神々の戦争   作:tuki21

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第39話:遠い背中

 オーディンが放った捻じれの赤槍(グングニル)が、ロキを貫いた。

 瞬間、バトルフィールドに異変が起こった。

 ロキの身体を貫いたグングニルがその場に停止、そして、ロキごと己を中心点に、空間ごと()()()()()()()()

 

「!?」

 

 何が起こったのかわからないまま、空間が歪み、捻じれ、引き千切られていく。

 まるで目に見えない巨大な(アギト)に囚われ、咀嚼(そしゃく)され、嚥下(えんか)されていくように。

 

「ぐああああああああああああ!」

 

 ロキの悲鳴が響く。その中で、バトルフィールドが消失していく。まるで崩壊のようだが違う。これはデュエルに決着がつき、バトルフィールドが消滅していくのだ。

 ただ、オーディンが放った一撃の影響で、消失の仕方があまりにも通常とかけ離れていただけのこと。

 

 

 バトルフィールドから現実空間に帰還した六道(りくどう)は、倒れ伏す和輝(かずき)を見た。

 ピクリとも動かない。

 

「これで終わり、か?」

 

 そう言う六道の声音は、少し残念そうだった。

 そう、六道は実際、残念に思っていた。

 この少年は見所がある。本気を出してからは一蹴されてしまったが、この少年とのデュエルは面白かった。

 血が湧き、肉が踊った。そう、自分はそんな戦いを求めている。

 今は一蹴レベルだが、将来、育てばどうなるかわからない。

 彼の未来はどうなるか。今までの何人かと同じく、ここで道を閉ざしてしまうのか。できればそうなってほしくはないが――――

 

「終わりだ。お前と戦った人間は、たいていここで膝をつく。ごく一部の強者だけが、デュエル中、急激に変わったお前を前にしても立ち上がれる。この少年は、今までの雑兵と変わらなかったということだ」

「――――――誰、が、雑兵、だ……」

 

 吐息とともに放たれたオーディンの台詞に応じる言葉。

 弱弱しいが、確かにそれは六道とオーディンの耳に届いた。

 見れば眼前で倒れ伏していた和輝が、ゆっくりと起き上がろうとしていた。がくがくと四肢を震わせているため、思うように立ち上がれない。まるで生まれたての小鹿か何かだ。

 だが、顔を上げた瞳には、確かに闘志が宿っていた。

 

「そう、そうだ和輝。ボクらは、まだ負けていない」

 

 そして、和輝の傍らに、実体化したロキが現れた。あの、主神の一撃を受けて、それでもロキは和輝(パートナー)を守り切ったのだ。

 

「ほう、我が一撃から、契約者を守り切る。まさかお前がそれをするとはな、ロキ」

「そりゃあボクだって、神々の王になりたい。そのために守るべきものは全力で守るさ。個人的に、人間の世界は気に入っているんだ。まだまだ遊び歩きたいしね」

「真面目にやれ、真面目に。だが、お前が(つい)えなかったことは事実。我とお前の問答の答えも、人の行く末も、まだ定まらぬか」

 

 何か得心したような様子のオーディン。六道は誰にもわからぬほどの微笑を浮かべて、踵を返した。

 

「俺、は……!」

 

 和輝は顔を上げる。なんとか、二本の足で立つことができた。それこそが矜持であると、そう言うように。

 

「今回、その宝珠は見逃そう」

 

 去りゆく六道は、それでも和輝に語り掛けた。

 

「傷を癒せ、痛みをとれ。そして、俺の戦いを見るがいい。このテンションの高まり、高揚感。それを客観的に見られるのは、お前の未来へのいい勉強になるかもしれない」

 

 それだけを残して。六道は今度こそ去っていった。和輝には一瞥もくれずに。

 

 

 デュエルパレスに戻った六道は通路を突き進む。その間に、実体化したオーディンの魔術によって、傷や汚れを落としていく。

 ちなみに実体化したオーディンは格子状の柄が入ったネイビーのスーツ姿に戻っていた。

 

「あ、キング! ヴォーダンマネージャーも!」

 

 今日の試合のためのスタッフが、六道を見つけて駆け寄ってくる。

 

「どうした?」

「もうすぐ試合です。すぐに準備を――――」

「必要ない。俺の準備は万全だ。心持もな」

「今のキングはすでにトップギアだ。獅子道(ししどう)プロならば、持ちこたえられる故に、観客を沸かせるデュエルはできる。なので、さっさと行こう。本番だ」

 

 手短に答える六道と、それをフォローするオーディン。彼は六道と契約してからは、ヴォーダンと偽名を用いて六道のマネージャーをしているのだ。

 

「さぁ、行こうか」

 

 スタッフに案内されながら、六道は己の左胸、心臓部分に軽く手を当てた。

 高鳴っている。今のデュエルで高ぶっている。自覚しているが、自分はスロースターターだ。周囲との実力差のせいか、ついつい“遊んで”しまう。

 だがこの高揚感は嫌いではない。このまま次のデュエルに臨めるというのは、この上ない僥倖に思える。

 口元に自然と浮かんだ笑みを自覚しながら、六道は次のデュエルを待ち望んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝は六道が去った後、力尽きたように膝をついてしまった。

 

「か……は……!」

 

 大きく息を吐き出す。額どころか顔全体から滝のように汗を流し、四つん這いになってあえいでいる。

 

「和輝、大丈夫かい?」

 

 実体化したロキが声をかける。平行して治癒の魔術を発動。和輝の肉体に蓄積されたダメージを癒し、服についた汚れや(ほつ)れを直していく。

 

「ああ、俺は大丈夫だ……。だが……」

 

 和輝の視線が向かうのは、六道が去っていった、裏口。角度のせいか、日の光が入らないそこは今、薄暗く、先が見通せない。

 まるで自分の未来のようだと、そう思った。

 

「あれが、キング……。あれが、頂点の力、か……」

 

 どさりと、膝をつくのも億劫になって、仰向けになる。

 見上げた空はどこまでも高い。手を伸ばしてもとても届かないほどに。

 

「……途中までは、行けると思ったんだがなぁ……」

 

 六道が“変わった”瞬間から、彼の戦術に追いつけなくなった。十年間無敗との差は、大きく、遠い。

 

「それだけじゃない。悔しいが、ボクとオーディンとでは、神としてのランクが違う。カードにもそれは表れていた。ボクが10、オーディンが12。加えて、オーディンには神の耐性効果を除けば三つの固有効果と、5000という、最高レベルの元攻撃力を持っている」

「つまり、タクティクスで負け、カードパワーで負け。ここぞという時に流れを、引きたいカードを引き寄せる、運命力でも負けているってわけか」

 

 完敗だ。そして間違いない。六道(たかし)こそ、神々の戦争における最大の障害だ。

 

「俺は、弱い……!」

 

 和輝の声には悔しさはあったが、哀哭(あいこく)はない。そう、和輝の心は、まだ折れていない。

 しかし、

 

「あいつに勝つには、どうすればいいんだろうか?」

「君が強くなるしかないね。テクニックも、カードも」

 

 そしてボクも、と、ロキは口の中だけで呟いた。

 ロキは、思う。ロキ自身、自分が弱い神であると知っている。神の血が半分しかないのも理由だろうが、それはオーディンだって同じだ。

 

(足りないのは、経験か)

 

 実戦経験が足りない。オーディンの庇護下にいた自分は、トールと共に冒険していた自分は、知恵は回れど、力はさほどでもなかった。そしてそれでよかった。戦うのは自分だけではなかったから。

 これからはそうではいけないのだ。神々の戦争の勝者は一柱。最終的には一人で立ち向かわなければならない。

 

(幸い、ボクは純粋な神じゃない。なら、()はあるはずだ)

 

 神は本来完全な存在だ。ゆえに不死であり、不老であり、そして成長しない。生まれ持った力が何らかの呪いによって、一時的に上下することはあるが。永久的に、力の上限は決められている。生まれた時から完全であるが故に。

 だが、それは純粋な神に限った話。神以外の血。例えば巨人、例えば人間、精霊。あらゆる他種族の血が混ざれば、その限界を超えることができる。

 まして、北欧神話の神は不死ではない。もともと持った不完全性ゆえに、成長の余地はあるはずだ。

 

「さ、和輝。まずは立ち上がろう。そろそろ体の痺れも取れたろ? そのうえで、さっきも言っていたけど、デュエルキングの試合を見に行こう。客観的に相手の試合を観察することも、勝つためには必要さ。どんなに小さくても、姑息でも、次勝つために、できる事は何でもしておこう」

「……ああ、そうだな」

 

 よっからせとおじさん臭いことを言いながら立ち上がる和輝。身体に鈍い痛みはあるが、無視できるレベルだ。

 

「行こうぜ、ロキ。少し寝すぎた。急がないと間に合わない」

「承知」

 

 そう言ってロキは実体化を解いた。和輝は急ぎ、綺羅(きら)が待っている席に向かった。

 

 

 デュエルモンスターズ七大大会。全日大会エキシビジョンマッチ。試合は終始六道がリードしていた。獅子道プロのヴァイロンによる、圧倒的な火力を躱し、いなし、そして、反撃のDDDが大型ヴァイロンを撃破。さらに、ベオウルフやカリ・ユガによって装備魔法をはがされたヴァイロンが蹂躙されていく。

 無理もない。スロースターターのはずの六道の、最初からフルスロットルのデュエルだ。寧ろ獅子道プロは健闘したといえるだろう。

 王の嵐のような攻めを受け、それでもなお倒れず、己の軍勢を焼き払われてもなお屈せず、ライフが尽きるまで抵抗をやめなかった。

 そして終わりがやってくる。

 

「素晴らしい戦いだったぞ獅子道プロ! 先にいいデュエルをしてしまったが、これもまた素晴らしい! ――――だがここまでだ! 俺のターン! DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロクでダイレクトアタック!」

 

 最後の一撃が下る。獅子道プロのライフが0になり、六道の勝利が高らかに宣言された。

 沸き立つ観客。興奮気味に喚き立てる司会進行役の声を、和輝はどこか遠くで聞いている感覚で聞いていた。

 

「やっぱりデュエルキングは凄いですね、兄さん!」

 

 隣に座っている綺羅もまた、観客と同じく興奮し、兄に声をかけている。

 

「ああ、そうだな。あれが壁なんだ。全てのデュエリストが超えるべき、分厚くて、高くて、硬い……」

「兄さん?」

 

 不審げな義妹を尻目に、和輝はいつまでも、睨むように六道を見ていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 獅子道(らい)は己の無力さを嘆いていた。

 全日本大会に優勝したのはいい。だが次のエキシビジョンマッチで、勝利を射手矢(いでや)様にささげられなかった。

 こんな不敬、不忠はあろうか。必ず勝利を届けると、あの方の前で誓ったというのに……。

 心は悔やんで悔やんで、今にも気が狂いそうだったが、身体は一定の速度で足を動かしていた。

 今、獅子道がいるのはゾディアック本社、その最上階にある社長室へと向かう道だ。

 社長室の扉の前で止まる。一瞬、目を瞑って名目。扉をノックする。

 

「入り給え」

「……失礼します。射手矢様」

 

 一言断りを入れて入室。緊張した面持ちで、獅子道は直立不動のまま、主である射手矢弦十郎(げんじゅうろう)の前に立った。

 見れば、社長室にいたのは射手矢一人ではなかった。社長室の椅子に座っている射手矢を王とし、その傍らに佇む文官の様な男の姿。

 グレイの髪とスーツ、青い瞳、長身痩躯の身体に顔には銀縁眼鏡。見るからに神経質そうな外見の男。神経質に糸を張り巡らせる痩せ蜘蛛の風情。

 知っている男だ。ゾディアック顧問弁護団の筆頭、(はかり)弁護士。確か、射手矢と幼馴染だという。

 

「ああ、よく来てくれた」

 

 社長室の椅子に座り、こちらを見据える射手矢の様子は朗らかだ。

 撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 一切変わらない。獅子道が知る射手矢だ。

 

「デュエルで疲れているところすまないね。今日は、残念だった」

「射手矢様のご期待に添えず、申し訳ございません」

 

 深々と頭を下げる。ほかに言いようがない。

 だがなんだ、さっきから、この部屋に感じる、異常な重圧は……?

 眼前の射手矢からではない。部屋のあらゆる場所から、もっと高みから、ぐるりと見降ろされているような感覚は――――

 

「謝ることなどない。君はよくやった。結果は残念だが、そのことで君を責めはしないよ。それに、君は私が抱えるプロの中で最強だ。その事実は揺らがない」

 

 射手矢は笑顔のままだ。周囲の異様な気配に、彼が感づいていないはずがない。なのに、なぜあんなに平然としているのか――――。

 

「それにしても、デュエルキング。やはり強大な()だ。彼に対抗する力が欲しい。そう、君もその一つだ」

「は? それは……」

 

 どういう意味か。顔を上げた獅子道の目に、異様な光景が飛び込んできた。

 射手矢と秤の背後から、半円状に社長室の中を取り囲む様に並び立つ、十二の影。

 でかい。天井に頭がこすれそうなほどの長身が十二。そして、そこから発せられる、言いようのない圧力。

 これだ、この影たちが、先程感じた重圧の正体だ。

 

「六道天を、そしてほかの多くの敵を倒すために、協力してくれるね、獅子道?」

 

 射手矢の誘い。獅子道の頭は非現実的な出来事によって半ば麻痺していたが、答えは決まっていた。

 もとよりこの身命、全て射手矢に捧げると決めている。何を求められようと、答えは決まっていた。

 

「はい、射手矢様。それがいかなることであろうとも、私の答えは決まっています。あなた様の、お望み通り、私をお使いください、射手矢様」

 

 その場に(かしず)き、獅子道は忠誠を捧げた。

 

「ああ、それでこそ、だ。獅子道、獅子道來。私のナンバーワン。さぁ―――――」

 

 満足げに笑って、射手矢は告げる。

 

「神々の戦争に、殴り込みだ」

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