少女は電灯の少ない夜道を、足早に歩いていた。
どこか怯えを含んだ様子で家路を急ぐ。
部活で遅くなってしまった。大会が近いせいで、練習も熱心だ。それは構わないのだが、いかんせん、今日は熱が入りすぎた。
時刻は午後九時をもうすぐ回る。辺りに
暗い道だ。夕方まで雨が降っていたせいか、空気も冷えている。もう七月だといいうのに、半そでの制服の隙間から、ひんやりとした空気が入りこんでいる。
「……ッ!」
ぶるりと身震いを一つ。少女の脳裏をよぎるのは、二週間くらい前から話題になっている少女たちの連続失踪事件だった。
自然己の肩を抱きながら、少女は
「やだやだ。暗いといろんなこと考えちゃう」
ぶるりともう一度身を震わせて、少女は家路を急ごうと、歩を早めた。
と、その視線の先に人影が一つ。とっさに足が止まった。
人攫い、そんな言葉が脳裏をよぎったが、人影の正体は女だった。
華奢な身体つきの女だった。
雪のように白い肌、森林樹の葉のような緑の髪、木枝のような茶色の瞳、大輪の花のような桃色のドレス。美しいが、こんな小さな路地にはひどく不釣り合いな女だった。ところで、耳が少し尖っているように見えるのは目の錯覚だろうか?
綺麗な人だな、と。元々の違和感を抱きながらも、少女はそう思った。
と、女が少女に微笑みかけた。少女は、同性でありながらもあまりにも魅力的すぎる女の笑みにどきりと心臓が跳ね上がった。
「え……?」
少女の鼻孔を、甘い香りがくすぐった。次の瞬間、彼女は強い酩酊感に襲われた。
「あ、れ……?」
景色が歪む。身体がふわふわと浮いているような奇妙な感覚。ぐにゃりぐにゃり。ああ、何もかもが歪んでいく。地面が、迫ってくる。
少女が最後に感じたのは、何か柔らかいものに受け止められたという感触だけだった。
ゆっくりと腕に中で眠りに落ちた少女を確認して、女は満足げに笑った。
「新しい女の子、ゲット、だね。フローラ」
女の背後から新たな声。そして、三つの人影が現れた。
先頭の一人。浅黒いの肌をした女。
ばっちりウェーブのかかった黒髪、金の瞳。服、靴、バッグ、指輪全てが有名ブランドのロゴ入りの品で固めた完全武装の黒豹の風情。
長身で身だしなみに気を使い、ブランド物で完全武装することで己をより良く見せているが、その実長身であること以外は平凡な容姿な女だった。
「ええ、ええ。これでまた一つ、美の極致に近づけるわ、アイーダ」
フローラと呼ばれた女が微笑む。人間離れした美貌。その笑み、その視線の先は、アイーダではなかった。
「ああ、あああああああ!」
叫びはアイーダの背後。もう二人のうちの一人。
黒い斑点が浮かぶ青白い肌、青い長髪、黒い瞳、漆黒のスカート、上半身を覆うのは霧のような雲のような液体と気体と固体を混ぜ合わせたような奇妙なドレス姿。人間というよりも、不浄が人間の形を保った、そういう印象だ。
「素敵。素敵ぞ……ッ! なぁアイーダ、我が契約者。神々の戦争以上の愉悦を、我は見つけたぞ」
くつくつと女は愉しげに笑う。アイーダもまた、同じように笑った。人間の笑みというよりは、肉食獣が何かの間違いで笑えばこんな顔になる、という感じだった。
「ええ、そうね。トラソルテオトル。アタシも最初はなんてえげつないって思ってたけど、今はそうでもないかな。あっは。どーやらアタシも、君等神様に関わって、おかしくなったのかねー」
「この世界は狂っている。おかしくなっている。なら狂えるものこそ正常よ」
フローラが笑う。その視線はアイーダを超えて、彼女の背後にいる四つ目の人物へと注がれていた。
情愛と、何よりもねばっこくて深い、執着を思わせる眼差しだった。
四人目の人物。これは、今までと比べてずいぶんおとなしい女性だった。
年齢はアイーダと同じ二十歳なのだが、三から五歳ほど若く見え、高校生くらいに見える。
小柄な体躯、色白の肌、首の真ん中あたりできれいにカットした金髪、青い双眸、白のブラウスに青いロングスカート姿の楚々とした女性。何物にも危害を加えられているわけでもないのに怯えているその姿は、生まれたばかりの小鹿の風情。
地味でおとなし目な女性。だが何か目を引き付ける。例えるならば、道端の石ころが実はダイヤの原石だったかのような、価値を知らぬ者には不要無意味なものでも、価値を知るものにとっては何物にも代えがたい無二の輝きを放つような。そんな、まさに「見る者が見れば」はっとする、そんな素朴で、けれど儚い美しさを備えていた。
「ねー、クーデリア。これで君をもっともっときれいにしてあげられるよ」
アイーダがニコニコ笑いながら、肩をすくめるクーデリアを抱きしめた。まるで子供をあやすように。
「そう、そうね、クーデリア。神々の戦争における、わたしの大切な、大切な契約者。いいえ――――」
フローラはアイーダの反対側からクーデリアを抱きしめた。三人の、否、二人と一柱の様子を、残る最後の一柱、トラソルテオトルが楽しげに、ほほえましげに笑って眺めていた。
「
フローラも、トラソルテオトルも、神々の戦争の参加者だ。それは語るまでもない。本人たちの言動、そして少女の意識を奪い取った手管といえ疑う余地もない。
にもかかわらず、フローラは言った。神々の戦争などどうでもいいと。参戦の放棄とも取れる。
だがこの女神はこうも言った。神々の戦争に勝利したも同然だと。
「そう、そうぞフローラよ。お主はそうであろうな。我にとっても神々の戦争はすでに勝利にあるともさ。何しろ、神々の王よりも価値ある物を見据えられるのだから」
フローラにつられるように、トラソルテオトルも笑う。神々の王よりも夢中になれることがある我らは、既に神々の戦争の勝利者も同然と。
アイーダもまた笑った。ただ一人、クーデリアだけが、一言も喋らず、美しさを大いに内包した顔を曇らせていた。
フローラが、笑みを持ってクーデリアに言った。
「さぁ帰りましょう、クーデリア。この子の魂を、あなたにあげる。それであなたはもっともっと美しくなれる。誰もがあなたを無視できないほどに」
フローラは後ろからクーデリアを抱き、クーデリアの表情を見ようとはしなかった。アイーダもクーデリアに笑いかけ、頭に手を置いて撫でるだけで顔を見ていなかった。そんな二人と一柱の様子を、一歩離れた位置でトラソルテオトルが眺めていた。
歪で異常で、そしておぞましくも仲睦まじい二組の参加者たち。そこに――――
「勝利者? じゃあその満足抱いて、くたばれ」
新たな声が
「ッ!」
気づいた時には頭上を抑えられていた。
頭上を振り仰げば、そこに男の姿。
人間ではなく、神なのは明らかだった。なぜならその男は、右足に青白く輝く稲光を纏わせ、こちらに向かって蹴りだしていたからだ。
「イ・ナ・ズ・マ・キィィィィィック! ってかぁ!」
何やら陽気なことを叫びながら、男の蹴りが降ってくる。二組の参加者は神がそれぞれの契約者を抱えて跳躍。不意の一撃をやり過ごした。
直後、男が地面に
濃い緑の髪に、金色の双眸。素肌の上に直接前の開いた黒のジャケットを羽織り、同じ色のズボン。悪ガキが変わらずにそのまま成長したような、稚気と凶暴さを兼ね備えた男だった。
そして、そんな神を追い現れたのは百九十センチを超える巨体の少年。
黒の短髪、ダークグリーンの瞳。十二星高校の制服姿で泰然と立つ、何千年と風雨にさらされてもなおびくともしなかった大樹の風情。
北欧神話の雷神、トールとその契約者、
「女子失踪事件、犯人はやはり神だったか」
「しかも二柱とは意外だったぜ。糞詰まんねーことしやがって」
落ち着いた声音の烈震と、苛ついたトール。フローラとトラソルテオトルの二柱は、突然の襲撃者に驚いたが、状況は二対一。いかなる理由で現れたか知らないが、自分たちが絶対の有利を築いているならば返り討ちにしてくれる。
次の瞬間に起こったのは、そんな女神たちの慢心をいさめるようなものだった。
突然、フローラとトラソルテオトルの身体に、紫色に発光する光の鎖が巻き付いたのだ。
「え!?」
突然の拘束に狼狽する女神たち。何が起こったのか、それはおのずと知れた。新たな登場人物が現れたのだ。それも四つ。
「やぁ、フローラにトラソルテオトル。おっかないなぁ、女の子たちを攫って何を考えているんだい?」
涼やかな声が頭上から降ってきた。
見上げれば民家の屋根の上に人影が二つ。やはり神と、契約者。
金髪碧眼の美丈夫。道を歩けば異性どころか同性さえも思わず振り返ってしまいそうな美貌、着ている服は簡素な白いシャツとジーンズなのに、その美しさ、内面からあふれる無視しようのない存在感は微塵も霞まない。
もう一人は少年。十二星高校の制服姿、人目を引く白い髪、茶色がかった黒い瞳、今は怒りを抑えたような険しい表情をしている。
北欧神話のトリックスター、ロキと、その契約者、
そして新たな登場人物。それはトールと烈震の反対側の道から現れた。
腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、
日本神話、国造りの神、
「な……」
数の有利が一気に逆転し、絶句するアイーダ。険しい顔のフローラとトラソルテオトル。ただ一人、クーデリアだけが無表情に変化していた。
「お前らが何を考えているかは知らないし、興味もない。だが止める。お前らのやっていることを容認できるか」
三組の中から一歩前に出て、和輝がそう言い放った。
和輝の言葉も頭に入らず、フローラは焦燥に駆られていた。
三対二。まずい。このまま馬鹿正直に戦えば負けるリスクが高い。しかし逃げようにも拘束されている。どうすればいい?
「く……ッ!」
男たちがデュエルディスクを起動しだした。このままバトルフィールドを展開されればせっかく捕まえた娘も解放される。何とかしなければ――――
「バトルフィールド展開!」
そしてフィールドが展開された。拘束は消えたがこれでもう逃げられない。これで――――
「……させ、ない」
焦りに焦ったフローラの耳朶を、抑揚を欠いた声が打った。
「え?」「なんぞ?」
疑問の声を、二柱の女神が上げる。次の瞬間、まるで彼女たちを守るように三つの影が立ちはだかった。
「何!?」
驚愕に目を見開く和輝。これ幸いにと、女神たちは各々のパートナーを抱えて離脱した。
「待ちやがれ!」
龍次がいの一番に走りだそうとするが、その前に立ちはだかる影。それも三つ。それぞれ表情をそぎ落としたような痩身の男たち。皆一様に左腕にデュエルディスクを装備してた。
『デュエルターゲット、ロック』
デュエルディスクの音声メッセージが重奏する。
「ロックだと!?」「やっべこっちもだ!」「ぬぅ……ッ!」
和輝、龍次、烈震の三人が強制的にデュエルの場に引きずり込まれる。
「和輝! あいつら逃げやがったぞ!」
「だが、
三人が歯噛みする。正体不明の乱入者たちは、無表情のままだ。
「和輝。多分こいつら、アレスとエリスの時に出てきたのと同じだ! だったら――――」
「デュエルで倒すしかない、ということですね」
ロキの言葉を伊邪那岐が引き継ぐ。トールが笑う。獰猛に、荒々しく。
「なら話は簡単だ。やろうぜ烈震!」
神々の戦意が向上。パートナーたちもまた、戦意を滾らせた。
『
◆◆◆◆◆◆
ことの始まりは、十日前に遡る。
七月に入ってから、
連続女子失踪事件。
いや、正確には事件といえるかどうかもまだ不透明だ。何しろ、学校も年齢も、性格だってバラバラな少女たちが、何の前触れもなく、家族にも行方を告げずに忽然と姿を消している。にもかかわらず、事件性は認められなかった。連続性があるかもわからない。
中にはふらりと家出してしまいそうな非行少女もいれば、連絡なく家に帰らないなどありえない、まじめを絵に描いたような少女もいた。
年齢は中学生から高校生。または大学一年生。だいたい二十歳以下に集中している。何を隠そう、十二星高校からも失踪者が出ているのだ。
そんなことが続き、学校内でも噂になり始めた。
「さて、こんな事態があっても、明確な事件性が認められず、家出が多くなっている程度にしか認知されないね」
「警察ではそうだな」
昼休み。十二星高校屋上。和輝は傍らで実体化したロキの言葉にそう返した。
昼休みの屋上に人の姿はない。ロキが人払いの結界を張っているためだ。そしてその中で、ロキは言ったのだ。
この連続失踪は事件であり、背後には神が糸を引いている。と。
ロキは言う。この一連の失踪は神が何らかの目的で、それも、神々の戦争とは無関係な目的で行っている可能性があるという。根拠はやはり不自然な連続失踪そのもので、デュエルで決着をつけるはずの神々の戦争には、女子を攫うこと自体が本筋から外れるのだという。
「女子を攫った具体的な手段は分からないけど、間違いなく神の力だよ」
「あー。その神の力が使えるってことは、もうその神は契約者を見つけているってことか」
「そ。だからこそ、少女たちを攫うのは神々の戦争と関係ないでしょ? 何しろ、デュエルには一切関係ない」
ロキの言うことはもっともだ。だからこそ和輝は相手の狙いが読めなかった。
「何故そんなことを?」
「そこまでは。でもこれだけは言えるよ、和輝」
ロキの口調は真剣だ。和輝の表情も、自然険しくなる。神々が絡んだ事件で、人間がどんな目にあうか。まず間違いなく無事ではないだろう。
「間違いなく、攫われた少女たちは碌な目にあっていない」
「…………だろうな」
呟く和輝の声音に、怒りが混じる。
和輝は許せない。この理不尽を。神々の横暴を。傲慢を。
立ち上がる和輝。その視線が彼の意思を雄弁に物語っていた。
その後、和輝は同盟を組んだ烈震と、さらについ最近、神々の戦争に参加し、争い、結局矛を収めた龍次を含め――この三人はすでに友人関係であり、龍次の事情を知った烈震は龍次とも同盟を結ぶことを了承した。龍次もまた、烈震が神々の戦争参加者であることに驚きはしたものの、彼の“浮きっぷり”からその事実はあっさりと受け入れた――、調査に乗り出すことにした。
ロキの探査術式によって痕跡を洗い出し、伊邪那岐が星宮市内の神の動きを可能な限り探査。トールがあえて力を解放し、挑発行為を働き、下手人たちがどのような行動を起こすのか、反応を見てみた。
そうしてようやく尻尾を掴んだ。神々の力を必ず使う誘拐の瞬間。人間で言う現行犯として踏み込んだのが昨夜。
「けど、結局逃がしちまったわけだ」
苛立たしさを隠そうともせず、龍次がそう吐き捨てた。
場所は十二星高校の屋上。時刻は昼休み。またしてもロキの張った人払いの結界によって、屋上にいるのは神々の戦争参加者の三人と三柱のみ。
「まさかの予期せぬ援軍でしたね」
伊邪那岐は困った表情を浮かべていった。
「あいつら一体何なんだ?」
「確かなのは、神と契約していないのに、なぜか神々の戦争のバトルフィールドに入ってこれることだね」
トールの疑問に、ロキが答える。ロキと和輝は以前にもあの謎の男たちと相対したことがあった。
正確には同一存在ではなく、同じような雰囲気を持った別人だったが。
「俺が前にあったのは、もちろん別人だったが、雰囲気は同じだったな。無表情で、人間っていうよりも限りなく人間に近い人形って感じだった」
和輝の所感。ロキもだいたい同意見だった。
「けどよー、なんでそんな連中が出てきて、しかもオレたちの邪魔しやがるんだ?」
龍次と同じく、苛立つトール。彼もまた、目の前にした敵を逃がされて立腹だ。
「トールよ、問題はそこではない」
今まで黙っていた烈震の冷静な声。場の一同が一斉に彼に注目する。全員の注目を受けながら、烈震は冷静に告げた。
「あの二柱の女神を取り逃がしたのが痛恨だ。今度は向こうも警戒するだろう。乱入してきた連中の類似体がまた出てこないとも限らん」
「女神たちの居場所についてはある程度絞れると思うよ」
ロキの進言。彼はくるくると右指の人差し指を回しながら、
「追跡の術式を仕込めた。居場所の特定がまだ完全じゃないけど、夜には追撃できる。これで奇襲をかけよう。今度は電撃戦だ。有無を言わせず、あの二柱を戦場に引きずり込む」
「一組、乱入者の足を止める役を負った方がいいでしょうね」
伊邪那岐が口をはさむ。人間たちが頷き、トールが好戦的ににやりと口の端を吊り上げた。
「つまりどこに当たっても面白いってことだな」
「できれば、正体不明の乱入者については何らかの情報を引き出せるといいのですが……」
好戦的な――逆に言えば戦えればそれでよさそうな――トールに対して、伊邪那岐がちょっと憂いを込めた声でそう言った。
◆◆◆◆◆◆
星宮市にある、とある洋館。辛くも逃げ延びたフローラとトラソルテオトルも、決して楽観視できる状況ではなかった。
「まさか、徒党を組んでこちらを潰しに来る神がいるなんて、ね」
疲れをにじませた声音のアイーダ。彼女は髪の中に手を突っ込んでガリガリと頭を掻き毟る。
紅茶の入ったカップを手に取り、トラソルテオトルが言う。「それに、気になることもあるの」
「あの時、わたしたちをロキたちから救った、謎の男たち、ですね」
トラソルテオトルと同じく紅茶のカップを手にしながら、フローラが言う。その腕の中には茫洋とした表情のクーデリア。フローラはクーデリアの頬に指を這わせながら、
「一体何者で、何が目的なのかしら? ただわたしたちの手助けをしてくれたとは思えないけれど……」
言葉にしながらフローラは思案する。昨日は本当に危なかった。確かに、あの正体不明の連中が乱入しなければ三対二の不利な戦いを強いられていただろう。この街は芳醇な魂の狩場だが、場所を移した方がいいかもしれない。少し目立ちすぎた。
「けーどさー。この街から出てくのもしんどくない?」
フローラの表情から彼女の考えを読み取ったのか、ソファに寝そべった格好になったアイーダが言う。
「ふむ……。クーデリアはどう思うのだ? ここはお主の屋敷であろ? 捨てるか否か、最もその権利を持っておる。違うか?」
二柱の神と、一人の人間の視線が、黙示たままのクーデリアに向かう。クーデリアは大きめのソファに体を沈みこませたまま、
「わた、し……、ボク、俺、私、ぼぼぼぼぼく、ははははは……?」
「ああ、ダメよ。クーデリアはまだ昨日の娘の魂が定着しきっていないわ。だからしばらくはまだ駄目」
「移動もできないってわけね」
はーとアイーダは大きく息をついた。だが仕方がない。なにしろ、昨日の子の魂を付着させることで、クーデリアはまた一段と美しくなったのだ。目的は達成されていっている。
今のところ自分たちの目的は順調だ。この街は相性がいい。だから今ここで離れるのには後ろ髪を引かれる思いもある。何より、今、クーデリアは動けない。少なくとも、夜までは待たなければ。そのうえでまた相談しよう。
(そう、もうすぐ、クーデリアは誰よりも綺麗になるよ)
アイーダとクーデリアは幼馴染だった。
社交的で快活な性格のアイーダは友人もたくさんいた。
反対に、内気で内向的なクーデリアには友人は幼馴染のアイーダしかいなかった。
対照的な二人。アイーダはクーデリアの手を引いて、どこまでも歩いていけると思った。笑って先導するアイーダと、その後をとことことついてくるクーデリア。それが二人の関係だった。
だが二人が思春期に入るにつれて、アイーダの方が気づいてしまった。
自分は派手に着飾っているし、社交的な性格なので人気が出ていたが、どこまで行っても中身は長身であること以外は平凡だ。決して誰もが見惚れるような美人ではない。
対して、クーデリアは特に己を着飾ることはなかったし、性格もやはり引っ込み思案なままだったが、よく観察すれば、容姿、動作の端端にはっとする美しさを宿すようになった。
最初に気づいた時、アイーダは羨望と嫉妬を覚えた。やがてそれらの感情が、「もっとクーデリアを美しくしたい」という欲求に変化した。
ああ、ああ。クーデリア。あたしがあんたを綺麗にしてあげる。この世の誰も無視できない存在にしてあげる。ふらふらとあたしの後をついて回ったあんたがそんな綺麗になったら、あんたをいじめていた連中はどんな顔をするだろう――――
「お困りの様ね?」
アイーダの胸中に渦巻く感情が形になる前に、そんな声が彼女の耳朶を打った。
その場の誰でもない声。フローラとトラソルテオトルが弾かれたように声の方を振り向いた。
そこに立っていたのは、十二、三歳ほどの少女だった。
背中まで届く金の長髪、サファイアを思わせる青い瞳、白いフリルの付いた黒のゴシックドレス姿に加え、頭にも黒と白のカチューシャ。さらに右手にはすべての指に金色の指輪を、左手にも全ての指に銀色の指輪をつけ、赤い靴を履いてトントンと爪先で床を叩いた。
「あなたは……」
フローラが警戒心を全開にして問いかける。神が二柱もいる状況で、声を上げるまで誰にも気づかれずにその場にいたなど、人間にできる芸当ではない。
それに、目の前の少女からは明らかに神の気配が漂っていた。
「そんな喧嘩腰にならないで、お姉さま方。あたしはただ、ちょっとだけ手助けがしたいだけ」
言って、少女は微笑む。その両脇に影が立上った。
影が次の瞬間には人の形をとり、霞が晴れるように影が払われると、そこにいたのは無表情な男が二人。少女の右側が痩身、左側が肥満体。どちらも顔つきも体型も違うのに、やけに似ている印象を覚える。まるで、どちらも大本は同じで、その分体のような、そんな奇妙な印象を抱かせる。
「彼らの同類を使って、あたしが助けてあげたのに」
「昨日の乱入者は、お主の差し金か」
トラソルテオトルが目を細める。目の前の少女の狙いを測りかねているのだろう。同時に、彼女の正体も。
「何のつもり? 昨日みたいなことをして、あなたにメリットがあると思えないけど?」
「勿論。あたしの契約者のお望み。
「じゃあ、あなたはわたしたちに手を貸してくれるのかしら? 一体どうやって?」
「戦力と、情報を提供してよ」
フローラの質疑に謎の少女はすらすらと答えていく。そして、彼女は口にする情報に、二柱の女神が驚愕し、同時に笑みを作った。
「なるほどなるほど……。この情報、本当ならば価値があるなぁ」
「そうだね。クーデリアが動けない以上、あたしらもここを離れられないし。なら、情報に縋っていくのもいいかもしれない。夜には回復するわけだしね」
トラソルテオトルとアイーダは賛成の気配。一人と一柱がフローラに視線を送る。フローラは、ローマ神話の花の女神は、ゆるりと笑った、
「