決着はついた。
腰から両断された身体。六本の腕で辛うじて体を支えるその姿は、死にかけの蜘蛛のようだった。
「ぐ……あ……」
ムネモシュネの銀色の身体から、ぱらぱらと粉雪のように破片が舞い落ちていく。アリエティスは状況を理解していないのか、無垢な子供のように首を傾げていた。
「ムネモシュネ……どうしたの……?」
加害者の神が消滅していないからか、アリエティスの洗脳は解けていない。ムネモシュネは罅の入った右上腕を動かし、アリエティスの頭に手を置いた。
「おい―――――」
何をするつもりだ。龍次はそう叫んで、ムネモシュネの行為を止めようとした。それに待ったをかけたのは、他ならぬ、パートナーの
「待ってください、龍次」
「伊邪那岐!?」
「安心してください。ムネモシュネは彼女に危害を加えません」
そういう伊邪那岐はすでに戦闘態勢を解いている。相棒の言う眼前、龍次はゆっくりと、アリエティスの額に手をかけたムネモシュネを見た。
その動作のなんと優しいことか。まるで母親が幼子の頭をなでるかのようだ。龍次の身体から闘志が抜けていく。
「ムネモシュネ?」
「心配……することは……ない……。お前の……記憶から……、この戦いの記憶を……消去する……だけだ……」
ムネモシュネは、己の体が崩壊することにも構わず、アリエティスに力を使った。
記憶を司る力。その力で彼女の記憶を改変する。認識を改竄されて、戦わせられていた記憶を、消去する。
アリエティス・ターナーの日常は変わらない。彼女はこれからもプロデュエリストとパティシエの立場を持ち、愛すべき夫と子を持ち、彼らを含めた多くの人間に幸福を届ける。
ムネモシュネは最期に、かつて一度だけ食べたアリエティスが作ったケーキの味を記憶から再現しながら、消滅していった。
全てが終わった後、伊邪那岐が言う。
「ムネモシュネ、彼女は彼女なりに、パートナーのことを案じていました。だから、戦いのさなか、彼女へのダメージを抽出していた。彼女を傷つけないために、彼女の精神が苦痛に塗れないために」
気を失ったアリエティスを支えながら告げられるセリフに、龍次は複雑な表情をした。
ともあれ、戦いは龍次の勝利だ。彼には2500のDPが与えられた。
ティターン神族一柱の打倒。龍次の思いとは別に、状況そのものは幸先のいいスタートだ。
◆◆◆◆◆◆
バトルフィールド内、ゾディアック本社、屋上。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
暴風雨が擬人化し、それが嘆きのままに叫べば、このような“轟音”になるのだろうか。男は状況を無視してそんなことを思った。
グレイの髪、青い瞳、長身痩躯の銀縁眼鏡。神経質に糸を張り巡らせる痩せ蜘蛛の風情。
ゾディアック顧問弁護団の長にして、社長の
そして彼の眼前で激昂するのは巨大な影。逆光になっているため全体像は把握できず、秤からは黒い影としか見えない。
だがその影が何者なのかは分かる。
ティターン神族の首魁にしてイレギュラーの元凶、ギリシャ神話に名を刻む大いなる神。息子にギリシャの王の座を簒奪されたかつてのギリシャ主神。
クロノス。
今は同名の時の神を吸収したため、その身は異形となり果てている。
クロノスが慟哭する理由は簡単だ。彼はたった今、同胞を失ったのだ。
『ムネモシュネ……。ムネモシュネェェェェェ!』
同胞の名を叫ぶクロノス。そのたびに台風を思わせる豪風が走り、秤の髪を嬲り、油断すれば眼鏡を吹き飛ばそうとする。
「ほらあなた、落ち込んではいられないわ」
そんなクロノスの巨体に座る影もある。やはり秤からは見えないが、声だけでその正体は知れている。
秤と契約を交わしたティターン神族にして、クロノスの妻、レア。
かつて、ティタノマキアの際は子への愛情から夫を裏切り、ゼウスたちの側についた彼女だったが、此度は最後までクロノスに付き従うといっていた。
その証明であるかのように、彼女は夫の身体に手を添えて、優し気に声をかけている。
「大丈夫です。ムネモシュネは死んでしまいましたが、その魂は再び復活いたします。その時を待ちましょう?」
『分かっている。それに落ち込んだのではない。
クロノスの言う通りだ。ムネモシュネが最初に脱落したのはティターン神族にとって痛い、と秤は思う。
純戦闘要員ではないあの女神には、捕えているハデスの記憶に干渉し、クロノスに吸収されまいとする精神を折る役割があった。
やはり、クロノスがハデスを吸収し、さらなる力を得るためには、精神ではなく肉体を徹底的に痛めつけ、抵抗できなくなってから、吸収するしかなさそうだ。
(だが、そのためにはジェネックス杯を乗り切らなければ。さすがに吸収中に敵に乗り込まれるのはまずいだろう)
ハデスとてギリシャ神話でも五本の指に入る神。そう簡単に抗うことをやめないだろう。
ジェネックス杯期間中、ハデスの監視は怠らない方がいい。友であり今は雇い主である射手矢にそう忠告しようと、秤は踵を返した。
屋上から立ち去りながら、なお考えるのはもう一つの懸念事項。
ゼウス。
かつてクロノスを討った雷を振るう主神。かの神もすでにジェネックス杯に参加している。気配を感じるとレアも言っているし、クロノスも、ゼウスに優先的に刺客を差し向けている。
それゆえに和輝たちのようなほかの神々へ割ける手が減るわけだが、クロノスにとっての最大の敵がゼウスであるのは動かしがたい事実がある以上、ゼウス討伐を第一に考えるのは間違っていない。
それに、と最後に思って、秤は思考を打ち切った。
◆◆◆◆◆◆
夏の東京、その雑踏の中を、彼は涼し気に歩いていた。
撫でつけられた灰色の髪、落ち着いたディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。それでいながら汗一つかかず、カツカツと熱せられたアスファルトに靴音を響かせて、余裕を持って歩いている。
フレデリック・ウェザースプーン。多くの人物とパイプを持つ、いまだ謎の多い探偵。
フレデリックはスマホに耳を当てながら、大仰に頷いて見せた。
「グッド! ティターン神族、その一角を崩したか! さすがだ、風間君。ん? 私かい? 残念ながらティターン神族どころか、まだ
通話終了。スマホをしまったフレデリックの傍らに、唐突に人影が一つ現れた。
大柄な男だった。
短めの銀髪に赤い瞳。左目は黒い眼帯をつけており、銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、黒のレザーパンツのパンクルック。引き締まった筋肉を持つ姿はまさしく筋骨隆々。ロキとはまた違う精悍な顔つきだが。場違いにごつい眼帯が、彼を近寄りがたいものにしている。
フレデリックが契約した、北欧神話の神、ヘイムダルだった。
「フレデリック。気軽に言っているが、これから向かう場所が死地になるとは考えないのか?」
巌のような声が、フレデリックの頭上から降ってくる。フレデリックは道化のように肩をすくめるだけだ。
「まぁ、心配することはないだろう」
歩みは止めず、フレデリックは続けた。
「クロノスが優先的に潰すとすれば、それは神話の時代から続く因縁の相手、ゼウスだ。そしてゼウスはパートナーとともにこの大会に参加している。ならばクロノスはほかの何をおいてもゼウスを狙うだろう。配下だって、率先して送り込むさ。倒せずとも、心身を削れればいいとね」
そしてその作戦は間違いではない。言葉には出さずとも、フレデリックはそう思った。ゼウスのパートナー、彼は比類ない強さを持っているが、持久戦に極めて弱い。
体の問題だ。そのくせ群れることをしない孤高な性格なものだから、和輝たちへの紹介さえ拒否して一人でずんずん進んでいく。
そして、今日このジェネックス杯会場にいない仲間もいる。
ともにAランクのプロデュエリストなので、そろってくれれば大いなる戦力となっただろうが、残念だ。
一人は龍次の師匠、
そしてもう一人、レイシス・ラーズウォード。
彼については、クロノス打倒の
レイシスのパートナー、スプンタマンユの言を見るに、彼らの行動は許可するべきだった。もしも彼らの憶測通りに事が運ぶならば、参加を辞退してまでの行動は非常に意味がある。
そしてレイシスについて、フレデリックは和輝たちにも教えていない。
レイシスたちの危惧が杞憂である可能性もあるし、何より、彼らの成長は著しいが、それでもまだ発展途上。上には上がいるのだ。
故に、和輝たちには対クロノス、対ティターン神族に集中してほしかった。ほかの心配事など何も考える必要はないのだと、そう思った。
そんな気苦労が多いフレデリックだが、仕方がないと思っている。
何しろ自分一人の正義はちっぽけだ。これでは巨悪に立ち向かえない。
仲間を集めたのなら、彼らを引き合わせ、繋ぎ止めるものが必要だ。
いずれ必要なくなるかもしれない。だが今はまだ必要だ。故に、己が繋ぎ役となるのだ。そのための苦労など、いくらでも背負ってやろう。
「パイプ役というのはこういう時不遇だな」
「いいさ。私が巨悪に勝つ必要はない。悪に立ち向かう正義はすでに萌芽している。だったら私は彼らをフォローし、支えるだけさ。彼らが戦いに集中できるようにね」
「さすがは、全てを見通しながら希望を捨てなかった男は言うことが違うな」
と、その時、ヘイムダルの足が止まった。一瞬遅れて、フレデリックの足も止まる。
「ここかね?」
「そうだ。バトルフィールドが展開されている。そして、ゼウスの契約者がこの中で戦っている」
「では入ろう」
何ら臆することなく、フレデリックはバトルフィールド内に入り込んだ。
バトルフィールド内に入ったフレデリックを迎え入れたのは、まず光だった。
次いで轟音。全身を叩くような大きな音がフレデリックを迎えた。
「む……」
さすがに目を庇うフレデリック。光の正体が雷だと気付いた時、口元に笑みを浮かべて前を見た。
倒れ伏す人影。消滅する怪物。その向こうに、胸を張ってにやりと笑う人影。
百八十を超える長身、浅黒い肌、黒い総髪、黄色い瞳、鋭い犬歯、第三ボタンまで外したガラシャツにダメージジーンズ姿。知能を持つ黒獅子の風情。
「ハッ。これがギリシャの怪物かよ。大したことねェな」
犬歯をむき出しにして、男は笑う。
「相変わらずの闘争っぷりだ。君を前にしては、野生の動物も死を覚悟して
狩谷と呼ばれた男は肉食獣の笑みを深めただけだった。
「だが、連戦には向かない」
新たな声は唐突に。ふと気づけば狩谷の傍らに男の姿。
三十代前半の外見、狩谷をさらに超える、二メートルを超える巨体、荒々しい金髪に白い肌、奥に炎がちらつく氷河のような青い瞳、胸板を惜しげもなく晒す白シャツ姿。だがそこに嫌らしい感じはなく、伊達男風のセクシーさを醸し出している。
ギリシャ神話の主神、そして神話の時代、クロノスを討ち取った雷雹纏う神、ゼウス。それが狩谷のパートナーだった。
「狩谷、貴様の肉体能力は高いがただ一つ、どうしても自由の利かないところがある」
落雷のような重々しい、しかし耳を圧することのない声で、ゼウスは告げる。その太い指が狩谷の左胸、心臓を指し示した。
「貴様の心臓は吾輩のように強靭ではない。注意せよ。吾輩のパートナーならば、戦場以外でくたばることは許さんぞ」
「ンなダセェ事になるかよ」
心臓に手を当てて、狩谷は告げる。ふてぶてしく。
「オレの命の使いどころはオレが決める。少なくとも、それは静かなベッドの上じゃねェ。もっと騒々しくて、やかましくて、ンでもって、このハートが燃え上がる場所だ」
「だが、クロノスの方はもう少し冷静なようだ」
ふてぶてしく笑う狩谷に水を差したのは、ヘイムダルだった。
「おれの“目”が見るところ、クロノスはお前たちの居場所を掴んでいる。そして己の手駒を多く、お前たちに割いている。ゼウスを警戒しているのは明らかだ。そしてその動きはただ疲弊させるだけではない。おそらく、ゼウス、お前のパートナーが心臓に持病があることも知っているのだろう。
クロノスの狙いは疲弊ではなく、心臓にダメージを蓄積させ、その機能を停止させることだ」
クロノス自身が前線に出るのではなく、配下を使ってゼウスたちを削り、その上で倒す。効率的だが――――
「臆病者め」
額に汗を浮かばせながら、狩谷はそう切って捨てた。威勢はいいが、額の汗の原因は暑さだけではあるまい。
それにフレデリックの懸念はまだある。
彼の友のことだ。
ルートヴィヒ・クラインヴェレ。彼と連絡がつかない。
ジェネックス杯開催の、少し前からだった。今までは定期連絡には必ず返事が来ていたのにそれがなく、こちらからのアポイントメントにも反応がない。
彼の息子に問い合わせてみたが、彼との接触も断っているらしい。
懸念がある。疑念も。
と、そんな疑惑が暗雲のように心の中に広がる中、フレデリックの耳朶をヘイムダルの声が叩いた。
「敵だ」
簡潔な一言。フレデリックと狩谷、二人の人間が振り向いた先には、確かに、バトルフィールド内に新たな人影が現れていた。
やせ細った体つき、焦げた頬、ぼさぼさの髪にだるだるのTシャツ。なのに目だけがギラギラと異様な輝きを放っている。
絵にかいたような不審者。それが、左手にデュエルディスクを装着している。
明らかに常軌を逸しており、目の焦点が合っていないことから正気ではない。
「ケッ、またギリシャの怪物かよ!」
身構える狩谷を手で制して、フレデリックが前に出た。
「いいや、違う。彼に憑り付いているのは、ギリシャ神話の怪物ではない」
断定口調。鋭い視線を向けているフレデリックの目には映っていた。目の前の男の背後に振らめく異形の姿が。
ゴムみたいな質感の、のっぺりとした黒い皮膚、蝙蝠のような翼、長い尻尾。最大の特徴はその顔面。
顔がないのだ。
ごっそりと、削り取られたように平面になった顔。目も鼻も、口も耳も何もない。なのに五感はあるのか、その異形はまっすぐこちらを見ている。
「ふむ、ナイトゴーントだ。ギリシャ神話ではなく、クトゥルフ神話の怪物だね。どうやら、この大会の裏で蠢くのは、クロノス達だけではないらしい」
呟いながら、フレデリックは一歩前へ。デュエルディスクを起動させる。
何か言おうとする狩谷を制して、袖に音を立たせながら右手を上げる。
「ここは私に任せたまえ。君は頑張りすぎだ。たまには見学に回っていたまえよ」
にやりと、男が笑う。麻薬中毒者のような様相なので、笑われると不気味以外の何物でもない。
「すぐに終わるよ」
互いのデュエルディスクが対戦相手を認識した。
『
間髪入れず、二人の声が響く。
フレデリックLP8000手札5枚
ナイトゴーントLP8000手札5枚
「先攻……貰う……」
男は――男に憑依したナイトゴーントは――ひきつるような耳障りな声を立てて、宣言した。
「カードを……セット……。モンスターを……セット……。ターン終了……」
「ふむ、では私のターンだ、ドロー!」
基本的な布陣を敷くだけでターンを終えたナイトゴーント。ドローカードを確認したフレデリックはふむと一度頷いた。
「敵に邪魔される危険が極端に少ない先攻一ターン目だというのに、随分静かな立ち上がりだね」
「ではどうするフレデリック? お前は派手に行くのか?」
ヘイムダルが投げかけた台詞に、フレデリックは微笑付きで肩をすくめた。
「他ならぬ君のリクエストだ。承ろう。手札のドットスケーパーを捨て、クイック・シンクロンを特殊召喚!」
ダンダンダン。三発の銃声が連なり、現れたのは西部劇のガンマンを模した機械族モンスター。赤いマントで顔を隠し、それでもなお覗く眼光をナイトゴーントに向け、リボルバー拳銃の銃口もまた、敵に向けている。
「さらに墓地に送られたドットスケーパーの効果発動! このカードを特殊召喚するよ」
続いて特殊召喚されたのは、名前の通りドットで構成されたモンスター。ドットなのでわかりにくいが、四足獣型で、妙に大きな頭部と動きの少ない瞳はどこか愛嬌がある。
「レベル1のドットスケーパーに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」
間髪入れずに、フレデリックが動く。五つの緑の輪となったクイック・シンクロン。その輪を潜り、一つの白く輝く光の玉となったドットスケーパー。光球を、光の道が貫いた。
「開け白の門! 来たれ疾走怒涛の戦士! シンクロ召喚、君に決めたよ、ドリル・ウォリアー!」
現れたのは大地の土を彷彿とさせるブラウンのバトルアーマーを着込んだ戦士。動きと風にたなびくマフラー、右腕のドリルなど、実にいぶし銀だ。
「ここで、私はジャンク・シンクロンを召喚しよう。効果で、墓地からドットスケーパーを特殊召喚。そして、墓地からのモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札のドッペル・ウォリアーを、自身の効果によって特殊召喚だ!」
次々に現れるモンスターたち。オレンジの耐火服を着込んだジャンク・シンクロン、先ほどS召喚の素材となったドットスケーパー、そして姿が二重に
「次はこれさ! レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!
開け白の門! 来たれ絆紡ぎし
光が辺りを照らし、その向こうからジェット噴射の音を響かせて、新たな戦士が現れる。
青紫色の体躯を持つ鋼の戦士。背中のブースターを吹かし、メタリックなボディに反した大きな目を持つ意外に愛嬌のある顔。空中でくるりくるりと旋回し、右拳を大きく突き出したポーズを決めてフレデリックのフィールドに降り立った。
「ジャンク・ウォリアーと、ドッペル・ウォリアーの効果発動! 私のフィールドにドッペルトークン二体を特殊召喚! そしてジャンク・ウォリアーの効果処理に入る! 私のフィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計値、即ち800ポイント、ジャンク・ウォリアーの攻撃力がアップする!
バトルだ! ドリル・ウォリアーで守備モンスターを攻撃!」
フレデリックに躊躇はない。モンスターは並べた。相手はそれを妨害しなかった。ならば行く。リカバリーはあとでいくらでもできる。だから恐れるな、躊躇するな。
攻めるときに足を踏み出す勇気は、勝つためには必須なのだから。
フレデリックの眼前でドリル・ウォリアーが疾走開始。腕のドリルを高速回転させ、甲高い音を周囲にまき散らす。
激突。ナイトゴーントの守備モンスターは姿を見せることなく、回転するドリルに巻き込まれて塵となった。
「破壊された……オシャレオンの、効果……発動……。デッキからオーバーレイ・イーターを……サーチ……」
「ならばジャンク・ウォリアーでダイレクトアタックだ!」
再び背中のブースターに点火し、天を駆けるジャンク・ウォリアー。その鋼鉄の拳がナイトゴーント本体に叩き込まれようとした瞬間、彼――ナイトゴーントの性別など分からないが――の足元の伏せカードが翻った。
「ガード・ブロック発動……。戦闘ダメージを……0にし……、一枚ドロー……」
「防がれたか。まぁ、そうだろうね。だがこれは防げまい! 二体のドッペルトークンでダイレクトアタック!」
ドッペルトークンたちが手にしたボーガンを発射。矢はナイトゴーントが憑依している男の両肩に命中したが、男は揺らめいただけで悲鳴一つ上げなかった。完全に洗脳され、心を封じ込められている証拠だった。
「バトルを終了。そしてドリル・ウォリアーの効果発動。手札を一枚捨てて、このカードを除外する。そして捨てた代償の宝札の効果発動だよ。カードを二枚ドロー。永続魔法、補充部隊を発動して、ターン終了だ」
クイック・シンクロン 風属性 ☆5 機械族:チューナー
ATK700 DEF1400
このカードは「シンクロン」チューナーの代わりとしてS素材にできる。このカードをS素材とする場合、「シンクロン」チューナーを素材とするSモンスターのS召喚にしか使用できない。(1):このカードは手札のモンスター1体を墓地へ送り、手札から特殊召喚できる。
ドットスケーパー 地属性 ☆1 サイバース族:効果
ATK0 DEF2100
このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できず、それぞれデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。(2):このカードが除外された場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。
ドリル・ウォリアー 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ
ATK2400 DEF2000
「ドリル・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。このカードの攻撃力を半分にし、このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。手札を1枚捨ててこのカードをゲームから除外する。次の自分のスタンバイフェイズ時、この効果で除外したこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。その後、自分の墓地のモンスター1体を選んで手札に加える。
ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー
ATK1300 DEF500
(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果
ATK800 DEF800
(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。
ジャンク・ウォリアー 闇属性 ☆5 戦士族:シンクロ
ATK2300 DEF1300
「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
(1):このカードがS召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は、自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分アップする。
オシャレオン 水属性 ☆3 爬虫類族:効果
ATK1400 DEF800
このカードが自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手は「オシャレオン」以外のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力500以下の爬虫類族モンスター1体を手札に加える事ができる。
ガード・ブロック:通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
代償の宝札:通常魔法
(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。
補充部隊:永続魔法
(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。
ジャンク・ウォリアー攻撃力2300→3100
フレデリックLP8000手札2枚
ナイトゴーントLP8000→7200手札5枚
「ドロー……」
ドローカードを確認した男の眼が怪しく光る。口元もひきつるような笑みが刻まれた。
「何か、いいカードを引いたようだぞ」とヘイムダル。フレデリックは頷きつつも微笑を絶やさない。
「油断はできないね」
「オーバーレイ・イーターを捨てて……スネーク・レイン発動……。デッキから四体の……爬虫類族を墓地に送る……」
ボトボトとまさに雨のように、爬虫類族がナイトゴーントのデッキから落ちていく。墓地に送られたのは三枚のマジオシャレオンと1枚のオシャレオン。
「フィールド魔法……オレイカルコスの結界……発動……」
ナイトゴーントがカードをデュエルディスクにセットした瞬間、世界が変わった。
彼らの周囲をエメラルドグリーンの光の線が囲み、隔離する。
光の線が形作るのは魔法陣。幾何学的な文様が刻まれ、即席のドームとなる。
オレイカルコスの結界。フレデリックも知らないカードだ。聞いたことも、噂に昇ったこともない。
これはいくらなんでもおかしい。
「これは……、闇のカードだね? それも、おそらく市場には決して出回っていない、違法製造された、存在自体が闇に埋もれたカードだ!」
「このカードが……発動している限り……、こちらの……すべてのカードが与える……ダメージは……闇のカード……レベルだ……。
オレイカルコスの結界が……ある限り……こちらの攻撃力は……500アップする……」
男の身体を使い、不気味に笑って見せるナイトゴーント。まだ終わらぬとばかりにカードを繰り出してくる。
「墓地の爬虫類族モンスターを全てゲームから除外……。邪龍アナンタを……特殊召喚……」
闇が凝縮し、形をとった。
現れたのは多頭の蛇。稲妻のような形をした角と、襟巻のようなひれを生やした頭と、それに追従するような六つの頭部。体にも蛇の顔があり、蛇の集合体、異形というにふさわしい。
邪龍アナンタは特殊召喚時にゲームから除外した爬虫類族×600が攻撃力となる。今は六体除外したので、攻撃力は3600。今はオレイカルコスの結界の効果により、4100にまで上昇している。
「手札を一枚捨て、D・D・R発動……。除外されているオシャレオンを特殊召喚……。捨てた代償の宝札の効果発動……。二枚ドロー……。さらに……ライオ・アリゲーターを召喚」
モンスターが次々と特殊召喚される。
フィールド魔法の効果が厄介だ。500のステータス上昇は、馬鹿にできない。邪龍アナンタは4000の大台を超えたし、下級レベルのライオ・アリゲーターが上級レベルに、リクルーターレベルのオシャレオンが下級アタッカーレベルにまで引き上げられる。
「バトル……。邪龍アナンタで……ジャンク・ウォリアーを攻撃……」
攻撃宣言が下る。邪龍が多頭の牙を剥き出しにジャンク・ウォリアーに襲い掛かる。牙の群をジェット噴射を駆使して躱していくが、ついに捕まった。
足に牙がかかり、腰に、肩に、腹に、首にかかった。
後はただの一方的な咀嚼だ。ジャンク・ウォリアーの破壊と同時に、フレデリックのダメージが来る。
「ぐむ……!」
闇のカード、オレイカルコスの結界によるダメージの増幅。以下に神々の戦争特有の、精神の防壁を築こうとも、なお突き抜けてくるダメージに、フレデリックの身体が揺れる。
「ライオ・アリゲーターと……オシャレオンで……、ドッペルトークンを……攻撃」
追撃が来る。ライオンの
「ぐぅ……!」
揺らめくフレデリックの身体。しかし踏みとどまった。大きく息を吐き、体の痛みを逃がそうと努める。
「確か、に……。面倒だな、凄まじいダメージだ。だが、補充部隊の効果により、カードを三枚ドローだ」
「だが……、オレイカルコスの結界が存在する限り……、相手はこちらのもっとも攻撃力の低いモンスターを……攻撃対象にできない……。さらにオシャレオンが攻撃表示で存在する限り……、相手はオシャレオン以外攻撃できない……」
「つまり、私はオシャレオンしか攻撃できないが、肝心のオシャレオンがオレイカルコスの結界の効果によって攻撃対象にできない。つまり、面倒なロックというわけか」
フレデリックのセリフに、ナイトゴーントがにやりと不気味に笑った。
「ターン終了……。この瞬間……邪龍アナンタの効果により……補充部隊を破壊……」
スネーク・レイン:通常魔法
(1):手札を1枚捨てて発動できる。デッキから爬虫類族モンスター4体を墓地へ送る。
オレイカルコスの結界:フィールド魔法
このカード名のカードはデュエル中に1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、自分フィールドに特殊召喚されたモンスターが存在する場合、そのモンスターを全て破壊する。(2):自分はEXデッキからモンスターを特殊召喚できない。(3):自分フィールドのモンスターの攻撃力は500アップする。(4):自分フィールドに表側攻撃表示モンスターが2体以上存在する場合、自分フィールドの攻撃力が一番低いモンスターを相手は攻撃対象に選択できない。(5):このカードは1ターンに1度だけ効果では破壊されない。
邪龍アナンタ 闇属性 ☆8 爬虫類族:効果
ATK? DEF?
このカードは通常召喚できない。自分のフィールド上及び墓地に存在する爬虫類族モンスターを全てゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、特殊召喚時にゲームから除外した爬虫類族モンスターの数×600ポイントになる。このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分ターンのエンドフェイズ時にフィールド上のカード1枚を破壊する。
D・D・R:装備魔法
(1):手札を1枚捨て、除外されている自分のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。
ライオ・アリゲーター 水属性 ☆4 爬虫類族:効果
ATK1900 DEF200
自分フィールド上にこのカード以外の爬虫類族モンスターが存在する場合、自分フィールド上に存在する爬虫類族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
邪龍アナンタ攻撃力4100
ライオ・アリゲーター攻撃力1900→2400
オシャレオン攻撃力1400→1900
フレデリックLP8000→7000→5400→4300手札5枚
ナイトゴーントLP7200手札1枚
「手ひどくやられたな。ダメージが堪えるか?」
額にうっすらと浮かんだ汗を胸ポケットから取り出したハンカチで拭っていたフレデリックに対して、半透明のヘイムダルがそう問いかけた。フレデリックは微苦笑して首を横に振った。
「なに、確かにいつもよりも受ける肉体的苦痛は大きいが、この程度、何ほどのことでもない。それに、ただの先兵にいつまでも時間をかけていられない。
このターンで決着をつけるとも。私のターンだ、ドロー!」
不敵な笑みを浮かべ、フレデリックはカードをドロー。ドローカードの確認を一瞥で済ませ、すぐさま動く。
「スタンバイフェイズ! 自身の効果によって除外されていたドリル・ウォリアーが帰還する。そして効果により、墓地のクイック・シンクロンを回収。
手札のダンディライオンを捨てて、クイック・シンクロンを特殊召喚! さらに墓地に送られたダンディライオンの効果により、私のフィールドに二体の綿毛トークンを特殊召喚する!
君のフィールドのモンスターに攻撃できないならば、別の方法でどかすまでだ! レベル1のドットスケーパー、綿毛トークン二体に、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」
S召喚。そのためのエフェクトが走り、周囲をまばゆい輝きで満たす。
「開け白の門! 来たれ雄々しく吠える鋼鉄の破壊者! シンクロ召喚、君に決めたよ、ジャンク・デストロイヤー!」
光の向こうから現れる怒涛の魔人。
「ジャンク・デストロイヤー効果発動! チューナー以外のS素材に三体のモンスターを使ったため、君のフィールドの三体のモンスターを破壊しよう!」
ジャンク・デストロイヤーの補助腕から光が放たれる。
光弾は拳の具現のように迫り、ナイトゴーントが操る三体のモンスターを次々に粉砕した。
「攻撃を封じられたならば、効果で破壊すればいい。これで君の場に壁はいない。ジャンク・アンカーを召喚。効果を発動し、墓地のジャンク・ウォリアーを特殊召喚。そしてこの二体によるS召喚を行う!
開け白の門! 来たれ猛然烈火の炎戦士! シンクロ召喚、君に決めたよ、ニトロ・ウォリアー!」
三体目の大型Sモンスターの登場で、フレデリックのモンスターの総攻撃力はナイトゴーントのライフを上回った。
ナイトゴーントのフィールドに伏せカードはない。ただ、これから来る攻撃に対して立ち尽くすことしかできない。
「いつまでも君に時間をかけてもいられない。これで終わりだ。三体のモンスターでダイレクトアタック!」
そして予定調和に、三体のモンスターの攻撃がナイトゴーントに叩き込まれ、怪物の
ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果
ATK300 DEF300
(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。
ジャンク・デストロイヤー 地属性 ☆8 戦士族:シンクロ
ATK2600 DEF2500
「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを選択して破壊できる。
ジャンク・アンカー 地属性 ☆2 戦士族:チューナー
ATK0 DEF0
このカードは「シンクロン」チューナーの代わりとしてS素材にできる。(1):1ターンに1度、手札を1枚捨て、チューナー以外の自分の墓地の「ジャンク」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターとこのカードのみを素材として、「シンクロン」チューナーを素材とするSモンスター1体をS召喚する。その時のS素材モンスターは墓地へは行かず除外される。
ニトロ・ウォリアー 炎属性 ☆7 戦士族:シンクロ
ATK2800 DEF1800
「ニトロ・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分のターンに自分が魔法カードを発動した場合、このカードの攻撃力はそのターンのダメージ計算時のみ1度だけ1000ポイントアップする。また、このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊したダメージ計算後に発動できる。相手フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して攻撃表示にし、そのモンスターにもう1度だけ続けて攻撃できる。
ナイトゴーントLP0
バトルフィールドが消えていく。同時に、ナイトゴーントも消滅していく。あとは憑依された男だけが残った。彼はあとで警察に保護してもらうとして、フレデリックが気になったのはやはり襲ってきた相手だった。
「ナイトゴーント。まぁ、ギリシャの怪物じゃあないわなぁ」
見物していたゼウスが顎に手を当てながらそう言った。神話関係に興味がないのか、狩谷は座り込んであくびをしている。肉体的な疲労もあるのかもしれない。
「クトゥルフ神話の怪物、か……」
呟くフレデリックは、面倒になったというように肩をすくめた。
そして告げる。
「どうやら、裏で暗躍しているのはギリシャの巨神と怪物だけではないらしいね。いずれにしろ面倒だ。神々を全て冷笑する、あの這いよる混沌が、余計な手出しをしなければよいが」