「これで終わりだ。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」
攻撃命令を受け付けた黒衣の魔法使いこと、ブラック・マジシャンが杖を振るい、幾重にも分かれた黒い稲妻を放った。雷は蛇のようにうねりながら迸り、対戦相手を打ち据えた。
光と音。そして相手の絶叫が上がった。
相手のライフが0になる。デュエル終了、和輝の勝利。デュエルディスクに、獲得DP300ポイントが加算された。
敗北者は一顧だにせず、和輝は
「お疲れ。といっても、特に苦戦しなかったけれど」
角を曲がったところで、微笑を浮かべたロキが出迎えた。和輝は軽く頷いただけで歩調を緩めない。
「最初に戦ったミスター・ディートルの時に獲得したDPは1500、さっきは300。やっぱりプロやそれに近いデュエリスト以外は、いまいちみたいだね」
「神や、怪物、悪霊に選ばれていないから、かもしれないけどな」
どのみちこの大会の裏の目的は、クロノスとティターン神族による、神々の戦争の参加者狩りだ。もっとも、すでに残りの神の数は五十を切っている。そう簡単にやられる参加者ばかりだとは思えないが。
「しかし、連戦連勝、幸先がいいというのに、和輝、どうにも君の表情は暗いね」
初めて、和輝が足を止めて、ロキに振り返った。疲れたような、不機嫌そうな和輝の表情は、しかしにやにや笑いのロキには何の効果もない。
「別に。ディートルプロ以降、歯ごたえのあるやつにあってないから、DPも思ったよりたまらない。不機嫌に見えるんなら、それが理由だろ」
「違うでしょ?」
間髪入れずにロキはそう言った。和輝は無言。それを促しととったのか、ロキはさらに続けた。
「君は、後味の悪いものを感じていたね。さっきの、ミスター・ディートルとオルトロスとのデュエルで」
和輝の表情がかすかに震えた。図星だったからだ。
その通りだ。和輝は、言いようのない後味の悪さを感じていた。
あの後、リックはオルトロスが消えたことを受け入れ、そのまま何も言わずに去っていった。ただ最後に、和輝に寂しげな微笑だけを残して。
ジェネックス杯は続けるだろう。だが、もう神々の戦争とは関わらない。その背中はそう言っていた。
「神は理不尽を人に押し付ける。それは悪霊、怪物も同じだ。この戦いに参加している怪物たちのうち、一体どれだけが波長の合った人間を洗脳し、手駒にしているだろう。かなりの数に上るとボクは思う。特に、人と精神性が近い神はまだしも、怪物たちはより簡単に、手っ取り早く洗脳して人形にするだろう。
そんな中、ミスター・ディートルとオルトロスは例外だった。和輝、君は前提を覆されたわけだ。まぁ、最初の相手が彼らだったのは不運だったね。だけど――――」
ひるんだような和輝に、ロキは微笑を向けた。
「やることは変わらないよ?」
突きつける。和輝は鼻白んだが、分かっていると答えて強引に話を打ち切った。ロキは肩をすくめて、
「ならいいんだ。それより、そろそろ昼時だ。デュエルはいったん休憩にして、お昼にしよう」
ちょうど空腹感を得ていた和輝に否やはなかった。
それでも後味の悪さはなくならない。無性に誰かに会いたかった。この気持ちを共有できる誰かに。
「あ」
適当に選んだファーストフード店。ハンバーガーセットを頼んだ和輝は、二階席にきて、見知った顔を見つけた。
周囲の客がちらちらと彼女たちを見ていた。当然だろう。ジェネックス杯開催中、確かにいてもおかしくないが、雑誌やテレビで見る有名人だ、注目されないわけがない。
「あ、和輝君、おーい」
相手もこちらに気づいた。
ルビーのような赤い髪、黄金をはめ込んだような金の瞳、アラバスターのように白い肌。ワンピースに身を包んだ、十歳前後の女の子。美しい花を咲かせる直前蕾のような可憐な少女。
クロノスによって子供の姿にされてしまった、ギリシャ神話の女神、アテナだった。
「和輝君もお昼? ここ、空いてるよ?」
「じゃあ、失礼して」
周囲の視線を気にしなかったといえば嘘になるが、昼時ということもあり、店内は込み合っている。ほかに選択肢はなさそうだった。
四人掛けの席、咲夜、アテナの対面に、和輝とロキは腰かけた。
「じゃ、せっかくだから聞かれたくない話でも始めようか」
席に着いてから開口一番、ロキはそう言って指を鳴らした。
和輝と咲夜は気付いた。空気が変わった。見た目は何も変わらないのに、自分たちは今、周囲から隔絶しているという確信があった。
バニラシェイクのストローから口を離して、アテナが言った。
「結界か」
「イエス」にこやかに笑うロキ。その整った指がハンバーガーの包み紙を器用に剥がす。
ともあれ、これで神々の戦争に関する話も大っぴらにできるというものだった。そういうことならと、咲夜が口を開いた。
「調子はどう?」
「順調、てゆーか、最初から襲われた」
和輝はドリンクで喉を潤し、唇を湿らせてからジェネックス杯開始直後に行ったリック・ディートルとオルトロスのデュエルについて話した。
「いきなり結構な強敵だった。これが雑兵レベルだと敵の戦力はとんでもないね。それ以降はクロノス陣営とのデュエルはない。ほかに戦ったのも全部一般の参加者だけだ」
「うーん。あたしの方はまだ出会ってないなぁ」
咲夜の方は一般参加者や、顔見知りのプロと戦ったらしい。こういう時、不本意ながら顔が売れている自分は対戦相手に困らない。思い出にしたいアマチュア、対戦機会のなかった、対戦希望の同僚など、多くの人が向こうからやってくるのだ。おかげでDPもたまってきている。
「けれど、アテナのためにクロノスを討つのは確定だから、まずはその手のものと戦いたいのよ。どのレベルなのか、知りたい」
咲夜の瞳はまっすぐだ。そこに迷いはない。迷い、というほど明確なものではないが、どうにもしっくりこない気分を得ていた和輝には、今の咲夜は眩しい。
「んー」
アテナとそろってシェイクを飲んでいた咲夜は、ストローから口を話して、何か考え込む仕草をした。
「何?」
咲夜はまっすぐに和輝を見つめてきた。その瞳は魅力的だと思う和輝だったが、今はどことなく居心地が悪い。
「和輝君、なんか悩んでる?」
ほら来た。ロンドンでも思ったが、咲夜は他人の機微に聡い。相手が悩んでいるなら、それを何とかしてやりたいと思い、首を突っ込むおせっかい焼きだ。自覚しているだけに
「あー」
目をそらしても無駄だろう。席を立っても追いかけてくるのがおちだ。というか、隣のロキが服の裾を引っ張って立ち上がらせてくれない。
逃げるな、ということだろう。
「そうだな。ちょっと想定外だったというか……」
「オルトロスとそのパートナーの関係が、良好だったことがか」
付近で口元を拭ったアテナがそう言った。和輝は沈黙していたが、この場合は沈黙こそが答えた。
ロキが口元に微笑を浮かべたまま言った。
「オルトロスとミスター・ディートルの関係は非常に良好だった。オルトロスはミスターのタクティクスに全幅の信頼を置いていたし、ミスターもそれを自覚していた。そしてミスターが敗北した時、オルトロスは口惜しいといいながらも、その結果を受け入れていた。彼は、誰も恨まなかった。自分の選択に全てを賭けた以上、敗れるなら速やかに退場すべきだ、とも。
決して、敗北の責任を人間側に押し付けなかった。人間を洗脳し、道具同然に扱う神も多い中、怪物がそうしたというのは珍しい」
「まぁ、だからってやることは変わらないし、迷うつもりもない。が――――」
「後味が悪いものは残るのね」
和輝は首肯した。咲夜はふむと考えた。
言葉でいくら言っても意味はないだろう。自分でも言語化しにくい悩みは行動で示してやるといい。咲夜がそんなことを考えていた時、不意にロキが警告の言葉を発した。
「敵だ」
反応したのは和輝の方だった。席を立って、「どこだ!?」とあたりを見回した。
「店の中じゃないね。それにこの気配は神じゃない」と、ロキが前のめりの和輝にやんわりを釘を刺した。
「この気配、覚えがある。かつて、神代の時代、私は此のものと因縁がある」アテナの表情が固まった。
「ギリシャの怪物、ね」
咲夜も席を立つ。デュエルディスクを左手に装着した。
「待ってくれ咲夜さん。俺が――――」
「いいえ、ここはあたしがやるわ。和輝君はゆっくり観戦してて」
二人と二柱が店から出た瞬間、世界が切り替わった。
雑踏が消える。誰もいなくなる。いるのは和輝たちと、彼らに相対するようにたたずむ影が一つ。
すでに敵はいた。
正面。一見するとなんでもなさそうな男だった。
四十歳前後、黒髪、黒い瞳、黒ぶち眼鏡。八月だというのにきっちりとスーツを着込み、いかにもサラリーマンという姿だ。ただ、無表情なその額から汗がどんどん流れている。それが和輝に、男が洗脳されており、怪物が彼を操っているのだと気づいた。もしも彼が正気なら、この暑さなら上着を脱ぐはずだ。
「みつけたぞ。見つけたぞアテナァ……!」
男の声が
和輝は顔をしかめた。
憑依、という単語が脳裏をよぎった。
今、目の前の男の意識はなく、肉体は操り人形と化しているのがよく分かった。
そして、人形の糸の繰り手はそこにいた。悍ましい異形となって。
半透明だが間違いない。女だった。だがそう認識できるのは上半身だけ。
赤い髪、瞳、罅割れのように顔から首にかけて走る黄色いライン、石膏のような白い肌。生きている感じがあまりしない、血の気の感じられない顔。肌、色合い。一糸まとわぬ姿だが、扇情さよりも死体を前にしている薄気味悪さが先に立つ。
女の部分はそこまでだった。下半身は、蜘蛛のそれになり果てていた。
黒を基調に、赤い斑点のような模様が各所についている。足の一本一本が地面を穿ち、キチキチと軋んでいる。
「アラクネー」
アテナがその名を呟いた。それが、相対する怪物の名だった。
「アラクネーとアテナ、か。因縁だね」
横で見ていたロキが顎に手を当てながら呟いた。
「どういうことだ?」
「アラクネーはもともと人間だった、ということさ」
そう言って、ロキはちらりとアテナに対して「話しても?」と許可を求めた。アテナはロキの方を向かずに「好きにしろ」と告げた。
「元々アラクネーは非常に優れた織り手でね。その実力はギリシャ世界に知れ渡った。それだけならよかったんだけれども、自分に並ぶものない腕を持っていたアラクネーは、それを過信してしまった。あろうことか、自分の織物の腕は神々さえも凌駕すると豪語した」
「結果が、この姿だ」
コールタールのようにどろどろとした、粘ついた憎悪を迸らせながら、アラクネーが会話に入ってきた。
「神は人間の増長を許さん、そういったよなぁ、アテナ……。おかげで、糸繰の化生になり果てた。このような醜い姿にさせられた……。この恨みは、ヒトの世になっても忘れん。忘れられるものかよ……!」
「ずいぶんな物言いだな、アラクネー。だが私も、貴様を諭そうとしたぞ」
恨みを滴らせるアラクネーに対して、アテナはそっけなく言い捨てた。
「神は人間の増長を許さない、のではない。そこから来る神への侮蔑を許さんだけだ。貴様は織物の腕を誇るまでは良かった。それが過信となり、ついには我らが父なるゼウスさえも愚弄した」
「ゼウスは強力かつ統率力に優れた神だったんだけど、女癖が悪くてね」ロキの耳打ち。「奥さんいるのに浮気三昧。その下半身のだらしなさは人間にも伝わっていた。てゆーか人間とも関係を持っていた。アラクネーはよりにもよってそのゼウスの浮気現場を織物にしたんだ」
それがアテナの逆鱗に触れたわけ。ロキはそう言って言葉を締めくくった。
だが確かに、アラクネーにも非がないわけではないだろうが、アテナの方もまた、いくら何でもやりすぎではないだろうか。
神の理不尽がここにあった。そう思った和輝だったが、ロキがすかさずフォローを入れて来た。
「神代の時代。神と人間の距離は近かった。だから、神の怒りに触れた人間は、天罰を受けていたり、呪われたりしていた。それはどこも変わらない。北欧世界も、他もそうだ。日本だって、神の理不尽にさらされたことはあるだろう?」
確かにその通りだ。だが実際に怪物に変えさせられた相手が恨み言を吐き出している現状、当時とは常識、ルールが違ったのだといわれてもピンとこない。
「復讐だ、アテナ。お前をバラバラにしてやる……。お前に与する契約者も同罪だ。子供の姿になったのならば好都合。無力なその姿を、我が糸によって縛り、頭から貪り食ってくれる……!」
毒滴る声音で、アラクネーはそう言った。男がデュエルディスクを起動させた。
「己の復讐心に食われたか。こうなると、ただ害をまき散らす厄災だな」
「いずれしても、あたしたちがご氏名みたいね」
咲夜が一歩前に出た。すでに準備は終わっている。
「和輝君」背中を向けたまま、咲夜は言った。
「あたしはね、もう立ち位置を決めているの。あの日、子供のアテナを助けた時から、この子の味方をしようって、決めてるのよ」
咲夜の声は迷いなく、清澄だった。和輝は眩しいものでも見る様に目を細めた。
一陣の風が、両者の間を駆け抜けた。
『
神話の時代から続く復讐戦。その幕が切って上がった。
咲夜LP8000手札5枚
アラクネーLP8000手札5枚
「私の先攻」
デュエル開始後のアラクネーの声音は冷静だ。だがその胸の内ではやはりドス黒い怨嗟の念がマグマのように煮だっている。それでも所作は平静だった。その証拠に、デュエルディスクにカードをセットする動作も静かだ。
「トリオンの蟲惑魔を召喚する」
現れたのは、年端も行かぬ少女の姿をしたモンスター。あどけない笑みを浮かべ、まるで誘うように咲夜に対して手招きしている。
だがそれは擬態だ。少女の姿を餌に、警戒を解いた愚か者を捕えて穴の底に引きずり込む、アリジゴクの所業。よく見れば獲物を捕らえるアリジゴクらしき何かが見える。
「トリオンの蟲惑魔の効果により、デッキから奈落の落とし穴を手札に加える。カードを二枚伏せる。さらに二枚の永続魔法、大樹海と補充部隊を発動。ターンエンドだ」
トリオンの蟲惑魔 地属性 ☆4 昆虫族:効果
ATK1600 DEF1200
(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「ホール」通常罠カードまたは「落とし穴」通常罠カード1枚を手札に加える。(2):このカードが特殊召喚に成功した場合、相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動する。その相手のカードを破壊する。(3):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、「ホール」通常罠カード及び「落とし穴」通常罠カードの効果を受けない。
補充部隊:永続魔法
(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。
大樹海:永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する昆虫族モンスターが戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、そのモンスターのコントローラーは破壊されたモンスターと同じレベルの昆虫族モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。
「あたしのターン、ドロー!」
ドローカードを確認し、脳内で戦術を巡らせる咲夜の耳朶に、アラクネーの怨嗟に満ちた声が届いた。
「貴様は、なぜアテナと契約した?」
男の背後、半透明のアラクネーが射殺さんばかりの圧力を伴って咲夜を睨みつけた。
「さっきも言ったけど、あたしは、子供だったアテナを助けた。その瞬間から、アテナの味方になるって決めた。アテナの過去の所業が何であれ、私は今を見たい。彼女は神の理不尽に対して怒りを感じている。守りたいと思っている。それで十分」
「アテナは私の姿を、このような醜いものに変えた。もうこうなっては怪物になり果てるしかない。それを、理不尽と言わずして何という!」
アラクネーの喉から激情の叫びが迸った。咲夜は毒でも飲んだような苦い表情をした。アテナもまた表情を曇らせた。アラクネー本人の怨嗟を跳ね返した彼女も、その対象が
「神話の時代、神と人はもっと距離が近かった。だからこそ、神は人の上にいるために威厳を保たなければならなかった。それは、死活問題でもあったんだ」
ロキが、傍らに和輝にそう語りかけた。
「信仰が神の力の礎になる。だからこそ、それを失わせるわけにはいかない。ゆえに、神は人間が神を必要以上に侮辱し、貶める行為を見過ごさない。アテナがアラクネーにした行為もそこから外れない。時代と、距離が違ったんだ。かつて、アラクネーのしたこと――最高神への侮辱――は、決して許されることではなかったんだ」
諭すようなロキの言葉に、和輝は何とも言えない沈痛な表情を浮かべていた。その眼前で、アラクネーの言葉を受けた咲夜が、毅然と向かい合っていた。
「そうね、そうかもしれない。でも、あたしはもう
咲夜ははっきりとそう言い切った。彼女の返答を聞いて、一瞬黙ったアラクネーだったが、その口が裂けるような笑みを浮かべて、言った。
「ならば、アテナと同じく、貴様も、我が糸で嬲りながら喰い殺してくれる!」
「そんなのはごめんだわ! あたしはおろかな埋葬発動! デッキからクロス・ポーターを墓地に送るわ。そしてこの瞬間、クロス・ポーターの効果発動!
「序盤から飛ばすねぇ」
デュエルを観戦しているロキはデッキ圧縮と墓地肥やしを次々とこなしていく咲夜を見て、感嘆の声を上げた。和輝も、流れるような咲夜のプレイングを見て、やはり大したものだと思っていた。
「だがここまでは下準備に過ぎない。手札を交換し、デッキを圧縮し、墓地を肥やした。なら後は? 動くだけだ」
和輝の言葉に答えるように、咲夜が手札からカードを一枚引き抜いた。
「融合発動!
咲夜の頭上の空間が歪み、渦を作る。その渦めがけて、彼女の手札から飛び出した二体のHEROが吸い込まれていく。
二体のモンスターが混ざり合い、渦の中から新たな力が現出する。
「絶対零度のヒーローよ、冷たき刃で敵を切り裂け! 融合召喚、今こそ出でよ! E・HERO アブソルート・Zero!」
氷山が屹立するように氷の壁が出現、その壁を砕いて現れたのは、分厚い氷のように白いバトルアーマーを着込んだ氷のヒーロー。
「シャドー・ミストの効果で、E・HERO エアーマンを手札に加えるわ」
「ふん、いかに強力なモンスターを召喚しようと、無駄だ! リバーストラップ、奈落の落とし穴!」
アラクネーの足元に伏せられたカードの一枚が勢いよく翻った。次の瞬間、アブソルート・Zeroの背後の空間が割れ、そこから緑の肌をした魔物が出現、その逞しい腕をアブソルート・Zeroに向かって伸ばす。
「読んでたわよそのくらい! 手札から速攻魔法、融合解除発動! アブソルート・Zeroをエクストラデッキに戻し、墓地のシャドー・ミストとオーシャンを復活させる!」
魔物の指がZeroを掴み取ろうとした瞬間、その体が光に包まれ、二つに分かれた。そして現れるのは黒のバトルスーツに身を包んだ長髪の女と、魚人型のHEROモンスター。
「Zeroがフィールドを離れたため、あなたのモンスターは全て破壊される!」
冷気がアラクネーのフィールドを走った。一瞬の沈黙。次の瞬間、アラクネーのフィールドにいたトリオンの蟲惑魔の全身が凍り付いた。氷像は一瞬にして砕け散り、氷の粒子となって空に散った。
「大樹海の効果発動。デッキから
「でも、あたしの軍勢はまだそろってない。E・HERO エアーマンを召喚! 効果発動! デッキから、E・HERO ネオスをサーチ!
バトルよ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」
咲夜のモンスターたちが一斉に動き出す。シャドー・ミストの蹴りが男の左肩にヒット、よろめくその体の腹に、オーシャンの槍が突きこまれた。
衝撃で仰向けに倒れこんだ男。その胸板めがけてエアーマンが風の塊を大砲のように叩きつけた。
びくんと男の身体が跳ねる。だが――――
「無駄なこと、無駄なことだなぁアテナ。その下僕。この男は私の人形。いくら攻撃しようとも、私を傷つけることはできん」
「盾にしているのね……」咲夜の表情に苦みが走った。「卑怯よ!」
「ほざけ! アテナをこの手で八つ裂きにできるのならば、なんであろうとしてやるわ!」
憎悪をまき散らすアラクネー。男がまさに糸でつながれた操り人形のようにぎくしゃくとした動作で立ち上がった。
「それに、こちらのプレイングを無視するのも腹立たしいな。まずは補充部隊の効果により、合計三枚、ドロー。さらに最後のエアーマンの攻撃後、私はこのカードを発動させた。ダメージ・コンデンサー! 手札を一枚捨て、デッキからゾンビキャリアを特殊召喚する!」
現れたアンデットチューナーの姿に、咲夜が警戒の色を強めた。ここでチューナーを出したのだから、次のターンの反撃を考えているのだろう。下級アタッカーレベルのエアーマンはともかく、ほかのモンスターを棒立ちにさせておくのはいかにもまずい。
「いいわ、バトルは終了。メインフェイズ2、あたしはシャドー・ミストとオーシャンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
咲夜のフィールド、シャドー・ミストが紫の、オーシャンが青の光に代わって、彼女の頭上に展開された、光渦巻く銀河のような空間に吸い込まれた。
虹色の爆発が起こる。
「輝石に秘められた思いよ。今ここに優しき力の象徴となれ! おいで、ダイガスタ・エメラル!」
現れたのは、和輝も使っているエメラルドの身体持つ鉱石の戦士。確かに、通常モンスターのネオスを主軸にする咲夜のデッキならば、相性もいいだろう。ネオスを復活させる以外にも、もう一つの効果だって使えるのだ。
「エメラルの効果発動。
融合:通常魔法
(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。
E・HERO アブソルートZero 水属性 ☆8 戦士族:融合
ATK2500 DEF2000
「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
奈落の落とし穴:通常罠
(1):相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動できる。その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する。
融合解除:速攻魔法
(1):フィールドの融合モンスター1体を対象として発動できる。その融合モンスターを持ち主のエクストラデッキに戻す。その後、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールドに特殊召喚できる。
E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果
ATK1000 DEF1500
「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。
E・HERO オーシャン 水属性 ☆4 戦士族:効果
ATK1500 DEF1200
(1):1ターンに1度、自分スタンバイフェイズに自分のフィールド・墓地の「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。その自分の「HERO」モンスターを持ち主の手札に戻す。
E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果
ATK1800 DEF300
(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。
ダメージ・コンデンサー:通常罠
自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。
ゾンビキャリア 闇属性 ☆2 アンデット族:チューナー
ATK400 DEF200
(1):このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚デッキの一番上に戻して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ
ATK1800 DEF800
レベル4モンスター×2
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。
咲夜LP8000手札3枚
アラクネーLP8000→7000→5500→3700手札4枚
「私のターンだ、ドロー」
男の声と女の声が重なった、歪んだ声音。聞いていると胸が悪くなりそうなものだが、もはや慣れた。咲夜はまっすぐアラクネーを見据えた。何しろ先のターンで彼女はチューナーを残した。ならば、このターンで強力なSモンスターを召喚し、こちらの布陣を崩しにかかることは容易に想像できる。
「見せてやろう。我が怨嗟と憎悪に染まりし闇のカードたちを! 死者蘇生発動! 墓地のゴキポンを蘇生する!」
現れたのはゴキブリモチーフながら、デフォルメされた体系に丸く大きな瞳を持った二頭身のモンスター。他のG系列のモンスターに比べると妙に愛嬌がある。
「ゴキポン。さっきのダメージ・コンデンサーの時に手札から捨てていたか」アテナが呟き、「でも、なぜそのカードを? トリオンの蟲惑魔ならこっちの魔法、罠を破壊できるのに」と咲夜が困惑気味に呟いた。にやりとアラクネーが歪んだ笑みを浮かべた。
「レベル2のゴキポンに、同じくレベル2のゾンビキャリアをチューニング!」
緑の光の輪となったゾンビキャリア。その輪をゴキポンが潜ると、ゴキポンも二つの光星となった。
そこを、光の道が貫く。
「闇より深き淵より、怨嗟の声が轟き渡る。汝彼岸をより這いよる悪魔也! シンクロ召喚、漆黒のズムウォルト!」
現れたのは、下半身のない、ローブに身を包んで木製の杖を持った魔術師風の悪魔。赤黒いローブの奥から除く赤い眼光が咲夜を射抜く。
「まだまだぁ! ゾンビキャリアの効果発動! デッキトップを墓地に送り、自らを蘇生! さらに共振虫を召喚!
さぁ二回目だ! レベル4の共振虫に、レベル2のゾンビキャリアをチューニング!」
狂気を振りまく絶叫。アラクネーが操っている男が、再び右手を天に向けて突き上げた。
「闇より深き淵より、憎悪の声が響いて渡る。汝奈落より糸を紡ぎし面影糸の蜘蛛也! シンクロ召喚、地底のアラクネー!」
現れたのは、まさしくアラクネーの現身だった。
蜘蛛の下半身、女の上半身。全身からあふれる闇のオーラ。怨嗟と怨念。
「見ろ、アテナ。これだ、これこそが、貴様によって歪められた私の姿そのものだ! 私の怨嗟の形だ!」
アラクネーの憎悪がアテナに叩きつけられた。アテナはまさしく守護の女神のごとくアラクネーの憎悪を跳ね返した。
「それが、貴様の傲慢の結果だ。貴様が犯そうとした大罪の結果だ! 神話の時代、神と人間の距離が今よりももっと近かったあの時代。最高神が不当に貶められれば信仰が揺らぐ! 神が人間の信仰の影響を受けている以上、そうなればギリシャ世界のパワーバランスが崩壊する恐れがあった。そのことになぜ思い至らなかった。当時の貴様は!」
「ほざけ! 神々の論理など知ったことか! 私は共振虫の効果により、デッキから地縛神
「うっ」
アラクネーのデッキから、カードが一枚引き抜かれた。そのカードイラストをまじまじと見たわけでもないのに、和輝はそのカード自体がドス黒いオーラを放っているのを見た気がした。
「おい、ロキ。今アラクネーが手札に加えたカード、なんか嫌な感じがするんだが……」
「ああ、そうだね。おそらく、闇のカードだ」
闇のカード。デュエルモンスターズの界隈に流れる噂の一つ。実際にダメージを受ける、危険なカードが少数ながらも市場に出回っているという。
「咲夜さん!」
「大丈夫よ、和輝君」
心配げな和輝の声に対して、咲夜は落ち着いた声音で対応した。まっすぐアラクネーを見据え、
「心配しないで、和輝君。闇のカードごときで、あたしは負けないから。アラクネー! Sモンスター二体を召喚しただけで、ターンは終わりなの!?」
「そんなわけがなかろうが! 我が憎悪をその身に受けろ、アテナの契約者!」吠えるアラクネー。操り人形の男が動いた。「地底のアラクネーの効果発動! エアーマンをこのカードに装備する!」
地底のアラクネーから吐き出された糸がエアーマンを捕え、引き寄せ、その身に取り込ませた。エアーマンを取り込んだ地底のアラクネーは彼を盾にするように前面に押し出した。
「バトルだ! 漆黒のズムウォルトでダイガスタ・エメラルを攻撃!」
攻撃開始。襤褸をまとった悪魔が杖を振るう。黒いエネルギー状の弾丸が放たれ、ダイガスタ・エメラルを直撃。鉱石の胸板を砕き、内部を消滅させた。
「漆黒のズムウォルトの効果! 貴様のデッキトップから三枚を墓地に送れ!」
咲夜のデッキから三枚のカードが勝手に墓地に落ちる。落ちたのはミラクル・フュージョン、E・HERO アナザー・ネオス、リミット・リバース。他はまだしも、ミラクル・フュージョンが落ちたのは痛い。
「く……! けど、ORUとなっていたシャドー・ミストの効果発動! デッキから、E・HERO ブレイズマンをサーチ!」
転んでもただでは起きない咲夜。アラクネーの交渉が響き渡る。
「だがこれで貴様を守る盾はない! 地底のアラクネーでダイレクトアタック!」
大地を踏みしめ、地響きを伴いながら驀進する大蜘蛛のモンスター。足の一本が咲夜に迫る。宝珠を守る咲夜だったが、大鎌のように振るわれた一撃が咲夜を捉えた。
咲夜の体が宙を舞う。地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。
「咲夜さん!」声が出る和輝。思わず駆け寄ろうとした。
「来るな! この程度で咲夜は潰れない!」アテナの叫びが和輝の足を止める。その視線の先で、咲夜が立ち上がり、にこりと笑った。余裕と、彼女の持つ快活な魅力が合わさった笑みだった。
「大したことないわね。この程度じゃ」
その態度にえらくプライドを傷つけられたのか、アラクネーが罵りの声を上げた。
「その顔を恐怖と絶望で塗り潰してくれる。カードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」
「なら、あなたのターン終了時に、あたしは伏せていた戦線復帰を発動するわ。これで、墓地のオーシャンを復活させる」
死者蘇生:通常魔法
(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。
ゴキポン 地属性 ☆2 昆虫族:効果
ATK800 DEF800
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を手札に加える事ができる。
漆黒のズムウォルト 闇属性 ☆4 悪魔族:シンクロ
ATK2000 DEF1000
闇属性チューナー+チューナー以外の昆虫族モンスター1体
このカードは戦闘では破壊されない。このカードの攻撃宣言時、攻撃対象モンスターの攻撃力がこのカードの攻撃力よりも高い場合、攻撃対象モンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時までこのカードと同じ数値にする。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、相手のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。
地底のアラクネー 闇属性 ☆6 昆虫族:シンクロ
ATK2400 DEF1200
闇属性チューナー+チューナー以外の昆虫族モンスター1体
このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動する事ができない。1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこの効果で装備したモンスターを破壊する事ができる。
共振虫 地属性 ☆4 昆虫族:効果
ATK1000 DEF700
(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキからレベル5以上の昆虫族モンスター1体を手札に加える。(2):このカードが除外された場合に発動できる。デッキから「共振虫」以外の昆虫族モンスター1体を墓地へ送る。
戦線復帰:通常罠
(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
咲夜LP8000→7800→5400手札4枚
アラクネLP3700手札2枚
「厄介なSモンスター二体に、正体不明の闇のカード。おまけにバックが二枚。面倒だな」
アテナの声が咲夜の耳朶を打つ。咲夜は頷いたが、その顔に焦りはない。
「大丈夫よ、アテナ。あたしを誰だと思ってるの? この程度の逆境、覆せなきゃプロの世界でBランクまで上がれないわ。見てなさい――――」
咲夜は陽光のような笑みを浮かべた。和輝が思わず見惚れてしまうような、国守咲夜という少女の魅力を存分に発揮する笑みだった。
「ここから、逆転して見せるから」