神々の戦争   作:tuki21

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第43話:家族再会

 デュエルの終了と同時に、ロンドン塔の中庭は今、完全に静まり返っていた。

 痛いほどの沈黙。それを不意に破ったのは、観戦していた観光客の中の、子供だった。

 少年の、輝かんばかりの笑顔と、力の限り叩かれる拍手。それに呼応するように、周囲の大人たちも拍手を開始。

 音は伝播し、喜びは伝染し、次第に割れんばかりの拍手と、声の限りの歓声が二人を、和輝(かずき)咲夜(さくや)を包みこんだ。

 

「うお……」

 

 瀑布のような歓声に困惑する和輝。対して咲夜は笑顔で手を振り、観客の声援に応えた。

 

「ほら、和輝君も」

 

 カオス・ネオスにブラック・マジシャンが倒された時の衝撃で、尻餅をついていた和輝に対し、咲夜は手を差し伸べた。立ち上がり、観客の完成に応えろというわけだ。

 

「ん」

 

 答え、和輝は差し出された手を掴んだ。引き上げられるがそこは少女の腕力。和輝自身、足に力を入れて立ち上がった。

 

「ありがとー!」

 

 歓声に笑顔で答える咲夜。和輝も、若干ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、手を振った。

 

「いやー、素晴らしい! 素晴らしいデュエルをありがとう!」

 

 そして、観客たちの中から一人の男が二人に歩み寄った。

 ぱんぱんと、拍手の音が男の歩みに続いていく。

 男の年齢は四十代の前半。百九十センチ近い長身。撫でつけられた灰色の髪に、落ち着きのあるディープブルーの瞳。黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたような英国紳士の風情。

 

「あんたは?」

「何、ただの通りすがりさ。名前はフレドリック・ウェザースプーン。そう、君たちのデュエルに魅せられた、おじさんだよ」

 

 そう言って、男、フレドリックはシルクハットを脱いで一礼する。それはまさに、二人と、二人が見せたデュエルに対する敬意の表れだった。

 

「そう、ありがとう。おじさん」

 

 心地よい笑顔で、咲夜は答えた。そして和輝もまた、表情を和ませた。 

 そう、まさしく二人の、そんな安堵と優越感が混じったような状態を狙っていたのかもしれない。

 続くフレドリックの言葉はナイフとなって二人の喉元に突き付けられた。

 

「気をつけ給えよ。邪悪はすぐそこまで迫っているぞ?」

「!?」

 

 二人の表情に緊張が走る。同時、

 

「へえ、どういうことか、聞いてもいいかな?」

「返答は慎重にな。返答次第で貴様の身体が無事で済むかどうかが決まる」

 

 険を含んだ声が、フレドリックの背後から投げかけられた。

 いつの間に移動していたのか、ロキとアテナが警戒心の籠った視線でフレドリックを見据えていた。

 

「ふむ、北欧神話の悪戯の神ロキと、ギリシャ神話の戦女神アテナか。そう警戒しないでくれまいか?」

 

 フレドリックは両手を上げて“降参”のポーズを作る。そして語る。

 

「それと、私に危害を加えない方がいいだろう。それは明確なルール違反だ」

「……その言いざまからすると、あんたも神々の戦争の参加者か」

 

 和輝は一度短く息を吐き、己の現状を改めて観察したうえで問いかけた。そこに戦意は感じられなかった。

 いきなり声をかけてきたけど何か仕掛けるでもない。この期に及んでデュエルディスクも構えていなければ、神も侍らせてない。そんなフレドリックを見て、少なくとも今、この瞬間、この場で()()()()()来ないだろうと、そう判断した。

 

「その通り。もっとも、私の神は今、席を外していてね。ここに来たのは偶然だが、君たちを探していたのはそうではない」

「あたしたちを、探していた?」

 

 だとすればその目的は何か。猜疑心に溢れた咲夜の問いかけに、フレドリックは「いかにも」と頷いた。

 

()()()()探している。君たちのように、邪悪な存在がいかに強大な力の持ち主でも、決して屈せず、抗うことをやめない正義の心の持ち主たちを」

「その言い方、まるでボクらの今までの戦いを知っているかのように聞こえるね?」

「知っているとも」

 

 牽制も兼ねたロキの台詞に、フレデリックは頷いてみせた。

 

「私の神の能力さ。所謂、千里眼というやつだね。彼の瞳を通じて、私は見てきた」

「へぇ、興味深い神だね」

 

 笑みを浮かべるロキ。その脳裏で何を思っているのか、窺い知れる要素はどこにもない。少なくとも、表面上は。

 

「だから知っている。私は知っている。国守咲夜君。君が子供の姿にされ、無力さと猜疑心で弱っていたアテナを必死に守ってきたことを。

 岡崎和輝君、君が神々の非道に我慢できず、己の信念に従って立ち向かっていることを。素晴らしいことだ。邪悪に屈せぬ心ほど尊いものはない」

 

 そう言って、フレデリックはにこりと笑った。邪念が一切ない、無垢なる笑顔。本心からの笑顔だった。

 

「そして、すぐ近くまで迫っている邪悪が、クロノスというわけかい? 邪悪といえば、アンラマンユもいると思うけれど?」

「かの悪神もまた、非常に邪悪且つ危険な神だ。封印された今もそれは変わらない。何しろ、奴は封印されながらも、その邪悪な触手を世界に伸ばし、闇の一滴を垂らし、狂った悪の芽が芽吹くのを待っているだろう」

 

 ロキの表情に緊と、険が宿る。

 

「君は、どこまで知っている?」

「今はまだ語るときではないな」

 

 間髪入れずに、フレドリックはロキが差し込んだ牽制の刃を躱した。

 

「ではまた会おう。二人とも。その時は、私の神と引き合わそう」

 

 最後に一礼し、くるりと踵を返して去っていくフレデリック。二人と二柱は呆然とその後姿を見送った。

 

「……何だったんだ? あの人」

 

「悪い人には見えなかったけど……」

「分かっているのは二つ」

 

 呆然とした人間二人と、険しい表情のアテナの傍らで、ロキはいつものニマニマ笑いを顔に貼り付けて、ぴっと右手の人差し指と中指を立てた。

 

「今は敵ではないってこと。そしてもう一つ。彼は契約した神は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……貴様の縁者ということは……、北欧神話の神か?」

「たぶんね。参ったな。ボク、あいつとあまり仲がよくないんだよ。何かと目の敵にしてくるし」

 

 ぶつぶつと呟くロキの表情は苦い。

 

「ま、気にしても仕方ないか。外れてる可能性だってある。この答えは次に彼らと相対した時までお預けだな。それに、もういい時間だよ、和輝。そろそろ君のお父さんのところに行かなきゃ」

 

 言われて気付いたが、もう日が暮れる。確かに、いい加減養父(ちち)の大学に向かわなければならないだろう。

 

「あ、もうそんな時間か。ごめん、咲夜さん。俺、もう行かないと」

「ん。そうね、あたしもマネージャーのところに戻らないといけない時間だわ。あ、でもその前に――――」

 

 咲夜が自分のデッキからカードを一枚抜き取った。

 

「これ、あげるわ。今日付き合ってくれたお礼」

 

 差し出されたのは魔法使い族モンスター、マスマティシャン。

 

「いいの?」

「いいっていいって。あたしそのカード複数枚持ってるし。だから、あげるわ。今日の記念とお礼と、まぁいろいろね」

 

 なるほど、と和輝は思う。そしてこちらからも伝えなければならないことがあったのだ。

 

「ありがとう、咲夜さん。色々悩んでたけど、なんかすっきりした」

「――――ん。いい表情ね、和輝君。それでこそよ!」

「また会おう、ロキの契約者よ。こんどは――――戦場でな」

 

 そして最後に、咲夜は彼女に相応しい、太陽のような笑顔を浮かべ、アテナと共に去っていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 養父との再会を控えた和輝は、適当に身だしなみを整えた後、ロキの能力によって瞬間移動。ロンドン塔の中庭から、養父が勤務するロンドンにある某大学へと移動した。

 日が暮れかけているが、キャンパス内にはまだ学生の姿が多く、和輝は道行く学生に声をかけ、四苦八苦しながら岡崎教授の研究室の場所を聞き、それでもなお土地勘のなさからいまいちわからなかったので、直接事務所を訪ね、事務員に場所を教えてもらった。

 

「はい、これ。ここがショーセイ先生の研究室よ。地図書いておいたから」

 

 五十代の、恰幅のいい事務員の女性が手書きの地図を和輝に渡す。和輝は礼を言い、書いてもらった地図に従ってキャンパス内を歩く。

 

「ここか」

 

 たどり着いたのは、六階建ての、ちょっと古びた研究棟。辺りが薄暗くなっているため、外から見るとちょっとした幽霊屋敷だ。イギリスで幽霊と聞くと、少し洒落にならなそうだが。

 見上げればいくつかの部屋の電気はついたままだ。教えてもらった部屋は五階。エレベーターがあるそうなので、それを使って目的の階へ。

 リノリウムの床がカツカツと音を立てる。音が反響していき、照明を抑えられた薄暗い廊下に消えていく様は、なるほどホラー映画のワンシーンといえなくもない。もっとも、非実体化しているとはいえ、傍らに神という、オカルトの最高峰がいる和輝にとって、幽霊などいたところで「だからどうした」という程度だろうが。

 目的のドアを見つけた。部屋に「岡崎正晴(まさはる)」とある。間違いない。

 ノック。「入り給え」返答があったので中に。

 中にいたのは、一人の紳士。

 四十代中ごろの外見。オールバックにした黒髪、赤みがかかった茶色の瞳。左目に銀のフレームの片眼鏡、そのまま夜会に出れそうな燕尾服姿。おまけにちょび髭。

 変わっていないなぁと和輝は思った。イギリスに行った時と同じ、なんだか間違った方向に進んだスタイルは相変わらずだ。この格好がイギリス文化にかぶれて変わったとか、そんなんじゃないのがもう凄い。

 

「む……?」

 

 入ってきたのが和輝だったことが意外だったのか、養父、岡崎正春は一瞬、目を丸くした。

 

「あ――――」

 

 久しぶり。そう言おうとした和輝だったが、有無を言わせぬ勢いで、正晴がつかつかと歩み寄ってきたので、言葉は生み出されず飲み込まれた。

 ツカツカツカ、カツン! わざとかと思うほど大きな足音を立てて、正晴は和輝の眼前で止まった。

 かなり近い。彼我の距離は二センチを切っている。正晴は身長百八十センチを超えているので、百七十六センチの和輝よりも頭半分ほど大きい。正晴の影に体をすっぽりと覆われて、和輝はたじろいた。

 まるでその心の隙をついたかのように、正晴の両手ががっしりと和輝の両肩を掴んだ。

 

「遅いじゃないか、息子よ! 母さんから連絡が来たのに、一向に顔を見せないなんて非道じゃないか。さては放置プレイかね!?」

 

 謎のテンションの高さだった。

 

「待ってくれ、養父さん。養母(かあ)さんが言うには、養父さんは夜にならないと体が開かなかったはずだぜ? で、俺は夕暮れに来た。てことはだ、俺としてはちょっとは待つつもりだったんだけど?」

「馬鹿な!」

 

 愕然とした表情を浮かべて、正晴は和輝の肩から手を放した。

 大仰に手を振り頭を振ってポージングし、

 

「夜にならなければ帰れないなどと、そんなのは時間を作るための口実にすぎんではないか! 私は、久しぶりに息子と一対一の対話ができると、ちょっと楽しみにしていたのに!」

「そもそも、こっちには綺羅(きら)が来る可能性もあったんじゃ?」

「それはない」きっぱりと首を横に振る正晴。

「我が娘の性格は熟知している。彼女は愛しの我が妻を手伝おうとするだろう。我が妻がお前たちを歓迎するために腕によりをかけて、いいか? う・で・に・よ・り・を・か・け・て! 料理を振るまおうとするだろう。心優しい我が娘が手伝わないはずがないし、男子台所に立ち入るべからざると、お前を私の迎えによこすことは必然ではないかね!」

 

 よく分からないが凄い自信で言いきられてしまった。

 

「あ、そう……」

「しかるにだ、和輝。私はお前が父に会いたくてすぐにくると思っていたのに……、何故にここまで遅くなったのかね?」

「あー、観光してた。ロンドンの」

「それはいいことだ。ロンドンは悪い場所ではない。歴史を重ねているだけあってみるべきものはたくさんある」

「……この前手紙でロンドンをこき下ろしていなかった?」

「それは食事の話だとも。今日は母さんの手料理だ。それが最高でないはずがない」

 

 ここまできっぱりと断言されるといっそ清々しい。和輝は「そっか」と黙り、これ以上何も言わないことにした。

 

「ま、いい。それよりも――――」

 

 ポンと、今度は何気ない、まさしく父親が子供にするように、そっと、和輝の肩に手を添えた。

 

「母さんから聞いたが、何か抱え込んでいるものがあるという話だったが、どうもその悩みは君の中では一歩前進したようだね、和輝。だとすれば、私にかました放置プレイも無駄ではなかったというわけだ」

 

 穏やかに笑う正晴。そこに血の繋がりなど関係ない。父として、家族としての優しさが込められていた。

 

「そう、かな……。でもま、ちょっとすっきりしたのは本当かな。色々あったんだけどさ、今日、そんなもやもやしたものを吹き飛ばしてくれた人がいたから」

「ほう、それは興味深いね。和輝、色を知る年頃か!」

「ごめん、そろそろ無視して話進めていいかな? 帰ろうぜ」

 

 「それもそうだね」と言って、先だって歩き出す養父(ちち)の背中を、和輝は何とも言えない苦笑した背中で追いかけた。

 

(あっははは。ちょっと動揺したでしょ、和輝?)

 

 姿を消し、頭の中だけでほざく邪神については完全に無視した。

 

 

 この日、和輝と綺羅は久しぶりに家族の団欒を味わった。それは兄妹二人だけでは決して味わえないものだった。

 いろいろなことを話した。学校のこと、家のこと、綺羅は部活のこと。それに友人関係。和輝は龍次や烈震について話した。綺羅も、クラスや部活の友人について話した。

 それに、久しぶりに食べる養母(はは)の手料理はやはりおいしく、箸が止まらなかった。

 

「あら、和輝さん。そんなに慌てずとも、まだまだ料理はありますよ?」

 

 テーブル中央に盛り付けられた大皿から、次々に料理を小皿に運んでいく和輝に、正美(まさみ)が苦笑する。

 

「そうです、兄さん。もっと落ち着いて、ゆっくり食べてください」

「ハハハ和輝よ、君もまた正直な息子だね。素直に言ったらどうかな? 久しぶりの母さんの手料理に、もう我慢できない! と。私もだ!」

「あんたはいつも食べてるだろう!」

 

 ガチンと箸と箸がまるで剣のように料理の上で打ちあわされる。和輝が取ろうとしたおかずを、正晴が阻んだのだ。

 

「離したまえ息子よ。その肉は私が目をつけていたのだが?」

「何を言っているんだ。もう年なんだから、コレステロールに気を使い、食べ盛りの息子に譲ってはくれないかな?」 

 

 バチバチと見えない火花が父子の間で散る。

 

「もう、兄さんも父さんも、はしたないです」

 

 呆れるのは妹の役割。

 

「いいのよぉ。これくらい。男の人だもの。――――限度を超えなければ」

 

 最後に怖い人ことを言って男たちの火花を沈下するのも、母の務めだ。

 

「だ、大丈夫だとも母さん。私は冷静だよ?」

「冷静に、俺の取り分を奪おうとしないでくれよ」

 

 そして、食事は終わり、夜は更けていく。和輝にとって、今日は素晴らしき一日だった。

 咲夜と再会し、デュエルをし、そして心にかかっていた霧は晴れたと思う。

 そして“家族”と再会し、やはり笑顔を自然と浮かべられる。

 再会続きの一日は、そうして過ぎていった。

 そして、そんな一日の最後に、父は息子に問いかけた。

 

「和輝。デュエルのほうはどうかね? 変わらず、プロを目指す覚悟はあるかね?」

 

 問われ、和輝は思う。

 今日の咲夜とのデュエルは楽しかった。そして、最後に浴びた歓声は、心地よかった。そこにあった笑顔も。

 しばし沈黙する和輝。だが答えは決まっていた。それを口にすることに躊躇いはない。

 

「ああ。俺はやっぱりデュエルが好きだし、良いデュエルは勝敗に関係なく楽しい。ついでに見てる人たちも楽しめれば最高だ。拍手の一つもあるとなお完璧だ」

 

 これを、降りるなんて考えられない。

 そう答える和輝に対して、正晴はにこりと笑った。

 

「その覚悟や良し。それならば、我が友クリノもまた、喜んで君に指導するだろう」

「そう願うよ」

 

 夜は更けていく。明日が早い和輝だったが、それでも、彼は家族との会話を続けた。

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