神々の戦争   作:tuki21

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第25話:望まぬ再会

 日が沈み、世界が夜の闇に包まれた頃、和輝(かずき)はその場所に立っていた。

 その場所は、ひどく冷たく、暗く、寂しかった。

 そこは何もない場所だった。

 立ち入り禁止を示すフェンスに囲まれた土地。ここが東京の区画の一つだとはとても思えない。住宅地からぽっかりと隔離された空間だ。

 かつてあった街並みも、人々の暮らしも、そこでの生活の跡も。何もかも燃え堕ちて、整地されてしまった。

 

「変わったな。ここは……。七年前にあったものは何にもなくなっちまった」

 

 和輝は痛みをこらえるような表情で、寂しさを窺わせながらそう呟いた。

 

「そして残ったのはこれだけ、と」

 

 和輝の背後に実体化したロキが、和輝の隣にあるものに目を向けた。

 慰霊碑だった。“東京大火災被災者の冥福を祈って”と書かれている。

 ここは七年前、東京大火災で燃え落ちた一画だ。また、かつて和輝が住んでいた一画でもあり、同時に、彼が全てを失い、壊れかけた命をロキに拾ってもらった場所でもあった。

 

「ここから、始まったんだな。俺と、神々の因縁が」

 

 和輝の眼前の広がる光景には正しく何もなかった。燃え残った建物は崩落の危険があるとして取り壊され、ただ赤茶けた地面と、黒く焦げたアスファルトがあるだけだった。

 和輝とロキは咲夜(さくや)のデュエルを観戦した後、東京の街を回って、最後に和輝の強い希望でここに来たのだ。

 

「ここだけぽっかりと、空白地帯になっているんだね。新しい建物は立てないのかな?」

「さぁな。ただ、ここを再開発しようって計画はあったみたいだぜ。けどいざ工事を始めようとすると事故が起こったり、現場作業員が謎の体調不良を起こしたりで、結局中止になったらしい。で、慰霊碑だけ立てて、後は基本的に立ち入り禁止だ」

「それは仕方がないね。この場所は今も負の空気、言ってしまえば瘴気のようなものが凝っている。きっと、これは今後何百年とたたないと浄化されないよ」

「お前の力でどうにかならないか?」

「力が強すぎる。それに、同じ邪神の属性を持つボクが下手に手を出せば、かえって活性化しかねない。東京大火災の再来だよ」

 

 そっかと答え、和輝は沈黙した。

 和輝は思う。俺はここで命を得たのだ。隣に立つ邪神の心臓を半分もらうことによって。代償は白髪化、そして――――

 楽しいなぁ、楽しいなぁ! ここはいいなぁ! とてもとても気分がいいなぁ!

 時折騒ぐ怪物の声。窮地でもないはずなのに、さっきからずっと歓喜の(、、、)雄叫びをあげている。

 それを務めて無視して、和輝は続けた。

 

「じゃあ、ここは当分このままか」

「そうだね。けど和輝、君は東京を巡った後、どうして最後にここに来たんだい? ここは君にとって最も忌々しい場所じゃないのかい? 現に君の顔色は悪いよ」

「だから、だ」

 

 我知らず気分の悪さから額に浮いた汗を、服の袖で拭う。

 

「ここで起こったことを繰り返させないために、俺は、もう一度、ここにきて、この光景を目に焼き付けておく必要があったんだ」

 

 神々の戦争では、参加者は現実世界とは違う位相の空間、バトルフィールドで戦う。

 だがこのバトルフィールドが神々の戦争の力の激突に耐えきれなくなった時、フィールドは崩壊、その余波、影響は現実世界に様々な形で現れる。

 例えばそれは、東京大火災という名の災害として、など。

 

「絶対悪の神、アンラマンユ。奴は封印されただけだ、滅びたわけじゃない。当然、神々の戦争の参加資格もまだ持っているだろう。必ず、この世界に奴は現れる。いや、もうその影響は出ているかもしれない」

 

 深刻な表情と声音で言うロキ。その表情は無表情だが口調は真剣だ。いや、いつもどこか飄々としていておちゃらけているこの邪神が、こうも真面目な口調と表情をしている時点で、アンラマンユの強大さ、凶悪さは和輝も感じていた。

 そう、ほとんどの力を削られながらも、なお地獄を作りだした神の力を。

 

「ロキ、やっぱり俺は、これを成した奴を許せない。そして、これと同じことを成そうとする連中がいることが我慢できない。そのために、きっと効率的じゃない行動をとると思う。今日みたいに、感情に任せて首を突っ込むと思う」

「ま、仕方がないね。それにボクは君はそういう人間だから契約を結んだんだ。気にせず好きにやったらいいさ。

 てゆーか今日はボクだってアテナやそのパートナーを助けることに賛成してたしね。ボクだって結構好きにやってるよ」

 

 背中を向けたままの和輝に、ロキは軽く肩をすくめてそう言った。和輝はかすかに肩を震わせた。ひょっとしたら、笑ったのかもしれない、

 それから長い間、和輝は無言だった。ただ握りしめた拳は白く変色し、引き結んだ唇は険しく、その内面を推し量られることを頑なに拒んでいた。ひょっとしたら、この光景を、痛みに抗いながら目に焼きつけ、心にしまい込み、魂に刻もうとしているのかもしれない、

 和輝は何を思ったのか。この、本当の両親も、かつての友人も、知り合いも燃えて、消えてしまった場所で。

 どれくらいそうしていたか、やがて和輝はぽつりと言った。

 

「行こう。風が、冷たくなってきた。連絡を入れたけど、綺羅(きら)が心配する。あいつは、俺が一人で東京に行くことに難色を示していたからな」

 

 踵を返す和輝。だがロキは動かなかった。

 

「待った、和輝。その前にイベント発生だ。神の気配がする。隠そうともしていないね。というより、捕まったのかな(、、、、、、、)、ボクらが。接敵だ」

「ッ!」

 

 弾かれた様にロキの方を振り向く和輝。そしてやってきたのは――――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 龍次(りゅうじ)伊邪那岐(いざなぎ)と名乗った男とともに、さっき出ていったばかりの病院に取って返していた。

 

「さぁ龍次。君の思い人の病室まで案内してください」

 

 相変わらず穏やかで、優しげな、教師のような声音で伊邪那岐は言った。龍次は無言で先を歩く。

 頭の中では、ここに来るまでの道中で伊邪那岐の口から語られたことについて考えていた。

 伊邪那岐は、龍次に神々の戦争について語った。

 神々の間で行われる、人間をパートナーにした代理戦争。そのためにデュエルモンスターズが作られたこと。僅か十五年の歳月で世界中に爆発的に流行したさせたこと。そして今もまだ、その熱は冷めず、どころかますます過熱していくこと。全て神の思惑通りだという。

 普通ならば、こんな話を信じるはずがない。龍次だって、平時であれば一笑に付すだろう。誇大妄想にもほどがある。

 だが今は違った。伊邪那岐の穏やかな話し方が、龍次の疑念と警戒心を解きほぐしたこともあるだろう。初見でわかる、常人とは違う何かを、龍次がずっと感じていたこともあったはずだ。

 そして何より龍次の興味を引いたのは、伊邪那岐が語った、神々の戦争勝者に与えられる商品。

 どんな願いでも一つだけ、必ず叶えてくれるという。

 その言葉と、出会った直後に語った茜を救うことができるかもしれないという言葉。それが龍次が伊邪那岐の話を蹴ることができない理由だった。

 引き込まれる。抗いがたいことだった。

 そして伊邪那岐は言った。自分を、茜のところに連れていってくれと。

 

「私は日に千五百の産屋を作った生命の神。その少女の病状次第では、君が勝ちあがるまでもなく、癒すことができるかもしれない」

 

 その言葉が決定的だった。龍次は承諾し、その後すぐに伊邪那岐のカード、すなわち神のカードを渡され、仮契約とやらをすまさせられた。

 そして今、こうして伊邪那岐を連れて病院にとんぼ返りだ。

 すでに日は暮れている。昼間通った病院の廊下を、もう一度通る。不思議なことに、誰にもすれ違わなかったし、面会時間は過ぎているので、看護師や医者に見つかれば咎められるだろうと思ったのに、そんなこともない。

 

「君が私と仮契約を結んでくれたので、私の神としての力を使えるのですよ。それで、今この時間、この場所には誰も通らないようにさせてもらいました。もっとも、私達が通過した後は、この効力はすぐに消えますので、ご安心を。患者をほったらかしにする医者や看護師、というものは存在しません」

 

 笑みを浮かべ、伊邪那岐は龍次に安心材料を与える。龍次はわずかに首肯し、前に進んだ。

 やがて、目的地、茜の病室にたどり着いた。

 

「ここだ」

「では、行きましょう」

 

 にこりと、こちらを安心させるような笑顔を浮かべる伊邪那岐。その笑顔に背中を押されるように、龍次は眼前の扉を開いた。

 検査を終え、ベッドの上で眠っている茜。込み上げてくる愛おしさを押し殺して、伊邪那岐の方を振り返った。

 伊邪那岐は首肯し、そっと、茜の頬に手をやった。

 目を瞑り、何か、瞑想をするように沈黙する。龍次にはただそれを黙って見ていることしかできなかった。

 

「これは……」

 

 目を開く伊邪那岐。彼は驚いたように目を見張り、茜の身体に手をかざし、移動させた。

 

「どうした?」

 

 ただならぬ様子の伊邪那岐に不安を覚えて、龍次は思わず声を出していた。伊邪那岐は答えず、尚も茜の身体を何か調べていたようだが、やがて姿勢を正し、神妙な表情で龍次の方を向いた。

 

「龍次、良い報告と、悪い報告があります。どちらを聞きたいですか?」

「…………悪い方から頼む」

「分かりました。まず、彼女の症状ですが、これは病気ではありません(、、、、、、、、、)

「え?」

 

 病気ではない? それはどういう意味か? 龍次の困惑が伝わったのか、伊邪那岐が更なる解説を続けた。

 

「彼女の身体を蝕んでいるのは病ではない、呪い(、、)です。神がかけた、死と生を繰り返す円環の呪い。これは、人間の医者にはどうしょうもありません」

「そんな――――」

 

 龍次が足元が崩れ去る気分を感じた。これは病気ではなく、呪い。それも神がかけた呪い。ゆえに医者に治すことはできない。じゃあ茜はなぜこんなところで、ベッドの上で観察対象の様に囲われなければならないのか。彼女は何のために――――

 

「ですが、いえだからこそ、希望はあります」

 

 ぐるぐると悪い方向に流れ込みかけた龍次の思考が、穏やかな、しかし確固たる伊邪那岐の声でせき止められた。視線を向ければ、伊邪那岐は静かに微笑んでいた。

 

「これが神がかけた呪いであるならば、呪いをかけた本人を倒せば呪いは解けます。その時、彼女は健康体へと戻るでしょう」

「治るのか!?」

「勿論です。呪いは解呪条件を満たすか、かけた本人が死ねば効力を失います。この場合、死ぬというのは神々の戦争の脱落、と捉えてもらって構いません。そしてこの神は間違いなく神々の戦争に参加しています。ならば、君が神々の戦争に参加し、勝ち進んでいけば――――」

「いつか、この呪いをかけた相手に会えるかもしれないってわけか」

「あるいは、ほかの誰かが、この神を倒すかもしれません」

 

 龍次の瞳に希望の光が灯った。同時に、表情にも力が戻った。さっきまでの憔悴とした様子が嘘の様に消え去り、腹を決めたもの特有の、大胆さと不敵さが入り混じった、力強い笑みが浮かび上がってくる。

 

「なるほど、な。じゃあ、伊邪那岐、あんたと正式に契約して、戦うってのも、マジでありなように思えてきたぜ、――――いや、違うな。オレにそのことを教えてくれた、希望をくれたあんたに、俺は協力したい。そう思うようになってきた」

「君ならば、そう言ってくれると思っていましたよ、龍次。美しい魂を持つ少年」

 

 柔和に、伊邪那岐は微笑んだ。

 

 

 それから、龍次と伊邪那岐は本契約を結んだ。これで龍次は晴れて神々の戦争の参加者だ。

 

「これからどうするんだ? 俺としては、やっぱ茜に呪いをかけた神を探したいが……」

「私もその方向性で構いませんよ。この呪いをかけた神、私も気になります。何か、引っ掛かりを覚えるといいますか」

 

 顎に手を当てて、伊邪那岐は考え込んだ。そして龍次を見て、言った。

 

「龍次、君に少し、私の力を見せておきましょう。この国、日本を造った神である私ならば、このようなことも可能です」

 

 そう言って、伊邪那岐は目を瞑った。

 精神統一。一種不可侵な神聖さを備え始めた伊邪那岐に、龍次は言葉を発することもできず、ただ息を呑んだ。

 すると、伊邪那岐の全身がほのかに発光し始めたではないか。

 

「な―――――」

 

 龍次の眼前で、伊邪那岐は発行し、燐光がまるで蛍の様に茜の病室を優しく舞う。

 やがて、その燐光も消え失せ、伊邪那岐の発光もやんだ。

 閉じていた瞼を開いた伊邪那岐、その視線がまっすぐ龍次を捉えた。

 

「見つけましたよ、龍次。神を」

「え!?」

 

 契約して早々? そんな疑問符を浮かべた龍次に対して、伊邪那岐は教師のように優しく微笑んだ。

 

「私は日本神話における国造りの神。いわば、この日本は私のホームグランド。ほかの神の感知範囲外から神の気配を辿ることもできます」

 

 それでも、狡猾な神や術に長けた神ならば、その気配を隠し、伊邪那岐の探知を欺くこともできるだろう。だが、

 

「この神はそのようなプロテクトを施していない様子。考えられる理由は三つです。この神は気配を隠すことが苦手なのか、あえて気配を隠さないことで自身を“餌”にし、神をおびき寄せているか。最後の一つは二つ目の理由に若干被りますが、力が強く、わざわざ気配を隠す必要などないもの、です。もっとも、最後の一つの場合、その力を感じられないとは思えませんが」

「つまり、今その見つけた神のところに殴り込みをかけるのは、リスクがあるってことか」

「その通りです。もっとも、奇襲を成功させられるというメリットも当然あります。それに、神の力がいかに強くとも、勝負を決するうえで大きなファクターは、パートナーの人間が握っています。

 神がいかに強大でも、付け入る隙はあります。それに相手はどうやら邪神の属性を持っている様子。もしかしたら、いきなり当たりかもしれませんよ?」

 

 龍次は沈黙。頭の中では伊邪那岐が言ったことを慎重に吟味していた。

 確かに神、ひいては神のカードがいかに強力であろうと、それを操るのは人間だ。使いこなせるかどうかはまた別の話。

 それに龍次自身、一度神々の戦争がどういうものか、その身で味わった方がいい。

 

「行こう、伊邪那岐。これが俺の初陣だ」

 

 龍次の答えに伊邪那岐は満足げに笑い、次の瞬間には、一人と一柱の姿は病室から消えていた。

 

 

 次の瞬間、龍次は自分が空を飛んでいることを自覚した。

 一体いかなる方法か、龍次と伊邪那岐は茜の病室から一瞬にして屋外に出て、さらに目的地である神の気配のする方角に向かって飛んでいるのだ。

 

「ッ!」

 

 驚愕の声を出すよりも早く、効果が始まった。

 着地はひどく静か。だがその直前に、ターゲットの神が気づいた。契約者が振り返る。非常になじみのある白髪の契約者が(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

「!?」

 

 龍次の驚愕は声にならなかった。着地と同時に二人の視線が交錯した。

 

「龍次……?」

 

 相手は信じられないものを見るような眼でこちらを見た。龍次もまた、同じように呆然とした声音で名前を呟いていた。今、相対している相手の名前を。

 

「和輝……?」

 

 友人同士の、望まぬ対峙。それがここで実現してしまった。

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