神々の戦争   作:tuki21

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第24話:ある少年と神の出会い

 これは、和輝(かずき)咲夜(さくや)たちの戦いが終わった頃の、ある少年の話。

 

 

 その病院は巨大だった。

 白く、清潔で、死の一切を拒絶するような潔癖さがあった。だがそれでもなお覆いつくせない(、、、、、、、)臭いが感じられた。

 死の臭い。拒絶しようともしきれない、どこにだってあって、どうあっても防げないもの。

 東京都内にあるとある大病院、その正面玄関前。そこに彼はいた。

 明るめの金髪、灰色の瞳、病院ということもあって服装はおとなしめ。群れの中にあっても自己主張を欠かさない孤高な一匹狼の風情。

 風間龍次(かざまりゅうじ)だった。

 

「と、国守(くにもり)プロは勝ったのか。こりゃいい、いい土産話ができる」

 

 くつくつと笑い、龍次は手にしていたスマートフォンをポケットに入れた。右手に色鮮やかな花々を入れた花束を、左手にはこれから見舞う相手が好きなケーキを持って、病院内に入っていった。

 病室は記憶済み。すでに何度も訪れているので迷うこともない。

 すれ違う患者たち。病棟の特色で、皆難病を患っており、表情はどこか暗く、生気がない。清潔なはずの壁、床、天井、空気でさえもどこか淀んでいるように感じる。

 

「…………」

 

 無言で進む龍次。すれ違う看護師の中に見知った顔があれば会釈をするも、自然と表情が強張っていくのを感じた。

 目的の病室の前でぴたりと立ち止まる。と、ノックしようとしてメールの着信。マナーモードにしていたことにわずかに感謝し、確認してみて、嫌な気分になった。

 母親からのメール。内容は当たり障りもない。最近どうか? 元気にやっているか? 学校の成績はどうか? 誰かに迷惑をかけていないか? プロデュエリストを目指せそうか? などなど……。

 余計なお世話だった。そもそも高校の入学式にだって親父共々顔も出さなかったくせに、今更母親面をしないでほしい。学費はともかく、送られてきた生活費には一切手をつけていない現状を知っているはずなのに会いに来ない時点でいかに白々しいかよく分かる。

 メールを削除、一度大きく息を吸って気分を切り替える。スイッチを変える。一応頬に手を振れて表情が強張っていないか確認。改めてノック。

 

「どうぞー」

 

 朗らかな声が返ってくる。その声に安堵して、扉を開いた。

 

「よっ。元気そうだな」

 

 努めて明るく、気軽そうに。自分は何も知らないという風を装って入室する。

 廊下と同じく真っ白な壁、天井。だがほのかに香る甘い香りにかすかに安堵を得る。

 個室の病室。白くて清潔なシーツがかけられたベッドの上には、一人の少女がいた。

 色素の薄い黄色の髪、同じく色素の薄い茶色の瞳。儚げで繊細で、それ故に美しい、精巧に作られたガラス細工の風情。即ち、ふとした瞬間に粉々に砕けて壊れてしまいそう。

 彼女の名前は山吹茜(やまぶきあかね)。入院してからそろそろ一年になろうとしている。

 

「あ、りゅーじ君、やっほー」

 

 入ってきた龍次に気づいた茜はぱたぱたと陽気に手を振る。年齢は龍次と同じはずだが、同年齢よりも擦れている分大人びている龍次と違って、彼女は出会った当初から年齢不相応に子供っぽい。

 

「おーっす。見舞いに来たぜー」

「わっ。珍しい。りゅーじ君最近全然来てくれなかったから寂しかったよー」

「悪いな、何かと忙しいんだ。と、花変えるぜ?」

 

 茜に対して背を向け、窓際の花瓶の花をとりかえる龍次。表情は見られていないはずだ。強張った表情は。

 

「あぁ、そうだ。お前がファンな国守プロな、今日勝ったみたいだぜ。最近不調だったけど、完全復活って話題だ」

「わっ。それ嬉しいな。最近スランプ入ったって言われてて、心配だったんだ」

「心配事が一つ解決してよかったな。じゃ、ついでにお前が喜ぶ話題をもう一つ。土産にケーキ買ってきた。食えよ」

 

 顔の強張りがほぐれたと自覚し、振り返る。渡したケーキの箱を嬉しそうに開く茜を見てどうやら自分の変化はばれなかったようだとそっと安堵する。

 龍次と茜が出会ったのはあるカードショップで開催された小さなデュエル大会でのことだった。

 たまたまバイトもなく、暇を持て余していた龍次は飛び入り参加で決勝まで上り詰めた。

 その対戦相手が茜だった。

 結果は龍次の勝利。だが大会後、子供っぽくて負けず嫌いな茜が再戦を申し込んできた。

 再戦、再戦、また再戦。そのうち意気投合する二人。

 政治家の父と、その愛人の間に生まれ、出自と両親との確執から、すぐにでも家を出たがっていた龍次。

 茜は家族仲は悪くなかったはずだが、父親が病死し、その後母が再婚し、新たな家庭になったことで馴染めず、両親と距離が離れた。

 家庭に不和を抱えた者同士、気が合い、話も弾み、安心した時間を共有できるようになり、次第に惹かれ合った。

 龍次にとって滅多になかった安らぎの時間。友人たちとの語らいで嫌なことを忘れられても付きまとう黒い影のようなものが、彼女といる時は消えているのを感じた。

 だが悲劇は突然訪れた。

 ある日突然、龍次の目の前で倒れた茜。救急車で搬送された病院では極度の衰弱、心肺機能の低下に対処するのに精いっぱいで原因を一切解明できずにいた。

 紆余曲折を経て――龍次も無関係ではなかった――移ったこの病院でもまだ原因は不明。検査と観察(、、)の毎日が始まった。

 茜の顔色はやや青い。それでも普段は特に問題ない。激しい運動はもちろん厳禁だが、こうして喋っている分には健康体となんら変わらない。ただ、心臓の働きにばらつきがあり、時折極端に激しい動悸に襲われたり、反対に極端にゆっくりになってしまっているとこがあるらしい。

 痩身で顔色の良くない、彼女の主治医がしていた話を思いだす。

 いつか、龍次がしばらく茜の見舞いに来なくなった原因になった日のことだった。

 思いだすのは病院の屋上のこと。

 

 

「彼女は、あまりよくない状態だ。もっというなら、いつ死んでもおかしくない」

 

 茜の主治医。医者の不養生を体現したかのように顔色があまり良く無く痩身。咳をしないのが不思議なくらいにひょろりとしていて、強い風に揺れる枯れ木の風情。

 

「どういう意味ですか?」

 

 辛うじて敬語を保ってはいるものの、声に込められた怒気は殺せなかった。

 龍次の怒気を受けても、主治医は涼しげな態度を崩さなかった。

 飄々とした態度。医者が患者やその関係者に対してとるには適切とはいえないものだが、これが彼が医者として生きてきた結果自然と身に着けてしまった(、、、、)態度なのかもしれない。

 どんな患者の生き死にも、動じるに値しないというかのように。

 

「本来は、患者の家族以外に口外しないものなのだが。あまりにあしげく通う君が健気で、同時に哀れに思ってね。彼女の病状を教えることにした。他言無用で頼むよ?」

 

 茜の病気について。そう言われては龍次も黙るしかなかった。黙ったまま先を促す龍次に対して、主治医は軽く頷いた。

 

「山吹茜君。彼女の病気は端的に言って、死にながら生きている状態だ」

「なんだって?」

 

 困惑の表情を浮かべる龍次。「君が混乱するのはよく分かる」と医者は龍次の困惑を肯定する。

 

「私だって最初にこの事実を知った時は驚愕を通り越して呆れたものだ。悪夢だよ、医学界にとっての」

 

 肩をすくめる主治医。そのまま詳細を告げた。

 

「彼女は夜眠った後、心臓が停止している(、、、、、、、、、)

「…………は?」

 

 心臓が停止している。それはつまり、

 

「死んでるってことじゃないんですか?」

「医学的にもそうなるな。心臓が停止している。機械越しではそうだ。間違いなく。なのに奇妙なことに体温は常温通りにあるし、心臓の鼓動はないはずなのに血管は動いている。つまり、心臓が動きを止めているのに血液の流れは変わらないのだ。まるで心臓以外にもう一つ、目に見えない器官があって、それが彼女を生かしているかの様じゃないか。

 そして恐ろしいことに、彼女は朝、自身の意識が目覚めるとともに心臓もまた動きだしている。毎晩だ。これはなんだね? 病気というよりももっと別の何かのように見えるよ」

 

 医者としてあるまじきことだが、と主治医はまとめた。

 

「そんな……」

 

 愕然とする龍次。茜の状況は龍次が思っているよりも複雑で、混沌としていた。それこそ言葉にできないほどに。

 

「そしていつ心臓が止まったままになるのか、誰にもわからない。原因不明、治療法不明。できる事は検査という名の観察、実験。

 ただし、希望はある。茜君の症例は世界でも非常に稀だがほかに皆無ではない。最近になって数例だが同じ症例がある。ここ以外のどこかで、病気の解明が行われるかもしれない」

 

 それが現実的ではないことは主治医自身も分かっていることだろう。それでも可能性は〇ではないのだと、そう言っているのだ。それがどんなに儚くか細いものでも。

 龍次は沈黙するしかなかった。腹の中がぐちゃぐちゃで、何も言葉が出てこなかった。思いっきり叫びたいのか、そうじゃないのかも分からなかった。

 

 

「くん? ……りゅーじ君?」

 

 茜の呼び声で龍次の意識が引き戻された。ハッとした表情をした後、「ああ、悪い」と詫びる。

 

「大丈夫? 調子悪い? ここ病院だから、誰かに診てもらう?」

「バイトが多くてちょっとぼーっとしてただけだよ。心配ない。それより、えーと、確か話の続きだったな。俺の友達(ダチ)の話だったな。和輝だけじゃなくて、最近は烈震(れっしん)ってのもできてな。こいつがまた、世界観間違えてるような堅物とガタイでさー」

 

 龍次はとにかく喋り倒した。喋っていないと不安だった。主治医の言った、二度と目覚めないかもしれない危険を感じて、たまらなく怖かった。

 その恐怖を振り払うように、ただただ喋った。自分の話を聞いて笑ってくれる茜を見て、安堵を得たかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が暮れだしたころ、検査の開始と面会時間の終了を告げられた龍次は病室を辞した。帰る足取りが重いのは、一人になるとどうしても憂鬱と不安が押し寄せ、それに耐えるので精一杯だからだ。

 

「…………畜生」

 

 口から洩れる声が弱弱しい。

 白状しよう。龍次は怖かった。茜の顔を見て、彼女と語らって、そのぬくもりを知って、余計にそう思った。

 次に病院を訪れた時、彼女はもういないかもしれないという恐怖が彼を縛る。

 

「くそ!」

 

 自分にはどうにもできない現実。この現実を打破したくとも手段などどこにもない。祈るくらいしかできない。

 なんとと無力か。政治家である父にも、一度頭を下げた。愛人の息子にも、一応の情はあったのか。それとも、茜の病床を解決できれば、その一因となれるのであれば、次の選挙の時に有利だとでも思ったのか。

 だが結局は無駄だった。その結果が今だ。紹介された病院に入院し、彼女の主治医は世界でも腕の立つ医者だという。

 それでも、何の進展もない。龍次は絶望で目の前が真っ暗になりそうだった。

 

「悩むのならば、道を示してあげましょうか? 少女を思う、美しくも傷だらけな我が子よ、その末裔よ」

「ッ!?」

 

 突然前から掛けられた声に、思わず龍次は立ち止まり、弾かれたように声のした方を見た。

 龍次の前方、一メートルと離れていない場所に、男が一人立っていた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、抑えめの柄をした着流しを見事に着こなして、涼やかな立ち姿でそこにいた。

 龍次は驚愕で呆然としていた。一体いつの間に目の前に立っていたのか? いくら何でもこの距離まで気づかなかったとは思えない。まるで、目の前に突然現れたようだ(、、、、、、、、、、、)

 

「あん、たは……」

「驚くのも無理はないでしょう。ですが落ち着いて聞いてほしい。君がもしも、君の思い人を救いたいのならば、私の言葉に耳を傾けるのは決して無駄ではない」

 

 男の声はとても穏やかで、まるで教師が生徒に教えを施すような誠実さと静けさを持っていた。龍次は自然と男の言葉に耳を傾けていた。

 

「さて、私の話を、聞いてくれますか? これから君に、数多の困難と、確かな希望の道を提示できると思いますよ? そう、君の思い人を救うための方法と、道を」

 

 困難と希望の道。龍次は自然と男の言葉を受け入れていた。特に最後の一言。思い人、即ち茜を救う方法? そんなものが本当にあるのか?

 

「あんたは一体、何者なんだ? 我が子とか、わけのわからないことを言って……」

「ええ、言いました。私が造った国の人々の血を継ぎ、この国に根付いた君は、間違いなく我が子も同然。そういう意味ですよ」

 

 男は柔和に笑い、そして言った。

 

「私は伊邪那岐(いざなぎ)、この日本という国を造り、日に千五百の産屋を作った、国造りの神です」

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