神々の戦争   作:tuki21

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第29話:二面バトル、開始

「あー、今日はここまで。みんな、何か悩みがあるんだったら、先生だったり、親だったり、友達でもいい。抱え込まず、誰かに相談することが大切なんだ」

 

 六時間目の授業終了のチャイムが鳴り、ホームルームの時間になった。壇上の教師が静まり返ったクラス全員に向かってそう言った。

 その後の連絡事項や教師の言葉を聞きながら、綺羅(きら)はそんな、誰かに話せるような悩みならば、誰も彼も失踪したり、家出したりしないんじゃないだろうかとぼんやり思った。

 普段は簡単な連絡事項だけ伝えるのに、こんな人生相談じみたことを言いだしたのは、十日くらい前から続いている、少女の家出、失踪が、いよいよPTAなどでも問題になったからか。

 昨日もまた、十二星高校(うち)の女生徒が一人、家に帰らなかったらしい。

 皆何かしら悩みを抱えているし、それを打ち明けられないものだ。自分だってそうだし、兄の和輝(かずき)だってそうだ。

 兄さん。最近明らかに私に何か隠していますね。勘の鋭い――和輝に対しては、だが――綺羅はそう思う。

 いつからだっただろうか。そう、五月。思いだすのは、あの、とても綺麗な外国の人が、兄の世話になったとかで一晩だけ家に泊まり込んできた時辺り。あそこを契機に、兄の行動に隠し事が窺えるようになったと思う。

 もちろん決定的な物的証拠なんか何もない。が、義理とはいえ妹である綺羅にはわかるのだ。家族の絆、妹の勘とでも言おうか。

 例えば、兄はちゃらんぽらんな見た目に反してデュエルに関しては真摯で真剣なので、定期的にデッキを調整しているのはいつものことだ。ただ最近、それにしても熱がこもりすぎている気がする。まるで、魂をデッキに込めているかのようだ。

 そして部屋を掃除するために訪れてみれば、何故か各国、各時代の神話の本が重ねられていた。読んだ形跡もある。あんなもの、昔に先生のいるイギリス関連の伝承本を呼んだだけでうんざりしていたのに。宗旨替えだろうか?

 そもそも兄さんは――――

 

「おーい、キーちゃーん。ホームルーム終わったよ?」

 

 自分の内側に没頭していた綺羅は、クラスメイトのその一言ではっと意識を取り戻した。

 

「え?」

 

 見渡せば席を立つ生徒たちの姿。前の席の少女がにっこり笑った語り掛けた。

 

「まーた内側にこもっちゃった? ダメだよー、キーちゃん。集中するのはいいけど、周りの音も拾わなきゃ。事故にあっちゃう」

「え、ええ……。そうですね。ご忠告感謝します。けどキーちゃんはやめてください」

 

 自身も席を立ちながら、綺羅はそう言った。やや動揺が隠せていないのは、級友の言葉が身に沁みて、恐縮しているからか。

 

「えー、かわいーと思うよー、キーちゃん」

 

 クラスメイトのあっけらかんとした物言いに顔をしかめながらも、綺羅はこれ以上この話題に触れるのをやめた。やめてくれ、やめないの水掛け論になるのは目に見えていた。

 

「さて、私は――――」

「おにーさんのことで考え事してたのー?」

 

 席を立とうとした綺羅はバランスを崩して椅子から滑り落ちそうになったのを、辛うじて体を支えた。

 ガタン! という音が教室内に響き渡り、まだ残っていた何人かの生徒が何事かとこっちを向いた。

 

「な、なんでもありません!」

 

 耳まで真っ赤になって俯く綺羅。クラスメイトたちは微笑みながら退室していった。

 

「えっと、私はそんなことを考えていたわけではありませんよ?」

「んー。そっかー。じゃそーだねー。それよりキーちゃん、今日暇? 部活ないよね? だったら、遊びにいこー。カラオケカラオケー」

 

 綺羅は迷った。確かに今日は部活も休みだ。そして、今日の家事は兄が担当してくれる。端的に言って、この後はフリーだ。騒がしいのは苦手だが、たまにはいいだろう。念のため、兄にメールで連絡しておこう。

 

「そう、ですね」

 

 綺羅は了承した。これから彼女に襲い掛かる運命を、まだ知らぬまま。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 太陽が沈みかける夕暮れ時、ターゲットの少女を見つけたフローラは、にたりと嗜虐的な笑みを浮かべた。

 学校の友人たちと、カラオケ店から出てきたところだ。四、五人の女子高生たちに混じっても、彼女の存在はひときわ輝いてみた。

 肩にかかるかどうかという長さで切り揃えられたオレンジの髪、大きめの黄色い瞳、十二星高校の制服姿で、クラスメイトのからかい半分の揶揄に困ったような表情を浮かべている。

 ああ、いい。すごくいい。華奢な体躯、儚げな印象は、世話を怠ればすぐに枯れてしまう花々のよう。困ったように、はにかんだように笑うその表情もいい。とてもいい。素朴な、けれど決して折れない野花のよう。クーデリアと同じ、秘めた美しさを感じる。

 はふぅと、フローラはため息を吐いた。切なく、蕩けそうななため息だ。

 その吐息が甘い匂いを発した。花のような、蜜のような、濃密で、無視できない。人間の意識を(とろ)かすような、危険な香りのする息を。

 フローラ、花と淫蕩(いんとう)の女神、その本領発揮。吐息は風に乗り、目をつけた一団の中の少女、綺羅に忍び寄った。

 

 

(あれ……? おかしい……ですね……?)

 

 綺羅は自分の体の異常を自覚した。

 頭がふらふらする。足元がおぼつかず、ふわふわしている。本当に地面を踏みしめて歩いているのか、確信が持てない。おかしい。クラスメイトたちと別れた直後にこうなるなんて。風邪にしてもタイミングが唐突過ぎる。

 

「あ……」

 

 視界が歪む。自分が立っているのか、それとも倒れているのか、それさえわからなくなる。

 

「か……は……」

 

 呼吸が苦しい。視界が暗転する。自分の位置がわからない。とてつもない心細さが襲い掛かってきた。

 

「兄、さん――――」

 

 自然、唇が兄を呼んだ。そこで、綺羅の意識は途切れた。

 

 

 ぐったりとした綺羅を抱きかかえながら、フローラはほくそ笑んだ。この娘の魂もまた、美しい。ロキのパートナーを釣るための餌代わりだったが、思わぬ収穫だ。

 彼女の魂もまた、愛しのクーデリアに与えてあげよう。そうすれば、彼女はもっともっと、美しくなる。

 

 

「かくして、花の女神は目的の少女を手中に収めたのでした、と」

 

 星宮(ほしみや)市にある、とあるビジネスビルの屋上。誰もいないその場所の、転落防止用の柵の上に、その少女はいた。

 背中まで届く金の長髪、サファイアを思わせる青い瞳、白いフリルの付いた黒のゴシックドレス姿に加え、頭にも黒と白のカチューシャ。さらに右手にはすべての指に金色の指輪を、左手にも全ての指に銀色の指輪をつけ、赤い靴を履いた両足をプラプラさせている。

 ほんの少し前に身を飛ばせばそのまま真っ逆さまという状況にも関わらず、少女の表情に恐怖はなく、あるのはただ愉悦のみ。

 フローラとトラソルテオトルの前に現れた、神の少女だった。

 

「ここからフローラとトラソルテオトルは、ロキたちに奇襲をかけるのかしら? それとも投降を呼びかけるのかしら? どちらにしても、()()()好きそうな展開が待っていそうね」

 

 そう言って、少女は()()()()()()()に向かって視線を投げた。腰かけていたフェンスから右手を離し、人差し指でくるくると渦を作ってみせる。

 

「くるくるくるくる。綺麗なマーブル模様を描いてくれるかしら?」

「――――――さて、どうでしょう?」

 

 背後の人物はそう言った。透き通った声。男にも、女にも聞こえる、透明で中性的な声だった。

 

「確かにフローラチームはロキのパートナーに対する切り札を手に入れた。しかしこれはどうでしょう? 悪手かもしれません。切り札は下手なタイミングで握れば逆に、こちらの喉元に突き付けられた刃になる。

 ロキは北欧神話のトリックスター。悪戯の神で策謀に長けた邪神。そんな彼が、見るからに明らかな弱点に対して、何の対策も施していない物でしょうか? 手にした切り札が、実はとんでもない厄ネタだった、なんてことにならなければいいですけどね」

 

 少女のパートナーの言葉は、突如吹いた強風によって引き千切られていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「和輝!」

「うお!?」

 

 夕食の準備をしていた和輝は、突然実体化したロキの叫びに驚き、危うく包丁で手を切ってしまいそうになった。

 

「あっ、危ないだろ! こっちは刃物使ってんだぞ!」

「それどころじゃない。いいか、よく聞いてくれ。()()()()()()()()()()

「!」

 

 和輝の表情が緊に引き締まる。そして、その表情の皮一つ下側に、マグマのような激情を噴出させたことも、ロキには分かった。

 敵は、和輝の禁忌(タブー)に触れた。

 

「昨日の奴らか?」

「ああ、間違いない。()()()()

 

 確信に満ちたロキの声。和輝は「そうか」と答え、エプロンをとって(きびす)を返した。

 綺羅の存在が弱点になる。神々の戦争に参加するにあたって、それは和輝とロキの共通認識だった。

 神々の戦争はバトルロイヤルだ。最終的な決着はデュエルでつける。だが盤外戦術は当然ある。契約前の神を一方的に襲撃し、殺すこともその一つだ。

 そしてもう一つは、契約者の人間を攻めることだろうか。神は契約者を直接害することはできないが、その縁者は話が別だ。

 ならば契約者の家族、友人、恋人を人質にでも取れれば盤外戦術として莫大なアドバンテージがある。相手を動揺させるだけでも十分な成果を上げられるのだ。

 勿論、和輝とロキもそのあたりのことは分かっていた。だからこそ、真っ先に狙われそうな綺羅については、ロキがひそかにある術式を放っていた。

 綺羅の身に危機が迫った時に発動する術で、特性は、襲った相手を()()()()()()()()

 和輝は龍次(りゅうじ)烈震(れっしん)に連絡をとり、自身もデッキとデュエルディスクを手に取って、家を出た。

 

「和輝、これからボクが念話でほかの二組にも状況を知らせる。君は――――」

「ロキ、道案内を頼む。()()()()()()()

「え?」

 

 周囲に気を配り、誰もいないことを確認。後はもう、迷わない。和輝は自分のエクストラデッキからカードを一枚抜き取って、デュエルディスクにセットした。

 

「来い、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 神々の戦争参加者の特権、カードの実体化。

 物理的な質量を備えて、美しい星屑の竜、その亜種が現れる。

 素早くスターダストのせいに乗る和輝。

 確かに、飛行型モンスターを実体化させ、それに乗って空から向かった方がちんたら走るよりも断然早い。だが――――

 

(それを、バトルフィールド内でもないのに市街地でやるなんて。相当キレてるね)

 

 冷静さを欠いているのではないか、そんな思いもある。だが、

 

「行け! スターダスト!」

 

 竜が飛翔する。高度を上げる。街を行きかう人々から和輝とロキの姿が見えないように、高く、高く。

 

(一応、最低限みられないような工夫は行うのか!)

 

 完全に回りが視えなくなっているわけではないらしい。なら安心か? ロキはそんなことを思った。

 

 

 一方、首尾よく綺羅を拉致したフローラだったが、そこから先が問題だった。

 フローラが綺羅を抱えながらアジトである洋館に帰ってきた時、それは起こった。

 気を失っている綺羅の身体から、わさわさと白い光でできた茨が生えだしたのだ。

 

「え!?」

 

 驚愕する暇もなかった。茨は即座にフローラを拘束、その身の自由を奪ってしまった。

 

「な、なにこれ!?」

 

 驚愕はアイーダも同じだ。彼女は帰ってきたフローラを車椅子に座った状態のクーデリア――まだ魂が定着しきっていないので、こうしてアイーダが付き添っていた――を連れて迎えにきていたが、突然の事態の急変に目を丸くしていた。

 

「ぬぅ……。これはまずいぞ。昨夜の邪神の術式か」

 

 トラソルテオトルの声にも緊張があった。

 

「嵌められたってこと!?」

 

 彼女たちは謎の少女の姿をした神の情報に従って、綺羅を拉致した。その結果がこれでは、罠と思っても無理はない。

 だが、

 

「それは違います」

 

 いつの間に現れていたのか、洋館の入り口に、痩身と肥満体の、二人の男が立っていた。

 少女が与えた手駒だ。

 

「ロキが仕掛けていた術式です。おそらく、その少女に危害が加えられたときに自動的に発動する罠でしょう」と痩身の男。

「我らが()()は言っています。その術は少女を遠ざければ拘束は解けると」と、肥満体の男。

 

 痩身の男が綺羅を抱え上げ、離れた。

 

「この少女は我々が、あなたがたの()()()に連れていきます。それよりも、離脱を。すぐにでも追手が来るでしょう」

 

 綺羅がフローラから離れた途端、彼女を拘束していた光の茨が消えた。男たちが人間とは思えない速度で離脱していく。

 花の女神が茨に拘束されるという皮肉に歯噛みしながら、フローラは「そうね」と呟いた。

 

「トラソルテオトル、すぐに準備しましょう。クーデリアの定着ももう終わる。急いだ方がいいわ」

「そうだの」

 

 トラソルテオトルも頷いた。契約者のアイーダに目配せし、移動の準備を始める。

 だが果たして間に合うのか。新たな神の気配はどんどん迫っていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「和輝、それに風間(かざま)君、黒神(くろかみ)君。綺羅ちゃんの反応が遠くに行った。けど、神の反応二つはさっきから移動していない。どうする?」

 

 閃珖竜の背の上で、ロキは中空に向けて語り掛けていた。

 これは彼の通信術式だ。彼の声は今、龍次と烈震の耳に距離を無視して届き、二柱の神と綺羅の現在位置と、周辺の地理映像が立体映像のように脳に届いている。勿論、映像は和輝の脳にも投影されている。

 

『和輝、お前は綺羅ちゃんのところに行けよ。こっちは俺たちが何とかする』

 

 龍次の声が届いてくる。ロキの通信術式は双方向だ。

 

『そうしろ、岡崎。お前は家族を救え。このいけ好かない神々は、(オレ)たちが、倒す』

 

 烈震の力強い(いら)え。和輝は自然、笑みを浮かべていた。この仲間たちの、なんと頼もしいことか。自分一人ではたとえ綺羅を救出できても、神は取り逃がしている。

 

「ああ、頼む」

『承知した』

『任せとけ』

 

 

 烈震は和輝たちとの交信を終了後、足を止めた。丁度、目的の洋館にたどり着いたのだ。

 

「ここか……」

「ああ、間違いねぇ。神の気配がする。それも二つだ」

 

 烈震の傍ら、実体化したトールが不敵な笑みを浮かべた。好戦的なトールのことだ、龍次と合流する前に、たとえ二対一でも殴り込みに行くだろう。そして烈震も、それを止めようとは思わない。

 

「よし、行くか――――」

「させないよ!」

 

 だん! と大きく地面を踏みしめて、洋館の入口から飛び出して来る人影があった。

 浅黒い肌の女。ばっちりウェーブのかかった黒髪、金の瞳。服、靴、バッグ、指輪全てが有名ブランドのロゴ入りの品で固めた完全武装の黒豹の風情。

 トラソルテオトルの契約者、アイーダ。彼女は登場と同時にデュエルディスクを起動させた。

 

「トラソルテオトル!」

「うむ。バトルフィールド、展開」

 

 頷き、トラソルテオトルが両腕を広げた。

 次の瞬間、二人と二柱は現実世界から消え、戦いの舞台、位相をずらしたバトルフィールドへと移動した。

 

 

 一方、洋館の裏口では、魂の定着がほぼ完了したクーデリアを、フローラが連れ出していた。

 疾風(はやて)のように飛びだしていった男たちは、うまい具合に見当違いの方向に行ってくれた。アイーダとトラソルテオトルが表玄関から出てくれたのも陽動になるだろう。

 だからうまくすれば逃げられる――――。

 

「こそこそと裏口からか。ちょっと情けないんじゃないか? 神として」

 

 甘い予想は儚くも打ち砕かれた。

 

「ッ! そうか、やっぱりもう一組もいたわけね……」

 

 険しい表情のフローラ。眼前にいるのは龍次と伊邪那岐のコンビ。

 すると、クーデリアが一歩前に出た。引っ込み思案で、いつもアイーダやフローラの後ろで、不安げな表情をしていた、彼女が。

 

「戦えばいいのよ、フローラ」

 

 その声には自信があふれていた。今まで少女たちから奪った「魂」が定着し、彼女の内面を大きく塗り替えているのだ。

 今のクーデリアは野花ではない。誰もが目を引かれずにはいられない、大輪に咲き誇る黄金の神花だ。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 追い詰められた、そう思っていた。だが違った。今、ここが、完成の時なのだ。

 

「いい! いいわクーデリア! あなたの美しさが今! 開花した! そう、それが見たいの! もっと、もっと見せて! わたしに!」

 

 感極まったフローラの哄笑。応じるように、クーデリアがデュエルディスクを起動させた。

 洋館の表と裏で、神々の戦争が展開された。

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