神々の戦争   作:tuki21

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第97話:夜の中で

 烈震(れっしん)小雪(シャオシュエ)が緊急搬送されたことは、すぐさま和輝(かずき)たちに伝えられた。

 和輝と龍次は知らされた病院に駆けつけた。

 病院にはすでにフレデリックがいて、彼は駆け付けた二人に対して軽く会釈。単刀直入に烈震の容態から入った。

 

黒神(くろかみ)君も、小雪君も重傷だ。まだ意識が戻らない。今はトール君が付き添っている」

「なぜこんなことに? 烈震みたいなフィジカルが意識不明だと?」抑揚を抑えた和輝の言葉。フレデリックは居住まいを正す。

「ほぼ間違いなく闇のカードが使われた。それも複数。二人とも、闇のカードを使った神々の戦争(デュエル)でかなりのダメージを受けている。しかも黒神君はともかく、小雪君に至ってはすでに戦争参加者ではない。にもかかわらずバトルフィールドに取り込まれたうえで、神々の戦争式のデュエルを行った。そのダメージは黒神君よりも深刻だ」

「くそが!」

 

 悪態をついて、龍次が近くの壁を殴る。褒められた行為ではないが誰も咎めない。和輝も同じ気持ちだった。龍次が先に怒鳴ったので、少しだけ冷静になれた。

 それでも握りしめた拳は力の入れ過ぎで白く変色していた。

 

「やったのは誰だ?」

 

 問いかける和輝の声は僅かに震えていた。怒りから来る言葉。フレデリックは神妙に口を開いた。

 

「テュポーン……。ギリシャ神話最強最大の怪物だ。神話によれば、主神ゼウスに倒されたが、その力は神々さえも凌駕するという……」

「ティターン神族側の切り札、というわけですか」

 

 実体化した伊邪那岐(いざなぎ)が言う。フレデリックは肯いて、

 

「ただ、テュポーンはその強大すぎる力故に連戦向きではないようだ。私たちが駆け付けた時、奴は、正確には奴が憑依した人間の身体はかなり傷ついており、すぐさまその場から逃走した。これはつけ入る隙に―――――」

「そんなことはどうだっていい!」

 

 病院の廊下ということもあり、看護師もいる。彼ら彼女らの視線を無視して、龍次は叫んだ。

 

「仲間がやられたんだ。黙っちゃいられねぇ!」

 

 叫んで、踵を返す。

 

「悪いが俺は行くぜ。ジェネックス杯は二日目に入る。テュポーンも、神々の戦争の参加者でもない奴らを無理矢理戦いの場に引きずり出すティターン神族も、何もかもが気に入らない。見つけ次第ぶっ倒してやる」

 

 そのまま龍次は去っていく。その後ろ姿を伊邪那岐がフレデリックたちに一礼しながら去っていく。

 

「……龍次が何もかも言っちまったから何も言わないが、俺も同じ気持ちだ」

 

 和輝は面会謝絶になっている烈震と小雪の病室の扉に目をやって、やはり踵を返した。その前にフレデリックに目を向ける。

 

「だからこれは感情の問題だ。あんたは戦略、戦術でテュポーンやティターン神族をどう攻略しようか考えているのかもしれないが、俺たちはもう冷静に考えられない。だから言っておく。()()()()()()()()()()()

 

 それだけ告げれ和輝も去る。結局ロキは一度も実体化しなかった。

 

「…………友の仇を討とうという、当たり前の義侠心、か」

 

 何か、眩しいものを見るかのように、フレデリックの目が細められた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京某所にあるホテルそのホテルは、学生でも問題なく泊まれる良心的な金額なうえ、部屋もそこそこ広い。眺めは悪いがそこは仕方がない。食事の用意も十分で、ネットで見つけた後、綺羅(きら)はすぐに予約した。

 今、綺羅はホテルの玄関前で兄を待っていた。

 もうすぐ来ると連絡を受けて待つこと五分。両手をポケットに突っ込んだ和輝がやってきた。白髪なので、遠目でも目立つ。

 

「あ、兄さん!」

 

 兄の姿を見つけた綺羅が手を振る。和輝も答えて片手を上げた。

 

「兄さん、もうチェックインですか?」

「ああ、今日は疲れたからな。さっさと風呂入って、飯にしたいよ」

 

 付かれているのは本当だ。神々の戦争を二戦して、それ以外にも一般参加者相手のデュエルの連続。極めつけは烈震の入院。疲れないわけがない。

 だがそんな憔悴は綺羅にはおくびにも出さない。綺羅は神々の戦争に関係ない。だから余計な心配をかけることはできない。

 二人でホテルにチェックイン。食事を終えて、ホテルにある大浴場へ移動。当然男女は分かれているのでそこで兄妹は別れた。

 男湯の内部、和輝は湯船につかりながら考える。

 脳内の議題は勿論神々の戦争のこと。

 ティターン神族、強大な敵だ。数も多い。おまけにギリシャ神話の怪物たちを配下に従えている。

 しかもそのうちの最強、テュポーンに烈震が倒された。重傷だ。意識も戻らない。烈震の実力はだいたい和輝と同じくらいだ。だとすれば、テュポーンに出会った時、自分は勝てるのだろうか?

 友人をやられた怒りはある。仇を取りたいという気持ちも勿論ある。だがそれと同時に、黒い不安が暗雲のように和輝の心の中に人がり、音無き足音でひたひたと忍び寄ってくる。

 

「くそ!」

 

 まだ誰もいないことをいいことに大きな声を出す。思いのほか反響する。

 

「君の不安もわかると思うよ、和輝」

 

 隣で声。そちらを向けば、実体化したロキが湯船につかっていた。

 金髪碧眼の美丈夫が笑みを浮かべて湯船につかっている姿は絵になるかもしれないが、見知った顔だしそのにやにや笑いが和輝には気に入らない。

 何より――――

 

「お湯につかってる時はタオルをとれ、マナーだ」

「おっとごめんごめん、日本人の感覚ってわからないよね。まぁそれはそれとして、だ」

 

 ロキの笑みが消える。目が細まり、真面目な表情になる。

 

「君の不安は分かるよ。勝てるかどうかわからなくて不安が忍び寄ってるんだろう? 言動に関わらず、君ってば結構小市民だよね」

「黙れ」

 

 バシャバシャと顔を洗う。

 ロキに言われるまでもない。和輝自身、己の中の不安は分かっているのだ。 

 不安と恐怖は常に和輝の隣にあった。隣にあって、せせら笑っていた。あの、大災害で生き残ってから。いつだって消えてくれない。ふと気づけば物陰やらでくすくすこっちを見て笑ってる。

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ。怪物の声が聞こえる。ずいぶん久しぶりに感じるがそんなことはない。

 命の危機が差し迫った時、或いは、こうして漠然とした不安に怯えていた時、そいつはすぐ近くで嘲笑う。

 死へと誘う怪物の声。その声に耳を傾けてはならない。だが無視し続けてもならない。必ず対決しなければならない。先生から言われた言葉だ。

 

「不安で何が悪い。むしろ、不安がないなんてあるのか?」

「そうだね。不安と恐怖は人間の根暗な隣人だ。だからこそ、彼らさえも抱えて進めるのさ」

「よく分からん」

()()()()()()()()()()()()。恐怖や不安と戦って、殴りつけて屈服させて、乗り越えて。それでもどこかで残っているんだよ、そういうのは。しかしそれは悪いことじゃあない」

 

 にこりと笑って、ロキは言う。

 

「恐怖を感じない人間は死んでいるのと同じだ。神と同じ愚かしさを持っている。だからいいんだよ。恐怖の暗闇を勇気のランタン頼りに進んでいけば」

「……………………」

 

 沈黙。やがて和輝はぽつりと「そうだな」と呟いた。

 もう一度顔を洗う。いつだって怪物と不安はひたひたと冷たい手で肩を叩くが、()()()()()()()

 

「戦う前から弱腰になることはないな!」

「そういうことさ」

 

 和輝を見ながら、ロキはにこりと笑った。

 

 

 その後、綺羅と再び合流、適当に飲み物を買い、綺羅は時間を気にして、土産物屋に直行。友達や、イギリスの両親に何か買っていこうかうきうきしていた。

 和輝はそんな妹をほほえましいやら子供っぽいなぁと呆れるやらのちょっと複雑な表情で見ていた。

 

「ジェネックス杯に参加して、本当に良かったです。プロの人ともデュエルできました。それに、プロではなかったですけど、それくらい強い人もいました。残念ながら負けてしまいましたが、学べるもの、得られるものがたくさんあったと思います」

 

 部屋に戻り、それぞれのデッキを調整している時、弾んだ声と太陽のような笑みを浮かべて、綺羅はそう言った。

 

「そんなにいろんな人とデュエルで来たのか?」

「はい! 私よりも小さな子とか、大人の人とか。いろんな人とデュエルできました」

「俺もだよ。プロとも戦えた。世界は広いな、ああいうのがごろごろいるのがプロの世界なんだから」

 

 そしてその中には人間のことなどなんとも思っていない、理不尽な神々が存在している。

 和輝は苦労して顔に微笑を浮かべた。

 

「けど気をつけろよ、なんか大会中に倒れたりした奴もいるみたいだし」

「あ。ジェネックス杯のホームページで注意喚起がありました。熱中症で搬送された方も多いそうで。水分を取って、十分注意するようにと」

 

 熱中症。神々の戦争に関する犠牲者はそのように処理され、公式にアナウンスされた。

 神の存在を公にしない社会では、そういうでっちあげ(カバーストリー)は必須だ。

 

「そうだな、そこも気を付けよう」

 

 にこりと笑い、時計を見る和輝。二十三時を超えようとしている。

 

「そろそろ眠ろう。明日もハードだぞ」

「はい。おやすみなさい、兄さん」

 

 ジェネックス二日目。敵も三柱も倒されている以上、一日目よりも攻撃が激しくなっているかもしれない。

 注意しなければならない。和輝はそう誓って目を閉じた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京都内某所、ビジネス街。森の樹木のように乱立するビルの一つ、その屋上。そこで一人の青年が手すりに体を預けて眼下を眺めていた。

 腰まで伸びる薄紫の髪に紫紺の瞳、少女のように美麗な顔つきに、華奢な体格。透き通るような白い肌、第二ボタンまで開けた染み一つない白のワイシャツに黒のスラックスと簡素な姿。性別を特定しずらいが、れっきとした男。

 黄泉野平月(よみのひらつき)であった。

 彼は眼下の光を眺めながら呟く。

 

「あー、残念、ナイトゴーントもやられてしまいました。それに、貴方の化身も」

 

 横を向く。そこにはさっきまで確実に誰もいなかった。

 だが今はいる。異形だ。

 男。喪服のようなダークスーツに黒い長髪、狂気に駆り立てる満月のような金の双眸、口には細葉巻(シガリロ)。ただ鼻から上、顔の輪郭ははっきりとしない。テレビなどで見るモザイクをかけられた顔、そんな印象だ。

 平月が契約を交わした神、ナイアルラトホテップ。

 

「ああ、問題ない。化身は全て観察者(ウォッチャー)だ。実行部隊の徘徊者(ワンダー)は誰も捕まっていない。だがこの街にいる化身たちは外見では人間と変わりないはず……、それを探り当てるとは、()()()の嗅覚というのは侮れない」

「確かに、かつての気まぐれ、娯楽まがいが思ったよりも尾を引きそうですね。しかしそういうこともあるでしょう。そういう生命の輝きもまた生きるということ……」

 

 微笑む平月。月光が彼とナイアルラトホテップを照らす。

 と、その月光が遮られた。

 

「?」

 

 頭上には飛行機も何も飛んでおらず、それらしい音もなかった。

 だが確かに上に何かがいる。無音でこちらに近づいてきた。

 見上げれば確かに、月を遮る影が一つ。

 両翼を大きく広げた猛禽。その背中に、人間が一人立っていた。

 前髪の一房が血のように赤い、燃え尽きた灰のような灰白色。刃のように鋭い双眸。瞳の色は何もかもが凍り付いたような青色。黒いスーツ、白いワイシャツ、黒いネクタイ姿――あたかも喪服を思わせる――、右耳に女物のイヤリング。

 燃え盛り、灰になってもなお燃え盛り、「敵」を焼き尽くそうとする遺灰の風情。

 

「見つけたぞ……」

 

 地獄の底から響いてくる、冷たくて陰鬱とした声。平月も、ナイアルラトホテップも笑みを崩さない。

 

「オレを……覚えているか……?」

「勿論だとも」

 

 応えたのは微笑を浮かべた平月ではなく、ナイアルラトホテップ。葉巻を指でいじりながら、

 

「生きていたのも驚きなら神と契約したのも大したものだ。そしてこうして我々の前に現れたことも」

「殺す!」

 

 殺意が具現化したような愚風とともに男が叫ぶ。

 デュエルディスクが起動。ギラギラとした双眸が一人と一柱を射抜いた。

 

「残念ですが、貴方と戦うつもりはありません」平月が言い、

「来給え、チクタクマン!」ナイアルラトホテップが叫ぶ。

 

 神の呼び声に応じるのは機械的な咆哮。

 軋みを上げる声とともに現れたのは、無数のガラクタ、廃棄品で作られた蜘蛛のような怪物。

 

「逃がさん……!」

 

 男は猛禽から飛び下りる。その瞬間を狙って怪物、チクタクマンが襲い掛かる。

 その隙に平月が手摺を飛び越えた。

 

「ではさようなら」

「待て……!」

 

 一歩踏み出す男を踏み潰そうと、チクタクマンが足を振り上げた。

 

 

 翌朝、世間に回るニュースは、バレーボール大の隕石が激突し、ビル屋上と、最上階部分の一部が崩れ穴が開いたこと旨が新聞に掲載された。

 結果、事故現場は立ち入り禁止。一般人は誰も見ることが適わないまま、現場は封鎖された。

 多くの思惑を乗せて、ジェネックス杯二日目が始まる。

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