ロキが思うに、ヘイムダルは神話の時代から自分を敵視していた。
ヘイムダル、北欧神話の神々の国アスガルドと守護する門番、そして、大神オーディンの息子。
同じ息子であるトールと違い、ヘイムダル厳格な性格で、悪く言えば融通が利かなかった。
それ故に、本来神々と敵対している巨人族の血を引いた半神のロキがオーディンの庇護下に入り、あまつさえ、義兄弟の契りを交わしたことが気に入らなかったのかもしれない。
ロキも悪戯の神なだけあって奸智にたけた悪行の数々で神界を混乱させていたのだから、ヘイムダルが敵視する理由は分かる。
あるいは嫉妬か。ヘイムダルはアスガルドの門番として、神界と北欧の人界を隔てる虹の橋、ビフレストのたもとに居を構え、そこで見張り番をしていた。
そのため彼は常に一柱のみで生活しており、ほかの神々との接点が少なかった。
それは当然、実父であるオーディンとも。
だが、赤の他人であるはずのロキが、義兄弟としてオーディンの庇護を受け、我が物顔でその隣に居座るのは我慢できなかった。だからことあるごとに衝突した。ロキはそう考える。
おお、おおヘイムダル。白きアース神。その清廉な異名に背く醜い嫉妬の感情を発露させるか。
だが、ロキはその醜さこそが好ましい。
実に人間的だ。そしてロキは人間が大好きだ。人間的な神も。
だから、ヘイムダルがどう思おうと、ロキは彼のことが嫌いではなかった。
ただし、どうにも負けたくないという気持ちはあった。
◆◆◆◆◆◆
現在の状況を、和輝は冷静に把握した。
自分の手札は七枚。潤沢だ。だがいかに豊富な手札でも、現状を打破できなければ意味はない。残念だが和輝の手札に、現状打破及び逆転のための切り札はない。
フレデリックのフィールドに目を向ける。
正体不明の伏せカードが一枚。そして永続魔法、連合軍。
もっとも厄介なのは彼のモンスターたちだろう。
Sモンスターのウォリアーたち。特にスターダスト・ウォリアーがいるため、実質和輝の特殊召喚は一回封じられたに等しい。
そして、それら戦士たちを統率する神、ヘイムダル。
たった一枚の手札をコストに、無数のモンスターを出現される効果、そしてこちらのエクストラデッキに干渉する効果。今は装備魔法、団結の力の効果により、攻撃力を8000にまで上昇させている。
分厚い布陣、高い壁。
何としても乗り越えたい。和輝はそう思う。
現状を打破するためにはドローに賭けるしかない。
だが何を引けばいい? あるいは、
(だが、それは運だ)
和輝とて、多くの戦いを経験してきた。だからわかる。今、戦いの流れはフレデリックのものだ。
今までも、ロキの不確定なサーチ効果に頼り、逆転してきたことはある。
だがそれは流れが和輝に傾いていると、意識的にせよ無意識的にせよ確信があったからできたことだった。
まして今は考える余裕ができてしまった。あれよあれよという間に敗北、というわけではないので、いやでも敗北と、神々の戦争脱落が頭にちらつく。
「くそ……!」
「己の力に自信が持てないかね?」
和輝の心の動揺に対して、フレデリックの言葉がするりと差し込まれた。
「なんだと?」
「この状況から君が勝利するには、スターダスト・ウォリアーの効果による特殊召喚への軛を掻い潜ったうえで、私のライフを0にしなければならない。それには圧倒的な攻撃力が必要だ。
その火力をどうやって捻出するか? そして、攻撃するモンスターはどうするか? そもそも、キーカードをこのドローで引けるのか? 悩みは尽きないね」
フレデリックの言葉一つ一つが、和輝の不安を突いていく。
「それでは君はこれ以上戦えないよ。ここで私と、ヘイムダルに倒された方が、命を落とさずに済む」
「言ってくれるぜ……」
「和輝。とにかくできることをやろう。まずはドローしてからだ」
「――――それでは現状は変わらない」
巌を削ったかのごとき声が差し挟まれた。
ヘイムダルが、フレデリックのフィールドにいたままに声をかけたのだ。
「何が言いたい? ヘイムダル」訝しげに問いかけるロキ。
「神の成長とは、なんだ?」応えず別の問いを投げかけるヘイムダル。
「神は、ただ戦い続ければ強くなるが、それがイコールで成長になるとは限らない。秘められた力の開眼。新たな進化。それをなすに必要な事柄はなんだ?」
誰かに言い聞かせているようにも、独白のようにも聞こえる、機械のような声音のヘイムダル。和輝はますます困惑した。
だがロキはそうではなかった。
「和輝、恐れることはないよ」
穏やかなロキの声。和輝は、己のパートナーの声音にこもった確信めいた感情に眉をひそめた。
先ほどまで、和輝と同じく、ロキもまた、焦慮の念を感じていたはずだ。ヘイムダルの効果に、フレデリックの攻勢に。
だが今は違う。凪のように穏やかだ。
「ロキ?」
「カードを引こう、和輝。大丈夫。君の不安を払しょくしよう」
「不安要素が分かるのか?」
「だてに君と長いこと戦ってるわけじゃない。密度の問題だけれどね。けれど分かるよ。君は、ここで
和輝は言葉に詰まった。その沈黙が何よりの答えだった。
苦笑するロキ。己の弱さはパートナーの足を引っ張ることが多いらしい。
ロキは力の弱い神だ。少しばかり頭が回るからといって、それがカードに反映されればピーキーな性能の、やや不安定なものでしかない。トールやオーディンのようなまっとうな戦闘神の方が、単体の力は圧倒的に上で、使い手としても安心できるだろう。
ロキはそうではない。そしてそれでいい。
ロキは思う、自分は単体で強力である必要はない。ただ、和輝を勝たせられればいい。
――――それでもお前は、人間の霊の解放を願うのか? 人間は、我々神が舗装した道を歩むべきだ。
かつて、オーディンはロキにそう言った。それに対してロキは何と答えたか。
覚えている。胸を張って答えたのだ。
――――違うね。例えそこが何もない、荒れ果てた大地だとしても、人間は、自分の足で歩くべきだ。
それが答えだ。人間は、自分の手で勝ち取るべきだ。
神々の戦争。多くの神が絡むまさしく終末的戦い。
だが、それでも、勝つのは
だから自分は強くなくていい。ただ、和輝がより勝ちやすいよう、手助けできればそれでいい。
和輝は自分の意志で戦い、自分の手で勝利を掴むべきだ。
そう思った時、ロキは確かに、己の中の何かが変わったことを悟った。
「和輝、ボクは弱い。この場で神のカード一つで逆転できるような力はない。だから、
それっきり、ロキは沈黙した。和輝は、ロキの意図がいまいちわからない。しかし、彼の言葉を聞いているうちに、胸中で渦巻いていた不安は薄れていた。
「言ってくれるぜ、邪神さま。じゃあ、やってやるよ!」
和輝の視線がまっすぐフレデリックを射抜く。
力強い眼差しだった。恐れを振り払った、瞳だった。
「俺のターン!」
そして和輝は声高に宣言した。
「ドロー!」
心臓の鼓動を感じた。
自分の心臓だと、和輝は確信した。
心臓部に手を当てる。その鼓動が伝えていた。和輝が今引いたカードが何なのか。
確認するまでもない。和輝は、ロキを引き当てたのだ。しかも、改めて目で確認して、和輝は驚いた。思わずロキを見る。
「これは――――――」
「そう、ボクらの成長の証、かな。さぁ和輝、見せてくれ。不安を払拭された君が、どう逆転するのか」
微笑を浮かべるロキ。和輝はにっと口角をわずかに吊り上げた、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「ああ、いいぜ、ロキ。お前の期待に応えてやる。よーく見てな! まずはサイクロンを発動! フレデリックさんよ、あんたの伏せカードを破壊する!」
一陣の風が、和輝が繰り出したカードから発生した。風は瞬時に無形の刃に代わり、フレデリックの足元に伏せられたカード、神の警告を切り刻んだ。
「おっと。神の警告を破壊されたか、これでは展開を許してしまうかな?」
いまだ自身のフィールドに相手の特殊召喚を牽制するスターダスト・ウォリアーを抱えながら、いけしゃあしゃあと言うフレデリック。だが和輝もそれは分かっている。わかったうえで、彼は次の行動に出た。
「あいたPゾーンに、スケール8の時読みの魔術師をセッティング! 再びスケールは成った。これで俺はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能! ペンデュラム召喚だ!」
「ここは止めようか! スターダスト・ウォリアーの効果発動! 自身をリリースし、君のP召喚を無効にする!」
光の粒子となって消えるスターダスト・ウォリアー。その粒子が濃霧となって和輝のフィールドに立ち込め、異界へと開く門を封じ込めた。
沈黙。だが和輝は笑っていた。フレデリックも微笑していた。
フレデリックは和輝の狙いを見抜いていた。
和輝のP召喚は囮。展開をどうしても阻害するスターダスト・ウォリアーの効果を無駄打ちさせるためのものだ。この後、本命の展開が待っているのだろう。
しかしそれはあくまでその可能性がある、というだけだ。実際はP召喚が本命で、本命があると思わせることこそブラフ。ここでスターダスト・ウォリアーの効果を使わなければ、和輝の戦術は滞りなく進み、逆転を許したかもしれない。
すでにフレデリックはデュエルの流れが変わりつつあることを肌で感じていた。いつまでも自分の優位が手元にあると思うほど、フレデリックは楽観的ではない。
和輝のP召喚が囮であれ、本命であれ、どのみちフレデリックに選択肢はなかった。本命の可能性がちらつく以上、止めないわけにはいかないのだ。
今の短い攻防で、フレデリックはそこまで考えていた。もっとも、そんな様子はおくびにも出さないが。
「これで、これを止められない! 手札から魔法カード、トライワイトゾーン発動! 俺の墓地から二体のギャラクシーサーペント、そしてガード・オブ・フレムベルを特殊召喚する!」
これが本命だとばかりにカードをセットする和輝。その眼前に現れるレベル2以下の通常モンスターたち。小さくて、弱くて、けれどこの場で和輝の逆転を力強く手助けしてくれる存在だった。
「三体の生贄をそろえたか」
「来るか、ロキ……!」
ぎらりと、ヘイムダルが半透明のロキを睨みつける。すでに場の空気は神の登場に慄然とし、対戦者の二名も、観戦している一人も、緊張に身を固めていた。
「行くぜ! 俺は場の三体のモンスターをリリース!」
三体の下級モンスターが瞬時に分解、神を呼ぶ門へと置換される。
そして現れる和輝のパートナー。
だが何かが違っていた。
外見は同じだ。整った容貌も、黄金を
だが、一目見れば変わったとわかる。それは外見的な変化ではなく、ロキの内側から来るもの。内包する力、オーラが違うというべきか。
「これ、は……」
観戦していたカトレアの声がかすれた。姿を消しているモリガンも、目を見張っているのが気配で伝わった。
フィールドで剣を構えたヘイムダルはほうと呟いた。
「己の境界を崩し、殻を破ったか」
「見事、というしかないね」とフレデリック。
和輝はロキを見ていた。正確にはそのカードを。
以前とステータスが違う、前は攻撃力2500だった。今は3000に上昇している。神として見ればそれでも低い。三体ものモンスターを使ったにしてはやはり攻撃力は低い。
しかし関係なかった。この効果なら、和輝次第でどんなことでもできる。
「しかしおかしいね。ロキ君には召喚成功時に墓地肥やしとサーチを兼ねた効果があったはずだが?」
「その不安定な効果は、もう古いよ」
疑問を呈するフレデリックに対して、ロキは人の悪い微笑で答えた。ロキの視線を受け、和輝は頷いた。
「これが新しいロキの効果だ! 一ターンに一度、デッキからカードを一枚手札に加える! 俺は巨大化を手札に加える!」
「万能サーチ!? 確かに正統進化と言えるが、何という効果だね……」
「ボクが君たちに勝つ必要はない。ボクの力はサポートでいい。あとは和輝が勝ってくれるさ」
だろ? とウィンクをするロキ。和輝も不敵な笑みを浮かべてそれに答えた。
「まずはその期待に応えるぞ、ロキ。俺は巨大化をロキに装備する! 俺のライフはあんたを下回っている。よってロキの攻撃力は倍だ!」
ロキの全身から白いオーラが放出される。実際にロキの身体が大きくなったわけではないが、その身から放たれる力は確実に二倍になった。
「だがそれでも攻撃力は6000止まり。ヘイムダルの攻撃力は8000だよ?」
「かまわない。ジャンク・アタックをロキに装備。――――ロキでヘイムダルを攻撃!」
狙うは本丸。和輝はほかのモンスターには目もくれず、ロキに攻撃を命じた。
「攻撃力で劣る状態で、攻撃だと?」
剣を構えたヘイムダルの眉が顰められる。考えられるのはダメージステップで攻撃力を増減させるコンバットトリックか。
ロキが笑みを浮かべたまま、右手で拳銃の形を作った。
「ばーん」
間の抜けた声のゆびでっぽう。だが放たれた魔力の塊は本物だ。弾丸をはるかに凌駕する漆黒の魔弾が、音速を超過してヘイムダルに迫る。
だがそこでの和輝の行動はさらに奇抜で、フレデリックとヘイムダルの思考の間隙を突いたのだった。
「この瞬間、墓地のタスケルトンの効果発動! このカードを除外し、ロキの攻撃を無効にする!」
和輝の墓地から飛び出した大きな豚のモンスターが、ヘイムダルの盾となって破壊された。
己の攻撃を己で止める。その不可解な現象よ。
驚くカトレア。「ちょっと待ちなさい! タスケルトンなど、いつの間に墓地に!?」
瞬時に理解したフレデリック。「そうか、ライトロード・メイデンミネルバの効果の時か。あの時に墓地に送ったデッキトップが、タスケルトンだったのだな!」
にやりと笑うだけの和輝。だがこの場合、沈黙は何よりも肯定の証だった。
「タスケルトンによってロキの攻撃は無効化された。よってこの瞬間、このカードの発動条件が満たされた! 手札から速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス発動! ロキの攻撃力を倍にしたうえで、もう一度攻撃を行う!」
「ッ!? これが狙いか!」
歯噛みするヘイムダル。ロキは先ほどに倍するオーラを放出させ、両手を上へと掲げた。
ロキの両掌の上から、太陽のごとき熱量を発する黒球が出現する。そのままロキは全身で振りかぶって黒球をヘイムダルに向かて投げつけた。
「ぐおおおおおおおおおお!」
大剣を盾にして、ヘイムダルはロキの黒球を受け止める。だが攻撃力が違う。8000では12000に敵わない。次第に抗しきれず、ついに押し切られた。
黒球に飲み込まれたヘイムダル。ダメージのフィードバックがフレデリックを襲う。
「そして、ジャンク・アタックの効果で2000のダメージ。私のライフは0になる、か……。見事だ、岡崎君」
目を瞑るフレデリック。それが決着の言葉となった。
サイクロン:速攻魔法
(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。
時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム
ATK1200 DEF600
Pスケール赤8/青8
P効果
自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。
モンスター効果
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。
トライワイトゾーン:通常魔法
自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。
閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果
ATK3000 DEF3000
このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):1ターンに1度、自分のデッキからカードを1枚手札に加えることができる。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
巨大化:装備魔法
自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。
ジャンク・アタック:装備魔法
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果
ATK700 DEF600
モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。
ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法
モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。
フレデリックLP0