そこに存在しているだけで膝を屈したくなる存在感。それは人間が根本的に神の創造物にすぎず、だからこそ、人は本物の神を前にして膝をつき、
だが和輝はそれに抗う。
目の前の神は人間の命を毛ほども重んじたりはしない。そんな奴に膝を屈するのはごめんだった。
そして、カイロスを打倒するための光はあるのだ。
手札を見る。そこにある、
問題があるとすれば――――
「ロキ、お前、あまり強くないな……。カイロスと比べるとステータス低いし」
「ボ、ボクの身体には神の血が半分しか流れてないし、心臓も半分だし。仕方がないんだよ」
まぁ何とかなるだろうと、和輝は考える。賭けに出る部分はあるが、それでも、可能性はあるのだ。
だったら、絶望なんてしている場合じゃない。相変わらずうるさい怪物の声を無視しつつ、和輝はそう思った。
和輝LP1800手札7枚
場 なし
伏せ なし
舞LP2800手札1枚
場 刻限の鬼械神カイロス(攻撃表示)、No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ(攻撃表示、ORUなし)、CNo.40 ギミック・パペット-デビルス・ストリングス(攻撃表示、ORUなし)、
伏せ 1枚
刻限の鬼械神カイロス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果
ATK4000 DEF3300
このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、1000ライフポイントを払って発動できる。このターンにフィールドから墓地に送られた自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する。(4):1ターンに1度発動できる。相手が発動した魔法、罠、モンスター効果を無効にする。
No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ
ATK3200 DEF2300
レベル8モンスター×3
1ターンに1度、自分の魔法&罠カードゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、このカードにデステニーカウンターを1つ置く。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。このカードにデステニーカウンターが3つ乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。
CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ
ATK3300 DEF2000
レベル9モンスター×3
このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、自分はデッキからカードを1枚ドローする。その後、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスターの内、元々の攻撃力が一番高いモンスターのその数値分のダメージを相手ライフに与える。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。
「俺のターンだ、ドロー!」
望みはこのターンのみ。だから、このターンで決着をつける。
「俺は、手札の閉ざせし
和輝は手札を一枚、舞とカイロスにも見えるように提示する。
「ロキの効果はシンプルだ。選択した相手モンスターの効果を、ターン終了時まで無効にする!」
「な――――」
『何!?』
驚愕の声を出すカイロスの周囲に無数の、幾何学的な魔法陣が展開。そこから紫色の光の鎖が飛び出し、カイロスの身体に次々と巻き付いていく。
しかし――――
「この瞬間、カイロス様の効果を発動! ロキの効果を無効にしますよぉ!」
バチンと何かを弾くような音が響き、次の瞬間、光の鎖が全て砕け散る。
だがこれでカイロスの無効化効果は発動できない。これこそが和輝の狙いだ。
『で、これからどうする? 我を前に、頼みの綱の神を捨てるなど、自殺行為だぞ』
「問題ない。これがあるからな。手札の闇の誘惑を捨て、死者転生発動! 墓地からロキを回収するぜ!」
和輝のデュエルディスクが、今しがた墓地に捨てられた閉ざせし悪戯神ロキを排出、和輝がそれを手札に加え直す。これで神は再び和輝の手中に収まった。
「ここからだ! 手札から魔法カード、トライワイトゾーン発動! 墓地のレベル2以下の通常モンスター三体を蘇生させる! 俺は二体のガード・オブ・フレムベルと、ギャラクシーサーペントを特殊召喚!」
三体のモンスターが一気に和輝のフィールドに現れる。
『なんと、三体のモンスターを一度にそろえてきたか……』
緊張の雰囲気がカイロスと、彼が操る舞から伝わってくる。和輝もまた、一度だけ息を軽く吸い、吐いた。神の召喚を前に、彼もまた緊張しているのだ。
「いくぞ。三体のモンスターをリリース!」
和輝のフィールドの三体のモンスターが全て、白い粒子となって、世界に溶け込む様に消え去る。
「来い! 閉ざせし悪戯神ロキ!」
光は即座に力の「場」となり、目まぐるしく力を呼び込む「門」となる。その門が、和輝の召喚に合わせて開かれる。
ロキが降臨する。
金髪碧眼、目につくのは幾重にも纏った白のローブ。ローブの中心部、丁度ロキの胸の中心に当たる部分には
和輝の神、ロキが威風堂々と、フィールドにたたずんでいた。
「あ…………」
和輝の脳裏を刺激する光景。
それは記憶。九歳の頃の、七年前の大火災。
死にかけた和輝が生還できた理由。その答えが、和輝の目の前にあった。
「お前が――――――」
「和輝」
和輝の言葉を、ロキが優しく遮る。
「今はデュエルに集中しよう。もう、終わらせるんだ」
「あ、ああ……。ロキの効果発動! 召喚時、デッキからカードを五枚めくり、その中からカードを一枚手札に加え、残りを墓地に送る。これが、その五枚だ!」
和輝の指がデッキの上から五枚のカードを一度にめくり、提示する。
タスケルトン、ブラック・マジシャン・ガール、永遠の魂、モンスター・ゲート、ミニマム・ガッツ。
「ミニマム・ガッツを手札に加える!」
「さぁ、和輝。これが君の力だ」
和輝の宣言を受けて、ロキが提示された五枚のカードのうち一枚を手に取り、和輝に投げ渡す。和輝も二本の指で受け取った。
「行くぞ、カイロス! 魔法カード、死者蘇生! これでブラック・マジシャンを蘇生! そして、ミニマム・ガッツを発動! ブラック・マジシャンをリリースし、カイロスの攻撃力を0に!」
和輝のフィールドの蘇生された黒衣の魔術師の身体が赤く輝きだす。
炎のような輝きを身に纏った魔術師が、一個の弾丸となってカイロスに特攻。カイロスが迎撃にはなった長短針の群をかいくぐり、その胸元に直撃する。
「がああああああああああああ!」
カイロスの初めて上げる悲鳴。その巨体が大きく揺らぐ。
「よし! 和輝、今のカイロスなら、楽に倒せる!」
「ああ。さらにダメ押し! 装備魔法、巨大化をロキに装備し、攻撃力を倍に!
バトルだ! ロキでカイロスに攻撃!」
ロキの全身から白いオーラが噴き出す。巨大化の影響だ。その両手が胸前の掌をカイロスに向かって突きつける形で掲げられる。
「終わりだカイロス! 消えろ!」
そして放たれるのは闇色の閃光。一直線に迫る闇の矢がカイロスを撃ち貫かんと迫る。
この一撃が入れば5000の戦闘ダメージが発生し、カイロスは敗北する。さらに追い打ちの用に4000のバーンダメージが入る。カイロスの宝珠が割れる可能性は高い。
『こんなところで、貴様なんぞに倒されてたまるかぁ!』
「リバースカードオープン! ドレインシールド! その攻撃を無効にして、5000ポイントライフを回復しますよぉ!」
カイロスを守るために翻ったカード。直後、薄い黄緑色のヴェールがカイロスの前面に展開。ロキの闇の波動を受け止め、回復の力に転化。輝ける癒しの雨となって舞に降り注いだ。
「残念でしたねぇ! これでロキさんの攻撃は無意味! どころか私のライフを大幅に回復する結果に終わりましたぁ!」
『ミニマム・ガッツの効果はこのターンのエンドフェイズに消える。次のターンに我が貴様を潰して終わりだ』
勝ち誇るカイロスたち。だが和輝の、そしてロキの顔には、絶望はない。寧ろ、勝利を確信した笑みがあった。
和輝が、人差し指を立てながら言った。
「次、か。一つ教えておいてやる。そいつは間抜けの常套句だ。お前らに次なんかあるか! 速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス! ロキの攻撃力を倍にして、もう一度攻撃する!」
「な――――――」
『なんだとぉ!?』
和輝のカードがデュエルディスクにセットされ、ロキの全身から、先程に倍する白いオーラが立上る。
「ひ……」
神の威圧感を前に舞が後ずさる。カイロスもまた、圧倒的な攻撃力の差にたじろいだ。
「行けロキ! カイロスに攻撃!」
「はぁ!」
再び放たれる黒い極光。ただし、速度も大きさも先ほどの倍以上。カイロスのいかなる防御も全て発動前に潰し、直撃する。
『ぐああああああああああああああああああああああああ!』
猛獣の断末魔を思わせる咆哮が轟く。そして、ロキの一撃はそれにとどまらなかった。
カイロスの背中が盛り上がり、臨界点を超えて破裂。貫通したロキの一撃が、カイロスの後ろにいた舞を狙う。
「きゃあああああああああああああ!」
爆発、粉塵、舞の身体が浮き、その胸にあった青い宝珠が粉々に砕け散った。
閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果
ATK2500 DEF2500
このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):このカードの召喚に成功した時発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中からカードを1枚選んで手札に加えることができる。残りのカードは墓地に送る。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
死者転生:通常魔法
(1):手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。
トライワイトゾーン:通常魔法
自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。
ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー
ATK100 DEF2000
ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー
ATK1000 DEF0
死者蘇生:通常魔法
(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。
ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター
ATK2500 DEF2100
ミニマム・ガッツ:通常魔法
自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで0になる。このターン、選択したモンスターが戦闘によって破壊され相手の墓地へ送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
巨大化:装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。
ドレインシールド:通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分だけ自分のライフを回復する。
ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法
モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。
舞LP2800→7800→0手札1枚
舞のライフが0になり、デュエルに決着がついた。
同時、和輝の胸元で赤い光を放っていた宝珠がその光を消し、和輝の体内に消えていく。特に違和感はない。
「大丈夫。君の体組織と一体化しただけで、なんら害はない。神々の戦争の時だけ、表に出てくる仕様だから」
ならいいと、和輝は肩をすくめる。
和輝はデュエルディスクを停止させ、待機モードに戻す。実体化したロキが傍らに立ち、舞と、そして、どんどん体を薄れさせていくカイロスを見据えた。
『お、のれ……。この、我が……、貴様ごとき混ざりものに負けるなど……ッ!』
「混ざりもの?」
カイロスの声音に交じった嘲笑の色に、和輝が眉を潜ませる。するとロキが無表情のまま言った。
「ボクのことさ。ボクは神と、その敵対者だった霜の巨人のハーフ。つまりこの身体に神の血は半分しか流れていない。おかげで神としての力は弱いし、馬鹿にされるしでね」
ただ、とロキは続ける。右手を左胸、心臓に添えて。
「この身はボクの両親の愛の結晶であり、敵対者であろうとも愛を通して分かり合えるという証だ。だからボクはこの身体に流れる血を誇りに思う。君の罵りは無意味だよ、カイロス。ボクに負けた事実だけを抱えて消えろ」
『うおおおおおおおおおおおおおおお!』
火山の噴火を思わせる断末魔を残して、カイロスの身体が完全に消えた。
同時に、硝子が砕けるような音が周囲に響いた。周りを見渡せば、小学校の校庭は元に戻っており、まだ残っていた生徒や教師の姿が視えた。
視線を感じる。彼らの知らぬうちに現れた和輝とロキ、そして気絶している舞を怪しんでいるのだとわかる。
「和輝、いったんここを離れるよ。その子を離さないで」
ロキの指示に従い、和輝は舞を抱きあげる。
ロキが右の指を鳴らす。次の瞬間、校庭を時ならぬ突風が通りすぎた。
生徒たちの悲鳴が上がり、すぐに収まる。彼らが顔を上げた時、既に二人と一柱の姿はなかった。
◆◆◆◆◆◆
風に包まれたと思ったら、和輝は最初にロキと喋っていた空地へと移動していた。腕の中にはちゃんと気絶した舞の姿もあり、ロキはうっすらと微笑んで膝をついて周囲を見回している和輝を見つめていた。
「これは……」
「ボクの神としての力、かな。君と契約したことで、ボクもまた、神の力を扱うことができるとうになった。さっきの風で移動したんだ。あの場所はさすがに目立ちすぎるからね」
確かに、カイロスを倒したことで彼に止められていた時間も動きだし、町の人々も活動を再開している。多少の違和感はあるだろうが、人間、自分の理解の外の事象に対しては常識のフィルターがかかる。大丈夫だろう。
それよりも、聞きたいことがあった。
「ロキ、お前に聞きたいことがある」
「何だい?」
問いを促すロキだったが、その表情は和輝がこれから何を問いたいのか、既に知っている表情だった。
「思いだしたことがある。七年前の東京大火災。俺はあの地獄から脱出しようとして、けどできなくて、最後は自分の家のあった場所まで戻ってきちまった…………」
そこでいったん、和輝は言葉を止めた。自分の中で感情と言葉を整理し、一つ息を吐き出す。
「あの時、俺は死んでいたはずだ。絶対致命傷を負っていたからな。だがあの地獄で、俺はある人物と出会ってた。
その人物は、金髪碧眼だった」
記憶は二つ。一つは七年前に見た男。もう一つはさっきのデュエルでフィールドに登場した神。
この二つは、同じだった。
「あれは、お前だったんじゃないか?」
和輝の、確信を込めた言葉がロキに浴びせられる。
思えば、和輝が初めてロキを見つけた時。初めてロキが和輝を認識した時、彼は驚いていた。和輝を見て。
その理由もわかる。七年越しの再会。しかも、自分が重傷を負っている時に現れたのだ。神に言うことではないかもしれないが、運命めいたものを感じても無理はない。
ロキは僅かに沈黙。
「そうだね。まぁ、分かっているだろうから、隠す必要もないか」
ため息をとともにロキは肩をすくめた。
「七年前。あの火災現場でボクは死にかけた君を見つけた。その時点で君はもう手の施しようがなくてね」
それは和輝の記憶と合致する。確かに七年前の和輝はどう贔屓目に見ても致命傷だった。なのに助かったのは――――
「ボクはあの時、このままじゃ死ぬ君を救うために、心臓を半分、君に与えた。死に向かうだけだった君の心臓に、ボクの心臓を融合させた」
ドクン、和輝の心臓が、ロキの台詞に呼応するように高鳴った。ロキの言葉を信じようと思ったのも、これが理由なのかもしれない。
「ボクの心臓を半分、君の心臓を融合させた効果は絶大だった。生命の中核である心臓の再生能力が全身に行き渡り、君の傷は瞬く間に治癒。命を救えた。白髪化という代償とともに。
また、そのせいで、君はボクとつながりを持ってしまった。ボクと出会い、神々の戦争に巻き込まれる運命が、決定してしまったのかもしれないね」
髪をかき上げて苦笑するロキ。和輝は首を横に振った。
「そんなことはどうだっていい。けど、やっぱお前が俺の命の恩人か……」
「恩を着せようって気はないよ。あの場で君を見つけたのは偶然だったし、救おうとしたのはボクの意志なわけだから」
と、そこまで行った時、気絶していた舞に変化が起こった。
「う……、んん……。私は、一体……?」
身じろぎし、身を持ちあげるまい。頭を振ってぼやけた意識をはっきりさせる。
「私……、わた、し、は……」
さっきまでの異様なテンションの高さはどこにもなく、表情も享楽的なものが消え、不安げなもの。彼女から感じられたちぐはぐは印象もなくなっている。
「えっと、あなた達は――――」
カイロスが消えたことで洗脳が解け、正気を取り戻した舞だったが、和輝が声をかける直前、瞳の焦点が合わさり、
「あ――――――あああああああ!」
突然の悲鳴。自らの頬に両手をあてて、舞が悲痛な叫びを上げる。
上体をのけ反らせ、瞳は空を、どことも知れぬ、どこへでも行ってしまいそうな、抜けるような青空を見上げながら、喉を震わせて悲鳴を上げ続けた。
「な、なんだ!?」
「まずい、これは!」
「わ、私、な、なんて、なんてことを!」
半狂乱になった舞がバリバリと頬を掻き毟りだす。皮膚を破り、血が出て頬を赤く染めてもやめない。慌てて止めにかかる和輝だったが、暴れてうまくいかない。
「お、おいあんた! 一体何を――――」
「カイロスと契約している間、彼女は洗脳されていた。だからこそ、カイロスの意思に従っていくらでも残酷なことができた。子供の体内時間を異常に進めるとかね。
だが今、そのカイロスが消えたことで、彼女の精神を縛り付けていた洗脳が消えた。けれど記憶は残る。カイロスとともに行った、全ての記憶が」
もともと善良だった舞は、この事実を受け入れられず発狂した、ということだった。
「何とかならないのか!? これじゃあ――――」
「彼女は一生、この記憶に苦しめられることになる。和輝、そのまま抑えていてくれ」
言われたとおり、和輝は暴れる舞を苦労して押さえつける。ロキは舞の額に手を当てた。
バチンと、小さな雷が迸り、周囲をほのかに照らした。
そして舞の身体がぐったりと力を失った。また気絶したのだ。
「お、おいロキ。何を……」
「彼女の、カイロスに関する記憶を消した。カイロスとの出来事は、彼女には辛すぎる。今後の人生には必要のない物だ」
「そう、だな……」
意識を失った舞を抱いたままの和輝は、少しだけ複雑そうな表情で頷いた。
誰にだって消したい過去、忘れたい出来事はある。けれどそれら
もっとも、今回のケースは舞の意思や尊厳などまるで無視したものなので、ロキの行為は正しいのだと、そうも思っているが。
ロキは「これはサービス」といって、舞のひっかき傷だらけになってしまった頬に手をかざす。今度は暖かなエメラルドグリーンの光がともり、彼女の傷を癒していく。
「これでいい。後は彼女を病院に連れていって、人間の医者に任せよう」
舞についてはそれでいいだろう。だが、和輝はまだロキに尋ねたいことがいろいろあった。
神々の戦争についての詳細も聴きたかったし、何より一つ、疑念があった。
七年前の大火災。不自然な火の周り方。なんとしても聞き出したいことだった。
そんな和輝の内面をくみ取ったのか、ロキが言う。
「さて、和輝。これからボクは神々の戦争のルールについて、君に伝える必要があると思う。どこか、落ち着いて話のできる場所はないかな?」
渡りに船。和輝はそれならと、こう言った。
「俺の家に行こう。長い話になりそうだからな」
和輝にとって、今までの日常や現実が激変した一日。この長い一日は、まだ終わらない。