神々の戦争   作:tuki21

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第14話:旧友との邂逅

 夜の街に、轟音が響き渡った。

 続いて閃光。

 天に昇っていく雷(、、、、、、、、)という、異常現象が起こる。

 だが、周辺住民は誰一人反応しなかった。というより、雷が上がった現場周囲の民家全て、電気が消えていた。

 誰もいない。文字通り。

 否、正確にはそこには人影があった。

 四つの人影。だが、そのうち一つは消えかけ、もう一つは地べたに尻をつけ、恐怖の表情を浮かべていた。

 残る二つの人影。

 大柄な青年と、雷を帯電させる男。

 大柄な青年。

 刈り揃えた黒の短髪にダークグリーンの瞳、百九十センチを超える長身に、大きな肩幅。逞しい胸板。筋骨隆々なその体躯は、本来なら見る者を威圧し、圧倒するだろう。驚くべきことに着ているのは黒い学ラン。つまりこの青年はまだ高校生、少年の域だ。

 だが、青年が放つ物静かな雰囲気がその印象を覆している。

 静かで泰然としているその様は何千年と風を受け止め続けた大樹を思わせる。

 帯電する男。

 こちらは雄々しさを大きく感じられる。

 濃い緑の髪、金の双眸、素肌の上に直接羽織った黒の革ジャケットに同じ革製のパンツルック。一見するとただのパンクスタイルに興じる若者といった雰囲気だが、その身体の内側から発せられる人の形には巨大に過ぎる生命のエネルギーは、見る者の目を引き、肝を潰しかねない。

 

「ひ……、ひ……ッ!」

 

 敗れた神々の戦争の参加者、いや、「元」参加者の男は短く悲鳴を上げた。その悲鳴を聞きつけて、一人と一柱が視線を向ける。

 視線を投げられた男はまた悲鳴を上げ、()()うの体で逃げ出してしまった。

 その背中を見送って、青年はため息一つ。

 

「退屈か、烈震(れっしん)?」

 

 傍らの神が成年に問いかける。烈震と呼ばれた少年は無言で首肯。そして言葉を紡ぐ。

 

「ああ。この相手も、歯ごたえのない奴だった。いや、あの男だけではない。神々の戦争、(オレ)はそこに、強者を求めたというのに。いざ闘ってみれば塵芥な雑兵ばかり。これでは自らを高めることもできん。お前の誘いに乗ったのは失敗だったかな、トール」

 

 ため息とともにそう呟く烈震。トールと呼ばれた神は「しゃーない」と肩をすくめた。

 

「何しろ神は百柱もいるんだ。中には見る目のない奴もいる。ついでに、数が絞られていない現在だと、必然的に外れが多いわな」

 

 言いがら、トールは「しかし」と続ける。

 

「この街は悪くないぜ。ほかにも神の気配がする。それに、最近カイロスやパズズなんつー、結構力のある神もこの辺りでやられたって話だ。懐かしい気配もある(、、、、、、、、、)たぶんロキだ(、、、、、、)。案外、この街を拠点に、活動してるのかもな。お前の言う、強者ってやつが」

 

 獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべて、トールはそう言った。烈震は「だといいが」と呟き、ふと周囲に目をやった。

 彼らがいるのはどこかの倉庫。とりあえず、神々の戦争ができそうな広さの場所を選んだだけだ。今日この街に来た彼に土地勘はない。

 

星宮(ほしみや)市。俺を高めてくれる強者がいることを、期待しよう」

 

 烈震の呟きは夜の風に紛れて消えた。ただ、そこにあった切実な“渇き”だけが、生々しくその場に残った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 月日が流れ、月が五月から六月に変化した。

 六月に入ったころから梅雨前線の影響で雨が増え、ここ星宮市の空気も僅かに淀んでいる。

 ただ、今日はそんな雨の合間の晴れ。岡崎和輝(おかざきかずき)は放課後の街を歩いていた。

 人目を引く白髪、茶色がかった黒い瞳、十二星高校の制服姿。目的地は近所の書店だ。

 目的は最近発売した漫画の新刊。雨だといまいち行く気がしなかったが、晴れているなら話は別だ。久しぶりに街を歩いてみたいとも思った。

 特に今日は、和輝と契約を交わした神、ロキがいない。彼は朝から「いい天気だから、ちょっと散歩に行ってくるよ」といってそれっきり帰ってきていない。神は人間とスケールが違うので、神にとって「ちょっと散歩に行ってくる」はそれこそ日にち規模のものなのかもしれない。

 余談だが、和輝は書店で、ロキがモデルをしている写真集が店頭に平積みされているのを見つけ、とても複雑な気分と微妙な顔を作ったが、それはまた別の話だ。

 

「あ……」

 

 書店での目的を達成した和輝は、そのまま家に帰ろうとしていたが、ふと、壁に貼られた張り紙が目について、足を止めた。

 人探しの貼紙だ。行方不明になったのは五月某日、行方不明者は小学一年生の男の子。

 和輝の表情が自然、険しくなる。胸に痛みが走った。

 彼のことは覚えている。和輝が初めてロキ出会った時。その時、時の神カイロスによって、自身の体内時間を強制的に進められ、成長、老化、老衰、そして朽ち果てていった男の子。

 胸の奥から痛みが走る。あのような非道を行う神はこれからも出てくるだろう。神は人間のことを何とも思っていない。だからなんだってできる。無邪気な子供が捕まえた虫を面白半分に嬲り殺すように、人間を弄び、殺すだろう。

 その非道を、許してはならない。

 自然、握りしめた(こぶし)に力がこもった。

 と、

 

「その子供は、知り合いか?」

 

 頭上から、野太く重い声が降ってきた。

 

「!?」

 

 接近に全く気付かなかった。和輝はとっさに振り返り、眼前に、黒い壁がたっていることの気づいて怪訝そうな顔をした。

 ふと見れば目の前のそれは壁ではなく、人の分厚い胸板。視線を上げると広い肩幅が見え、次いで太い首が、そして強面(こわもて)の顔。

 筋骨隆々とした体格、黒い髪にダークグリーンの瞳。巨体でありながら威圧感の少ないその姿は、長い間風雨に耐えてきた大樹の風情。

 

「その子は、知り合いか?」

 

 男が先ほどと同じ台詞をもう一度行ってきた。和輝は内心を押し殺して「いいや」と首を横に振った。

 

「別に。ただちょっと気になっただけだよ。こんな小さな子が、なんで行方不明になっちまったのか、とか」

 

 男の子のことに関しては和輝が、和輝だけが心のうちに留めておくべき事柄だ。ロキにさえ話していない。

 

「そうか」

 

 男は重い声音で深く頷いた。和輝は、この、危険はなさそうだがただならぬ雰囲気の男からさっさと離れようと、「もういいかな?」といってその脇を抜けようとする。その刹那、

 

「てっきり、神々の戦争で犠牲になった子供かと思ったのだがな」

 

 神々の戦争。その言葉に、和輝の足が止まった。

 振り返った和輝の顔には驚愕の表情。それを、男は泰然と受け止めた。

 

「今……」

「神々の戦争と言った。反応したということは、やはり、神々の戦争の参加者だったか。ひょっとしたら、契約した神はロキか?」

 

 神々の戦争の参加者。目の前にいるこの男が? しかも、自分が契約した神の名前までいい当ててしまった。

短い跳躍で男から距離をとった和輝。だが今、傍らにロキはいない。だが、和輝が神々の戦争の参加者だとわかったということは、少なくとも彼のそばには神がいるはずだ。

 この状況は、まずい。和輝の表情に緊張が走った。

 だが、

 

「慌てるな。ここで戦うつもりはない。己にも神は今いないことだしな」

「? それじゃあなんで俺が神々の戦争の参加者だと分かった?」

「気配が違う。なんというかな、じっと見ていると、神と契約を交わした人間はどことなく雰囲気が違うのだ。どうやら、己にしかわからない感覚らしいので、言葉では伝えにくいうえに、感じられるのは己の神と同じ、北欧神話の神くらいだが……」

 

 難しい顔で男はそう言った。和輝はさらに怪訝そうな顔をしたが、実際目の前の男は和輝が神々の戦争の参加者であるといい当てている。信じるしかないだろう。

 もっとも、本当は近くに神を引き連れていて、そんなブラフを仕掛けた可能性もあるが、そんなことをする意味が感じられないので、本当のことを言っていると思ってよさそうだが。ついでに、自分の神が北欧神話の神であるという情報まで提供している。

 

「己の名は黒神(くろかみ)烈震。神々の戦争参加者だ。契約を交わした神はトール。要件は一つ、己と戦ってもらいたい」

 

 ストレートな要求だ。そして妥当な要求だった。和輝は無言。値踏みするように相手を見る。

 

「勿論今すぐではない。時間は今夜。場所は――――そうだな、この近くにある自然公園、でどうだろう? 確か、景楼(けいろう)公園という看板が立っていたはずだ」

「……俺が行くかどうか、わからないが?」

 

 和輝はまだ警戒心を解いてはいない。寧ろ相手のペースに巻き込まれているため、この台詞は足掻きの一手ともいえた。

 だが烈震はこともなげに言い放つ。

 

「その場合、トールにこの街を攻撃させよう。闘神である彼の一撃は、この街にいかほどの被害を及ぼすかな」

「――――!」

 

 ぎしり、と和輝の拳が鈍い音を立てて軋んだ。目が見開かれ、表情が険しいものに変わる。

 

「てめぇ……ッ!」

「冗談だ。気を悪くしたなら謝罪しよう。

 そんなことはしないし、しなくてもお前は来る。そうだろう? お前はそういう男だ。戦場に、恐れることなく飛び込んでいける男だ。無関係のものを無意味に巻き込むやり方に怒りを覚える今の行動で、そう確信した」

 

 もう一度肩をすくめる烈震。和輝は言葉に詰まる。図星だった。先日の鷹山勇次(たかやまゆうじ)の様に互いに戦う気がないならばともかく、挑まれた以上は受けるつもりだった。きっとそれは、ロキも望んでいることだろうから、だ。

 

「ではまた。よき闘争であることを期待する」

 

 詳しい時間を言うだけ言って(きびす)を返す烈震の背中に、和輝が呼び止めの声を放った。

 

「なんで俺の神がロキだとわかった?」

「ああ」

 

 簡単なことだといわんばかりに、烈震は肩をすくめた。

 

「カマをかけた。己の神、トールが知り合いの気配をこの街に感じるといっていたのでな。トールの一番親しい友人といえば、ロキだろう?」

 

 にやりと稚気(ちき)のとんだ笑みを浮かべ、烈震は今度こそ立ち去った。

 和輝ができることといえば、戦いまでにデッキ調整を行うことくらいだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝と烈震が邂逅している頃。

 久しぶりに晴れた一日を散策に費やしたロキは、上機嫌で家路についていた。

 

秋葉原(あきはばら)か、あそこは面白いね。電気系だけかと思ったけど、いろんな文化の坩堝だ。日本人マジ未来に生きてるね。――――面白かったから、今度和輝も誘っていってみよう」

 

 どこかの店の買い物袋を両手に下げて、ロキは満足げな表情でそう言った。

 と、その足が止まる。視線の先には人だかりがあったが、ロキは怪訝そうに首をひねった。

 

「はて、あそこはただの建設現場のはず……、人だかりなんてできないと思うけど」

 

 興味を引かれて足を運んでみると、つなぎ姿で肉体労働に従事している若者たちに混じって、一人異常な膂力で人の何倍も働いている男がいた。

 つなぎ姿は変わらない。染めたわけでもないのに目につく濃い緑色の髪に金の瞳、明らかに日本人離れした双眸。周りの人間と比べても突出した筋肉を持っているように見えないのに、明らかにほかの人間の五倍の量の資材を肩に担いで運び、しかも二人一組で運ぶはずのものさえも一人で悠々と運んでいる。その度見物人から喝采を浴びていた。

 

「おいおい……あれって……」

 

 ロキの表情が引きつった。 

 と、(くだん)の男がロキに気づき、手を振った。それでロキの中の疑念が確信に変わった。

 

「トール……」

 

 それは、かつて神々の世界、天界でロキが唯一、親友と呼べる神だった。

 

 

 トールの仕事は間もなく終わり、二柱の神は近くのバス停に備え付けられていたベンチに座っていた。

 

「カー! この一杯がたまんねぇな!」

 

 トールはつなぎ姿ではなく、黒い革製のジャケット姿になり、ここまでの道中にあったコンビニで買ってきた缶ビールを一気に飲み干してそんなことを言った。

 

「相変わらず見た目に反しておっさん臭いね、君は」

「うるせー。労働の後の一杯は格別なんだよ」

「君は人間の世界にずいぶん馴染んでるね。人間軽視の神が見たらなんていうか」

「テメェだってモデルやってんだろ。写真集まで出しやがって。だいたい、オレは昔っから、人間大好きな変わり者と一緒にいろんなところに行ったし、今更人間どーこーって考えはねぇよ。この人界も面白いしな」

 

 空になった缶を握り潰し、トールは不敵に笑う。ロキも一緒に買っていた缶コーヒーを一杯口に含み、飲み込んだ。

 天界にいた頃、ロキとトールは様々な冒険を経験している。時にロキの知恵で、時のトールの力で、いくつもの苦難を乗り越えてきたのだ。

 

「君もこの街に来たんだね」

「ここは神の気配が濃いな。戦いの空気ってやつが濃い。だから惹かれてくる」

「確かに、ボクの周りでも一か月もしないうちに三戦だ。気配を隠して潜伏している神がまだまだいるかもしれないね」

「あー、まだ残ってる神は全然多いっぽいからな。最初は様子見に徹して隠れ潜んでるやつもいるだろうよ」

 

 二本目の缶ビールを開けてトールは言った。

 神と神は惹かれ合う。とはいえ神はほかの神の気配を敏感に感じ取れるかどうかは個人個人の特性による。大きな力を使えばすぐにわかるが、そうでない場合、そうそうわかるものではない。中には接敵にしてようやく気づく神もいる。

 ロキはふっと表情を改め、真剣なものに変える。

 

「トール、ひょっとして君、ボクと戦いに来た?」

「正確には、お前の契約者と、オレの契約者が戦うな。もう連絡来たぜ。オレの契約者から」

「まったくの勘で言ったのにビンゴかい……」

 

 苦笑を浮かべるロキ。だがそのこめかみには鈍い汗が一筋たれていた。

 ロキは知っている。トールの強さを。そのトールが選んだ契約者。一筋縄でいくとは思えない。

 

「オメーもさっさと帰って確認したらどうだ? 今ごろデッキ調整してるかもしれないぜ?」

 

 子供じみた好奇心とわくわくした気持ちを隠そうともしないトールに、ロキはもう一度苦笑する。この親友はこういうところも変わっていない。

 

「やれやれ。君、相変わらず喧嘩っ早いね。ま、いいさ」

 

 ロキは一足先にベンチから立ち上がった。缶コーヒーを近くのゴミ箱に向けてシュート。カコンと小気味いい音を立てて入った。

 

「じゃ、ボクはこれで帰るよ。また後でね」

「おう」

 

 神二柱は互いにひらひらと手を振って別れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「お、やっぱりデッキ組んでたんだ」

 

 帰宅したロキは机に向かって熱心にデッキ調整を行っている和輝を目撃した。

 

「ああ。オレのデッキはピーキーだから、細かい調整は欠かせない。特に、エクストラデッキ周りはな」

 

 ロキの声に反応するも、和輝の視線は机の上に注がれていた。正確には己のデッキに。

 

「あ、そうだ和輝。デッキの枠がまだ余っているなら、これを入れなよ」

 

 ロキが和輝の視界に入るように、一枚のカードを差し出してきた。和輝は作業の手を止め、そのカードを手に取る。

 

「なんで?」

「神対策」

 

 にっこりと笑って言うロキ。

 手に取ったカードを見た和輝は「なるほどな」と頷いた。

 

「有り難く使わせてもらうよ」

 

 和輝は渡されたカードをデッキに投入。そこでふと、作業を止めて、ロキを見据えた。

 

「なぁ、ロキ。次の相手、お前の親友だよな?」

 

 和輝はロキと契約して以来、神話関係の本、特にロキと縁の深い北欧神話の本を読み漁ってきた。それゆえ、北欧神話の神々の関係性については一通り知っているつもりだ。

 和輝が特に印象に残ったロキの関係者は二柱。

 ロキの義兄弟にして、北欧神話の主神、オーディン。そして、ロキの親友でいくつもの冒険を共に乗り超えた神、トール。いずれもロキにとって代えがたい存在だったろう。

 

「お前、戦えるのか?」

 

 和輝はじっとロキを見据える。もしもここで、ロキがトールとの対決を拒んだのであれば、和輝は戦いの場へは向かわないと決めていた。

 だがロキの答えはイエスだった。戦える。何の躊躇もなく、彼はそう言った。

 

「和輝、ボクには夢がある。神々の王になって、成し遂げてみたいことがある。そのための戦いに、躊躇するつもりはない」

「成し遂げてみたいこと……。聞いていいか?」

 

 和輝は一歩、ロキの内面に踏み込む。はぐらかされるかとも思ったが、ロキは真摯に和輝と向き合った。

 

「人間を、神の束縛から解放すること。自由を与える王になりたいのさ。ボクは醜くて愚かしくて、でも美しくて賢明。そんな人間が大好きだからね」

 

 ロキの笑顔に邪気はない。そこには邪神と呼ばれ、恐れ、蔑まれる男はいなかった。ただ、人間が大好きだと本心から言う男がいるだけだった。

 

「じゃ、そろそろ行こうか?」

 

 時計を見れば、確かに示し合わせた時間が近かった。和輝は「ああ」と返事をしてデッキと手に取った。

 

 

 夜、欠けた月は雲に隠されて、周囲を照らすのは景楼公園の少数の電灯のみ。

 景楼公園は周囲を植樹で覆われた自然公園だが、さすがに空の様子が怪しくなってきた上に光源が少ないので、昼はともかく、夜はあまり人気(ひとけ)がない。

 烈震はその自然公園の中央にたたずみ、瞼を閉じて瞑想中だった。

 己の感覚を一つ閉じることで、周囲の気配をより明瞭に感じることができる。中国の山奥にいた頃、武術の師に手ほどきを受けて以降、毎日行っている習慣だ。日本、特に都市部は人が多いが、中国に比べればかわいいものだ。だからだろうか、心が落ち着く。何よりスモッグの霧がかかっていない。素晴らしい。それに、自分の故郷にいる、そういう感覚があるのかもしれない。もっとも、赤ん坊のころに中国の山奥に捨てられていた烈震に、記憶としての日本の姿などありはしないが。

 と、

 

「烈震、今回は、お前の望みも果たせそうだな」

 

 傍らのトールが笑みを浮かべて言ってきた。烈震は閉じていた瞼を上げ、ちらりとトールを見た。

 

「お前の知り合いの神、か。どんな奴だった?」

「どんな奴、か。そうだな、一言で語るのは難しいが。トリックスターでトラブルメイカー、ついでにトラブルバスター。とにかく複雑な内面を持った奴だよ」

「確かに、一言では説明できそうにない人物像だな」

「ああ。ロキと一緒になってバカやったり冒険したり殴りこみかけたり、色々やったのもいい思い出だ。一回人の妻の髪切りやがった時はガチで殺しにあったこともあったな。ああ、うん。けどまぁ、友人(ダチ)っていやぁ、ロキが最初に思い浮かぶわ」

 

 どこか遠い目をして、トールはそう言った。そこには過去を懐かしむ色もあったが、烈震はあえて触れなかった。

 ただ、一点だけ確認したかった。

 

「そんな相手と、これから戦うが。迷いはないのか?」

「ないね」

 

 即答が帰ってきた。

 

「それどころか楽しみだぜ。どんな奴を契約者にしたのか、興味もある」

 

 トールの答えに烈震は微笑した。結局自分もこの神も、本質は変わらない。

 戦闘中毒者(バトルジャンキー)

 と、

 

「来たみたいだぜ、烈震」

 

 トールが、餌を前にした狼のような笑みを浮かべていった。烈震も、近づいてくる気配に視線を飛ばした。

 岡崎和輝とロキのペア。一人と一柱は落ち着いた仕草でやってきた。和輝は白いジャケット姿、ロキはグレイのワイシャツ姿、だ。

 

「悪い、待たせたか?」

「いや。そんなことはない」

 

 ゆらりと、烈震は和輝に向かって向き直る。泰然とし、揺るがぬ様子の烈震に、和輝はひそかに硬い唾を飲み込んだ。

 

「申し出に応じてくれて、感謝する」

「岡崎和輝だ。パートナーはロキ」

「そうか。改めて名乗ろう。黒神烈震だ。神はトール」

 

 和輝と烈震の背後にそれぞれ実体化する神々。ロキはにこやかに、トールは獰猛に笑った。

 

「語る言葉は、ないかな」

「ああ。さっき語った。オレ達はあれだけでいい。バトルフィールド展開!」

 

 トールが両手を広げて唄うように叫んだ。次の瞬間、自然公園を取り巻く空気が変化。さっきまでかすかに感じられた生き物の気配がなくなった。

 神々の戦争のためのバトルフィールドの構築が完了。デュエルディスクが起動。準備は整った。

 そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

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