ジェネックス杯三日目、早朝。
目覚めた
二日間にわたったジェネックス杯、というより、神々の戦争でのダメージは残っていない。
これならば今日も万全のコンディションで決戦に挑める。
手に取るのはデッキ。昨日の夜、さらに調整を施したこいつで、今日も勝ち残る。
「戦いへの昂揚が、いい感じに作用しているね」
笑みを含んだ声音が背後から聞こえてくる。
振り返ればそこにいるのは絶世の美男子。
金髪碧眼、春風のような爽やかな微笑を口元に浮かべた姿は、女性なら必ず振り返ってしまうほどに美形。着ているものが簡素なシャツ姿でも、それは変わらない。むしろ着衣に気を使わないからこそ、彼本来の美貌がより一層際立つのかもしれない。
和輝が契約した、北欧神話の悪戯の神、ロキだった。
「ああ、気分が高揚しているのが、自分でもわかる。何しろ、今日ででかい敵との決着がつくんだからな」
言いながら、和輝はホテルの部屋に備え付けられていた鏡を見る。
すでに身支度は終えているので、鏡に映っているのはいつもの和輝の姿。
白い髪、茶色がかった黒の瞳、表情に少し険があり、愛用の白と黒のリバーシブルのジャケットを、白の面を表にして羽織っている。
「ジェネックス杯スポンサー、ゾディアック社」
戦意を漲らせる和輝に向かって、ロキが言葉を放つ。
「当然、抱えているプロデュエリストもいるよね。それらプロと、ティターン神族の波長が合って、契約する可能性は高い」
「というより、切り札として残しているだけで、普通にトッププロもティターン神族と契約しているだろうな」
そういう和輝の佇まいに気負いはない。パートナーの自然体に頼もしさを感じながら、それでもロキは言った。
「つまるところ格上だね。それらとも相手をしなければならないし、クロノスの契約者は、そんな猛者を率いているなら、さらに強いかもしれない。それでも君は勝てるかな?」
「負けるつもりで戦いはしない」
ニコニコ笑顔のロキに対して、和輝は不敵に笑った。
「オーケイ。それでこそ」
ロキも満足げに頷いてウィンク。気持ち悪いなと言う和輝の悪態も、今となってはただのじゃれ合いだ。
それから和輝は綺羅の部屋に行き、扉をノック。
「おはようございます、兄さん」
ぺこりと頭を下げる少女。
肩にかかるかどうかのオレンジの髪、黄色の瞳、日焼け対策の長袖の白のブラウスに黒のフリルのついたスカート姿。
和輝の義妹、
「ああ、おはよう、綺羅。今朝も早いな」
「気持ちがはやっているのかもしれません。今日も、いろんな人とデュエルができると思うと楽しみなのです」
「それは俺もだな。プロとデュエルできるまたとない機会。逃す手はないぜ」
義兄の贔屓目でなければ、綺羅は同年代の少女たちと比べても落ち着いて大人びていると思うが、こういう無邪気なところもある。
そんな綺羅を見て、和輝が思うのは神々の戦争のこと。
ティターン神族との戦いは、神々の戦争のバトルフィールドで行われる。
そしてティターン神族や、ギリシャの怪物たちはバトルフィールドに一般参加者を取り込んで傷つけていた。
理由不明の神々の理不尽。和輝はそれが許せない。それに綺羅が巻き込まれるなど、あってはならない。
だから今日決着をつける。ティターン神族に、
心中で戦意を滾らせて、しかしそれを表面には出さず、和輝は綺羅に告げた。
「さぁ、朝飯にしよう。今日の夕方でジェネックス杯が終わる。そうしたらもう一泊して、明日は東京見学でも行くか」
「ですが、兄さん、東京は……」
綺羅の言いたいことは分かる。
東京大火災。七年前の未曽有の大火災によって、和輝は実の両親と、親しい人々と、住む家と、命以外の何もかもを失った。
そのことは今も和輝の心に深い傷を残しているが、今の和輝はその傷を覆す怒りがある。
「心配するな。七年。傷は消えなくても、少しは浅くなる」
言って、微笑する。綺羅はそれで少しは安心してくれただろうか? とにかく、この少女が当たり前にこの大会を楽しんで、そして、何事もなく終わってほしい。
和輝は切にそう願った。
◆◆◆◆◆◆
「それでは兄さん。私は行きますね」
「おう。互いに頑張ろうぜ」
ぐっと握り拳を作って、綺羅にエールを送る和輝。綺羅は一礼して去っていった。
時刻は九時四十五分。ジェネックス杯三日目開始まで、あと十五分。
和輝は歩を進め。人の来ない裏路地へ。
「やるのかい?」
実体化したロキが問いかける。和輝は肯いて、
「ああ。元々そんな段取りだしな」
仲間たちとの打ち合わせはあらかじめ終わっている。三日目はそれぞれバトルフィールドに突入し、それぞれ個別にゾディアック本社を目指す。その際、飛行モンスターなど、派手なカードをデッキに入れている人員はそれらを召喚し、敵の目を引き付ける囮役もこなす。
とにかく敵に、攻め入られるという危機感を与え、最終的にクロノスを討つ。
ふと、和輝の周囲の空気が変わる。
周囲の人の気配はなく、空気が重く、絡みつくように濃くなる。
神々の戦争の、バトルフィールドに入ったのだ。
「……なんだありゃ」
見上げた先に立つ
地図上で言えば、そこはゾディアック本社がある場所のはずだ。
が、今その場所は近代的なオフィスビルから様変わりしていた。
そこにあるのは古代ギリシャの流れを組む、パルテノン式の、荘厳な神殿。
ただし本来な純白なはずの外見は、毒々しい漆黒に染められている。
近くで見れば、そこに血管のように走る赤いラインを見て取ることができただろう。
「ゾディアック本社……。いや、クロノスがそう装っていた、外見の偽装を解除したんだ。向こうも本気ってことだね」
内部は全く分からない。
「ギリシャ神話の建築物だ。怪物を閉じ込める迷宮であったとしても驚かないよ」
「その場合、おれ達は哀れな生贄の子供たちかい」
まぁやる事は変わらないか、と独り言ちて、和輝はカードを一枚、左腕に装着したデュエルディスクにセットした。
「来い、
次の瞬間、圧倒的な質量が無から出現し、周りの空気を押しのける。
現れたのは星屑のような燐光を煌めかせる、美しいドラゴン。その背に和輝が飛び乗ると、ドラゴンは翼を一つ羽ばたかせて空気を打ち、一気に空へと飛翔した。
午前十時。ジェネックス杯三日目が開始される。
建造物の頭上に躍り出る和輝。見れば他の方向からも巨大な影が飛びあがった。
そのいずれもドラゴン。一体はスターダスト・ドラゴン。もう一体は
三体のドラゴンが示し合わせた様にティターン神族の神殿に向かって飛翔する。
さらに
「行くぜ!」
力強く翼を羽ばたかせて、スターダストが神殿に向かって突き進む。
「どうするんだい和輝!」
スターダストにしがみつく和輝の隣で、半透明のロキの声が聞こえる。
「一撃ぶちかまして、あの神殿に風穴開けてやるさ!」
戦意を漲らせた和輝の返答。その意を組んだように、閃珖竜がかすかに口を開いた。
後はその口内にエネルギーをため込んで、放つだけ。
その瞬間、空を覆うような巨大な影が唐突に出現した。
メタリックブラックの体躯に金のライン。円環を分割したような金色の外部パーツ。その頭上に小さく見える人影。和輝からは男か女かもわからない。
天を覆わんばかりの巨大なドラゴン。その姿が和輝の記憶に引っかかった。
「覇王龍ズァーク!?」
「てことは、あの頭の上に乗ってるのがテュポーンってことかな?」
テュポーン。オリュンポスの神々さえ恐れたというギリシャ神話最大の怪物。そして、
一瞬、敵討ちという単語が頭をよぎる。
だが、テュポーンが召喚した覇王龍ズァークの行動は、和輝の判断より早かった。
すでにその全身からライトグリーンの光が迸り、一斉に弾幕となって放たれる。
「ッ!」
光の弾幕は全て和輝と、彼が駆る閃珖竜スターダストに向けられた。
「躱せない!」
「スターダスト! 守れ!」
和輝の号令が下るや否や、閃珖竜スターダストはその場で停止し、翼を前面に畳んで防御姿勢。その全身を、薄い光のヴェールが包み込んだ。
直後、着弾。光と轟音の乱舞が轟き、バトルフィールド内を照らし出す。
弾幕がやむと、そこには無傷のスターダストと和輝たち。
だが次はない。閃珖竜スターダストで守れるのは一度のみ。
「やべぇなこれ……!」
閃珖竜を地上に下ろして覇王龍の目を眩ますか? そう思ったが、その場合、ズァークの攻撃は仲間たちに向かう。
覚悟を決めて突っ切るか。そう考えた時、和輝のはるか後方で強烈な光。
振り返れば地上から天空に向かって昇っていく雷という、自然現象を真っ向から否定した光景が飛び込んできた。
「ゼウスの雷だ……」
ロキの呟き。ならばあれが、フレデリックが言っていた、合流することのない最後のメンバーか。
ふと見れば、覇王龍ズァークの動きが止まっていた。
「なんだ?」
「頭の上にいる男が止まってる。あー、なんか嬉しそう」
目をすがめたロキがそう言った瞬間、ズァークが咆哮。それが威嚇なのか歓喜なのか分からないまま、メタリックブラックの巨体が羽ばたき、飛翔しだした。
「ッ!」
巨体が動くことによる空気の動きが閃珖竜を翻弄する。視界の端には同じく大気の乱れに煽られる仲間たちのドラゴン。
「ゼウスゥゥゥゥゥゥ!」
テュポーンの絶叫は、はたして和輝の耳には届かない。だが神話の怪物は、人間の身体という器に入ってもなお、神代の因縁に突き動かされた。
おそらく神殿の防御に回されただろうに、テュポーンは和輝たちには目もくれず、 己の役目も放棄して雷が上がった方角に突っ走っていった。
直近の危機は去った。だが停滞はまずい。それに巨大な影がさらに立ち上がる。
ティターン神族の契約者が、新たな大型モンスターを召喚したのだろう。だとすればあの近くに契約者がいる。そこに行けば
そう思って閃珖竜スターダストの翼を開かせた瞬間、下から光が槍のように突き込まれた。
「ッ!?」
とっさの判断でスターダストの身体をひねらせた。閃光が巨大なドラゴンの身体を掠める。
「――――――――――――!」
痛みからか、閃珖竜スターダストが絶叫を上げ、その巨体が揺らぐ。和輝は歯を食いしばってドラゴンの背にしがみつく。
そんな和輝の頭上に影。目を向ければそこにいたのは大きく硬く、武骨でしかし
どうするか。思案した時、巨人の下から跳ね上がったものがあった。
それは濃い青色に、金のラインを入れた重厚な鎧を身に纏った戦士の姿。戦士が手にした剣を振り上げ、巨人の一撃を上にそらして和輝を救ったのだ。
「カオス・ソルジャー……、ラインツェルンか!」
仲間のアシストに感謝の念を抱く。同時に、この相手は自分がするという、彼女の決意が伝わってきた。
「和輝! どこに降りる!?」
「さっきビームが飛んできた方だ! そこにいる敵を叩く!」
主の意を汲んだ閃珖竜スターダストが翼を羽ばたかせて自身を貫いた光線が来た方に着地する。和輝はねぎらうようにドラゴンの頭部を撫でで、地上に降り立った。
消えていく閃珖竜スターダスト。消えていくしもべを背後に、和輝はその相手を見た。
小柄な影と大柄な影の二人組。より正確に言えば、一人と一柱か。
小柄な少女、こちらは人間か。金の髪、伏せられがちな紫の瞳、あまり日に焼け慣れていない白い肌、両耳にヘッドフォン、薄手の黒いひらひらとしたフリル付き半そでシャツ、腕に白と黒のストライプ柄のアームカバー、黒と赤のチェック柄のミニスカート姿。その視線は和輝を見てはいるが、コミュニケーションを拒絶するように耳のヘッドフォンは着けたまま。
完全自己閉鎖的に丸まったハリネズミの風情。
その傍らの大型な女。百八十近い長身、赤い長髪、目には黒のサングラス、白いTシャツの裾を結んだ大胆はへそ出しルックの上半身に、だいたいんなカットをいれたデニムのショートパンツ姿。
強めながら健康的な色気を感じさせる露出の割にその肌は生まれてこの方一度も日光を浴びたことがないように白い。
和輝の傍らにロキが実体化する。和輝が警戒を露わに問いかける。
「聞くまでもないかもしれないが……、ティターン神族だな? さっき俺にビームぶつけてくれたのはそっちのグラサンか?」
すでに心は戦闘態勢に移行してる。それを感じ取ったか、大柄な方がケタケタと笑った。
「アハハ。ごめんごめん。でもあのまま行かせるわけにもいかなくってさー。でしょ? サラ」
傍らの少女に声をかける。が、ヘッドフォンを大音量でかけて自己閉鎖中の少女は反応しない。
「こーら、サラ! 対峙してるんだからヘッドフォンは取りなさい」
無理矢理ヘッドフォンを取ってくる女。サラと呼ばれた少女は慌てたように耳に手を当て、自分の頭の上で女がぶらぶら揺らしているヘッドフォンを見つけた。
「や、やめてよ……。あと少しで一曲終わって、丁度良かったんだから……!」
意訳としては、それからヘッドフォンを取って和輝と対峙するつもりだった、ということか。
少女――――サラはヘッドフォンを取り返し、今度は耳じゃなくて首にかけた。
「まぁ、いいや……。あたしはサラ・アクエリア。こっちがティターン神族のテイア」
「よろしくねー」
言いながらも、女神テイアはサングラスを外さない。
「やぁ女神さま。できればその無粋なサングラスを外して、美しい瞳をボクたちに見せてくれないかな?」
歯の浮くようなセリフを微笑付きで吐くロキ。テイアは「それは無理」と笑う。
「私の神格は
「あの光、目からビームかぁ……」
少し予想外のためか、ロキの頬が引きつく。
「もういいから」疲れたような声音のサラ。その瞳が和輝を見る。
「?」とはいえ和輝に覚えはない。この少女とは初対面だ。
「初めまして、岡崎和輝センパイ」
「先輩……?」
和輝の眉がよる。先輩と言われても、この少女にはやはり見覚えがない。
ティターン神族の契約者なら、少なくともゾディアックが目をつける人材であり、それが後輩なら学校でも有名なはずで、和輝の耳に入らないはずがないと思うのだが……。
「前に会ったことがあったか?」
「ううん。これが初対面だよ。正確にはあたしは十二星高校の生徒じゃないし。ただ、来年の春には入学が決まってるけど」
「ああ、推薦入学組か。この時期に決まってるってことは相当優秀だな」
「そう。だから十二星高校で特に実力の高い生徒も、事前に知ってた。本当は、入学してから挑もうと思っていたんだけど、こうして機会が巡って来たのはいいね」
伏し目がちな目が開かれて、サラがまっすぐ和輝を見る。
「十二星高校で、抜きんでた実力を持ってる岡崎先輩。ほかにも風間先輩や黒神先輩とも会いたかったけど、センパイを倒してから行くよ」
負けるつもりなど微塵もない、たいそうな自信。言いながらデュエルディスクを起動させるサラに、和輝は応えるようににやりと笑った。
自己閉鎖型のハリネズミが、闘志を剥き出しにしてこちらに弾丸のように飛んできた。
「生意気な後輩だ。が、そういうはねっ返りは嫌いじゃない。将来有望のその実力、見せてくれ」
互いの傍らにいた神が姿を消し、二人の胸元に宝珠の輝きが灯る。和輝が赤、サラは無色。
一拍、構えた二人の間に沈黙が通り過ぎ、そして―――――
『
最終戦、第一戦が始まる。