夜の
「はい、
このショップでは客の要望に応えて店員がデュエルの相手をすることもある。敗北した客は悔しげに呻き、「まだデッキ調整が万全じゃないかー」と呟いて席を立った。
残った店員。明るい金髪、鋭い目つきの灰色の双眸、黒のタンクトップに白いジャケット姿。金色の体毛の、餓えつつも気高さを感じさせる一匹狼の風情。
龍次は客が帰った後、テーブルの上のカードを片付ける。
悪くない相手だった。だがどこか物足りない。詰めが甘いというより、考え方の幅が狭かった。
「あ、風間君。今日はもう上がっていいよ。ご苦労様」
店長の言に従い、龍次も席を立つ。挨拶をして店を出る。帰り道、考えることは神々の戦争のこと。
悪友である
彼は言っていた。終業式の日に戦った、神々の戦争の参加者のことを。
それが、神々の戦争に参加している。その事実だけで胃の中に鉛の塊を飲み込んだような不快感が湧き上がる。
ただでさえこちらは神々の戦争に勝ち抜く以外にやるべきこと、やらなければならないことがあるのに、そんな問題まで浮上されたらたまったものじゃない。
強くなりたい。もっと、たとえどんな相手だろうと、動揺しないくらいに。
「ん?」
熱帯夜の夜道を通り、額に汗しながらアパートに戻った時、龍次は郵便受けに封筒が入っているのを見た。
差出人の名前を見る。途端、彼の表情が渋面に覆われた。
差出人は母。横に父の名前もある。
政治家の父、その愛人の母。籍を入れていない両親。その関係の歪さには早くから気付いていた。
どこか寂しげに笑う母の顔。滅多に会えない父。そんな生活が嫌で、高校進学と同時に一人で暮らしていくことを宣言。母はやはり寂しげな微笑のまま了承。父に至っては「そうか。好きにしろ」この一言だけ。あとは全部金を通したやり取り。
生活費、学費、それらが仕送られるだけ。
学費はともかく、生活費には手をつけなかった。成長するに従って龍次の心にむくむくと膨らんでくる反骨心がそれを許さなかった。
いつも寂しげに、弱弱しく笑いながら、店が忙しいからとこちらと向き合わない母。そもそもろくにあったこともなく、幼い頃の印象から常に「冷たい」以外感じない父。うんざりだった。
プロデュエリストを目指すのも、そうすれば早く自立できるからにすぎない。
もちろんデュエルは好きだ。実力もあって、楽しい。だが、やはり龍次にとって、デュエルは自分が生活するための糧。未来へ進むための拠り所。そんな部分があった。
部屋の中に入る。暗がりの中手探りで進み、電気のスイッチを入れる。出迎えるもののない、遊びもない殺風景な独り暮らし用の部屋。
締め切っていたため淀んでいる空気を無視してエアコンのスイッチをオンに。床に直接座り込んで、封筒を開封。
中には手紙が一通。内容は―――――
「ああ、そういえば、そろそろ俺の誕生日か」
自分でも忘れていた事実。生まれた日を祝う、そんな当たり前のことも、面と向ってやったことは少ない。
無言のまま、手紙を封筒にしまった。そのまま封筒ごと手紙を破ろうとして、ふと中にまだ何かは言っていることに気づいた。
「なんだ?」
取り出してみる。それは一枚のカードだった。
デュエルモンスターズのカード。しかもヒロイックモンスター。どこから知ったのか、両親――あるいはどちらか片方――は、自分のデッキを知っているらしい。
両親からの誕生日プレゼント。
龍次はまた渋面を浮かべる。封筒の上に重ね、一緒に破ろうとして、手を止めた。
沈黙。結局、龍次は大きなため息を一つ吐き、封筒とカードを机の上に放った。
なんだか疲れた。早く眠りたいと思ったが。明日は用事がある。東京まで行かなければならない。億劫そうに立ち上がり、シャワーを浴びに向かった。
◆◆◆◆◆◆
翌日、龍次は東京都内の某病院に足を運んでいた。
目的はもちろん、彼の戦う理由である少女、
もう慣れてしまった病院の潔癖なまでに白い壁の廊下を通り、しんと静まり返った空気に嫌なもののを感じつつ、目的の病室の前で止まる。
深呼吸を一つ。ノックする。返事があったので、中に入った。
「おーす、茜」
エアコンの利いた固執。窓から日の光が入ってくる。そこに彼女はいた。
色素の薄い黄色の髪、同じく色素の薄い茶色の瞳、年齢不相応に幼い感じのするクリーム色の猫柄パジャマ。儚げで繊細で、それ故に美しい、精巧に作られたガラス細工の風情。龍次の記憶通りの姿の彼女がそこにいた。
「いらっしゃい、りゅーじ君」
「おう。また来たぜ」
努めて元気な声を出して右手を上げる。全然心配なんかしていない。心を痛めてなんかいない。だからお前は何も気にせず、能天気に笑っていてくれ。そう願いながら、病室に備え付けられたパイプ椅子を引っ張り出して、彼女のベッドの傍らに座る。
日に当たらない、透き通るような白い肌。頬、顎のライン、うなじ。
前見た時よりもやせ衰えているように見える。
以前聞いた茜の症状を思いだす。夜、寝ている間、彼女の心臓は止まっている。
超常存在である神による呪いならば、心臓が止まって本来ならば脳に血液が行かず、脳死してしまうよう状態でも何の問題もなく
だが、その状態がいつまで続くのか分からない。
今日、病室に来る前に主治医から聞いた言葉を思い出す。
あの、医者のくせに不健康そうな、死神のような男はこういった。
――――彼女と同じ病状の方々が、ここのところ相次いで死亡している。
胃の中に大きな鉛の塊を飲み込んだ気分だった。それを強いて押しのける。せめて茜の前では笑顔でいようと努める。
「今日はお前に見せたいものがあってな。ちょっとこいつを借りてきた」
言って、取り出したのは病院で貸し出しているノートPC。見せたいのはインターネット上で公開されている動画。
内容はAランクプロデュエリスト同士のリーグ戦。その対戦カードを見て、茜は目を輝かせた。
「あ。
「おう。
「えー。りゅーじ君だってそうじゃない。同じ希望皇ホープ使いだもんね」
「俺の場合はヒロイックのほうが比重は多いよ。それより、始まるぜ」
フルスクリーンにした動画が再生される。観客の歓声と、アナウンサーの絶叫。会場の熱狂が画面を通り越してこちらにまで届いてきそうな盛り上がりを見せていた。
そして、悠然と現れるデュエリストたち。
一人は男。東洋系の顔立ち、細面、墨を落としこんだような黒い瞳、オールバックの、同じく黒い髪、喪服のようなダークスーツ。百九十センチオーバーの長身だがやせた印象は一切なく、むしろしなやかに、力強くがっしりとしている。何度も叩かれ、鍛え上げられた刀剣の風情。
スコルピィ・ホークダウン。外見は東洋系だが、国籍はカナダで、このような名前となっている。元々大陸系の血が入っていたが、先祖がどこかでカナダに移民したのだという。以前インタビューで、自分は先祖の血が色濃く表面化したと言っていたのを龍次は思いだした。
「スコルピィプロ。この人こえ-んだよな。何かプロデュエリストっていうより、殺し屋みたいで」
「うーん。私もちょっと怖いかも。穂村崎プロ大丈夫かなぁ。こんな怖そうな人と」
「いやまぁ、別になぐり合うわけじゃないけどな。お、来たぜ」
歓声がひときわ高くなる。スコルピィプロの対岸、青コーナーから入場してくるは長身の女。
長身だがスコルピィプロほどではない。せいぜい百八十センチ前後。ウェーブのかかった灰色の長髪、右目が金、左目が青のオッドアイ、蒼い男物のスーツ姿、凛とした顔立ちと背筋を伸ばした佇まい。冷厳で泰然とした騎士の佇まい。。
穂村崎
何せ彼女のデッキはもっともスタンダートな【希望皇ホープ】。ヒロイックを軸にしながらもホープを切り札に据えている龍次にとっては参考になるデュエルも多く、どんな劣勢にも威風堂々とし、さらに逆転劇を成し遂げるその姿は多くのファンの心を掴んだ。茜は言うに及ばず、龍次もそうだ。
アナウンサーが興奮気味に両デュエリストを紹介。派手な火花が実際に柱のように吹き上がり、観客のボルテージは最高潮に。
デュエル開始の宣言が成され、戦いが開始された。
デュエルは一進一退だった。スコルピィプロが
だがついに防御が崩れた。シンクロモンスターによる攻勢を受け、ライフが大幅に削られた。
「ああ!」
画面の向こうで茜が悲鳴を上げた。龍次も、このネット配信は茜と一緒に見ようと思っていたので結末は知らない。ハラハラしながら試合を見守った。
『あーと! これは強烈ー!
画面の向こうで興奮した様子のアナウンサーの声が響き渡る。ハラハラする茜。固唾を飲んで見守る龍次。
だが、追い詰められた穂村崎プロに焦燥の色はない。寧ろ、この上なく楽しそうに笑っている。その姿は何もかもの理不尽を殴って退けそうな、圧倒的な頼もしさに満ちていた。
「崖っぷち? いいじゃないか。それでこそ燃えるというものだよ、君。私のターン!」
にこりと笑う穂村崎プロ。そして、そのままドローした。
「
観客席から瀑布のような絶叫が迸る。光とともに現れる新たなホープ。その効果が発動。スーパーノヴァもかくやという莫大量の光を放ち、スコルピィプロの場にいた三体の
あとは簡単だ。巨大化を装備させ、ホープONEでダイレクトアタック。まさかのディスティニードローから勝負を決めた。
「やったー!」
パソコンの前で茜が歓声を上げる。龍次も声にこそ出さなかったが小さくガッツポーズを作った。
「いやー、すごいデュエルだったねー、りゅーじ君」
「ああ。まさに手に汗握ったぜ。エンターテイメントの最高峰だよ」
それから二人は取り留めのない、他愛ない話をした。
二人の時間は瞬く間に過ぎていった。
夕暮れが病室に入りこむ。眩しそうだったので、龍次は席を立って窓際により、カーテンを閉めた。
「日が暮れてきたな。もう面会時間も終わりかね」
退出しようとする龍次を、茜が引き止めた。
彼女は震える唇でこういった。
「ごめん、りゅーじ君。難しいかもしれないけど、今夜は一緒にいて」
龍次は茜の声音に含まれた恐怖を感じ取り、眉根を寄せた。
「どうした?」
「うん……、なんだか、怖いの」
茜の瞳、そこに映る恐怖は本物だ。
「病気のせいか? それで、弱気になってんのか?」
問いかけてみるが、茜は首を横に振った。
「違う、と思う。最近ね、よく感じるの。
不安交じりの、嗚咽とも取れる声音の茜の言葉。龍次は硬直した。
脳裏をよぎるのは、いつかの夜に戦った、神々の戦争の参加者。
フローラと、その契約者の少女。彼女は花の女神フローラによってその精神を侵され、確固たる自己を塗り潰され、蹂躙されていた。
どこかの神による呪い。それが茜の病気の正体だ。ならば、その呪いがついに彼女の心を侵食しているのではないだろうか?
「不安なんだよ、りゅーじくん」
震える指で、龍次の服の裾を掴む茜。置き去りにされるのを怖がる幼子のよう。龍次はその手を優しくとった。
「オーケイ、分かったよ。今日は一緒にいてやる。だから安心してな」
できる限り優しい笑顔で、龍次は言った。