とある港の倉庫街。薄暗く、光源は天井から僅かに注がれる電灯の光のみ。
いかにも怪しげなその場所に、四人の男たちがいた。
正確には一人と三人。三人のほうは白いスーツに白帽子、顔には黒のサングラスといかにもインテリヤクザ然とした男たち。
対する一人は上等な三つ揃いのスーツを着込んだ壮年の男。白髪交じりの髪は撫でつけられており、その佇まいから過ごしてきた年月の重さを感じさせる。
「例の物は持ってきたのか?」
「勿論ですよ。
壮年の男が言う。重々しい声。三人のうち、真ん中の男が頷き、顎で部下の二人に指図する。右側の男が懐からUSBメモリを取り出した。
「敵対企業の情報、苦労しましたよぉ。今後も、あなた方とはより良い付き合いをしたいものですなあ」
ヤクザ特有とでもいうべきか、一度でも関わりを持ったら相手が死ぬまで離さないといわんばかりの、粘ついた口調。壮年の男は鼻で笑う。
「仕事分の報酬は払う。最初に言ったとおりにな」
その言葉に真ん中の男が頷き、顎で右側の男に合図を送った。右側の男が壮年の男に歩み寄り、手にしたUSBメモリを渡そうとする。
その刹那――――
「おっとぉ、そいつに手をかけちゃあいけませんぜ、大谷さん」
倉庫の、僅かに開いたっきりだったはずの扉がガラガラと音を立てて左右に開かれていく。
カッとライトに照らされる倉庫内。男たちはまぶしさに思わず顔を覆った。
外部から放たれるライトの光。その中から、男が一人現れた。
アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。腕まくりしたワイシャツ姿。年経てもなお勇猛な闘牛の風情。
「次世代型デュエルディスクに関する企業間の開発競争。熾烈を極めてるって噂は耳にしましたが、水面下ではこんな汚いことが行われているとはねぇ。ヤクザ屋さんを使ってライバル会社から開発情報の強奪ですか。いささか、汚すぎやしませんかねぇ?」
どこか余裕を持った口調と態度で、男が倉庫に入ってくる。男の姿を認めた瞬間、三人側――ヤクザたちだ――が身構えた。
「デュ、デュエル
三人とも先程の、どこか余裕があり
「ハッ。この
突然の事態に困惑顔の大谷と呼ばれた男――状況からして牛角と名乗った男が警察の人間だということは分かった――は状況についていけず固まっていた。
そんな中、三人組はさも当たり前の用にデュエルディスクを取り出して腕に装着する。
「デュエルモード起動。バトルロイヤルモード・タッグデュエル」
デュエルディスクの音声が高鳴る。また、牛角ももはやそれが法則であるかのようにデュエルディスクを装着した。
『
三対一の変則デュエルが開始された。
画面の向こう側で、三対一という圧倒的不利な条件を覆し、牛角警部がヤクザたちに勝利した。
爆発による轟音と光が辺りを駆け抜け、衝撃によって三人とも派手に吹き飛ばされた。
「三対一でも危なげないとか、相変わらず無双状態だな」
デュエルの結果を見て、
茶色がかった瞳、風呂上り故に気の抜けた表情、さっぱりしたTシャツにジャージズボン姿とどこまで砕けた格好。今はもっとも目立つ要因の白髪は濡れていて光をわずかに反射し、どことなく銀髪に見えないこともない。
「当然です。牛角警部は今までどんな不利な状況からでも逆転してますからね」
ぽつりとこぼれた和輝の感想を耳ざとく聞き取って、
肩にかかるか、かからないかくらいの長さのオレンジの髪。黄色い瞳。今はしっとりと濡れており、バスタオルで乾かしている最中だ。
ピンクの猫柄パジャマを着て――和輝からすれば少々子供っぽすぎる――、ソファにだらしなく座っている兄と対照的に、椅子にきちんと座っている。
綺羅の台詞は続く。
「そして、このデュエル、牛角警部を演じている俳優の
「うん、知ってる知ってる。だって俺もこのドラマ好きだから」
和輝たちが見ているのは、ゴールデンタイムで絶賛放送中の人気ドラマ、デュエル
「しかもこのデュエル自体、相手側はあらかじめデュエルディスクに細工してデッキの順番とかも決めているけど、鷹山勇次は特にそんなこともしていない。普通のデュエルと同じく素のままで戦って、それでも勝っちまうんだろ?」
「資格持ってないってだけで、実際はプロレベルですよね」
「それも、DやEなんてちんけなレベルじゃなくな」
画面の向こうでは事件は解決。被害者は泣きながら牛角警部に感謝し、警部はそれに対して笑顔で答え、クールに去っていく。スタッフロールが流れ、エンディングの静かで、どこか寂しげな音楽が終わった。
「いやー、今週も素晴らしかったです」
満面の笑みで綺羅はそう言った。和輝もこのドラマは好きだが、綺羅は加えて主役を演じる鷹山勇次の大ファンなのだった。
「それこそ、日曜が楽しみだな」
苦笑する和輝。今週の日曜日、デュエル刑事の収録が近くで行われるのだ。綺羅はすでに有頂天だ。今日はまだ水曜日の夜だというのに。
「今週の日曜、部活なくてよかったな。お前の日ごろの行いかね」
「それかどうかは分かりませんが、とてもうれしいですよ。運命じみたものを感じます!」
大げさすぎるだろと思ったが口にはしない和輝。元々年齢の割に大人びたというか、すました部分の多い綺羅だったが、今は年相応というか、実年齢よりも幼く見える。
「まぁ、サインもらえるかどうかは知らんが、運が良ければ生の鷹山勇次が見れるかもな」
はしゃぐ義妹を見ながら、和輝は苦笑してそう言った。
「人間が人間が作った物語に感動を覚えるのは昔から変わらないようだね」
和輝の部屋。綺羅も自分の部屋に戻った今、和輝の眼前に一人の男が現れていた。
何もない空間から突然現れた男。
金髪碧眼。異性どころか同性さえも道ですれ違えば振り返る美貌の持ち主。息を呑む美貌は今、笑みに形作られており、簡素なシャツにスラックス姿でもそれは変わらない。寧ろその簡素さこそが、余計な装飾を削ぎ落した先にある、彼の素のままの美しさを引き立てている。
和輝と契約した神、ロキであった。
「神も、人間が作ったものに感動とかするのか?」
「そりゃあするさ。神と人間の精神は似通っているからね。だから人間が作り上げた芸術に感動する神も多い。勿論質は追求するけどね。あのドラマはなかなか良かった。一話完結であることに加え、レギュラーキャラ同士の関係も初見でもわかるよう気が配られている。そしてドラマも、目玉のデュエルのレベルも高い。当然、役を演じる俳優たちも同じくベテランや実力派ばかり。素晴らしいね」
どうやらロキもまた、デュエル刑事をかなり気に入ったようだ。
「それは何より。じゃあ日曜を楽しみにしているんだな」
◆◆◆◆◆◆
そして日曜日。和輝は早くも後悔していた。
人でごった返した、和輝も通っている
問題は――――
(やー、楽しみだねぇ。しかも本物の鷹山勇次にであるかもしれないんだよね? 一目見てみたいねー)
さっきから和輝の頭に直接語り掛けるような声が響いていることだ。
もちろんロキだ。実体化を解いて姿を消している時に神が喋ると、その声が全て契約者の脳裏に直接響いてくるのだ。勿論、物理的な音ではないので耳をふさいだりして声を遮ることもできない。
「うるせー」
もちろん和輝はそんな相手の脳内に直接語り掛けるようなことはできないので、必然、声が出てしまう。周りから見ればただの独り言である。
(いやいや、これは興奮するでしょ? 今日までの間にすっかりはまっちゃったし)
「……俺の部屋に借りた覚えのないレンタルDVDが大量にあったのはそれが理由か。俺がいない間や寝てる間に視聴してやがったな」
(おかげでデュエル刑事はファーストシーズンから劇場版まで、全て制覇済みさ)
「そうか。それは良かったな。帰ったらシーズン1俺に見せてくれ。あのころまだ孤児院にいたからチャンネル争いで負けて見れなかったんだ」
勿論とロキは言う。和輝は嘆息。確かに生の鷹山勇次を見れて、しかもドラマの撮影まで見学できるのだから彼もテンションが上がっている。しかしすぐそばに自分以上にハイテンションの人間――ロキは人ではないが――がいるため、かえって醒めてしまったのだった。
「いいよ、ロキ。どこか目立たないところで実体化してもっと近くで見て来いよ。俺ちょっと人ごみにあてられたから、少し休んでるわ」
そう言って人ごみから離れようとする和輝だったが、その前に呼びかけられたので振り返ってみる。するとそこに見知った少年の姿があった。
百八十センチを超える長身、明るい金に染めた髪に、灰色をした鋭い目つき。金色の体毛の、餓えつつも気高さを感じさせる一匹狼の風情。
和輝のクラスメイト、
「お、龍次じゃん。どうした?」
「ああ。学校指定のボランティアだよ。今日これから撮影で使う第一デュエル場の清掃のな」
「ボランティアか。バイト三昧のお前からは縁遠い台詞だなー」
「学校指定のボランティアは結構有用だぜ? こまめに参加しておけば一部校則違反も見逃してもらえる。バイト掛け持ちとかな」
確かに、こうして定期的に教師の覚えを良くしておけば、髪の毛の色やバイトの掛け持ちなど、いちいちうるさく言われたくないことも避けられるわけだ。
「納得。で、そのボランティアは終わったのか?」
「ああ。で、俺これからバイトなんだけどよ。俺デュエル場の鍵預かってんだよ。これ、この後いったん鍵開けて、撮影が終わったら締めて返さないといけねーんだよな」
龍次の言わんとしていることを察し、和輝はニヤリとした。
「それは大変だな。よし、俺が返しておいてやるよ。第一デュエル場だろ?」
「助かるぜ」
和輝と同じく、龍次もニヤリと笑い鍵を和輝へと渡す。
「じゃ、後は任せろ」
「よろしくな」
去っていく龍次。和輝は手の中で受け取った鍵――撮影現場一番乗りのチケットともいう――を弄っていたが、綺羅を探そうと辺りを見渡す。
「あれ?」
が、綺羅の姿はなかった。どうやら野次馬の中に紛れてしまったらしい。仕方なく、メールだけ送って移動することにした。
「持つべきものは友達、かな?」
「まーな」
和輝の隣を、実体化したロキがある気ながらそんなことを言う。
場所はデュエル場へと続く廊下。和輝は龍次から預かった鍵を手に、一足先に第一デュエル場へ行くつもりだった。
途中、ロキを実体化させたのはいつまでも独り言と思われたくない理由からか。
「それにしても胸の高鳴りが止まらないね!」
和輝の数歩先を行きながらロキが言う。その声音は歌うようだ。
「撮影現場への一番乗り。ファン冥利に尽きるというものじゃないか?」
「そうだな。そう言ってはしゃいでいるのがファンになって一週間もたっていない奴なので、ちょっと納得いかないが」
「好きになった後からの時間は関係ないんだよ!」
くるりと見事なターンを描いて振り返ってきたロキ。神のテンションの高さに和輝は若干引き気味だ。
「ああそう、そうだな。俺が悪かったよ」
「分かればいいんだ――――」
と、不意にロキの足が止まる。それどころか雰囲気が一変した。
先ほどまで誰が見ても浮かれていた雰囲気は霧散し、表情も緊の一字に引き締められた。
「ロキ?」
「和輝。神の気配だ。ちょっと弱いから、残り香かな?」
「こんな場所でか!?」
和輝の表情にも緊張が走る。脳裏をよぎるのはカイロスとパズズ。ともに人間などなんとも思わない傲慢で自己中心的な存在だった。
もしもこの場にいる神も同じような性格だとすれば、近くに大勢の人間がいる現状、どんな惨事が起こるかわからない。ましてやここには綺羅がいるのだ。
「そいつはどこにいる!?」
「この先。多分、その第一デュエル場ってところ」
「くそ! よりによって!」
急がなければ、撮影が始まり、大勢人が集まってきたら大惨事だ。
走る和輝。デュエル場までたどり着いた時、鍵が開いており、扉が開いていることに気づいた。
「非実体化した神が通り抜けて、鍵を開けたんだね」
「つまり、あそこにいるってわけか!」
叫び、デュエル場の中に飛び込む和輝。そして、デュエル場中央に、いた。
アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。腕まくりしたワイシャツ姿。年経てもなお勇猛な闘牛の風情。
「鷹山……勇次……?」
呆然と和輝は呟いた。まさか、彼が神々の戦争の参加者だったとは。
「なぜここに……?」
「ん? あ、ここまだ入っちゃ駄目だったかな? 俺の撮影パート終わって、ちょっと暇だったから散歩がてら、下見に来たんだけど」
くるりと振り返った鷹山は、敵意も邪気もない、本当にただ困った表情を浮かべ、そう言った。後頭部を掻くその姿も、やはりいままで和輝が視た神々の戦争の参加者のように、操られた不自然さも、力に魅入られた狂気も見られない。
「ん? 君が、いや、貴方が神々の戦争の参加者なのかな?」
和輝の後ろからやってきたロキの質問。鷹山は「お」と口をOの字にして驚いたような表情を作った。
「驚いた。こんなところに神がいたのか。神と神は惹かれ合うなんてウェスタも言っていたが、本当だなぁ」
おおらかな人柄は、テレビで見るのと同じに思える。和輝は警戒しながらも、出方を決めかねていた。いっそ、今までの敵の様に問答無用で襲い掛かってきてくれた方が分かりやすかった。
「君、
「え? ええ」
朗らかな鷹山の態度は明らかに敵に出会ったものとは思えない。和輝も戸惑いながらもひとまず危険はないと判断し、怪訝な表情を浮かべたままのロキを手で制して一歩前に出た。
「岡崎和輝です。えっと、貴方は神々の戦争の参加者で間違いないんですか?」
「ん? おう。契約した神はウェスタっつって、えーと……、どっかの神様だよ。家だかなんだかの守護神だとさ」
どうやら鷹山は自分の神がどんな神なのかもよく知らないらしい。まぁ、和輝もロキのことをよく知らなかったので、とやかく言うことではないが。
鷹山の全身が和輝の前に来る。見るからに巨体なので、必然、和輝は首を傾げて上を見上げることになった。
「まいいや。けど、問答無用で襲ってこなかったところから、話が通じるタイプみたいだな。で、ちょっと聞きたいんだけど、君は神々の戦争参加者にあったら積極的に戦いに行くタイプかな?」
直接的な質問だ。慎重に応えなければならない。和輝は一度小さく深呼吸し、
「誰彼かまわず、四六時中喧嘩か吹っかけてるわけじゃない、ですね。常に襲い掛かられる側だったんで。ただ、俺があった参加者は神に操られてたり、特典の力に魅せられて粗暴になったやつだけでしたけど」
言外に、貴方もそうなのですかという疑問を投げかける和輝の台詞だった。鷹山は「俺もだよ」と言った。
「前に一人宝珠を砕いたんだけどな。そいつは神に操られてたよ。力に魅せられたやつにもあったな。あの時は宝珠を砕けなかったが」
おおらかな鷹山の台詞にやはり狂気は感じられない。
和輝は思う。彼は操られているわけでも、力に魅入られて道を踏み外したわけでもない。ならば、和輝は彼と戦う必要があるのだろうか?
確かに神々の戦争に参加している以上、敵であることに違いはないだろう。だが、彼は他者を傷つけていない。戦意だって、感じられない。
そういう相手とに、問答無用で戦いを挑むのか? 和輝は、なんだかそれは違うような気がした。
「なるほど。自分から喧嘩吹っかけてるわけでもない、か。いやー、助かるね。撮影中に襲われちゃたまんないし。
俺から見れば君も後ろの神に操られているような不自然さは感じないなぁ。ついでに、力に魅せられてるってタイプだったら、まず問答無用に襲い掛かってくるかな?」
「まぁ、俺が戦った奴はそうでしたね」
二人の間に戦意はない。人間の同士の会話に割り込むつもりはないのか、ロキは黙ったままだ。
ただ、その視線はさっきから周囲に向けられている。
「ところでさっきから気になっていたんだけど、貴方が契約した神はどこ? 気配を感じないんだけど」
ようやく口を開いたロキ。台詞は神の居場所を問いただすもの。鷹山は困ったように頭を掻き、
「それがなぁ、ウェスタはバイクに嵌ってて、今もどこかでツーリング中なんだよ。まぁ、そろそろ帰ってくると思うけどな」
どうやら、かなり自由奔放な神らしい。ロキのようにドラマにハマっている神もいるんだから、人界で趣味を見つける神がいてもいいだろう。
「それはまた……、困りましたね」
「てゆーか、戦える状態じゃないっぽいよね。神いないし」
「そーなんだよなー」
相変わらずおおらかな人柄の鷹山を前にして、和輝は考える。
「あの、思ったんですけど。俺たちここで戦わなくてもいいんじゃないですか?」
思い切って提案してみることにした和輝。鷹山からは戦意も感じないし、人柄から戦いを好み、周囲の被害を顧みない人間だとも思えない。だったら、無理に戦う必要はないように思うのだ。
「なぁロキ、お前は嫌かもしれないけど、俺はやっぱり自分から、やる気もない人間に戦いを仕掛けるのは嫌なんだよ」
「んー。まぁ君がそう言うならボクからは何も言うことはないかな。やる気のない状態で無理矢理戦わせるのはボクの本意じゃないし」
「だがよ岡崎君。君はこの神々の戦争の果てに何か叶えたい願いがあるんじゃないのかい?」
鷹山の言うことはもっともだ。
神々の戦争優勝者の特権。パートナーの人間はあらゆる願いを叶えることができる。そのために人間はこんな危険な戦いに身を投じるのだ。
もっとも、和輝はその例外になるが。
「それが、まだ決めてないんですよ。願い。だからかな。人に危害を加えない相手にまで、進んで闘う気にはなれないんです。それとも、あなたは願いを叶えるために問答無用で戦いますか?」
「いやー。それが、俺も特に願い決めてないんだよねぇ。元々ウェスタから頼まれたから参加してるようなもんだし」
鷹山の台詞にロキがうんうんと頷いた。
「いやー、牛角警部と同じく、おおらかな人だねー」
「お、俺のこと知ってるの?」
「ファンです! サインください!」
ロキは満面の笑みでそう言った。しかもどこからともなく色紙まで取り出している。もしかしたらこれを言うタイミングを計っていたのかもしれない。
「お前な……」
「はっはっ。神様にサインをねだられるとは、俳優冥利に尽きるねぇ」
にこやかに笑って鷹山は色紙を受け取ろうと手を伸ばす。その瞬間――――
「何をしている勇次!」
鋭い女の声が場を引き裂くようにあたりに響いた。
「!?」
何事かと振り返った和輝の眼前、開いたままの第一デュエル場の出入り口からつかつかと足音を響かせながらやってくる女の姿。
和輝を超える長身、腰まで届く赤い髪、真っ赤なライダースーツ、吊り上がった赤い双眸。赤尽くしの格好ときつめな印象を与える顔つきから、気性の激しさをうかがわせる。固形化した炎のような風情。
「おう……、ウェスタ」
しまったといわんばかりの鷹山。和輝とロキは状況の変化についていけない。
ウェスタ、即ち鷹山と契約した神は、そのままつかつかと鷹山の前まで歩き、和輝たちに向き直ると、ビシッと音がしそうなくらい鋭い動作で指さした。
「どういうことだ勇次! ここに敵がいるではないか! なぜ戦わん!」
「…………」
どうやら、人間たちと違い、神は闘う気満々のようだった。
「おいおい待てってウェスタ。彼らとは今は戦わないでおこうと話がまとまったんだよ。前にブッ飛ばした奴見たく力に魅入られているわけでもない。洗脳されてもいない。寧ろ無用な争いを避けようとしているんだぜ? いちいち闘わなくてもいいじゃないか。疲れるし」
「何を馬鹿なことを! 敵を前にしてそんな甘っちょろいことを言っているから、願いも見つからんのだ!」
「いや俺今の生活に満足しているし。四十超えちゃうと願いに賭けるよりも安定した生活求めちゃうんだよ。一部例外除いて」
「なんという覇気のなさか! だいたい、敵を前にして矛を収める理由などない! 背中を見せた途端襲われたらどうする!」
「彼らそんな見境ないわけじゃないぞ。話してみてわかったし」
「それが罠だと何故わからん!」
和輝たちを置き去りに一人と一柱の口論は続く。
たださすがにあらぬ誤解を与えかねないと思い、和輝も会話に加わることにした。
「おいおい待ってくれよ。俺と鷹山さんは今話てたけど、本当に戦う気はないんだよ。なんか和やかな空気になってきたし、これで戦ってもお互いやりにくいし――――」
「信用できるか!」
あちゃーといわんばかりに手で顔を覆う鷹山を尻目に、ウェスタの矛先は和輝に向いた。
「知っているぞ、人間。貴様が契約した神はロキだな? 邪神など信用できるか! ましてや、自身の神話の女神のほとんどに手を出した、節操のない男神などな!」
「ぐふっ!」
痛いところを疲れてロキが呻く。ウェスタはさらに言いつのった。
「男女間の不和は小さければ家庭を、大きければ国家を切り崩し、やがては騒乱へと発展する。その原因をばらまいた神など信用できるか!」
「ま、待ちたまえよウェスタ! ボ、ボクは避妊はちゃんとしてるってば!」
「そういう問題じゃないんだよロキ。つーか信用されないのお前が原因じゃねぇか!」
まさかの展開に和輝もまた、狼狽え気味だ。
とにかく現状、せっかくまとまりかけた話がウェスタの登場により、さらにややこしくなってしまった。
「すまん岡崎君。ウェスタは決して邪悪な神じゃないんだが、直情径行型というか、気性が激しく、自分の考えを曲げられない
苦笑しながらの鷹山。もう話し合いでどうこうという次元ではないのかもしれない。少なくとも、戦い回避の方向に話を持って行けそうにない。
「和輝。こうなったらデュエルだ。デュエルでボクらの誤解を解くしかない」
「何さりげなく俺を入れてやがる。お前が、お前だけが! こじれた原因だろ!」
だがもう戦うしかなさそうだ。そうしなければウェスタも納得すまい。誤解云々は別にして。
それに和輝も一人のデュエリストとして、そしてファンとして、生の鷹山勇次とのデュエルというシチュエーションにわくわくしているのも事実だった。
持参してきたデュエルディスクを取り出し、左腕に装着する。鷹山もまた、同じくデュエルディスクを装着した。
「さぁ、行こうか。バトルフィールド展開!」
ロキの指が鳴らされ、次の瞬間、空気が変化する。
もともとほかに人のいなかった第一デュエル場なので周囲に変化はない。だが位相の違う空間に二人と二柱は移動した。なのでほかの場所に行っても、他に人はいない。
和輝の胸元に赤、鷹山の胸元にオレンジの光、即ち宝珠の輝きが灯る。
「まぁ、始めるかね」
和輝と鷹山の準備は終わった。神々も姿を消しているため、互いの目に移るのは対戦相手のみ。
「悪いな岡崎君。俺のせいで」
「いえ。俺も、貴方と戦えるのは光栄です」
一拍、間が開いた。そして――――
『
戦いの幕が上がった。