神々の戦争   作:tuki21

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第84話:お菓子の国

 一人になると、ふと、龍次(りゅうじ)の胸を言いようのない焦燥感が駆け巡る。

 焦り。今の自分のレベルがどれくらいなのか、このレベルで、()()()に届くのか。

 分からない。分からないことが多すぎて、じっとしていたくない。

 けれど、動けば動くほど、胸を()がす焦りは消えない。

 

「これで終わりだ。H-C(ヒロイックチャンピオン) エクスカリバーでダイレクトアタック!」

 

 止めの一撃。赤き鎧の剣士が聖剣を振り下ろす。

 袈裟懸けの一撃が相手に叩き込まれ、そのライフを奪いとる。

 龍次の勝利。DPが手に入る。

 それでも心の暗雲は晴れない。

 

「次は誰だ!? 俺に勝てると思っている奴は、かかってこい!」

 

 周囲、観戦していたジェネックス杯参加者に向かって叫ぶ。何人かがしり込みし、何人かが挑発に乗って手を挙げた。

 

「よーし、どんどん来い! 俺に、勝ってみせろ!」

 

 周りの面々がデュエルディスクを起動させる。最初に血気にはやった青年が手を挙げた。

 

 

 昼を回り、午後三時。途中食事休憩を挟んだ龍次は、ようやくひと段落し、自動販売機で買った飲み物を飲んでいた。

 

「お疲れ様です、龍次」

 

 龍次の傍ら、男性が現れた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、抑え目な柄の着流しは夏の季節に合っているかもしれないが昼間ではやはり奇異に映る。

 龍次と契約を交わした神、日本神話に名を刻む神格、伊邪那岐(いざなぎ)だ。

 

「おう。だが、どいつもこいつもてんで歯ごたえがないぜ。これじゃあ――――」

伊邪那美(いざなみ)には敵わない、ですか?」

 

 龍次の言葉を継いで、伊邪那岐はそう告げた。言われた龍次は沈黙。それが何よりも雄弁に彼の心中を肯定していた。

 伊邪那美。伊邪那岐の妻にして、龍次の恋人、山吹茜(やまぶきあかね)を死者のような状態にし、操り人形としている、龍次にとって許すことのできない敵。

 かつて龍次と伊邪那岐は伊邪那美と対峙し、そして敗れ去った。

 あれから、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)の許で修行に励み、カードも新しく手に入れ、デッキも強化した。

 強くなっているはずだ。だが、あの日の敗北は、思った以上に龍次に傷をつけていた。

 しかし龍次もまたタフな男だ。打ちのめされたのならば、そこから立ち上がればいい。打ち付けられた鋼が、そのたびに鍛えられ、やがて名刀と成るように。

 

「そう、だな。確かに俺はまだまだだ、だが―――――」

 

 龍次は一枚のカードを取り出した。黒いカード枠。エクシーズモンスター。

 No.39 希望皇ホープ。

 

「希望がある限り、俺は諦めない」

 

 龍次の誓い、その宣言。それを聞き、伊邪那岐は口元だけに笑みを浮かべた。誇らしげな笑みを。

 

「ん?」

 

 と、龍次が何かに気づいた。伊邪那岐が彼の視線を追ってみると、そこは一枚のポスターが貼ってあった。

 

「これは――――」

 

 伊邪那岐も龍次の隣に立ってポスターを見てみる。ポスターにはこう書いてあった。

 

 アリエティス・ターナープロによる、お菓子デュエル教室開催中! ジェネックス期間中、ジェネックス杯参加者ならば誰でも参加OK!

 

 ほかにも飾り立ての文言があったが要約すればこんなものだった。

 

 アリエティス・ターナー。その名前に、龍次は覚えがあった。

 元Bランクプロ。現在はCランク。ただそれは実力不足ゆえの降格ではなく、プライベートな理由だ。

 結婚し、第一子を授かり、出産。そのための産休と育児休暇に入ったため、プロの第一線から離れていたのだ。

 今年に入って復帰した。ランクは下がったがブランクを感じさせない実力故に最低ランクのEランクからCランクまで駆け上がる。

 残念ながらBランクに手が届こうかという試合で負けてしまったので、いまだにCランカーだが、Bランク入りは確実視されている。

 龍次は知らないが、この時の対戦相手が咲夜(さくや)だった。

 アレス、エレスの両神に追い詰められていた咲夜とアテナが和輝(かずき)と出会い、共に協力して敵を打倒した。

 疑心暗鬼に凝り固まっていた咲夜たちの心が氷解し、スランプを脱出した咲夜に敗れ、いまだCランクにいる。

 だが実力は間違いなくBランク。ここのところのリーグデュエルと、このジェネックス杯で、勘は完全に取り戻しているはずだ。

 

「よし、行ってみようぜ」

 

 プロとのデュエルの機会など、アマチュアの龍次にあるものではない。こういう機会は利用するべきだ。

 そんな時、龍次のスマホが着信を告げた。

 

「ん?」

 

 電話の主はフレデリック。そう言えば、集合時に連絡が取りやすいよう、あの場にいたメンバーと番号を交換したのだった。

 

「もしもし?」

『アリエティス・ターナープロのところに行くのだね?』

 

 何の前振りもなく、いきなり本題。龍次の眉根が寄った。

 

「なんでわかる?」

『私が契約した神はヘイムダルだ。ヘイムダルと言えば千里眼。このジェネックス杯開催地、そこで私に把握できないことはごく少ないよ』

「覗き屋め」

『探偵には必須事項だ。さて、話を続けよう。アリエティス・ターナープロ。彼女は間違いなく、ティターン神族のいずれかと契約を交わしている』

 

 スマホを握る龍次の手に力がこもった。

 ティターン神族。このジェネックス杯の黒幕、神々の戦争の参加者の、目下最大の敵。

 その一員と、ついにまみえることができるのか。

 

『ゾディアック傘下のプロ、そして社長の射手矢(いでや)子飼いのデュエリストたち。彼らのどれかとティターン神族が契約を結んでいるのは確実だ』

「だろうな。プロを使えるならそう簡単に負けることはあるまいよ」

 龍次の心臓の音が大きくなる。

 戦え、ここで退くな。

 

「行くぜ、俺は」

『止はしない。作戦通りでもあるしね。健闘を祈る』

 

 そこで通話終了。龍次はジェネックス杯開催直後、各々がバラバラに行動する前に、フレデリックから告げられた今大会の方針を思い出していた。

 

 

 フレデリックは言った。

 射手矢弦十郎はまず間違いなく、ゾディアック本社内にいると。

 だが直接そこに攻撃を仕掛けるのは得策ではないとも言った。

 クロノスを除く十一のティターン神族。そして正確な数を測れないギリシャ神話の魔物、悪霊たち。彼らを一度に相手にするのは避けたい。

 そこでゾディアックに乗り込むのは最終三日目とする。 

 それまでの二日間はあえて個人個人で動き、各個撃破できると敵に思わせる。

 そうして敵の戦力を分散し、迎撃。できればティターン神族の数も削っておきたい。

 それがフレデリックの方針で、皆が了承したことだった。 

 

 

 ともあれ方針は決まった。一人と一柱はポスターに書かれている地図の住所に向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 深層七度の記録を再生。

 スポンサーに呼び出されて、彼女は緊張した面持ちで現れた。

 我らが主、その契約者が言葉を紡ぐ。彼女の表情に困惑が浮かんだ。

 荒唐無稽な話を聞かされたからだ。しかし証拠をこれ以上ない形で提示されて、今度は言葉を失った。

 わかることは、彼女は命がけの戦いには向かないこと。

 しかし運命は彼女を戦いに導いた。

 己と波長が合った、契約を交わせる。その人間の中で、彼女の実力は最高だった。

 契約を交わす。彼女に選択肢はない。戦いに向いていないなら、向いているように改造する。

 彼女の姿を記憶に留めておくことにした。そうすることで、彼女がいかように変わり果てても問題ないように。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「うおぉ……」

 

 眼前の光景を見て、龍次は思わず呻き声を出していた。

 死屍累々。そう表現するのがふさわしい。

 龍次たちはポスターの住所へと向かった。そこはアリエティス・ターナーが個人で経営している店。そこを中心にすでにバトルフィールドが展開されていることを伊邪那岐から聞いた龍次は、すぐにフィールド内に入った。

 目の前に広がっていたのは、デュエルディスクを装着した多くの人――ジェネックス杯の参加者たち――が倒れ伏している様子だった。

 ざっと見て二十人は超えている。一応、生きているようだが、みんなピクリとも動かない。

 

「おい、しっかりしろ! 誰にやられたんだ!」

 

 手近な一人に走り寄って抱き起こす。呻き声が返ってくるだけで何も聞き出せなかった。

 

「あ、また新しいお客さんね」

 

 明るい声が目の前に店から聞こえて生きた。店の扉が開かれる。

 

「いらっしゃい」

 

 明るい声。この状況を考えれば異常でしかない。

 現れたのは女。

 はねた茶色の髪、緑の瞳、白いパティシエ服。表情に浮かんでいるのは活発な笑み。龍次の来訪を心から歓迎しているパティシエのもの。

 龍次は彼女のことを知っている。面識はないが、雑誌などでその顔を見たことがあった。

 Cランクプロ、アリエティス・ターナー。

 フレデリックの情報は正しかった。バトルフィールドの中にいて、しかもこの惨状に眉一つ動かしていない。

 彼女は敵だ。しかも、笑みさえ浮かべているのは、洗脳されている証拠か。

 

「お菓子食べる? それとも、先にデュエルかな? うーん……悩むわね」

 

 腕を組んで首をかしげ、考え込む仕草をするアリエティス。場にあまりにもそぐわない仕草に、龍次の声が上ずった。

 

「こ、こんなことをして! 何のんきなこと言ってんだ!」

「え? こんなことって、なんのこと? なんかあったのかな?」

 

 不思議そうに小首をかしげて、アリエティスは周囲を見渡した。周囲に倒れ伏す者たちが、見えないはずがない。

 

「何とぼけてんだ! ここに! これだけの人が倒れてるのに、見えないわけないだろ!」

「えっと、誰が倒れてるの?」

 

 龍次の頬を汗が伝い落ちた。

 会話が噛み合っていない。そして確信できる。アリエティスは間違いなく、周囲に転がってる人のことを見えていない。

 傍らの伊邪那岐が、険しい表情で告げる。

 

「彼らは神々の戦争の参加者ではない。ただの一般人です無理矢理バトルフィールド内に引きずり込んで、デュエルを行ったのでしょう。我々と同じ、実際にダメージを受ける、神々の戦争を……」

「なんでそんなことを……」

「それは、君たちが記憶する必要のないものだ」

 

 疑問を浮かべる龍次の耳朶を、新しい声が叩いた。

 アリエティスの背後。その空間から、滲み出るように異形のシルエットが浮かび上がった。即ち、神。

 シルエットが実体化する。

 女神だった。ただし、伊邪那岐などに比べると、その姿はだいぶ人間から離れている。

 美しい顔つき、銀色の肌、金色の髪、六本の腕、その身を包む、袖のない白いローブ、青と赤に色分けされた四つの瞳。下の二つが青、上の二つが赤。

 四つの眼差しが、龍次を見つめる。

 

「記憶せよ。私の名はムネモシュネ。ティターン神族の一柱。つまり、お前たちの敵だ。記憶するのは、それだけでいい」

 

 ムネモシュネ。ギリシャ神話に登場するティターン神族。その名が意味するものは「記憶」。

 

「私は過去を記録する、現在を記憶する。そして、未来に向けて書き綴る」

 

 どこからともなく、ムネモシュネの真ん中の手元に紙とペンが出現した。上腕と下腕をたらした状態で、ムネモシュネはさらさらと何かを紙に書き連ねた。

 

「記録している。風間龍次、伊邪那岐。その容姿を記憶した。そしてこの時点で、これ以上問答を続ける必要はない。アリエティス」

 

 ムネモシュネが、ニコニコ笑みを浮かべているだけのアリエティスに向かってデュエルディスクを放り投げた。アリエティスがそれを受け取った。

 

「あ、先にデュエルか。オッケー。それじゃあ始めましょうか」

「…………」無言の龍次。アリエティスの状態を観察し、苦いものを飲み込んだように顔を歪ませた。

「ムネモシュネ! 申し訳ありませんが、場所を移動しても構いませんか?」

 

 伊邪那岐が申し出た。確かにその通りだった。ここで戦っては倒れている人たちに被害が出る。彼らをこの場から避難させる手段がない以上、こちらが移動するしかない。

 

「いいよー。じゃ、移動しよっか」

 

 そして、二人の人間と二柱の神は場所を移動した。

 少し歩いて、周りに倒れている人のいない場所にたどり着いた。

 大通りの先にある広場。噴水のあるその場所は、人々の憩いの場だったのかもしれない。

 今は誰もいない。バトルフィールド内で、噴水だけが常と変わらず水を噴き出していた。

 ここならば誰も巻き込まない。

 龍次の胸元に、銀灰色の輝きが生まれた。宝珠の輝きだ。アリエティスの胸元にも宝珠が出現したが、その色は透明。神格ではあっても、正規の参加者ではないためか。

 一拍の沈黙が通り過ぎ、そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 ティターン神族との初激突の幕が上がった。

 

 

龍次LP8000手札5枚

アリエティスLP8000手札5枚

 

 

「わたしの先攻ね。どれにしよっかなー」

 

 一児の母とは思えぬ気軽さで、アリエティスは己の手札五枚を眺めた。そこにはデュエルを楽しむという感情以外は見当たらない。とても、多くの参加者をその手にかけているとは思えない。

 

(やっぱ……、洗脳されてんのかな……)

 

 龍次の胸の内を疑念が駆ける。だとすれば、このデュエルは余計に負けられない。何としても勝って、アリエティスの洗脳を解除しなければ――――。

 

「これに決めたわ。マドルチェ・マジョレーヌ召喚!」

 

 現れたのは、可愛らしい外見の小さな魔女。リボンのついた、ちょっとよれた三角帽子の位置を直し、箒の代わりに巨大なフォークをもち、リボンが多めについた魔女服のスカートを翻して登場。その際にフォークの重さに引っ張られてよろけてしまい、帽子の位置がまたずれてしまったのはご愛敬か。

 

「マドルチェ・マジョレーヌの効果発動よ! デッキから、マドルチェ・エンジェリーを手札に加えるわ。それから、マドルチェ・チケットを発動して、カードを一枚伏せる。ターンエンド!」

 

 

マドルチェ・マジョレーヌ 地属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1400 DEF1200

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが召喚・反転召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

マドルチェ・チケット:永続魔法

自分のフィールド上・墓地の「マドルチェ」と名のついたカードがカードの効果によって自分の手札・デッキに戻った時、デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を手札に加える。自分フィールド上に「マドルチェ」と名のついた天使族モンスターが存在する場合、手札に加えず表側攻撃表示で特殊召喚する事もできる。「マドルチェ・チケット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「龍次、今の状況ならば、バックを気にしないならば――――」

「思いっきり攻め入れるってことだな。相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札から、H・C(ヒロイックチャレンジャー) 強襲のハルベルトを特殊召喚! さらにH・C サウザンド・ブレードを召喚!」

 

 龍次のフィールドに、二体のモンスターが現れる。

 紫色をしたバトルアーマーにハルバードを振り回す戦士――強襲のハルベルト――と、背中にいくつもの武器を背負った僧兵風の戦士――サウザンド・ブレード――。龍次のデッキの切り込み隊長と、展開の(かなめ)だった。

 さらにと、龍次は右手を開いて天へと突き上げた。

 

「H・C 強襲のハルベルトと、H・C サウザンド・ブレードでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の頭上、そこに、渦巻く銀河のような空間が展開し、そこに、二体のヒロイックモンスターが黄色い光となって飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「刃の下に、心あり。闇に紛れ、疾風(はやて)となって敵を討て! 機甲忍者ブレード・ハート!」

 

 爆発の向こうから飛び出す影。正体は忍者。

 闇を思わせる紫のバトルアーマーに身を包んだサイバー風の忍者。腰を低くし、両手に握りしめた太刀を構える。

 

「ブレードハードの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、このカードに二回攻撃を付与する! バトルだ! ブレード・ハートでマドルチェ・マジョレーヌを攻撃!」

 

 龍次の攻撃宣言が下った瞬間、ブレード・ハートの姿が霞のように消滅。目にもとまらぬ速さでマドルチェ・マジョレーヌに詰め寄ったブレード・ハートは、手にした二振りの刀を一閃。お菓子の魔女を切り捨てた。

 

「くぅ……! だけどマドルチェ・マジョレーヌは破壊された時、墓地ではなくデッキに戻る! そしてこの瞬間、マドルチェ・チケットの効果発動! デッキから、マドルチェ・ミィルフィーヤを手札に加えるわ!」

「しかし、これで守りは消えました!」

「つまり、攻めるだけだ! ブレード・ハートでダイレクトアタック!」

 

 二回目の攻撃。天高く飛翔したブレード・ハート。急降下からの一閃がアリエティスに叩き込まれた。

 

「きゃあ!」

 

 軽々しく吹っ飛ぶアリエティスの身体。背中から落下し、そのまま滑って止まった。

 

「も、モロだと!?」

 

 狼狽する龍次。アリエティスは何の防御行動もとらなかった。これが実体化したダメージではなく、正真正銘、ただの立体映像(ソリッドビジョン)であるかのように、無防備だった。

 

「ど、どういうことだ!?」

「あいたたた……やるわね」

 

 幸いにも、というべきか。アリエティスはすぐに起き上がった。その背後に、濃度を増したムネモシュネが現れた。

 

「何も問題はない。アリエティスは、ダメージを記憶する必要はない」

 

 冷厳な声。ムネモシュネの腕が、アリエティスの身体を軽く撫でた。

 するとどうだ。彼女の服の汚れは幻の様に消え去り、微かにできていた擦り傷もまた、消えていた。

 

「これは……」

「アリエティスの身体から傷の記憶を消した。それだけのこと」

「やはり……」苦い表情の伊邪那岐。「ムネモシュネ、彼女を洗脳しましたね。具体的には、記憶や認識を操作している」

 

 伊邪那岐がムネモシュネを弾劾するように指を突き付けた。

 

「君はパートナーから戦いに関する認識を変えた。傷の記憶を、痛みの記憶を抽出し、周辺建造物の記録を操作し、彼女の周りには何の異常もないように、彼女の脳と肉体の記憶を改竄(かいざん)した。彼女の、神々の戦争の場にいるにはあまりにも似つかわしくない陽気さも、そのせいですね?」

「その通りだ。アリエティスには戦いの記憶など必要ない。無論、今この瞬間の、己の根底を揺るがす会話の記憶も」

 

 ムネモシュネは、そっとアリエティスに寄り添った。上腕が彼女の耳を抑える。

 

「この耳は対戦者の悲鳴を記憶する必要はない」

 

 真ん中の腕が目を塞いだ。

 

「この目は相手の惨状を記憶する必要はない」

 

 下腕が肌に手を当てた。

 

「この肌は自身の痛みを記憶する必要はない」

 

 ムネモシュネがアリエティスの目と耳を塞いでいた手を離した。六本の手を使い、アリエティスを後ろから抱きすくめた。

 

「アリエティスは、一切の闘争を記憶することはない。ただ、彼女は夫を、子を慈しみ、多くの名も知らぬ誰かのために、甘い菓子を作る。それでいい。それ以外の、余計な記憶など必要ない」

 

 ムネモシュネの、確信に満ちた声音に、龍次は不快気に舌打ちしたが、伊邪那岐は特に反応することはなく、ただ龍次にターンを進めることを促した。

 

「バトルは終了だ。カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

 

H・C 強襲のハルベルト 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF200

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。(3):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。デッキから「ヒロイック」カード1枚を手札に加える。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 

機甲忍者ブレード・ハートORU×1

 

 

龍次LP8000手札2枚

アリエティスLP8000→7200→5000手札5枚

 

「それじゃあ、わたしのターンね、ドロー!」

 

 先のターン、龍次はダイレクトアタックを決め、アリエティスに大きなダメージを与えた。戦況は龍次に傾いているといえるかもしれないが、油断はできない。プロならこの程度は逆境とさえ言えないだろう。

 

「じゃあ、これね! マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚! 効果で、マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚よ!」

 

 アリエティスのフィールドに新たなモンスターが現れる。

 一体目はミルフィーユのクッションの上に乗っかった、ピンクの毛並みをした可愛らしい猫。眠たげに目をこすり、ちょっとあくびをする。その猫に誘われて現れたのは、少女の姿をした天使。

 足元まで届く茶色の髪、白のドレス姿。笑顔を浮かべて、周囲に向かって手を振っている。

 

「ここで、マドルチェ・エンジェリーの効果発動よ! この子自身をリリースして、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚するわ!」

 

 手を振りながら消えていくマドルチェ・エンジェリー。代わりに現れたのは、頭にホットケーキ型の帽子をかぶった大きなフクロウ。両翼を広げ、燕尾服を身に纏ってホー、ホーと鳴いている。

 

「マドルチェ・ホーットケーキの効果発動! 墓地のマドルチェ・エンジェリーを除外して、デッキからマドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚! おいで、メッセンジェラート!」

 

 ばさりとマントを翻して現れたのは、緑のポストマン衣装に緑の帽子、手紙の入った大きなカバンを肩から掛けた少年郵便屋。青い髪をかき上げて、忙しそうにはせ参じる。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートの効果発動! デッキから、マドルチェ・シャトーを手札に加えるわね。追加オーダーはこれ! わたしはマドルチェ・ミィルフィーヤと、マドルチェ・ホーットケーキでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 アリエティスが両手を広げる。彼女の眼前で、渦巻く銀河を思わせる空間が展開。その空間に二体のマドルチェが黄色の光となって飛び込んだ。

 新たな誕生を祝福する、虹色の爆発が起こる。

 

「お菓子の国はいつだって大忙し! 今日も今日とて、戦い疲れたお客様をおもてなし! いらっしゃいませ、M.X(ミッシングエックス)-セイバー インヴォーカー!」

 

 爆発の向こう、甲冑の足音を響かせながら現れたのは、黒鉄(くろがね)色の鎧に赤いマントをまとった戦士。お菓子の国に似つかわしくない武骨な出で立ちで、発光するバイザーが視線のように龍次のフィールドを睨みつける。

 

「インヴォーカーの効果発動よ! ORUを一つ使って、デッキからレベル4地属性戦士族、マドルチェ・シューバリエを特殊召喚!」

 

 現れるのはマドルチェを守る騎士。可愛らしい馬にまたがり、騎士服姿で参上。ただし手に持っているのは剣ではなく、何らかのスウィーツスティック。

 

「これは……まずいぜ……」

 

 龍次が戦慄を滲ませて呟いた。レベル4マドルチェが二体という状況に、アリエティスのデュエルを知る龍次の脳裏で警鐘が鳴っているのだ。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートとマドルチェ・シューバリエでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の危惧は実現した。再びアリエティスのフィールドでX召喚のエフェクトが奔る。

 虹色の爆発。

 

「お菓子の国を統べる女王様! 甘くて優しい美味しさで、今日もみんなに笑顔を配るの! おいでませ、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

 現れたのは、豪奢な玉座に腰かけた、優し気な笑みを浮かべた女王。

 黒を基調としたドレスに王錫を手に持ち、周りに小動物を侍らせた、柔和な雰囲気の女性。その周囲には衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU。

 

「ティアラミスの効果発動! ORUを一つ使い、墓地にあるインヴォーカーの効果で使われたマドルチェ・ホーットケーキと、今ORUとして使われたマドルチェ・シューバリエをデッキに戻して、君の場にあるブレードハードと、わたしから見て右側の伏せカードをデッキに戻すわ!」

 

 パチンと指を弾くアリエティス。次の瞬間、ティアラミスが王錫を振るう。何の力が働いたのか。龍次のフィールドにいたはずの機甲忍者は存在そのものが幻であったかのように消え失せ、さらに伏せカードも一枚、蜃気楼の様に消え失せた。

 

「この対象を取らない効果マジでやべぇんだけど!」叫ぶ龍次。しかし声は無情にバトルフィールド内に響くのみ。

「これで、君を守ってくれる子はもういないわね。だけどわたしはもうちょっとターンを使うわ。わたしのマドルチェがデッキに戻ったため、マドルチェ・チケットの効果発動! わたしのフィールドには天使族マドルチェのティアラミスがいるから、デッキからマドルチェ・プディンセスを直接特殊召喚! わたしの墓地にモンスターがいないから、マドルチェ・プディンセスの攻撃力は800アップ!

 まだまだ行くわよぉ、フィールド魔法、マドルチェ・シャトー発動! これで、わたしのマドルチェたちの好守は500アップ! バトルよ! ティアラミスでダイレクトアタック!」

 

 玉座に座ったまま、笑みを浮かべたティアラミスが王錫を振るう。次の瞬間、ミルフィーユ、プリン、ジェラートなど、様々な巨大なお菓子が龍次に向かって弾丸のように飛んできた。

 

「くっそ!」

 

 悪態をつき走る龍次。地を蹴り、右に疾走。着弾するお菓子型のエネルギーを回避していくが、先回りして飛んできたティラミスが前方の噴水を叩き潰した。

 

「うお!」

 

 思わず急停止。その隙を突き、シュークリームが頭上から降ってきた。

 

「がぁ!」

 

 今度は避け切れない。宝珠を庇い、背を向けた直後、シュークリーム型のエネルギーにのしかかられた。

 のしかかってきたエネルギーが爆発する。上からの衝撃に、龍次の身体は地面に叩きつけられた。

 

「ぐ……ぁ……」

 

 視界が揺れる。全身を打って頭がくらくらする。

 一瞬飛びかけた意識に伊邪那岐の叱咤が来た。

 

「追撃が来ます、龍次! 墓地のサウザンド・ブレードの効果を使うのです!」

 

 そうだ。まだバトルフェイズは続いているのだ。動かなければならない。

 

「この、瞬間! 墓地のH・C サウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 龍次を守るように、サウザンド・ブレードが墓地から現れて仁王立ちする。突然現れた守護者にも、アリエティスは動じない。

 

「いいわねー。でも、その頼もしい用心棒もここまでよ! マドルチェ・プディンセスでH・C サウザンド・ブレードを攻撃!」

 

 追撃が入る。自信に満ちたお姫様が放ったのは大きなプリン型のエネルギー。頭上からサウザンド・ブレードを襲う。

 

「そう何度も殴らせねぇよ! 手札のH・C ソード・シールドの効果発動! このカードを捨てて、このターン、俺のヒロイックは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 防御が間に合った。プリンの質量による圧し潰しから逃れたサウザンド・ブレード。だがマドルチェ・プディンセスの()()はまだ終わっていない。

 

「うーん、そうきたかー。でも、戦闘を行ったことで、マドルチェ・プディンセスの効果発動! 君の伏せカードを一枚、破壊するよ!」

 

 もう一度、今度はさっきよりも小さなプリンが龍次の伏せカードめがけて落ちてきた。龍次はすぐさまデュエルディスクを操作。伏せカードが翻る。

 

「チェーンして、リバーストラップ発動! トゥルース・リインフォース! デッキからH・C アンブッシュ・ソルジャーを守備表示で特殊召喚する!」

 

 攻め込まれたが、龍次も一歩も引かない。彼のフィールドに頭から迷彩用の外套をかぶった戦士が現れる。待ち伏せ(アンブッシュ)の名の通り、その効果は通れば奇襲性に優れている。

 

「凌がれたかー。まぁ仕方がないわね。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK500 DEF300

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが召喚に成功した時、手札から「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

 

マドルチェ・エンジェリー 地属性 ☆4 天使族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、このカードをリリースして発動できる。デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは戦闘では破壊されず、次の自分のターンのエンドフェイズ時に持ち主のデッキに戻る。「マドルチェ・エンジェリー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

マドルチェ・ホーットケーキ 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK1500 DEF1100

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、自分のメインフェイズ時に、自分の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターをゲームから除外し、デッキから「マドルチェ・ホーットケーキ」以外の「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。「マドルチェ・ホーットケーキ」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

マドルチェ・メッセンジェラート 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1000

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「マドルチェ」と名のついた獣族モンスターが存在する場合、デッキから「マドルチェ」と名のついた魔法・罠カード1枚を手札に加える事ができる。

 

M・Xセイバー インヴォーカー 地属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK1600 DEF500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから、戦士族または獣戦士族の、地属性・レベル4モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

マドルチェ・シューバリエ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1300

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、「マドルチェ・シューバリエ」以外の「マドルチェ」と名のついたモンスターを相手は攻撃対象に選択できない。

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス 地属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2200 DEF2100

「マドルチェ」と名のついたレベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分の墓地の「マドルチェ」と名のついたカードを2枚まで選択して発動できる。選択したカードをデッキに戻し、戻したカードの数まで相手フィールド上のカードを選んで持ち主のデッキに戻す。

 

マドルチェ・シャトー:フィールド魔法

このカードの発動時に、自分の墓地に「マドルチェ」と名のついたモンスターが存在する場合、そのモンスターを全てデッキに戻す。このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の「マドルチェ」と名のついたモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、「マドルチェ」と名のついたモンスターの効果によって、自分の墓地からモンスターをデッキに戻す場合、デッキに戻さず手札に戻す事ができる。

 

H・C ソード・シールド 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK0 DEF2000

自分フィールド上に「ヒロイック」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分フィールド上の「ヒロイック」と名のついたモンスターは戦闘では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

龍次LP8000→5300手1枚

アリエティスLP5000手札3枚

 

 

「くっそやっぱ強いな!」

 

 プロとの相対は師匠の穂村崎を除けばこれが初めてだ。敵対するのならなおさらだ。

 だからこそその強さを実感した。そして思う。これを超えたいと。

 宿敵の背中を思う。伊邪那美。奴に勝って山吹茜を取り戻す。

 

(そのためにも、こんなところで躓いていられるかよ!)

 

 心の芯を強く持って、龍次は微笑むアリエティスを睨みつけた。

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