己の行動の直後、全身に冷水を浴びせかけられたような寒気がした。
この感覚は久しぶりだと、
まだプロとしてデビューしたばかりのころ、勝利を目前にした勇み足から攻撃を宣言する。宣言した後に、
その感覚は正解で、その攻撃が原因で罠に嵌り、一転して窮地に陥った。場合によってはそのまま敗北してしまうこともままあった。
この感覚は
だが――――――
(諦めない)
咲夜の心に怒りが鎮まり、代わりに冷静な、彼女本来のプロとしての視点を取り戻せた。
(それに―――――)
思うのは先程、ティターン神族と相対し、一歩も引かなかった年下の女の子と、今のように視野狭窄に陥っていた愚かな自分の疑念を氷解してくれた、やっぱり年下の男の子の姿。
彼らと並ぶのなら、こんなところで
「どうやら、私からの言葉は必要なく、きっかけもまた必要なかったようだな」
アテナの、どこか誇らしげな声が聞こえてくる。咲夜は傍らの小さな女神に笑いかけ、
「ごめん、心配かけた。まだまだだね」
そして凛とした瞳で敵、
咲夜LP5200手札5枚
ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし
モンスターゾーン
魔法・罠ゾーン 伏せ1枚
フィールドゾーン なし
萩野LP8000手札2枚
EXデッキ15枚
ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし
モンスターゾーン デスペラード・リボルバー・ドラゴン(攻撃表示)、リボルバー・ドラゴン(攻撃表示)
魔法・罠ゾーン 機甲部隊の最前線、
フィールドゾーン 鋼鉄の襲撃者
「気に入らねぇ」
言葉と一緒に唾も吐き捨てて、萩野は咲夜を睨んだ。
「なぜ絶望しねぇ。下らねぇ感情で糞みたいなミスをして、最悪の状況まで転がり落ちた。その上でなんだその面は。そんな上っ面の感情なんかいらねぇんだよ!」
地面を蹴りつけ、言い募る。
「真実を見せろ! その視線を剥ぎ取って本物の感情を見せろ!」
「これが真実よ。絶対にあんたを許さない。ここで倒すっていう、あたしの偽らざる本音! 手札抹殺発動!」
発動したのは手札交換カード。同時に墓地も肥やせるため、状況を逆転できる可能性が出てきた。
「四枚捨てて、四枚ドロー。カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」
そこにはもはや、怒りに憑りつかれ、視野狭窄に陥っていた咲夜はもういなかった。
手札抹殺:通常魔法
(1):手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする。
「オレのターンだ」
己のターンを開始した萩野は、ひどく不機嫌な気分だった。
あの糞ったれな刑事の娘、折れかけていたのに蘇りやがった。そんな理不尽がまかり通る現実にイライラする。
隣に佇む
この状態のこいつは当てにならない。女としては
イライラする。頭の芯の部分にある導火線に火が付いたようだ。
「まぁ、何であれぶっ潰せばいいわけだ」
今、圧倒的に有利なのは自分だ。あの女のモンスターは全滅。伏せカード二枚のうち、一枚は沈黙を保った役立たず。二枚目は分からんが、手札抹殺で入れ替えたカードにそう都合よくいいカードが引けるわけがない。
「バトルだ。二体のモンスターでダイレクトアタック! 砕け散れ!」
二体のリボルバー・ドラゴンの
「悪いけど、さっきまでのあたしと思わないことね! リバースカードオープン! 波紋のバリア-ウェーブ・フォース-!」
咲夜の足元で息を潜めていた伏せカードが翻る。直後、彼女のフィールドに均等な波紋が広がる水の壁が屹立した。
壁は膜のように薄く、向こう側にいる咲夜の姿も見えるほどだった。
だがそれはバリア。弾丸が当たった瞬間、膜は弾け、莫大量の水流と化した。
水流は抗いようのない激流となって二体の機械龍を洗い流してしまった。
破壊ではなくデッキバウンスであるため、後続を手札に加えることのできるデスペラード・リボルバー・ドラゴンの効果は発動しない。
「くっそが!」
思惑が大きく外れ、一転して自分のモンスターを失った結果、萩野は苛立ちもあらわに地面を蹴りつけた。小石が蹴り上げられる。
「モンスターをセットして、ターンエンドだ!」
業腹だが、攻撃できるモンスターがいなければバトルを終了させ、ターンを進めるしかない。守りに入ったその瞬間だった。
咲夜のフィールドに、新たなモンスターが現れていた。
背に虹色に輝く光の翼をもったE・HERO ネオス。オネスティ・ネオスだった。
「なんだそいつは!」
「悪いけど、あんたのエンドフェイズに伏せていた戦線復帰を発動したわ。これで墓地のオネスティ・ネオスを特殊召喚したってわけ」
手札抹殺の時に墓地に行っていたオネスティ・ネオスだったが、咲夜は再利用を諦めていなかった。むしろ、怒りのせいで視野狭窄に陥っていたために発動し忘れていた戦線復帰をここで発動し、次に繋げる一手にできたのは怪我の功名だった。
そして自分がどれだけ周りが見えていなかったのか、咲夜は改めて思い、心の中でアテナに謝罪した。彼女はその小さな体を必死に広げて、こちらに訴えていてくれていたというのに。
波紋のバリア-ウェーブ・フォース-:通常罠
(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て持ち主のデッキに戻す。
戦線復帰:通常罠
(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果
ATK2500 DEF2000
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。
「あたしのターン、ドロー!」
「このターンで決めろ、咲夜。あの男は見るに堪えん」
「あたしもそのつもり!」
アテナの怒りをにじませた言葉に、咲夜もまた怒りと、それ以上の、この男を野放しにしてはならないという使命感に似た思いに突き動かされて、カードを操った。
「手札を一枚捨てて、ツイン・ツイスター発動! あんたの場にある鋼鉄の襲撃者と機甲部隊の最前線を破壊する! さらに捨てたカード、代償の宝札の効果で二枚ドロー!」
二筋の風が渦を巻き、鋭い矢となって萩野のフィールド魔法と永続魔法を貫いた。萩野は守備モンスターが破壊されて機甲部隊の最前線の効果で後続を呼び、さらなる盾、もしくは反撃の一手を打つつもりだったので、この目論見はあっけなく崩れ去った。
「くっそが! 何度も何度もオレの思い通りに行きやがらねぇ!」
苛立ちもを露わに荒々しく地面を蹴りつける萩野を無視して、咲夜の声が矢のように飛んだ。
「あんたのその自分勝手な言葉に付き合う気なんてないわよ! オネスティ・ネオスを攻撃表示に変更して、効果発動! 手札のネオスを捨てて、その攻撃力分、攻撃力をアップさせる! そしてO-オーバーソウルを発動して、墓地のネオスを特殊召喚!」
オネスティ・ネオスの自己強化のコストとして使ったE・HERO ネオスを蘇生させることで、プレイングに無駄をなくした。
「ネオス・フュージョン発動! デッキから二枚目のネオスと
咲夜の背後の空間が、渦の様に捻じれて混ざる。その空間に、彼女のデッキから飛び出した二体のモンスターが吸い込まれた。
「異星の戦士よ、大地の力を得てどこまでも掘り進む一矢となれ! コンタクト融合! 天元を突破せよ、E・HERO グラン・ネオス!」
現れたのは、緑色の鎧に身を包み、右手のドリルを猛るように回転させた、大地の力を得たネオスの姿。
「あんたの守備モンスターだろうと、これで関係ない! グラン・ネオスの効果発動! あんたの守備モンスターを手札に戻す!」
グラン・ネオスのドリルが回転し、空間に穴をあけた。その穴が吸引力を発揮し、萩野の守備モンスターを姿を見せることなく吸い込んでいった。
萩野が地面を蹴りつけて何事か叫んでいた。最早咲夜にとっては犬の遠吠えのように不快だが自分には遠いものとなった。
「これで終わりよ! もう一度刑務所にぶち込んであげる! 今度こそ、その罪を数えて震えているといいわ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」
咲夜の怒りを受けて、モンスターたちが地を蹴り、空を駆け、萩野に向かってそれぞれの一撃を叩き込んだ。
E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果
ATK2500 DEF2000
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。
O-オーバーソウル:通常魔法
(1):自分の墓地の「E・HERO」通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。
E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター
ATK2500 DEF2000
ネオス・フュージョン:通常魔法
(1):自分の手札・デッキ・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、「E・HERO ネオス」を含むモンスター2体のみを素材とするその融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はモンスターを特殊召喚できない。(2):「E・HERO ネオス」を融合素材とする自分フィールドの融合モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、または自身の効果でEXデッキに戻る場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。
E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合
ATK2500 DEF2000
「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」
自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。
萩野LP0
その一撃は確かに容赦なく下された。咲夜の意志は刃となって萩野に向かって振り下ろされた。HEROの三連撃は確かに萩野の宝珠を捉えた。
だが咲夜は見た。その瞬間、何者かが割って入り、萩野の襟首を掴んで彼の身体を無理矢理攻撃地点から引きはがしたのを、だ。
一体何が起こったのか、ただ、咲夜の眼前には影が二つ。
「申し訳ありませんが、まだ彼を脱落させるのはちょっと都合が悪いんですよ」
耳に心地良い通りの利いた声。少女のようにきれいな顔立ちをした青年だった。
腰まで伸びる薄紫の髪、紫紺の瞳、華奢な体を包む男物のシャツに薄黒色のロングパンツ。
そしてその背後に
ワインレッドのスーツで上下を固め、黒い髪を長く伸ばし、口元に針のように細いシガリロ。その鼻から上は霞がかかったような、それとももっと俗に、モザイクがかかったように詳細が分からない。
咲夜はこのペアのことを知っている。フレデリックから、そして和輝から、ティターン神族とは別に、特に注意する邪神であり暗躍者だと聞いている。
「
「ああ、知っていましたか。それならば話は早い。岡崎さんは元気ですか?」
にこやかに微笑みながら、美しいはずなのに得体のしれない異形感を醸し出しながら、平月はそう言った。
どうやら、咲夜の戦いはまだ終わりそうにないようだ。