神々の戦争   作:tuki21

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第66話:待ち人来る

 星崎(ほしざき)市。

 東京都にほど近いその街の特色といえば、やはりデュエルモンスターズか。

 プロデュエリストの排出経験もあり、優秀なデュエルカリキュラムを誇る高校、十二星(じゅうにせい)高校をはじめ、全国放送されにくいCランク以下のプロのデュエルの放送。さらに世界に先駆けてデュエルモンスターズのカードの先行販売など、デュエルに関する様々な方面に力を入れている。

 そのため海外からも先行販売のカードを求めてこの街を訪れる者もいるほどだ。

 だから、この街に外国人がいてもさほど不自然ではない。

 にもかかわらず人々の衆目を集めたのは、路上にたたずむその少女が凛としており、かつ、内面からあふれる輝かんばかりの生気と、気品を、道行く人々がおのずと感じ取ったからかもしれない。

 事実、その少女は美しかった。

 雪のように白い肌、その肌を包み隠すのは白地の長袖ブラウス。ピンクに近い紫の髪に、サファイアのごとき青い双眸。飾り気のない衣服の中でひそやかに存在を主張する首から下げられた銀の十字架。そして両耳に、十代の少女からすればいささか高価なダイヤモンドがあしらわれたピアス。

 気高くもすました白鳥の風情。

 カトレア・ラインツェルン。神々の戦争の参加者であった。

 彼女は雑踏に目を向けるでもなく、ただじっと、カードショップの前で腕を組んでたたずんでいた。

 足元にはデュエルディスクとデッキ、それに今買ってきたカードパックが入ったバッグ。そのままじっと待っている。

 

「暑い……ですわ……」

 

 ただし、その可憐な唇が口ずさんだのは貴族的優雅さとはかけ離れていた。額には汗を浮かばせ、垂れた一筋が彼女の頬を伝って顎から落ちてい置く。

 

「噂には聞いていましたが、これがニホンの夏……。想像を絶していますわね、これは……」

 

 もう一度店内に入ろうかと思う。エアコンのきいたほど良い空間は、今にして思えばひどく懐かしい。

 

(だから、中で待ってましょうといったのに)

 

 カトレアの脳裏に直接届く声。彼女にしか聞こえない神の声。

 

「いいえ、モリガン。買い物を済ませ、デュエルする予定もない以上、速やかに立ち去るのがマナーというもの。それに店内にいてはウェザースプーン卿がわたくしを見つけられませんわ」

 

 聞き耳を立てているものなどいるはずもなかろうが、それでもカトレアは小声で神に返答した。

 たださすがにこの暑さはきつい。日本の夏には死者も出るという。これ以上待ってもフレデリックが現れないならば、どこか喫茶店にでも非難すべきか。

 カトレアがそう考え始めたころ、彼女の待ち人が雑踏の中から現れた。

 

「やぁラインツェルン君。待たせたね」

 

 やってきたのは撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 フレデリック・ウェザースプーン。北欧神話の千里眼の神、ヘイムダルと契約を結んだ、神々の戦争の参加者だ。

 待ち人来る。だがカトレアはきっとフレデリックを睨みつけ、

 

「遅いですわ! こっちはあと少しで干上がってしまうところでした」

「本当に申し訳ない、ラインツェルン君。しかし、長くなりそうだから喫茶店にでも入って待っていてくれといったはずなんだがね?」

「その場合、ウェザスプーン卿がわたくしを見つけられないかもしれないじゃありませんか」

 

 カトレアからすれば至極当然のことを言ったが、フレデリックはなぜか目をそらした。

 

「君というやつは、ずいぶんと生真面目な……。道路側の席に座るとか、いろいろと方法はあるだろうに……。まぁいい。近くの駐車場に車を置いてある、行こう」

 

 そう言ってフレデリックは歩き出す。カトレアも長い髪を翻して後に続いた。

 

「しかしなぜわざわざレンタカーを? わたくしの家の車で来ればよろしいじゃありませんか。運転手もおりますし」

「うん、君は知らないかもしれないが、日本でリムジンというのは珍しいんだよ。特にここのように、都心からやや離れたような街だとね。それに、ハンドルは自分で握るに限る」

「それともう一つ、なぜわたくしがオカザキカズキの相手をするのではなく、貴方が直々に相手をするのですか?」

「彼に期待をかけているから。この目で彼の実力を見たいから。彼の成長のきっかけを与えられればいいと思っているからだよ」

 

 カトレアは不機嫌に頬を膨らませた。気品に満ちた振る舞いはすでに陽炎のようにはかなく消えて、年齢よりも子供っぽい、むきになりやすい内面が僅かに覗いた。

 

「不満かね?」

「当然です! その男にウェザースプーン卿がそこまで気に掛ける何かがあるのですか?」

「それを確かめに行くのさ」

 

 不満げなカトレアと、その怒りを笑って流すフレデリック。そんな様子で、二人は去っていく。目的地は決まっている。フレデリックの予想が正しければ、待ち人はその場に向かうはずだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 星崎市の往来を行く神々の戦争の参加者は、フレデリックとカトレアだけではなかった。 

 その少年はひどく不機嫌そうな表情をしていた。

 人目を惹く少年だった。

 高校生ぐらいの年齢に反した、白い髪、茶色がかった黒い瞳。真夏の日光ゆえか、少し日に焼けた肌。もともと二枚目と言っていい精悍な顔つきだが、今は暑さにうんざりしたような、それでいて別の要因も重なった不機嫌そのもののイライラ顔なため、とても異性の心をつかめるとは思えない。日焼け対策か、白のジャンパーを羽織った状態で両手をポケットに突っ込み、荷物の入ったバッグを肩に下げた状態で目的地に向かって歩を進めていた。

 その隣を歩く男もまた、人目を惹く美貌の持ち主だった。

 隣を歩く少年と違い、涼し気な微笑を浮かべた顔、金髪、碧眼。地味だが、いや地味だからこそ若者の美貌を引き立てる白のワイシャツに簡素なスラックス姿。装飾品の類は一切ないが、自分の美貌さえあればほかの装飾品など必要ないとばかりだ。

 いうまでもなく、岡崎和輝(おかざきかずき)とその契約者、北欧神話の邪神、ロキだ。

 一人と一柱の前には一匹の、奇妙な虫のような生物がいた。

 昆虫のようにも見えるが、実在の昆虫と比べればずいぶんグロテスクだ。

 昆虫のような羽と節足はいいが、それらが生えている本体が無数に寄り集まった眼球なのだ。

 真昼間の部屋の中にこの異形が入ってきた時、最初和輝は驚いたものだったが、ロキは笑っていた。

 彼には心当たりがあったのだ。このような偵察機を操る神の存在に。

 その名はヘイムダル。北欧神話に名を連ねる神の国の番人にして見張り役。そしてロキと因縁浅からぬ相手だ。

 今、和輝とロキはヘイムダルの偵察ビットを案内役にして、いずこかに行こうとしていた。

 場所は分からない。先導するビット、つまりはヘイムダルの意思次第だ。

 和輝は無言で歩を進める。彼の行動といえば、時折肩にかけたバッグの位置を直すくらいだ。バッグの中にはデュエルディスクとデッキが、戦うための武器と生命線が入っているので、決して手放せない。

 

「ねぇ和輝。いい加減機嫌直しなよ」

「……俺は別に怒ってなんかいない。この顔は生まれつきだ」

「その言い方がすでに不機嫌の証拠なんだってば」

 

 呆れたようにため息をつくロキ。

 和輝が不機嫌な理由を知るには、時間を遡る必要があった。

 

 

 岡崎家、和輝の部屋にヘイムダルの偵察ビットが来訪した後のこと。

 

「この気持ち悪いのはなんだ?」

「和輝、招待状だよ、こいつは」

 

 空中で停滞して羽以外微動だにさせないビットを指さして、ロキは微笑んだ。戦いの予感を覚えたのだ。

 

「正直に言うとね、こいつを放ってきたのはヘイムダル。ボクの知り合い。ほら、君にエアメール送ってきた英国紳士がいただろ?」

「フレデリック・ウェザースプーンってやつか」

 

 正解、というようにこくりと頷くロキ。その右手人差し指が持ち上がり、くるくると回され空中に渦を作る。

 

「あの紳士が契約した神が、ヘイムダルだ。気配の残滓からほぼ間違いないだろうなって思ってたけど、この趣味の悪いドローン君を見て確信した。目的はまぁ、この前エアメールにあったことだね」

「じゃあ、お招きにあずかるか」

 

 そう言って、和輝は立ち上がった。調整済みのデッキとデュエルディスクをバッグに突っ込み、外出用のジャンパーを羽織る。

 この時点では和輝は戦いに赴く冷静さを保持しており、特に不機嫌だったわけでもない。

 彼の感情が乱されたのはこの後だ。

 和輝は階段を降り、一回でテレビを見ている義妹の綺羅(きら)に声をかけた。

 

「綺羅、悪いがちょっと出かけてくる」

 

 びくりと肩を震わせる綺羅。そのまま慌てたように立ち上がり、和輝に近づいてきた。

 

「兄さん」

「な、なんだ?」

 

 義妹の様子にただならぬものを感じて、和輝はまじまじと綺羅の顔を見た。

 潤んだ瞳、思いつめたような表情。いつもの綺羅とは様子が明らかに違う。

 

「どうした? なにか、相談事でもあるのか?」

「相談事があるのは、兄さんじゃありませんか?」

 

 踏み込んだ言葉。和輝が何か言う前に、綺羅はさらに踏み込んでくる。

 

「兄さん、兄さんが何か私に言えないことを抱えていることは分かります。分かるんです。分かってしまうんですよ」

「綺――――――」

「私だけじゃありません。父さんも、母さんも、兄さんが何か抱え込んでることに気づいているんです。けれどお二人は兄さんのこと信頼していて、兄さんが打ち明けないのはその方がいいと判断したからだ。本当に抱えきれなくなった時、あの子は話してくれる。そういう子だから、心配しすぎてはいけないって、そう言ってて。でも私は不安で――――」

 

 綺羅の胸の内から、感情が堰を切ったように零れ出して止まらなくなっていた。和輝は困惑した。綺羅がここまで思い詰めているとは思わなかったのだ。

 あるいは家族として予感があったのか。和輝の外出がただの外出ではないことを直感的に理解していて、だから今までため込んだものがあふれ出してきたのだろうか。

 

「兄さん。兄さんはどこかに行ってしまうのですか? どこか、とても遠いところに」

 

 和輝は嘆息した。家族にここまで心配をかけさせ、それに気づかなかった俺は死ぬほど低能だなと自嘲しつつ、綺羅の頭に手をやった。

 

「バーカ言ってんじゃないよ。俺はどこにも行かない。俺は、家族を置いて消えたりしない。お前を置いていったりしない。心配すんな――――って言っても無理かもしれないけど、それでも心配するな。お前は俺が帰ってくるって信じてくれてればいい。安心しろ、この約束は破らないさ」

 

 できる限り優しい声音で、和輝はそう告げた。

 綺羅はしばらく沈黙してうつむいていたが、やがて目尻を拭って顔を上げた。

 

「取り乱して、申し訳ありませんでした、兄さん。出かけに引き留めてしまって――――。行ってらっしゃい」

 

 それだけ告げて、綺羅は踵を返して奥へと引っ込んでしまった。和輝は沈黙したまま玄関をくぐった。

 

 

「家族を悲しませた。それだけで俺は自分(てめぇ)が許せねぇ」

 

 隣を歩くロキの顔を見ず、呟くように和輝はそう言った。ロキは何も言わない。ただ肩をすくめるだけだ。

 やがて一人と一柱の足が止まる。先導していたビットが動きを止めたからだ。

 和輝たちの前に広がるのは、和輝が通う高校、十二星(じゅうにせい)高校だった。

 

「うーん。相手はこっちのプライベートのことを知り尽くしているみたいだねぇ」

「予想できたことだ。行くぞ」

 

 先に立って歩きだす和輝。ロキも後に続く。十二星高校の敷地内に入った時、すでに和輝の表情は平時のものに戻っていた。戦いを前に乱れた精神状態をフラットにしたのだ。

 今は夏休み期間中で、しかも今日はどの部活も休み。本来なら学校自体門が閉まっているはずなのだが、なぜか開いていた。

 がらんとした無人の学校。これが夜なら立派なホラーだが昼間だとただうら寂しいだけだ。

 無言で進む和輝とロキ。特に表情を見せない和輝と対照的に、ロキはいつものにやにや笑いを浮かべている。

 和輝たちの前方を、再び動き出した偵察ビットが先導する。その道案内に従いながらも、和輝は目的地がどこか把握していた。

 やがて目的の場所につく。和輝の予想通り、デュエル演習場だった。

 

「やあ岡崎和輝君。待っていたとも!」

 

 パン! 大きく手を打つ音が一人も観客のいないデュエル演習場で、男と少女が和輝を待っていた。

 男――――撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 この姿を見て思い出した。そう、確かに彼はロンドンの街で自分に接触を図ってきた。

 もう一人は知らない。

 白地の長袖ブラウス、青のスカート。ピンクに近い紫の髪に、サファイアのごとき青い双眸。飾り気のない衣服の中でひそやかに存在を主張する首から下げられた銀の十字架、両耳のダイヤのピアス。

 自分と同い年くらいの少女で、かわいらしさよりも凛とした勇ましさ、美しさを感じさせる少女。

 なぜか少女はこちらを睨んでいる。初対面の人間にこんな怒気をぶつけられる覚えはないだけに、和輝は内心で困惑した。もっとも、その困惑はかけらも表情には出さなかったが。

 

「待っていた、か。確かに」

 

 ひとまず少女の存在を棚に上げて、和輝はフレデリックと相対した。

 少女と違い、フレデリックはデュエル場の中に入っている。和輝もデュエル場に向かって歩を進める。

 

「エアメールまで送って存在を知らせて、今日はグロテスクな案内役だ。何が目的なんだい?」

「うむ。端的に言うと――――戦いに来た」

 

 空気が変わる。闘気が満ちる。

 ふと、フレデリックがくるりと振り返って少女の方を指示した。

 

「彼女はカトレア・ラインツェルン。私たちの仲間だ」

「私たち、ね」

 

 複数形の意味をもちろん和輝は承知している。カトレアは腕を組み、足を横に広げた仁王立ちスタイルで和輝を睨みつけている。その力強くも決して不快ではない視線に、和輝は苦笑した。

 

「まぁいいさ。で、本当に戦いに来ただけか?」

 

 ロンドンで、わざわざこちらに警告し、エアメールでも忠告めいたことを告げた紳士。それが本当に戦いに来ただけとは思わない。

 

「すべては終わった後のことだ。勿論、君が立っていれば、の話だがね――――バトルフィールド展開」

 

 瞬時に世界が切り替わる。位相のずれた仮想空間、バトルフィールドに入り込み、世界から人が消え、残ったのは実体化したままのロキと、和輝。フレデリックとカトレアだけだ。

 

「ふん、ヘイムダルの奴、ボクのことは見えているだろうに実体化しないとは、根暗な奴め」

「お前が挑発したり喧嘩吹っ掛けたりしているから、うざったくて顔を出さないんだろ」

「さて、ヘイムダル。ああいわれているが何か感想は?」

(必要ない。おれが顔を出そうが出すまいが、これからなすことは変わらぬし、結末次第ではそのまま顔を見ずにロキは脱落する)

 

 フレデリックの頭の中だけで、ヘイムダルの声が響く。ここまで姿を見せないパートナーの姿に苦笑しつつ、神と人間の精神構造の差異の少なさを面白いものだと内心で笑みを浮かべた。

 

「オカザキカズキ。ウェザースプーン卿が見出したという正義、力。見極めさせてもらいますわ」

 

 睨みつけるような表情はそのままに、カトレアは呟く。小さな呟きだったので、その声は人間たちには届かなかった。

 

「勝ったら、いろいろと教えてもらうぜ」と和輝。

「ずるい言い方だ。誰が勝ったらなのか指定していないのが、特に」苦笑するフレデリック。

 

決闘(デュエル)

 

 戦いは、静かな言葉で幕を上げた。

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