神々の戦争   作:tuki21

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第108話:少女たちのお茶会

 ジェネックス杯二日目、午後に入ってからも参加者の白熱は止まらない。

 多くのデュエリストたちがしのぎを削り、互いのDPを行き来させている。

 東京都内、至る所で立体映像(ソリッドビジョン)の怪物たちが互いを滅ぼし合っている。

 そして参加者の中にはDPをため込むよりも、普段は雲の上の存在であるプロデュエリストの胸を借りたいと思う者もいた。

 プロはプロとしてそんな参加者の相手をする。探すまでもなく相手の方からやってきてくれるので、DP稼ぎにも向いているので一石二鳥だ。

 あるいは普段リーグ戦で戦わないランク違いのプロ同士が戦うこともある。

 とはいえプロもまた人間。連戦すれば疲れが見える。

 彼女もその一人だった。

 薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、青いホットパンツ、白のシャツにデニムのジャケット姿。

 Bランクプロにして、ギリシャ神話の女神、アテナの契約者。

 国守咲夜(くにもりさくや)

 そして咲夜の傍らに小さな少女の姿。

 ウェーブのかかった赤髪、雪のように穢れを知らぬ白肌、黄金色の瞳、小柄な体は花柄のワンピースに包んでいる。未成熟ながらも開花前から美しさが窺える花の蕾つぼみの風情。

 彼女こそ咲夜と契約した神、アテナだった。

 とある事情で子供の姿になってしまったアテナだったが、今は瞳に戦う意志を宿し、こうして咲夜の契約者(パートナー)として戦いに参している。

 

「あー、疲れたわねー」

 

 んーと背伸びをして、咲夜は傍らのアテナに語り掛けた。

 

「ああ、今日は、ファンや同じプロデュエリスト。とにかく戦いの数が多かった」

 

 声音に疲れを滲ませて、アテナは答えた。なりが子供になってしまっているので、こういう疲労は堪えるのだろう。

 

「でも、肝心のティターン神族や、ギリシャ神話の怪物には出会ってない」

「それは私も気にかかっていた。昨日、敵は街中に散らばっていた。今日は影も形もないことが逆に不気味だ。何か企んでいるに違いない」

 

 守護や防衛を司っているとはいえ、いやだからこそ、アテナの考えは相手の思考のトレースにある。

 敵が何を考えているのか分析し、推測し、対策する。その積み重ねの果てに勝利があると彼女は思っている。

 だからこそ敵の企みが読めない現状は危険だ。

 

「む?」

 

 その時、アテナの表情の険しさが一段と増した。

 

「アテナ?」

「神の気配だ。近い」

 

 一瞬で咲夜の雰囲気も戦闘のそれへと変わる。

 デュエルディスクの様子をチェックし、ひと呼吸。

 

「行こう。案内して」

「了解した。しかしこれは――――――」

「アテナ? どうしたの?」

 

 首をひねったアテナを、咲夜がせかす。何でもないと答え、アテナは先導を始めた。

 

 

 神の気配が近くでする。そういわれて、エーデルワイスは一瞬迷った。

 何しろ先程ティターン神族の一柱、イアペトスとその契約者、早乙女春(さおとめはる)を戦ったばかりなのだ。

 辛くも勝利はしたが、肉体的にはともかく、精神的な疲労が大きい。

 春とは連絡先を交換して、別れた。大丈夫だろうかとちょっと心配になったが、他ならぬ春自身の口から大丈夫だといわれた。

 

「だってここで別れたらぼくは一人だけど、()()じゃない。だから寒くないよ」

 

 その一言はエーデルワイスにとっても嬉しかった。今度こそ、本心から朗らかに笑った彼女の笑顔を見て、もう安心だと思った。

 そして最後に、春は言った。

 

「気を付けて。ティターン神族はかなり手ごわいから、絶対に無事でいてね。そして、また、デュエルをしよう」

 

 約束だ。約束は守らないと。

 

「エーデルワイス?」

「ふえ!?」

 

 少しセルフ回想に入っていたエーデルワイスを、ルーが怪訝そうに見つめた。

 

「どうする? ダメージが尾を引いているなら撤退するのも手だが?」

「いいえ、行きましょうルー。ここで退けば、ティターン神族はまた関係ない誰かを傷つけるかもしれません。それはさせません」

 

 強く、エーデルワイスはそう言い切った。少女の芯の強さに、表には出さずに賞賛の念を送りながら、ルーも頷いた。

 

「では行こう。戦いの時間だ」

 

 こくりと頷いて、エーデルワイスはルーの先導に従って歩き出した。

 

 

「近い。いや、相手もこちらに気づいている。移動しているぞ、咲夜」

 

 アテナの言動に警戒の色が見える。咲夜もまた警戒した。

 そして、神の導きに従って突き進んだ結果、相手の正体が見えた。

 

「あれ!?」

 

 相手を見て、咲夜は驚きの声を上げた。

 知っている人だった。というか、昨日の朝あっている。

 

「む……」

 

 アテナも少しばつが悪そうな顔をした。

 アテナが察知し、咲夜が敵とみなして負った相手、それは――――――

 

「あ、えっと……、クニモリさん、でしたよね?」

 

 可憐な少女と、その保護者とも、ボディガードとも取れる男のコンビ。

 エーデルワイスとルーだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 結局咲夜もエーデルワイスも、互いにお互いを敵と誤認して向かっただけだった。

 ともあれ合流した二人と二柱は、近くの喫茶店に入った。

 静かな雰囲気の店で、昼時を過ぎたためか客は咲夜たちだけ。照明も抑えられ、BGMも聞き苦しくない程度に抑えられた品の良いクラシック。

 

「いい店だ。コーヒーもいい」

 

 注文したコーヒーの味に満足しながら、ルーは肯いた。その対面にはチョコレートパフェを頬張るアテナの姿。

 今のルーの姿は三十代から四十代の男性。短めの金髪、青と緑のオッドアイに加えて三つ揃いのディープブルーのスーツ姿なので、完全に子供のアテナと一緒にすると親子に見えないこともない。

 ルーはちらりとアテナに視線を向けて、

 

「こう見ると、かの戦女神とは思えぬ無邪気な様子だな、アテナよ」

「ふん。か弱く見えるか、ルー。だが仕方がない。これが今の私だ。受け入れる」

 

 言いながら、アテナはスプーンですくったアイスを一口。口の中で冷たさを味わってから、じろりとルーを見据えた。

 その様は子供になっても戦を司る女神だと、そう思わせるほど闘志に満ちていた。

 

「子供と侮るなら結構。その油断に付け込んで、懐に飛び込んで喉元喰いちぎる」

「結構。女神としての闘志は健在というわけか」

 

 目の前の女神の、子供らしくない立ち振る舞いに満足したように頷くルー。試されたかと思ったアテナは不快を感じはしたが、この也では仕方がないかと思い直した。

 アテナは子供の姿だが、だからと言って子供らしく直情径行型ではない。思考能力は女神。相手の考えを推測して理解する。だからこの程度のことでいちいち怒りはしない。精神的に余裕のある今ならなおさらだ。

 

(精神的余裕、か……)

 

 少し前までは考えられたなかったことだ。

 神々の戦争の本戦に参加するため、神界から人界に降り立つ際、アテナは背後から襲撃され一柱だけオリンポスの神々からはぐれ、体は子供にされた。

 裏切りにあったことと無力な子供になってしまった恐怖から、ひどい不信感にとらわれてしまった。

 今にして思えばそのせいでただでさえ不利な立場だった咲夜をさらに追い詰めてしまった。

 今は違う。再び誰かに信頼を託せるようになった。

 

「それはそれとして、()()()は少々ぎこちないな」

 

 ルーが視線を向けたのは彼らがいるのとは別のテーブル。そこではやはりコーヒーを注文した咲夜とエーデルワイスが向かい合っていた。

 

 

 咲夜は現状に対して困惑していた。

 目の前にいる少女を見る。

 エーデルワイス・ルー・コナー。ケルト神話の神、ルーの契約者。フレデリックが言う協力者。昨日挨拶しただけだったが、彼女は善良そうだ。というか、でなければフレデリックから声はかからないと思う。

 背は自分よりも小さい。ここに来るまでも、周囲を物珍しそうに見まわしている姿は小動物じみていて可愛らしい。

 

「むむむ……」

 

 しかも和輝を見た時の表情。あれはどう見ても恋する乙女ではあるまいか。

 

「あの……、クニモリさん?」

「ひゃ!」

 

 ついじっくり見過ぎていたようだ。小首をかしげたエーデルワイスが――その仕草も小動物時見て可愛らしい――こちらを見ていた。咲夜は思わず変な声が出てしまった。

 じろじろ見てしまって、失礼だったろうか? 素直に謝らなければと思うのにどうにもしどろもどろになってしまう。

 

 

「咲夜らしくない。何をあたふたしているのだ」と、パフェを頬張りながらアテナ。

「年頃の少女とはそういうものなのだろう。エーデルワイスも時々そうなる。彼女の年上の友人であるファティマ君なら、そうはならないだろうがな」とコーヒーのお代わりを注文しながらルー。

 

 

 神々が実況時見たことを言っていることには気づかず、咲夜は何とか謝罪の言葉を引っ張り出した。

 

「あ、ごめん。じっと見過ぎちゃって、不躾だったよね」

「い、いいえ。それは別にいいのですが……」

 

 言いよどむエーデルワイス。何かを言おうと思っているが勇気が足りないのか、言葉になる前に消えてしまっているのが察せられた。

 すかさず咲夜が助け舟を出した。

 

「どうかした? あたしに聞きたいことがあるみたいだけど……。なに、東京の地理とか?」

「い、いええ、そうではなくて……」

 

 外したか。じゃあ何だろう。そう思っていたが――――

 

「クニモリさんは、和輝さんと、親しいのでしょうか?」

 

 顔を真っ赤にして、若干の震えを持ちながら、エーデルワイスはそう言った。

 

 

「おっと、エーデルワイスの方から切り出すとは、成長したな」とルー。

「思わぬ一撃だな、咲夜よ。それにしてもロキの契約者、なかなかの益荒男(ますらお)っぷり……。初対面よりも好印象を持ったぞ」とアテナ。

 

 

 物見遊山な神々に対して、当事者の咲夜が受けた衝撃は大きかった。

 完全な不意打ちだ。見た目からいきなり大胆なことを言うとは思わなかった。

 

「親しいっていうか……。まぁ、連絡とったりとか、時々あったりとか、かな?」

 

 実際には連絡はともかく、実際にあったのはロンドンの時以来なのだが……。

 

「あたしの方こそ聞きたいんだけど、コナーさんってどこで和輝君と知り合ったの? 日本に来たの初めてなんでしょ?」

「は、はい。今月に入ったばかりのことですけど、ウェールズの森で……。怖くてたまらなくて、震えていた時に、現れて、助けてくれたんです」

 

 なんてこと。和輝君ってばあたしとデートした翌日にはもう別の女の子とフラグを立てていたなんて……。

 軽く戦慄しながらも、咲夜は目を伏せたエーデルワイスに気づかわし気に問いかけた。

 

「深く訪ねてもいいこと?」

「はい、大丈夫です」

 

 そうは言うが声音に少し力がない。しかし恐怖に震えているというわけでもない。悲しさや寂しさを抱えながら、それでも前に進むことを選んだ芯みたいなものを感じられた。

 

「私が契約した神、ルーに敵対する神、バロールの襲撃から逃れて、けれどどうすることもできなくて、その当時に私は戦うことすら怖くて震えていたんですけど、その時に現れて、震えるばっかりだった私に勇気をくれたんです」

 

 どんな状況でも決して諦めずに足掻き、可能性へと手を伸ばす姿。その姿は今でもエーデルワイスの脳裏に強く強く焼き付いていた。

 咲夜はコーヒーを一口飲んだ。

 そして思う。あの少年は、こうして震えている人を放ってはおけないのだなと。

 

「あー、やっぱりそういうこと、ほかでもしてるんだねぇ」

 

 思わずそう口に出た。

 

「あの、クニモリさんも、和輝さんに助けられたことがあるんですか?」

 

 自分の知らない和輝に興味があるのだろうか、エーデルワイスはそう聞いてきた。咲夜は苦笑気味に頷いた。

 

「あたしの神、アテナのこともあって、あたしもアテナも人を信じられなくなっててね。追手は来るし、誰も信用できないしで張り詰めすぎてて、だいぶ消耗してたのよ」

 

 思い返しても、あの時の孤独感は心が冷える。

 

「そんな時に、それでもこっちに歩み寄って、手を貸してくれたのが和輝君だったの」

 

 そして、あの時手を差し伸べて、味方になってくれた和輝の姿は鮮明だ。自分を庇うように立つ背中。奇麗な白い髪、確固とした仕草と態度。

 うん、実に男の子してた。

 

「そんなことが……」

 

 何か大事なものを抱え込むような、感慨深げな声音のエーデルワイス。彼女は優しく微笑んだ。

 

「やっぱりクニモリさんも……」

「咲夜でいいわ。親しい人はそう呼んでるし、そう呼んでもらいたい人もいるから」

「あ、だ、だったら私もエーデルと呼んでください。よく知る人はそう呼びますから」

 

 慌てたように両手を振るエーデルワイス。落ち着いてと言わんばかりに咲夜は両掌をエーデルワイスに見せた。

 

「で、何かな?」

「あ、はい」

 

 コーヒーを一杯飲んで落ち着いて、エーデルワイスはもう一度息を吸った。

 勇気を出して、問いかけて―――――

 

 

 その瞬間、世界が変わった。

 

 

「!?」

 

 さっきまでと明らかに空気の密度が違った。

 何が起こったのかは明白だ。

 今、自分たちは何者かが展開したバトルフィールドの中に取り込まれたのだ。

 

「敵襲か!」

 

 アテナの言う通りだった。

 席から立つアテナとルー。咲夜と、一瞬遅れたエーデルワイス。

 エーデルワイスが椅子から腰を浮かせかけた瞬間――――――

 

 

 頭上からの衝撃が、決して大きくない、つつましやかな喫茶店を粉々に打ち砕いた。

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