デュエルモンスターズの七大大会とは、国際デュエルモンスターズ連盟が定めた世界規模の大会で、毎年開催される全日、全米、全英のデュエルモンスターズ人口上位三位の都市で開催される大会に、世界大会を加えた四大大会。そして数年に一度開催される、開催地もまちまちのゼアル杯、フォーチュンカップ、ジェネックス杯を加えたもので、プロデュエリストの中でも成績優秀者に参加資格が与えられ、その中から出場の意思を示したプロによる大会だ。
それぞれの大会の優勝者には、賞金に商品、そして現デュエルキングとのエキシビジョンマッチの権利が与えられる。
キングと公式の場で戦うには、世界大会を除く六大会で優勝する、世界大会に参加しているキングと当たる。Aランク年間トップを飾る、このいずれかしかないため、参加者は我こそは現キングを倒し、新たなキングにならんと戦意を漲らせる。
もっとも、定員三十二名と固定されているAランクプロはともかく、ほかのプロは自分のランクのプロリーグ戦と大会日程、開催地との物理的な距離などの兼ね合いがあるので、資格があっても全ての大会に参加できるわけではないが。
そんな七大大会の一つ、全日本大会の決勝戦の中継が、
対戦するのはAランクの
プラチナブロンドの髪を短めに刈り揃え、瞳の色は灰色。外国の血が混じっているためこのような髪と瞳の色。そのうえにきっちりとした三つ揃いのスーツ姿。鋭い眼光は今にも獲物に飛び掛からんばかりの獅子を思わせる。
Aランクプロ、獅子道來。その実力に相応しい圧倒的存在感だった。
対するカーラ・ジェミニスプロもまた、喰いついていた。
Bランク上位のデュエリスト。褐色肌に赤いショートヘア、金色の瞳にホットパンツに黒いタンクトップ、腰に上着を巻き付けている姿は活動的で、彼女の気質を良く表しているように見える。
攻め時ともなれば獅子のように獲物に襲い掛かる激しいデュエルの獅子道に対して、カーラはどちらかといえばショウデュエルタイプだ。観客を湧き上がらせ、パフォーマンスで彼らの目をデュエルに釘付けにする。デュエルは笑顔で、楽しく。それがモットーでもある。
両者のフィールドの状況は以下の通りだ。
獅子道LP2300手札3枚
ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし
場 ヴァイロン・オーム(攻撃表示)、裏守備モンスター×1
伏せ 1枚
カーラLP2000手札1枚
ペンデュラムゾーン赤:オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン、青:オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン
場 オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン(攻撃表示)、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン(攻撃表示)
伏せ なし
ヴァイロン・オーム 光属性 ☆4 天使族:効果
ATK1500 DEF200
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する装備魔法カード1枚を選択し、ゲームから除外する。次の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。
オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:ペンデュラム
ATK1200 DEF2400
Pスケール:赤1/青1
P効果
(1):自分フィールドの「オッドアイズ」Pモンスター1体を対象とした相手の効果が発動した場合、そのターンのエンドフェイズに発動する。Pゾーンのこのカードを特殊召喚し、自分のエクストラデッキから「オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン」以外の表側表示の「オッドアイズ」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。
モンスター効果
(1):1ターンに1度、エクストラデッキから特殊召喚された表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン 闇属性 ☆3 ドラゴン族:ペンデュラム
ATK1200 DEF600
Pスケール赤8/青8
P効果
(1):1ターンに1度、自分フィールドの表側表示の「オッドアイズ」Pモンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。自分のPゾーンのカード1枚を選んで破壊し、自分のエクストラデッキから「オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン」以外の表側表示の「オッドアイズ」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。
モンスター効果
「オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが存在する場合、自分フィールドの「オッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはこのターンに1度だけ戦闘・効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。
オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン 炎属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ
ATK2500 DEF2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
「オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した時、自分のPゾーンのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを特殊召喚する。このターン、このカードは攻撃できない。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手はバトルフェイズ中にモンスターの効果を発動できない。
オッドアイズ・ファントム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム
ATK2500 DEF2000
Pスケール赤4/青4
P効果
(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが存在する場合、自分の表側表示モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。その自分のモンスターの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで1200アップする。
モンスター効果
「オッドアイズ・ファントム・ドラゴン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):P召喚したこのカードの攻撃で相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。自分のPゾーンの「オッドアイズ」カードの数×1200ダメージを相手に与える。
戦況はカーラの方がやや有利か。BランカーがAランカー相手に有利に戦況を運んでいる現状に違和感を覚えるものもいると思うが、Aランクは定員が三十二名と決まっている。それ以上増えることはない。
そしてBランクとAランクのランク入れ替え戦は、毎年一度、Bランクトップ二名とAランク下位二名で入れ替え戦を行い、そこで勝利したプロがAランクに昇格できるのだ。
ほかのランクと違って、Aランクは最上級の狭き門。そしてBランク上位はその狭き門を争い、常に戦国時代状態だ。
ある専門家は言う。Bランク上位のプロとAランクの間には、さしたる差はないだろう、と。
『さぁ! デュエルモンスターズ七大大会の一つ、全日本大会! くしくも同じスポンサー、ゾディアックを冠するプロ同士の激突です! 現在カーラ・ジェミニスプロのターン! 彼女のペンデュラム召喚によってエクストラデッキから特殊召喚された、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンと、シンクロ召喚されたオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン! メテオバースト・ドラゴンには特殊召喚成功時に
『ジェミニスプロのPゾーンのカードはどちらも攻撃力が低いですからね。メテオバースト・ドラゴンの攻撃一回分と引き換えにするにはうまみがないとしたのでしょう。加えて、メテオバースト・ドラゴンは場にいる限り、バトルフェイズ中、相手のモンスター効果の発動を封じます。これでは獅子道プロお得意のオネストも通用しません。いい布陣ですよ』
実況の声と解説の声が混ざるのを、
「兄さん、どっちが勝つと思いますか?」
「分かりにくいなー。今は明らかにジェミニスプロが押してるし、流れも来てると思う。普通ならこのまま押しきれるだろうけど――――」
和輝は言葉を濁す。やはりそれは、相手が相手だからか。
「Aランクプロ。それだけでもう魔境って感じがしますね」
「Aランクは公式的にはプロデュエリストの世界ランク上位二位から三十三位までだからな。Bランク上位とAランクにそこまで実力差はないっていうけど、俺はそうは思わない。Aランカーは、ちゃちな流れなんか簡単にせき止めて、強引に流れを自分に向けさせるパワーがあると思う」
和輝がそう言っている間に、画面の向こうの試合が動いた。
「ペンデュラム召喚! エクストラデッキからおいで!
カーラのフィールド、地上から天をつくようにそびえる光の柱。それぞれ「1」と「8」と刻まれたその柱の間から光が二つ飛び出す。
光を振り払って現れた二体のモンスター。これでカーラのモンスターは四体。いずれも攻撃力2000クラスだ。
「バトル! オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンでヴァイロン・オームを攻撃!」
攻撃宣言が下される。「この瞬間!」とカーラの声が飛ぶ。
「ハンマーマンモの効果発動! 君の場に伏せられたカードをバウンス!」
ハンマーマンモはその四肢を力強く踏み鳴らして大地を揺らす。その揺れが獅子道の伏せカードを捕える刹那、彼が動いた。
「……チェーン、リバーストラップ、和睦の使者!」
獅子道の足元に伏せられたカードが、ハンマーマンモが起こした地響きに巻き込ませる寸前に翻り、その効果を発揮する。これでこのターン、獅子道のモンスターは戦闘から守られ、戦闘ダメージも発生しない。現に、オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンが放った灼熱の炎は薄い白いヴェールに遮られ、ヴァイロン・オームまで届かない。
「あー残念。しょうがないね、ターンエンド」
EM オッドアイズ・ライトフェニックス 光属性 ☆5 鳥獣族:ペンデュラム
ATK2000 DEF1000
Pスケール赤3/青3
P効果
(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在する場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。もう片方の自分のPゾーンのカードを破壊し、このカードを特殊召喚する。
モンスター効果
(1):このカードをリリースし、自分フィールドの「EM」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。この効果は相手ターンでも発動できる。
EMハンマーマンモ 地属性 ☆6 獣族:効果
ATK2600 DEF1800
(1):自分フィールドに「EM」カードが2枚以上存在する場合、このカードはリリースなしで召喚できる。(2):自分フィールドに他の「EM」カードが存在しない場合、このカードは攻撃できない。(3):このカードの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。
和睦の使者:通常罠
このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。
「私のターンだ」
カーラは思う。今流れは確実に自分にきている。獅子道來は遥か格上の相手だが、この流れを掴み、離さなければ決して通用しない相手ではない。何より、楽しい感情があとからあとから湧き上がっているこのデュエル。最後は勝利で飾ってみたいじゃないか。
そう思っていた。思い違いをしていた。
ふと見れば、獅子道の眼が自分を射抜いていた。
「!」
視線は弾丸となってカーラを射抜く。瞬間、彼女の背筋を冷たいものがよぎった。そう、背骨が
「な―――――」
何? と疑問符を浮かべる暇もない。というか原因は明らかだ。今対峙している
獅子道は周囲を見渡す。ジャイアントキリングを期待する観客の声援が、若干青ざめた表情のカーラに注がれる。
「いい空気だ」
呟きは獣のうなり声に似ていた。
「カーラ・ジェミニスプロ。貴様のショウデュエルを、私は否定しない。現に観客は貴様のプレイに湧いている。観客に笑顔を。そして楽しみを。素晴らしい考えだ。そのプレイは観客の心を掴むだろう。そのスタンスを貫くために費やされる、貴様の努力にも敬意を表する。だが――――」
獅子道からの圧力が一際強くなる。まるで彼の全身から得体の知れない力が発露され、指先に集中するようだ。
「それで掴めるのは心まで! 魂を削る熱狂に、魂を掴み、喰らうような熱狂的な戦いの領域には届かぬ! ドロー!」
刀を鞘から抜き放つような、居合斬りの様な力溢れるドロー。
「スタンバイフィズ、ヴァイロン・オームの効果を発動。前のターンに除外しておいた魔導師の力を手札に加える。そしてセットモンスター、名工 虎鉄を反転召喚し、リバース効果を発動。デッキから二枚目の魔導師の力をサーチ。そしてヴァイロン・キューブを召喚」
立て続けのモンスター効果の発動、そして展開、装備の確保に、観客が次に起こることを予想し、
「レベル4のヴァイロン・オーム、レベル2の名工 虎鉄に、レベル3のヴァイロン・キューブをチューニング!」
シンクロ召喚。三つの緑色の光の輪となったヴァイロン・キューブと、それをくぐるヴァイロン・オーム、虎鉄の二体のモンスター。輪をくぐった瞬間に、ヴァイロン・オームは四つの、虎鉄は二つの白い光星となる。
「始まりを刻まれし裁きの機械天使よ、今ここに光臨せよ! シンクロ召喚、輝け、ヴァイロン・アルファ!」
光の帳が辺りを包みこみ、その向こうから
「ヴァイロン・アルファとヴァイロン・キューブの効果を発動。まずアルファの効果で墓地の魔導師の力をアルファ自身に装備。さらにヴァイロン・キューブの効果でデッキから団結の力をサーチ。さぁ行くぞ。今手札に加えた団結の力、虎鉄とヴァイロン・オームの効果によって手札に加えた残る二枚の魔導師の力をヴァイロン・アルファに装備」
ヴァイロン・アルファ自体の攻撃力は2200とレベル9のシンクロモンスターにしては低い。だが今は多くの装備カードによるバンプアップで、大幅に膨れ上がっている。
「え、えっと……。三枚の魔導師の力は効果が重複するから……」
画面の前で、綺羅は混乱した。
劣勢だったはずの獅子道プロが勝利モードに入ったのはもちろん驚いたが、それ以上にヴァイロンの真骨頂ともいえる爆発的な攻撃力の増加が目の前で繰り広げられているのだ。あまりの展開の速さに、正直ついていけない。
「まず、三枚の魔導師の力の効果で攻撃力が2000×3で6000アップ。さらに団結の力で800アップ。最後にヴァイロン・アルファ自身の攻撃力を加えて、9000だ」
「9000!」
綺羅の驚きの声。和輝はじっと画面を見ていた。
(凄いなこれ。あの劣勢からの逆転だけじゃあない。今の展開で、観客は完全に湧き上がっている。いや、熱狂している。魂から燃え盛っている。計算してたのかな?)
非実体化したロキの言う通りだった。カメラ越しでも聞こえてくる観客の熱に浮かされたような絶叫。逆転劇からの超攻撃力に、観客は魂まで浸っているようだ。
二人の眼前で、終わりの瞬間が訪れた。
「この勝利を、あの方に、私を拾い上げてくれた大恩ある
攻撃宣言が下され、ヴァイロン・アルファが裁きの一撃を下した。極光の一撃はオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを消滅させ、カーラのライフを根こそぎ奪い去っていった。
名工 虎鉄 炎属性 ☆2 獣戦士族:効果
ATK500 DEF500
(1):このカードがリバースした場合に発動する。デッキから装備魔法カード1枚を手札に加える。
ヴァイロン・キューブ 光属性 ☆3 機械族:チューナー
ATK800 DEF800
このカードが光属性モンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、デッキから装備魔法カード1枚を手札に加える事ができる。
ヴァイロン・アルファ 光属性 ☆9 機械族:シンクロ
ATK2200 DEF1100
「ヴァイロン」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分の墓地の装備魔法カード1枚を選択してこのカードに装備できる。装備カードを装備したこのカードは、装備カード以外の魔法・罠カードの効果では破壊されない。
魔導師の力:装備魔法
(1):装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールドの魔法・罠カードの数×500アップする。
団結の力:装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき800ポイントアップする。
カーラLP0
『き、決まったぁぁぁぁぁぁ! 突如として出現した圧倒的な攻撃力によって全日大会を制したのは、獅子道來プロだぁぁぁぁぁぁ!』
実況の声がうるさく響く。綺羅はぽかんとした表情で見ていた。和輝は綺羅がいれてくれたお茶を飲みながら、ふっと息をついた。
「ジャイアントキリングならず、だな」
「けど私は、ジェミニスプロの戦い方の方が好きでした。あの熱狂は、どこか怖いです」
テレビ画面越しの熱気に身震いでもしたのか、綺羅は己を抱きしめるように肩を抱いた。
和輝は、綺羅とは違った。軽く手を左胸に、心臓に当てる。
鼓動が聞こえる。綺羅は怖いといったが、和輝もまた、あの熱気に充てられたのだ。おそらくそうした人間は多いだろう。特に、プロを目指しているならなおさらだ。
トッププロの全力。それを垣間見た気がした。
『そしてそして! 見事な勝利を飾った獅子道プロには、現デュエルキングとのエキシビジョンマッチが実現いたしました! 開催は七月二十日の午後三時から! 会場は――――』
興奮冷めやらぬ感じのアナウンサーの声を最後に番組が終了した。
「エキシビジョンマッチ、ですか。これはテレビで放送されるんですよね?」
「ああ。その予定だぜ。けど、やっぱ生で見たいよな」
エキシビジョンマッチのチケットは対戦者不明のまま先行販売されているが、残念ながらそう簡単に入手できるものではない。和輝も手に入れようと試みたが、無理だった。
「あ、そういば」
ぽんと綺羅が手を叩いた。
「父さんからエアメールが届いていました。なんか、狙ったようなタイミングですね」
「同感すぎる」
一度奥に引っ込んだ綺羅が、封を開けていないエアメールを持って再登場。和輝に手渡す。
和輝は持ってきた鋏で封を切った。
中を取り出すと、まず手紙が目についたので、開いてみる。綺羅と一緒に覗き込んだ。
――――ハロー、愛しの我が子たちよ。元気にしているかね? こっちは元気だよ。何しろ父さんは愛しの母さんと夫婦水入らずだ。これで元気が出ないはずがない。いや、いっそこのまま三人目作成に取り掛かるか!?
というわけで息子に娘よ。父さんはしばらく帰れないので二人でいるように。ああこちらに来なくてもいい。邪魔するな。そして帰った後、ロンドン土産は新しい家族だ!
「相変わらずですね」
「相変わらずだな」
兄弟揃って平坦な反応を返しながら続きを読み進めた。
――――それはそれとしてロンドンの、というかイギリスの食事は世界一まずいなどといわれているね。デリケートな私としてはそんな場所で教授職などやった日には一か月で干からびてしまうと危惧したものだがそんなこともなかったよ。母さんの手にかかればまずい料理などできようがないがね! おかげで教授職関係での外食が苦痛でしょうがない。
ところで母さんといえばやはりいつまでたっても若々しくて父自慢の妻なわけだが、やはりその辺はほかの教職者や学生たちの間でも―――
「この辺は飛ばしましょうか」
「……そだな、ずっとノロケだし」
兄妹は即座に同意。延々と続くノロケを飛ばして――便せん二枚分くらいあった――本題に移ろうとした。
――――ところで我が子たちよ。君たちはここまで読み飛ばしたね? 私から母さんへの愛の言葉を読み飛ばすとは万死に値するよ? しかし私は現在妻への愛を叫んだのでとても気分がいい。見逃してあげようハハハハハ。
「読まれてましたね」
「頭いいけどバカだな」
――――さて本題に入ろうか。君たちのことだ。今日この手紙が届く日前後に放送していた全日大会のエキシビジョンマッチのチケットを手に入れようと奔走したものの、その試みはうまくいかなかったことだろう。
そこで父はこのようなものを用意した。
「? なんでしょうか……ってこれ!」
驚く綺羅が手にしていたのは、まさに今、話題に出たエキシビジョンマッチのチケットであった。
「チケット……、しかも二人分……」
呆然と呟く和輝。まさかの展開に夢ではないかとも思った。
兄妹は先ほどまでの呆れはどこへやら。慌てて手紙の続きを読みだした。
――――ふふふ、伝わる、伝わるよ子供たち。父への尊敬の念がね。まぁ実を言うと、それは我が友、クリノからもらったものだがね。君たち宛だ。
「あ、やっぱりご自分で入手したわけじゃないんですね」
「それを言っちゃう素直さがいまいち憎めないよな」
――――感じるよ子供たち。私への尊敬がみるみる萎えていくのがね。
ああ、それから和輝。これは真面目な話だ。夏休みに入ったから一度、クリノのところに行きなさい。君は何でもないと思っていても、過去の記憶は嫌でも現在を侵略していく。防壁を築くのを忘れてはならない。いずれ対決する時のために。
父の手紙はそこで終わっていた。和輝は沈黙。綺羅も、気づかわしげな視線を兄に向けるだけだ。
「父さんも心配性だな。俺はもう大丈夫なんだが……」
「いえ、行くべきだと思います」
苦笑する和輝に対して、綺羅が思いのほか強い口調でそう言った。
「兄さん、父さんが言うってことは、離れていても兄さんが大丈夫じゃないって、分かっているんだと思います。だから、行くべきだと思います」
綺羅はまっすぐにそう言った。和輝は妹の思いのほか真剣な様子に和輝は驚いたような表情を作ったが、すぐに微笑を浮かべた。
「ん。そうだな。そうするよ。だがまずはエキシビジョンマッチだ。せっかく先生がくれたんだ。行こうぜ?」
和輝はチケットをひらひらと揺らしてそう言った。綺羅は笑顔で「そうですね」と答えた。