神々の戦争   作:tuki21

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第18話:忍び寄る者たち

 彼女は女神だった。

 戦の女神だ。

 その姿は常にして戦場の誉れ。彼女の姿を見初めし物はその美しさと勇猛さを称える。語りつくす。次代へ継がす。

 しかも彼女は侵略の神ではなかった。

 その存在意義は防衛。他国に攻め込む攻勢の属性は、彼女の同胞の男神が持っていた。

 時が流れ、神々を巻き込んだ戦いが勃発する。侵略も防衛も関係ない戦争が。

 神々の戦争、その本戦。

 神々が住まう天界から人間が運営する――しかし時に神々の干渉を受ける――世界、人界。戦場はそことなる。

 人界に降りれば、神々はその力を自由に行使できなくなる。即急にパートナーを探し出さねばならない。

 そうしなければどんどん不利になる。パートナーを見つけた神に先んじて攻め込まれれば勝ち目はない。

 だが逆に言えば、人界に行くまで、神々は力を使えるのだ。

 ならばこの行動も予測してしかるべきだった。

 神々の戦争本戦に向けて、彼女はほかの十一の神――同じ方向を見て、並び集った同胞たち――と共に降下準備を行っていた。

 そこに襲撃があった。

 正体不明の攻撃。彼女は考えるよりも先に、防衛という自己の存在意義に従って行動した。

 盾を前面につきだして防御。衝撃が体を震わせ、轟音が耳朶を叩いた。

 自分の叫びさえもわからない。ただ、同胞たちに退避を促した。この隙に人界へ行けと、そう叫んだ。

 守る。彼女はこの一点しか考えていなかったし、ほかの同胞たちも彼女の意を汲んでくれるものと信じ切っていた。

 今、彼女は思う。自分はなんと愚かで、無様だったのだろうかと。

 背中に衝撃。何が起こったのか悟った時には、動揺が心に広がった。

 背中を撃たれた。守ろうとした同胞から。

 犯人が誰だったのか、今はともかくその当時は分からなかった。だから混乱した。それが致命的な隙になった。

 動揺が体に伝わる。盾がずれる、ぶれる。攻撃を防ぎ切れなくなる。

 激しさを増す一方の攻撃、ついに防御をかい潜られる。

 胸に激痛と衝撃、そして全身に言い知れぬ不快感が広がった。

 攻撃によるダメージ、そして、そこを起点に広がった呪いによるものだった。

 彼女は堕ちていった。身も心も傷付き呪いに浸され、絶望と失望、そして悔恨と自嘲をミックスさせた複雑な感情を抱えたまま。

 今や並の人間よりも無力になってしまった彼女は、縋る力も身を隠す盾もない。

 あるのは弱い肉体と憔悴した精神。

 堕ちていく。どこまでも。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝(かずき)にとって衝撃の展開だった黒神烈震(くろかみれっしん)の転校。

 当初流れた烈震の、その威圧的な容姿から端を発する、畏怖の象徴ともいえる数々の噂。

 曰く、素手で人間を殺せる。

 曰く、極道とこと(、、)を構えた。

 曰く、一日に一度、血を見ないと気が済まない。

 すべて霧散。寡黙だが真面目な授業態度が教師受けをよくし、孤高だが他者を拒絶しない懐深さがクラスメートの誤解を解き、誰もが嫌がる力仕事を率先する姿から一目置かれるようになる。

 そして何より一番の理由。デュエルが強い。

 デュエリスト養成の側面が強い十二星(じゅうにせい)高校で、デュエルが強いことはそれだけで強力なステータスになる。誰も無視できなくなる。

 烈震の和輝に対する対応は、思いのほか良好だった。

 曰く、「お前は得難い強敵(とも)だ」とのこと。非常に少年漫画的思考と回答だった。

 同時に言外でこうも言っていた。――――だから、今潰すには惜しい。

 敵意なし。ロキとトールの神同士もたわいない話で盛り上がることが多くなった。結果、和輝の戦意はかけらもわかず、なし崩し的に同盟が成立した。

 結果、一度激しくぶつかり合った縁がつながり、何となくつるむようになる。そこに龍次(りゅうじ)も加わる。二人が三人に。

 綺羅(きら)も烈震を知る。三人が、時々四人になる。

 訝しむ龍次と綺羅。初対面の時から以前からの知り合いだったかのように語り合う二人に疑問を持つ。

 烈震曰く、「死力を尽くしたぶつかり合いの果てに、友情が育まれるのは当然のことだ」とのこと。実際、烈震は邪悪な人間ではないし、強大な力を得たからと言ってその力を無力な人々に向けるほど愚かでもない。表も裏もなく、ある意味とても分かりやすいこの巨漢を、少なくとも和輝は嫌いにはなれない。

 なお、「は、激しく!? 一体何を!?」と顔を青くさせたり赤くさせていた綺羅は頭をひっぱたいておいた。

 

 

 そして烈震が受け入れられてからしばらくたったある日のこと。

 朝特有の教室のざわめきに入っていった和輝は、デュエル専門雑誌を読みふけっていた烈震を見つけた。

 

「お前が読んでいるのは何の問題もないはずなのに、どこかシュールだな」

 

 烈震――――黒の短髪、ダークグリーンの瞳、特注の学校指定の制服をそれでも窮屈そうにきっちり着込み、机の上に広げた雑誌を読書中。何千年も風雨にさらされそれでも揺らがない大樹の風情。

 大柄な烈震が雑誌を読みふける様は確かにシュールだが、デュエル雑誌を読むこと自体はやはり不自然ではない。

 

「クラスのまわし読みだ。さっき回ってきた。国守咲夜(くにもりさくや)プロの昨日の結果だ。順当に勝ったようだな」

 

 告げられたプロデュエリストの名前に、和輝は目を細める。

 国守咲夜。Cランクデュエリスト。現在は確か十七歳でプロ二年目。高校三年生で、どこかの高校に通いながらプロデュエリストとして活躍している、新進気鋭の女性デュエリストだと、前に取り上げられていた。

 彼女が注目されたのは、まず第一に、その美しさだろうか。

 雑誌に写真が載っている。

 薄茶色の髪は活動的なポニーテール、青みがかった瞳からはその溌剌さが伝わってくる。服装は動きやすさ優先でタンクトップにデニムのジャケット、ホットパンツなどで、年齢不相応なほどに発達した肉体を隠さず、健康的な色化を惜しみなく発散している。

 そういうスタイルなので男性人気が高く、さっぱりした性格と意外と男前な言動から女性ファンも少なからずいる。

 もう一つの理由は、彼女がプロになった年齢だろう。

 プロデュエリストになる条件は二つ。

 一つは十八歳以上――国によっては高校卒業も加わる――で、プロ試験受験願書を提出し、受験。そこで一定の成績を収めたものがプロに合格する。この方法では咲夜はまだプロになれない。

 もう一つは七人以上のプロデュエリストから推薦状をもらい、特別試験を受験し、それに合格した者の場合、だ。この方法ならば年齢は関係ない。もっとも、実力とは別に、プロとの間にコネが必要になるが。

 咲夜はこの方法でプロになった。そのため、元々の注目度が高く、さらに実力を示してきた。現在Cランクだが、このまま行けばBランク入りは確実視されている。

 プロの世界は才能の世界であるが、平凡な人間はCランクが限界。非凡と平凡の境界線がCランクとBランクであるといわれている。それゆえ、BとCの間には才能のない物には決して超えられない“壁”があった。

 美貌、実力、これで人気が出ないはずがない。現時点ですでに期待の若手プロ筆頭にあげられているが、これでBランク昇格になれば、メディアは今以上に彼女を取り上げるだろう。

 

「次は今週末だったよな。相手は――――アリエティス・ターナープロか」

 

 会話に龍次も加わってきた。

 明るめの金髪、灰色の瞳、着崩した制服姿。人になびかぬ金髪の一匹狼の風情。

 

「元Bランク。出産と育児で休業してたんだよな。その間にランクは下がったが復帰後、瞬く間にCランクまで返り咲いた。今勢いに乗ってるな」

「パティシエ兼任の変わり種プロだったな。デッキはマドルチェ、E・HEROの国守プロにはちと相性悪いか?」

「それに、最近彼女は調子を落としている。この前の相手は格下だったので危なげなく勝っていたが、同格以上相手では不安が残るな」

 

 確かに最近、国守プロの成績は敗北がちらほらある。それに、いつもあった溌剌とした太陽の日差しのような軽い正の気が弱まっている。

 和輝に直感、ありていに言えば、何かに追いつめられているように感じられた。

 

「けどアリエティスプロもまだ復帰したばっかだ。ブランクを完全に乗り超えたかどうか怪しいぜ?」

 

 和輝のフォロー。内心では現状、国守プロが不利だと思いながらも、己の希望を上乗せしておく。

 何しろ、今週末に行われる試合、和輝は観戦チケットを手に入れているのだ。どうせ観戦するなら、応援する方に勝ってほしいと願うのは人情だろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夜。東京都内、どことも知れぬ公園。

 悲鳴、鮮血、どさりと重々しい、かつて人間だった肉塊が落ちる音、そして、

 

「アハ――――、アハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 女の哄笑。

 人影が二つ、どちらも女。

 笑い声を上げる女――――足元まで届く銀髪、右が金、左が黒のオッドアイ、黒いドレス姿、唇に引かれた黒のルージュ、爪に塗られた赤いマニキュア。

 もう一人。黙ったまま、目の前の惨劇を見つめる女。

 二十代前半、ツインテールにした青い髪、青い瞳。男が好みそうな蠱惑的なな体を、着崩しただらしないというより非常に扇情的な着物で包み込む。常にけだるげな雰囲気をまとい、どこか投げやり。風に流されるまま、水に流されるままの枯れ枝の風情。

 茫洋(ぼうよう)とした無我の境地に等しい瞳で見つめるのは、倒れ伏した男女たち。

 彼らは高校の同級生だという。自分たちを固い絆で結ばれた親友同士だといっていた。一緒にいれば楽しく、生きていることを実感できて、何でもできる万能感に満ち溢れていたという。

 そして、互いに殺し合った。不和と争いの女神の、悪意に満ちた悪戯によって。

 少年が少女の上に馬乗りになって首を絞殺したかと思えば、別の少女がこれまた別の少年の頭をそこらの石で殴っていた。

 殺し合いの凶器なんて用意されていない。だって彼らは楽しく遊んでいたら、突然女神の悪戯によって絆を壊され、不和に乱され、殺し合わさせられただけなのだから。

 だからみんな素手で殴り、足りなければ石で殴った。不細工な殺し方。ただただ力任せに殺すだけ。おかげで辺りには折れた歯や引きちぎられた毛髪、零れ落ちた目玉などが転がっていた。

 常人なら目をそらし、嘔吐しかねない光景。だが茫洋とした女は特に反応しない。傍らで哄笑を上げる女に目を向ける。

 

「エリス、もういいの?」

「ええ、オデッサ。やっぱり人間って素敵。口ではどれだけ固い友情、崩れない絆と言ったところで、(わたくし)の前では壊れるだけの砂上の楼閣。とっても愚かで、可愛らしい。最高の玩具ね、人間って」

 

 くすりと笑う女神、エリス。オデッサと呼ばれた契約者は「そう」と気だるげなため息を吐いて全身でやる気のなさを表現。

 オデッサの耳朶を叩く消防車のサイレンの音。どこかで火事が起こったらしい。オデッサは反応さえしない。常に惰性で生きている彼女は物事全てを突き放している。

 

「あら、これは、消防車というやつのサイレンね」

 

 だから反応したのは神のエリス。視線の向こう側、公園の出入り口から現れたのは、二つの人影。これもまた、神と人のコンビ。

 人は三十代後半と思われる大柄な男。角刈り、黒髪、黒い瞳、黒のグラサン、黒服と個性を配した格好。

 神もまた男神。そして大柄。

 鉄錆色の冑――その下の髪は赤茶色のモヒカン型――、同じ色の鎧姿、鎧には棘付スパイク、赤いマントを羽織り、褐色の肌は筋肉が硬質化し第二の鎧と化し、赤い双眸は憤怒と戦意に滾らせている。

 

「ああ、やっぱり。愛しい貴方。アレス」

「今帰ったぞ、エリス」

 

 アレスと呼ばれた神はエリスの熱のこもった台詞に鷹揚に頷いた。

 

兵藤(ひょうどう)、今日はもういい。寝床だけ確保しておけ」

「はい、アレス様」

 

 頷く兵藤。従順なその姿は人形を思わせる。

 と、いつの間にかどこかと電話していたオデッサが、携帯電話を懐にしまい込んで言った。

 

「連絡が来たわ。ターゲットは明日、予定通り会場入りする。狙うならそこにしろとのことよ」

「そう、今まで逃げていた忌々しい小娘も、これで息の根を止められるわね」

 

 喜悦に表情を歪ませるエリス。同じくアレスもまた笑う。

 

「ちょうどいい。炎で焼いて炙りだすか、隠れこんだ巣ごと潰すか。楽しめそうだ」

 

 一人の人間の気だるげな様子を尻目に、二柱の神はどこまでも愉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 時間が経過する。週末、和輝にとっては待ちに待ったといってもいい、プロデュエリストの観戦機会。

 部活のせいで観戦できなかった綺羅(きら)はとても残念そうにしていた。本人曰く「わ、私としたことが……、こんな時に部活だなんて……」とのこと。ここで、部活を休む選択肢が出ないところが彼女の真面目さでもある。

 

「っと、まずは前座試合だな」

 

 前座はEランク同士のデュエルが一戦、CランクプロVSDランクプロが一戦。どちらもランクも低く無名だがプロのデュエルだ、何か得られるものもあるだろう。

 ちなみにロキの姿はない。非実体化すれば会場への出入りは自由自在だが、だからこそ、「まだ時間あるから、ちょっと周囲を散歩してみるよ」といってどこかに行った。和輝も許可を出した。というより、今は完全に意識が試合に向いていた。

 会場入り。チケットを係員に提出して、指定の席につく。

 会場はプロデュエルの試合のほかにほかスポーツの試合、アイドルのコンサートなどに使われる多目的ドーム。

 入場者が続々と入ってくる。皆今日のメインイベントである国守プロVSアリエティスプロの試合が目当て。

 国守プロの男性ファン――和輝含む――多数。アリエティスプロの女性ファン――これは、彼女のパティシエとしての実力も広く知れ渡っているためだ――同じく多数。

 和輝の周囲の席も埋まっていく。漏れ聞こえる会話は国守プロとアリエティスプロ、どちらが勝つか。7:3でアリエティスプロ。かつてBランクプロの実力を知るものと、国守プロのここ最近の不調から、同格以上は今戦う分には厳しいのではないかという意見と、元々後半逆転型、ならばここぞという時、逆境を打ち破ってくれるという希望的観測が入り乱れる。

 ざわつく会場。まだ前試合さえ始まっていないのに興奮が皆に伝播してきたころ、おもむろに場内アナウンスが響く。

 この試合のスポンサーからのあいさつ。和輝も含め、皆がつまらなそうな表情で聞き流そうとしていたが、その男(、、、)が会場入りした瞬間、全員が黙った。

 男、おそらく四十前後。撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 和輝も知っている顔だった。何かの雑誌で見たこともあったし、後攻に入学する時のパンフレットにも載っていた。

 和輝たちも通っている十二星高校の出資者にして、十二の企業が合併した複合企業、ゾディアックの若き社長。

 射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)

 しんと静まり返る会場。射手矢はこれからデュエルが行われるデュエル場の真ん中で歩みを止め、マイクを手にした。

 

「皆さん、境はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 決して張り上げているのではない。寧ろ静かに、淡々としているのに、嫌でも耳に叩き込まれる(、、、、、、)声。

 当たり障りのない挨拶。なのに誰も一言も発しない。黙って聞き入っている。それが義務であるというかのように。そして射手矢もこの沈黙が当然のもののように喋り続ける。

 やがて射手矢の挨拶が終わり、会場を去ると、石化が解けたように会場にざわつきが戻った。

 和輝もほかの観客と同じように息を吐いた。射手矢弦十郎。たしかに十二の企業をまとめ上げた手腕は傑物だ。口調はどちらかといえば柔和だった。

 だがどこか、有無を言わせぬ何かを感じた。同時に、得体の知れない圧迫感(プレッシャー)が放たれているようにも感じられた。

 それが一体どういうこと何かわからぬまま、和輝は時間の経過を待った。

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