで無くなることはない。どうあがいても仕事はやってくる。少しでも楽をするために必要なのはサボタージュではなく、如何にして効率良く終わらせられるかだ。

 授業の流れを組み立て、どこからどこまで進めるか、どこを重点に置くか、考察を続けていく。足りない部分と補強は宿題で補い、当然それも宿題であるため今の内に完成させておく。

 するとどうだろう、あら不思議。明日の仕事がちょっと減ったわ。この作業における労働費用、プライスレス。

 

 「せんぱーい、出来上がりましたよー」

 

 出来るの早くなーい? 経過して一時間ちょっと前ぐらいなんだが、仕込みも無いのに何を作ったのか逆に気になる。

 

 「じゃーん、しょうが焼きです!」

 

 真っ白い皿には薄切りのバラ肉が、飴色の醤油ダレをまとわりつかせながら、デンと盛り付けられていた。更にキャベツの千切りを、これでもかと山のように積み上がられ。…コイツ、あまり料理得意な方ではないな。この盛り付けに拙さが見受けられる。バレンタインの時は上手く出来ていたため、丁度雪ノ下と由比ヶ浜の中間ぐらいに位置する。

 

 「意外だな。お前ならオムレツとかシーザーサラダとか作ると思ったんだが」

 

 オムレツはオムレツでも、スフレオムレツとか超オサレなヤツとか。

 

 「…何言ってるんですか、先輩相手にそんな見栄とか張りませんし。そもそもめんどくさいです」

 

 それが葉山などの相手ならば喜んで作っていたであろう。葉山せんぱーい、火傷しちゃいましたー(嘘泣き)みたいなシチュエーションを交えて。俺の場合は素直に気を付けてるじゃねぇか。お利口さんめ。

 

 「まっ、別に良いけど。俺の好みだし」

 

 女子の手料理でオサレ系が出ても困るわ。一口目とかメッチャ気を使うし。あれウケルの、女子だけだからな。

 あとは健康食事とか惣菜だけとか、よくわからん郷土料理とか。

 

 「そりゃあそうですよ。わざわざ先輩の妹さんからリサーチしたんですから」

 

 「何を勝手にウチの妹と交流持ってんだよ…」

 

 小町ちゃん? 知らない人と話しちゃダメって、お兄ちゃん言ったよね?

 

 「雪ノ下先輩や結衣先輩が知ってるのに、私だけ知らないとか仲間外れじゃないですかー。川崎先輩ですら知ってるのに…」

 

 やだ、みんなして小町ちゃんの奪い合い? 今、小町ブームでも流行っているのだろうか。悪くない。

 

 「先輩と違って、素直で凄く可愛い子でした!」

 

 「全く痛みを感じない悪口だな」

 

 俺に似てないとか分かるし、可愛いのも超分かる。それにしても語り口からして、それほど悪くない仲のようだ。てっきり同族嫌悪とかあると思ったが。どっちもあざといし。

 

 「さぁさぁ、それより早く食べてくださいよー!」

 

 「お、おう?」

 

 確かに。出来立ての料理を冷ますわけにもいくまい。半ば強引とはいえ、一色も短い間で作ってくれたわけだし。一言、小さくボソリ“いただきます”と呟き、箸に手を伸ばす。何故か一色が、食い入るように見つめてくるため思わず手汗をかく。

 一色、味の評価が気になって緊張してるな? 違うか、緊張してるのは俺か…。

 下らないことを考えつつ、一口粗食。そして、旨いの一言を言おうとした、その時。

 

 「食べましたね?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべた一色がそこにいた。

 

 「…吐き出していいか?」

 

 「ダメです! これで先輩は私に借りが出来ましたから!」

 

 なんてことだ。いや、わかってた。わかってはいたんだ。絶対何か裏があるのではないかと。一色が俺にわざわざ手料理なんて作るわけがない、何か頼み事をするために千葉から遠路遥々来たのだから当然こんな展開になることだってわかっていたはずなんだ。…あたしって、ホントばか。

 

 「俺、奉仕部じゃないんだけど…」

 

 「先輩が食べた豚肉、高級な黒豚を使っているんです。しかもここまで来るのに、一体どれだけ時間かけたと思っているんですか。経費も掛かってるんです、経費が!」

 

 険しい顔でテーブルをバンバン叩く一色。やめて、下に住む山田としあきさんがキレるから。

 それにしても黒豚か、なるほど確かに旨いわけだ。脂身はサッパリしているし、赤身の部分は箸でホロホロと分けられる柔らかさ。きっと、醤油も良い物を使ってるに違いない。

 

 「わかったよ。食べながらでいいか?」

 

 「はい、勿論!」

 

 満面の笑み。了承した途端にこれである。んー、良い性格してるな。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 一色いろはの依頼は、簡単に言うと相談だった。現在、デパートの食品関連に勤めている一色だが、近々目の前の通りで大規模な祭りが行われるらしく、デパートも参加するようだ。出し物としては地元の特産品などで種類が豊富、数が数だけに選別を行い非常に忙しいらしい。しかし、問題はそこではなかった。

 祭りといえば、何が思い当たるだろうか。花火、浴衣、踊り、アバンチュール…は除外して様々な物がある。その中でも特に重要で祭りのスポンサーであり、危険な存在、出店。問題はこれだった。

 出店といえば、だいたい営業しているのは強面で背中に綺麗な絵画が彫られているアッチ系の人達。今の時代、彼らが生きにくい世の中になっており、その数は少しずつ減ってきているが、それでも確かに存在はしている。俺も指が何本か無い人がたこ焼き作ってるの見たことあるし。

 話しを戻す。

 彼らが出店を出すうえで最も大切にしているのが、営業場所の確保だ。商売で場所というのは非常に重要であり、イベントが行われる近場と会場隅みでは、まさに売り上げが天と地の差がある程。店を出すにもショバ代(場所代とも言う)を払う必要があり、所によっての値段が変動もあまりない。同じ場所代を払うというのに売り上げに差がつくのは、かなり死活問題であるとわかるだろう。その場所代も洒落にならない額であり、大規模な祭りならば一件で3~5万(あくまで目安)。

 うん、ちょっと額がおかしいね。一晩土地を借りるだけで並みのホテル以上とか金銭感覚が…。

 

 しかし、この場所代を払わないですむ方法がある。出店としてではなく、地元商店として営業すれば場所代は必要ないのだ。詳細は出店組合と地元商店の違いによるものなんだが、流石に長くなりそうなので説明は省く。

 これに目をつけたのが、一色の上司であり食品関連の部長。祭りのイベントが行われる、出店組合で最も売り上げが高い場所を確保しようと考えたのだ。場所代は必要無いし、大売り上げは間違いないだろう。商人としては当然の考えだ。

 しかし、その後対応が良くなかった。そいつは自ら提案しておきながら、その後の交渉を全て一色達部下に任せてしまったのである。手柄は部下に譲りたいとかほざいたようだが、そんなわけがなかろう。

 相手はまともに交渉や常識が通じない893。彼らの生命線である部分を奪うやり方であり、下手をすれば自分の首が文字通り飛ぶ危険性がある相手だ。一色の上司は間違いなく蜥蜴の尻尾切りを視野に入れていた。コイツらを犠牲にしようと。

 社会において、部下の手柄は上司の手柄。上司の失敗は部下の失敗という格言が存在するくらい当たり前の行為。実に人間らしいではないか。愉快愉快、超ウケル、笑っちゃう。

 

 一色は女性だから最悪命を取られることはないだろう。女子供に手を出すのは彼らの矜持に害するから。だが、“手を出す”ことは有り得る。流石に一色は気づいていないかもしれないが、もしかすれば自分の後輩が風俗で働いていた、なんて展開もあるかも。二流のエロゲーじゃん!

 ホント、嗤っちゃうくらい───。

 

 「───むかつくな」

 

 自分でも驚くほど低い声が、夕日に染まる教室にポツリと零れる。

 

 

 

 

 

 

 「何がむかつくの?」

 

 開けっ放しだった教室のドアに九重が一人立っていた。室内は俺だけが座り、周りには誰もいない。他の生徒達は帰宅したあとである。九重の表情は西日で暗く見にくくなっていたが、この子の綺麗に整っている顔立ちのおかげでハッキリと浮かび上がっていた。酷く無表情。

 

 「…来たか」

 

 二人っきりの教室。昨日約束した補習の時間が始まる。

 

 「親御さんにはちゃんと伝えたか?」

 

 「うん…」

 

 珍しくか細い声の九重。適当に生徒の机を見繕い、向かい合わせの席を作った。すると、九重に背を向けた時、腰に軽い衝撃が。コイツ、俺の腰に抱き付いていやがる。

 

 「何、どした?」

 

 お尻に顔を埋めるのは、止めてくれませんかね。いらぬ誤解を招く。

 

 「やっと、二人っきりになれた…」

 

 九重が顔を上げると、嬉しそうな表情で此方を見つめる。濡れた瞳が揺れ、長い睫毛がしだれ落ちていた。頬に朱が差し、唇は半開きで熱い吐息が。完全に蕩けた顔をしていたのだ。

 

 「…っ」

 

 思わず喉がなる。コイツ、本当に小学三年生か!?

 

 「い、いいから離れろ…!」

 

 官能的で情愛に満ちたその顔は、女性経験が無い俺にとってあまりにも毒である。もしもロリコンが相手ならば大変なことになっていたに違いない。女性経験があった場合もまたしかり。俺には劇薬に等しいからこそ堪えられたエロスだった。

 

 「ごめんなさい」

 

 つい強い口調で言ったせいか、九重は申し訳なさそうに俯く。なんなんだろう、いつもの楽しげなセクハラとかけ離れているせいか、此方も戸惑ってしまう。落ち着けと心で何度も念じ、平静な態度を装いながら九重を席に座らせた。

 

 「今日は何で此処にいるか、分かるな?」

 

 「うん。りんが、悪い点取ったからだよね…」

 

 「違うな」

 

 その通りではあるが、半分正解で半分間違いだ。実質、これは補習ではなく話しをするための舞台である。今回、九重の点は極端に酷い。宇佐も言ったよう基本的にコイツの算数の点は学年トップレベルだ。原因を考えれば、真っ先に教師である俺に問題がある……と言いたいが、九重の宿題プリントを見ても間違いは殆どなく、また授業中は他の生徒達に比べ真剣に聞き入っているコイツが、鏡のように理解力が足りないとも思えない。実際に黒板の前で問題を解かせてもキチンと出来ているし、俺の教えに間違いはないとしか考えられないのだ。

 

 となると、導き出されるanswerはただ一つ。

 

 「お前、わざと間違えているだろ」

 

 九重は申し訳ない表情から、静かに狼狽へと変化した。

 





話し変わりますが、手元のネタ帳にあーしさん超出したいとか、テキトーなこと書いてありますね。誰だ、こんな無責任なこと書いたやつ。

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